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過去

別れ話

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「別れてくれ」

 理由が全く分からないまま、自分に向かって告げられた言葉。
 目の前にいる女が、わざとらしくシクシクと泣く。
「ごめんなさいっ…でも私、本当に修也くんが好きでっ…!」

 彼…修也と行き着けていたカフェで、まさかこんな修羅場的な話になるなんて思いもしなかった。
「…赤、ちゃん…?」
 出されたピンク色の母子手帳を見ながら、
(あぁ、やっぱり来た)
 そう思った。

 いつか来るであろうと思っていたその言葉は、唐突に……そして、一番最悪なタイミングでやってきたのだ。
「…俺もこんなことになるなんて思わなかった。けど、…お前は俺がいなくても大丈夫だろ?男だし…」
 その言葉に込み上げてきた感情は、怒りを通り越していた。
 どうしてそんな言葉を平気で言えるのかが分からなかった。

 どうして、浮気をしておきながら最悪の事態を考えようとしない。
 どうして、今更俺のことを男だと主張する。
 どうして、俺はアンタがいなくても大丈夫だって言ってんだよ。
 大丈夫なら、一人で生きていけるなら、何のために?

 何のために、何年もアンタと付き合って、尽くして、浮気されても戻ってきてくれるように頑張って。

 …そんな言葉が通じる相手と付き合っていなかったのは、俺の責任。

「…そっか」

 先ほど言ったように、最悪の事態を最悪のタイミングで告げられた。
 だってさ、その女の人さ。泣きながら母子手帳出してるけどさ。
 俺だって、その手帳、持ってるんだよ?
 今日、サプライズで脅かそうとして持ってきてるんだよ?
 なのに、どうして。

 悲しいのに、涙も出てこない。
 その時、思った。初めて知った。
 本当に悲しくて悔しい時、絶対にその相手の前で泣いたりはしない。

 その後、何を言ったのか自分でも憶えていない。ただ、店を出て足早に帰った実家で、涙が溢れたのを憶えている。
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