黒焔の保有者

志馬達也

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プロローグ

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「早く! 走って!」

手を引きながら走る。一刻もここから、逃げないと。それだけで頭の中でいっぱいになっている。

「ちょ……早いよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

手を引いてかれている子から抗議の声があがる。だけど、止まるつもりはない。少しでも止まったらやつらに喰われるからだ。

周り一面は炎の海。逃げ道を探すのも一苦労だ。ここではない、あそこではないと瓦礫ができるだけ少ないところを探し、逃げる。

火の周りが早いのか、逃げ道は炎でふさがっている。これはもう、先に進むしかないということなのか、それとも上手く誘導されているのか。

どちらにしろ、考える余裕などなかった。それぐらい、必死だったのだ。

鼻につく嫌な臭い。考えるだけで想像がつく。本当にこれ以上は想像したくはないような臭いだ。

息が切れる。足は何かで切ったのか血で濡れている。しかも、ずっと走っていたため、足が悲鳴をあげている。それは手を引いている子も同じようで、だんだん追いつけなくなっていっているのがわかった。それでも、休憩などしていられない。一刻も早く安全な場所へ、それしか考えていなかった。

 どれくらい走ったのだろう。時間なんてわからない。けれど、街の外れまで来たことはわかった。目の前には炎などなく、いつも遊んでいた河川敷が見えるからだ。

「ここまで来ればあとは、大丈夫だろ。」
「うん……でも、みんなは……」
「…………」

 忘れようとした光景が思う浮かぶ。突然、出現した黒い影。その影に喰われていく家族や友達。「逃げなさい」という母親の声が未だに頭から離れない。

それは、俺だけではなかったようで、その子も悲しそうにしている。お互い、この短時間で失ったものが多すぎた。

「とりあえず。ここを渡れば、助けがくるはずだから」

じゃあ、行こうと言う言葉は飲み込まれた。振り返ったその先に黒い影が見えた。間違いない。奴らだ。

 その子も気づいたようで、後ろを振り返ると、俺の腕にしがみつてきた。

 グルルルと唸り声をあげながら、少しずつ近づいてくる。

 それから逃げようと、こちらもジリジリと後ずさる。だが、そんなことをしては二人とも川に落ちてしまう。

 ハァと一息つく、覚悟を決めるしかなようだ。

 その子の前に出る。できるだけ、背中に隠れるように。
「どうするつもり?」
「どうもこうも。戦うしかないだろ。そうじゃないと生き残れない」

何も勝算がないわけじゃなかった。幸いというか、つい先ほどその勝算を手に入れたからだ。

だが、一回も使ったことのないこれに果たして、頼ってもいいのだろうか?

 自分のてがを見つめながら、考える。その間にもやつらは迫ってくる。あまり、余裕はないようだ。

 怖い。その一言がよぎる。自分果たして使えるのだろうか。もし、失敗したら? 命をかけてまで、逃がしてくれた両親に申し訳が立たない。

手が震える。思わず、目を背けたくなる。

 その時、自分の手に暖かい感触だ伝わってくる。その子が優しく微笑みながら、手を握っていた。

「大丈夫。一人じゃないよ」
「……そう、だな」

 さっきまでの怖いという感情がなくなったわけではない。でも、決心はついた。

 やつらとの距離は手を伸ばせば届きそうな距離だ。

ゆっくりと右手を伸ばす。左手には手の感触。一度、目があった。大丈夫。聞こえはしなかったが、口の動きでわかった。

 深呼吸をする。それから、右手に力を貯めるように集中する。

次の瞬間。黒い影が消え、代わりに黒い炎が目の前を覆っていた。
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