上 下
60 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻

第五章 冬姫覚醒 8

しおりを挟む

 翌日の放課後。ついに、戦いの時がやってきた。
 部活の後、そのままの格好で、榎は四季川の河川敷へと赴いた。
 白い胴衣と袴。試合とはいえ、相手は異種武道だから、公平さを期すために、籠手だけ装着し、他の防具はつけないと決めた。
 上手かみてから、柊が歩いてきた。榎と似た胴衣を身につけていたが、袴などは少し、剣道で用いるものとは違う。
 左手には柊の身長よりも長い、木製の薙刀が握られていた。
 纏め上げられた髪、凛々しい立ち姿から、柊の意気込みが伝わってきた。もっと飄々としてやってくるのかと思っていたが、柊も本気らしい。
 ピリピリとした空気が、周囲を包み込む。
 妖怪と戦っているとき以外では、久しぶりの緊張感だった。
「時間もあまりない。早速、始めようか」
 榎と柊は、距離をとって向かい合った。
「剣と薙刀で試合なんて、無茶だと思うけれど……」
「異種格闘技みたいなもんどす。面白そうどすな。どちらも頑張るどすえ~」
 川沿いの土手では、レジャーシートを敷き、椿と周が見守っていた。
 椿は、はらはらした表情で見守っていたが、周は寛いでポップコーンを頬張っていた。完全に娯楽感覚だ。
「さっちゃん、観戦モードに入らないでよ! 楽しみすぎ!」
「どうせ、試合に決着がつくまでは、危のうて仲裁にも入れんどす。気楽に構えとったほうが、いざという時に動きやすいどす」
 周の気楽さに椿は怒るが、さらりと聞き流されていた。周はお茶でポップコーンを飲み下し、一息ついて立ち上がった。
 周が審判を務めてくれる手筈になっている。榎たちの脇に立ち、周は二人の顔を交互に見た。
「お二人とも、ルールは分かっとりますな?」
 最終確認をとる。榎は大きく、頷いた。
「どちらか先に、相手の武器を落としたほうが勝ち。急所狙いや流血、非道な反則をしたほうは、無条件で負けだ」
 互いの競技の点数の取り方が異なるため、あくまで打ち合いの技術で決着をつけようと決めた。力と技術、体力。すべてにおいて勝っていたほうが、勝者となる。
「では、互いに向かい合って、礼」
 周の掛け声で、榎たちは儀礼を行った。
「さっさとやろうや。一分で、ケリつけたる」
 頭を上げると同時に、柊が薙刀を構えた。倣って榎も、正眼の構えをとった。
 周の腕が、地面と垂直に頭上へ翳される。緊張した空気が、辺りを包み込んだ。
「――試合、開始!」
 掛け声と共に、緊張が弾けとんだ。
 柊が、先に仕掛けてきた。前方に薙刀の刃先に当たる部分を突き出し、榎めがけて押し出した。
 榎は紙一重で避けつつ、竹刀で防御した。丈が長い薙刀のリーチは、竹刀の間合いよりも長い。想像はついていたが、実際に戦ってみると、非常にかわし辛い攻撃だった。
 薙刀は広い間合いと、武器を振りかざす遠心力から生み出される攻撃力が売りだ。ならば、間合いの内側に入ってしまえば、長所が殺されて無防備になる。
 榎は薙刀を竹刀で弾き、すかさず柊の懐へ飛び込んだ。相手の武器を叩き落そうと、手元を狙う。
 ところが、柊も切り返しが早い。柔軟に体を回転させて、榎の攻撃を避けた。反撃を食らうおそれがある。反射的に榎は後ろへ下がり、柊の間合いから遠ざかった。
 少し乱れた息を整える。獲物は違うが、動きにキレがあり、物腰も柔らかい。
 武器を交えて、柊の実力の高さが、ひしひしと伝わってきた。
 柊は強い。武術を嗜む者として、かなりの鍛錬を積んできた人間だ。
 幼少期から剣道の技を磨いてきた榎でさえ苦戦する強豪。同じ歳でここまで覇気のある人間と、榎は初めて対峙した。
 柊は、榎の技量をどう思っているだろう。少なくとも、柊の表情から余裕の雰囲気は見られない。
 きっと、柊も榎に苦戦している。そう思えるだけで、少し、榎の自信に繋がった。
「二人とも、すごいわ。全然、隙がない」
「力も技も、互角どすな。あとは、体力勝負でっしゃろか」
 椿も周も、榎たちの戦いにのめりこんでいる様子だった。緊迫した空気を楽しみつつ、決着がつく瞬間を待っている。
 互角の戦いでは、意味がない。
 越えなければ、勝たなければ。
 榎は次のぶつかり合いに備えて呼吸を整え、再び正眼の構えをとった。
 風が蘆原を揺らす音だけが聞こえる。張り詰めた空気。
 突然、その空間をぶち壊す足音が響いた。
 砂利を擦る音。小石を蹴り飛ばしながら、何者かが近づいてくる。
「武器を打ち合う、小気味良い音。どれほどの強者たちが戦っているのかと思いきや……。ただの小娘どもか、つまらん」
 くぐもった声が、風に乗って流れてきた。若い、男の声だと気付いた。
 椿と周が、榎たちから視線を逸らした。妙な感覚に違和感を覚え、榎も一瞬、足音のした方角に注意を払った。
 心臓が止まりそうになった。気配もなく、すぐ側に人が立っていた。
 頭にすっぽりと、円筒形の竹筒を被った、黒い着物姿の男だ。
 殺気を感じた。ぞくりと、背筋に悪寒が走る。
 男に向かって竹刀を構えたが、間に合わなかった。
「強さを競うからには、誰にも負けぬ技と力が必要なり!」
 男は鞘に納まった刀を構え、榎たちめがけて振りかざした。
 たった一振り。その動きは軽く、しなやか。
 なのに、重い剣戟となって、榎を襲う。
 何が起こったのか、分からなかった。気付くと足に痛みを覚え、地面に倒れていた。
 足を払われたのだと、後になって気付いた。痛みと戦いながら、榎は必死で現状を把握しようとした。
 だが、考えれば考えるほど、困惑が増していくばかりだ。
 目の前に、距離を置いて立っていたはずの柊までもが、同時に足払いをされて、榎と同じ体勢で倒れこんでいた。あの一振りで、二人を同時に倒したというのか。
 たった一瞬の出来事が、まるでスローモーションで流れていった。
しおりを挟む

処理中です...