アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  掌握された世界   

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「ま。理屈は抜きにして、何か注文してごらんよ」
 と言われても、どう接していいのか戸惑った。気味が悪いものを見つめる気分で俺は凝視するだけだ。
 副主任は笑うような仕草で肩をすくめると、3体のロボットへ手を差し伸ばし清々しい声で命じる。

「マスターに茶をご馳走してやってくれ」

 言葉を認識したのは、四百九拾伍番の細長い腕と足をしたロボットだったが、
『かしこまりました。何名様でしょう』
 無表情な返事をしたのは執事。四百九拾伍番は、食器棚に並んでいたケトルへ腕を伸ばしたところで止まり、俺の答えを待っていた。

 オレは要らんよと、副主任が手を振るので、
「三人分頼む」と告げてみる。

 俺の声を聞いて、そいつは戸棚からケトルを取り出し、残りの腕は同時進行で別のガラス扉を開けた。
 腕の先端にはヒューマノイドと同じ5本指があり、中の3本が小さな機械音を出して長く伸びる。安定した細かい動きで、戸棚に並んだティーカップを器用に、ひょい、ひょい、ひょいと指に引っ掛けて食器棚から抜き出した。もちろん同じ時間内にケトルのほうは水が満たされており、当然のようにコンロに掛けられて火が点けられたていた。

 見事に滑らかな振る舞いを見せつけられて、しばし呆然とする。動きに無駄が無いのだ。食器棚から抜き出されたティーカップがテーブルに並べられる少し前から、3本目の腕が棚の下段を物色して受け皿を取り出し、カップと皿が同時に積まれてテーブルに並んだ。

 しばらくの沈黙の後、唐突に執事が声を出した。
『15分ほどで沸きますゆえ、少々お待ちください』

 茜のお茶の入れ方は常軌を逸した方法だったが、淹れられたお茶は至高の美味さだった。だがこっちは俺たちのやり方と何ら変わりはないが、味気が無くてかつ気味が悪い。
「電気ポットの進化版って言うわけか……」

 自然と俺から漏れたセリフに、副主任が応える。
「電気ポットって言う物がどういうものかは知らないけど、たぶん同じようなものがキミらの世界でもあるんだな」

「いや。だいぶ違う……だから驚いてるんだ」

 正直な意見だと思う。そうなると――。
 食事の世話をすると言い切った四百参拾七番はメイドとでも言えばいいのか。いやどう見ても田吾が喜びそうな形状をしていないのは、知ったこっちゃ無いが、となると四百七拾壱番は俺たちの世界では食器洗い機に匹敵する。

 それにしても――と黙考に入った。

 すべてがそうだとは言わないが、技術の進化って道具類のほうが便利に変化していくもんじゃないのか、と、お茶係だと宣言した四百九拾伍番の動きを見てそう思った。

 例えば掃除機なんてその典型例だろ。箒(ほうき)で埃(ほこり)を吐き出していたモノが、一段階進化して、モーターをぶん回して真空状態を作り、埃を吸い取るというカタチになった。それからもう一段進化して、自動的に部屋の中を動き回って掃除をするロボットになった。このほうが自然だ。

 ところがここでは最初にアンドロイドがあった。なので箒を進化させずにアンドロイドのほうが箒を持つ仕様に歩み寄ったことになる。
 何と不効率な方式を取ったんだろう。間違った進化を遂げたユビキタスコンピューティングの姿だ。これだと街中がアンドロイドやロボットで埋まってしまう。

 葬儀の行列を思い出した。おびただしい数のアンドロイドを。
 そして気付いた。連中はそれぞれ自分の仕事を与えられているのだ。


「なんと無駄なことを……」

 瞬きを繰り返して俺の様子を探っていた副主任が反論した。
「無駄なことなんかないさ。マスターの世界を一切侵していないんだぜ。しかもアンドロイドやロボットたちはマスターに奉仕することを生きがいにするんだ。満足以外に何がある?」

 アンドロイドに生きがいという言葉はいささか抵抗があるが、
「ワタシは理解できる気がします。ここのみなさんは、ご奉仕というプロセスに従うことをプログラムされたのです。考えればそれは当然のことだと思います」
 と言い出した優衣に、
「おー。やっぱりあなた様はこれまでの生命体と異なった考えを持っておられる。何だかほれぼれするな」

 おいおい、アンドロイドどうしで付き合っちゃう?

「あの。ワタシは生命体では」
 正体をバラそうとする優衣の背中を突っついて無理やり黙らせた。この件はワイルドカードとして持っておくべきだと直感したからだ。

 優衣は素直に従い言葉を閉じ、副主任は勝手に誤解して、勝手に結論を出してくれた。
「今のは 『冗談』 というテクニックだろ。大昔の書物の中にそれを記序した文献を呼んだことがある。コミュニケーションを潤滑に行うために時々会話の中に入れるんだ。ユーモアって言うんだ。どうだい、これでも生命体に関する勉強は真面目にしたんだぜ」

 そう言って俺を呆れさせ、副主任はさらに誤解の上塗りをする。
「――オレはね。生命体とアンドロイドとで決定的に異なる部分は『温かみ』だと考えている。そのことをずっと研究してるんだ。この方からはとてつもなく温かみを持った慈愛を感じるのさ。おっと失礼。部屋の奥で飛び跳ねてる妙齢の女性と、もちろんキミからも感じるから誤解しないでくれよ」

 あんたからへつらってもらう気は無いけれど、その推論は間違いだ。優衣から醸し出される温かみは俺も感じるが、彼女は生命体ではない。そのまま誤解してくれるほうが、こちらは好都合だ。きっと何かの役に立つ。

 どうやら副主任は俺たちから生命体の本質を探ろうとしており、それをうまく利用すれば、こっちは何かしらの情報をコイツから得ることができそうな気がする。


 俺はほくそ笑みつつ、新たな情報を得ることに全力を注ぐことにした。
「進化の道筋は星ごとに異なるのは仕方が無いことだろうけど、それじゃあ、母星を離れるときからこんなシステムになっていたのか?」

 やつは軽々と首を振る。
「出発当時はまだ、自己増殖機能が無いからな。言われたことしかできない、下等なアンドロイド、いやロボットだな。そんな連中が百体作られた」

「自己増殖って?」
「先人が無し得なかった不得意部分を補って、新たなシステムを自ら作るシステム。つまりロボットが進化した人工知能をを生み出す技術さ。つまりアンドロイドの誕生だ。自律した行動を起こせるようになって初めてアンドロイドって呼べるんだ」

「自己増殖が可能になったのって、いつからだよ?」
「そうだな。だいたい400年前かな。司令官が就任してから急速にアンドロイドが進化した」
 副主任は表情の無い仮面姿のままだが、素直に応えてくれる。

「なるほどな……」
 腕を組んで、ちょっと勿体ぶった態度を取ってやった。でも勘の良い優衣は瞳の奥を煌めかせる。
「何か気づいたのですか?」
「マスターが絶滅した理由がな」
「どういうことですか?」

 奉仕活動は優衣にも焼き付けられている基本ジョブの一つだから、自然と体が動くのだろう。ティーカップに添える小さじを出そうとして、戸棚を物色し始めた。そこへ電気ポット野郎が小刻みに足を動かして近づくと、その手を止めて執事へ目を合わせた。

 執事はうなずくと、
『お湯は現在82℃まで上昇しております。後しばらくお待ちください、とのことです。食器の準備は四百参拾七番が行います。マスターは何もすることはありません。何かありましたら何なりとお申し出ください……と、申しております。はい』
 言いたいことを執事に託して、そいつは優衣から受け取った小さじを受け皿に並べて静かになった。

 四百参拾七番に自分の仕事を取り上げられ、キョト目を俺に向けた優衣。
「ワタシの出る幕がありませんね」
「俺が言いたかったのはそれさ――。そういうことだユイ。この星には生きていく値打ちが無いんだ」
「生きていく値打ち……?」
 そう尋ねたのは副主任で、優衣は黙って副主任の口の動きを観察していた。

「生きることに価値が必要なのかい?」
 やはり進化したと言っても副主任はよく理解していない。自分たちは奉仕を生きがいといっておきながら、生命体のそれとは別物にした考え方だ。

「あのな……」
 二人の人工生命体、優衣と副主任から熱い視線を受けながら語ってやる。

「ここのアンドロイドはマスターに奉仕するのが生きがいなんだろ? 知的生命体も同じなんだぜ。生きる値打ちとは、さっきあんたが言ったのと同じ、生きがいなのさ」

「言葉が違うだけで中身は同じだと?」
「そう。言い方を変えれば生きている実感を求める行為さ」

「おほぉぉ。なるほど」
 副主任は大仰にうなずいて見せ、俺の言葉の先を待った。

「生きているという実感は思考を巡らせ行動して結果を得る。その結果に満足した時に、脳内ではドーパミンが出てそしてセロトニンが作られる……だろ?」

「それぐらいは医者なら知ってるさ……」

 気の無い返事をする副主任だが、ピンと来ないのは優衣もそうだ。二人とも俺に固定した視線がピクリとも動いていない。でもお構い無しで続けてやった。

「脳内物質を放出させて快感を生む。この快感を得たいがために生き続けるのさ。生命体からすべての仕事を取ってみろ。何も結果が起きないだろ。そうすると満足感も幸せ感も無い。それでは生きるとは言わないんだ」

 副主任は、噴き出さんばかりに笑い声を溜めて反論する。
「うはは。脳内物質に頼って生きるって、何だかおかしくないかい? それだとまるで原生生物みたいだな」
「そりゃあ、それだけではないけど、そういうのも答えの一つだよ」

「それなら遊びから生まれることもありますよ」と優衣。
「そうさ。遊びも行動の一部さ。結果を求めるだろ」

 これまで見て聞いたことを整理し、よく反芻すると、明解な答えが導き出せる。
「一つ訊くけど……ここには娯楽設備が無いだろ?」

 副主任は肩を痙攣させたみたいに、びくっと揺らし、俺の意見に目を見開いた。
「当ったようだな。今日一日、大雑把に街を見て歩いたが、映画館も無かったし歓楽的な建造物も皆無だった。そうだろ?」

 副主任はゆっくりと顎(あご)を前後させる。
「キミの言うとおりだ。無駄な疲労は健康の害になるという研究結果が出た300年前に娯楽を禁止した。それでレクリエーション、娯楽全般は撤廃されている」

「ほらな。遊ばせない、仕事をさせない、家事も無い。すべて取り上げられた生活など生きる値打ちがあるわけがない」

 百体から始まったアンドロイドは単にヒューマノイドの補助、補佐をするものだったに違いない。それに余計な自己増殖機能を付加したのが原因でマシンが自律した。しかもそれらの管理を怠り、マスターは好き勝手にやらせてしまったんだ。

 それから数百年。マシンはとんでもない方向へと進化し、何度もあった軌道修正のチャンスも、自堕落な生活を繰り返していたマスターが気づいた時にはもう遅かった。狂ったマシンは知的生物の思考行為まで禁止して、何も考えさせない、行動させない、とんでもない状況を構築してしまった。

 そして、ある日を境にマシンと生命体の立場が入れ替わるという、最悪のシナリオをマスターは描いて自滅への道を進んでしまったんだ。

 それって俺たちが追い続けるプロトタイプを作った管理者の先祖、ドゥウォーフの人らも同じ過ちを犯している。一つ違うとしたら、プロトタイプはマスター自身に襲い掛かった。こことは正反対だが、まだ茜や優衣という切り札が残っただけ管理者のほうがマシだ。ここはもう自滅してしまったのだ。


「生命体の生理活動は理解しづらいものなのですね……勉強になります」
「まぁ、これはあくまでも俺の推論だけどな」
 優衣は静謐な眼差しで俺を見据え、副主任は腕を組んで黙り込んでしまった。

 それでも反論の余地を見つけたようで、思い出したように顔を上げた。
「外の世界の人からの情報はぶっ飛び過ぎていてよく解らないよ。でもマスターには創造するという仕事を残してあるんだぜ。なぜそれを怠ったんだろうな」

「悪いが、あんたはまだ知的生命体を知り尽くしていない。創造だけではだめなんだ。それを形にする行為が最も重要なのさ。誰がこのシステム拵えたのかは知らないが、その部分を摘み取ったんだ。これが作為的に起こされたものだとしたら、策略者はそうとうに小賢(こざか)しい奴だぜ」

 さらに首の角度が傾く副主任。そこへ執事が家の中を探索に行っていた玲子をとっ捕まえて戻って来た。

 副主任はさっと目の輝きを消し去り、
「今の話は聞かなかったことにしてやるよ。それと忠告しておく」
 冷静な目で俺を睨み、小声だが厳しい声で言う。
「オレ以外にはそんな話をするな。2ビット委員の誰かに感づかれたら、再生センター行きになっちまうぞ」

『何のお話でしょうか?』
 玲子の後ろから執事が顔を出して俺たちの様子を窺った。それはあきらかに不信感を抱いた態度だった。

「健康管理の説明さ。いつもの定例会と同じだよ」
 副主任はいけしゃあしゃあと言い放ち、執事の丸い頭を拳の角で叩いて、いい音を響かせた。

『あ、あの?』
 執事は飛んでいるハエでも探すように、手で空中を掻き回してキョロキョロしていたが、すぐに平静を取り戻して玲子にテーブルへ着けと促してから、宣言めいたことを言う。

『これで全員が一つの部屋にお集まりになりましたね。結構なことでございます。それでは始めましょう』

「なにを始めるんだ?」
「中央制御とネットワーク接続する気なのさ」
 と言う副主任に執事が答える。
『さようでございます。これ以降、最新のシステムがマスター様をお守りさせていただきます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ』 

 玲子は空いていた席に座り込み、テーブルの上に展開された食器類を一巡させ歓喜の声を上げた。
「あ。ラッキー。お茶の準備がしてあるじゃない。ありがとう、ユイ」
「いえ、ワタシではなくこちらの四百九拾伍番さんのお仕事です」
「…………」
 ぎこちない動きで辺りをうろつくロボットを不気味なものでもみる目で見る玲子の気持ちは大いに賛同できる。俺もしばらく慣れそうにもない。


 やることもないし。差し当たり、まずは座ってポット野郎が注ぎ足してくれたお茶をすすった。
「ところで間取りはどうだった?」と訊く俺に、
 玲子は「狭いわね」と答えた。

「まじかよ。じゃあ今日は三人で雑魚寝すんのか?」

 脳内のどこかで、滲み出した艶っぽい期待を大事に育みつつ、席を立って、その寝室とやらを覗きに行って、俺はドン引きさせられた。


「どこが狭いんだよー」
 淡い期待を海馬の奥底に叩き落とされて、溜め息を吐く。

 じゅうぶんに広い部屋が三つ。それ以外にキッチンと食卓に繋がった大きめのリビングに、トイレ、シャワー室などが揃っており、俺が住むアルトオーネのボロマンションと比較にならない超豪華な設えだった。

 それを「狭い」とぬかしやがった玲子は、いったいぜんたいどんな間取りの家に住んでんだ?

 このやろー。また、さりげなく金持ち宣言をしやがったな。
  
  
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