黒焔の保有者

志馬達也

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エピローグ

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太陽の日差しが強くなりつつある午後。セミがそこら中でやかましいくらいの合唱を始めている中、俺と舞はある場所へと訪れていた。

どうしても付いてきてほしいと土下座の勢いで頼まれて来たのは良いが本当に俺が居ても良いのかと思ってしまう。

山の中腹にあるこの場所は木々が木陰を作り、蒸し暑い気温の中でも心地よさがある。まるで、安眠できるように自然が気を配っているように。

その木陰に守られるようにたくさんの大理石で出来た石碑があった。その石標の元には花や供え物などが添えられ、線香特有の匂いが辺りを支配している。

そう、ここは墓地だ。学園から電車で揺られて3時間ほど。そんな場所に舞の家族が眠る墓標があった。
その墓標にさっき供えた花と線香。それに静かに手を合わせている舞がいる。

ゆっくり時間をかけてそこに眠る死者と会話をするように目を閉じている。その姿に俺は何も喋りかけられなかった。

どれくらい時間が経っただろうか。舞が目を開けて、合わせていた手をほどき墓標を撫で始めた。

「ありがとう」

そう呟いた。その言葉はとても深い感謝が込められているように思った。

「さて、ここまで付き合ってくれてありがとうね」

クルッと笑顔を見せて言う。

「え……ああ。まあ、舞がどうしてもって言ってたからな」
「そうだけど。まさか、本当に付いて来てくれると思わなかったから」
「なんだよそれ」

でも、付いて来た良かったかもしれない。もう、会えない人たちと一番に触れ合える場所。そういうところには必ず人の想いが集まる。亡くなった人の想いを受け取ることで自分がこれから生きる糧にもなれる。そう思ええるからだ。

「ところでさ」
「なに?」
「いや……なんで、ここに来たのかなって」

素朴な疑問を投げつける。舞の家族の命日は今日ではない。まあ、墓参りなんて何回来てもバチはあたらないが……それでも、急にここへ来た理由が気になった。

「うーん……それはね……なんて言うのかな……」

手を口元に当て頭をひねっている。そこまで考えることなのだろうか。

「特にこれって言う理由はないんだけど……。この間の試験の時に私、すごくこの能力が嫌いで怖かった。家族を守れたわけでもなく、誰かを助けたわけでもないから……。だから、この能力を持たなければ良いだなんて思ったこともあった」

目を伏せて口をつぐむ。言葉にしなくてもそれだけ悔しくて、辛い思いをしたことがよく分かった。
能力を持っていたとしても、無力さを思い知らされると誰でも舞みたいに思うだろう。

「でも……でもね。この前の試験の時に初めて自分の能力を思うままに使えて、それで仲間を助けられて……すごく、嬉しかった。私のこの能力で助けられたんだって少しだけ救われた気がしたの。今まで嫌いだった能力と向き合って、少しだけど好きになれた。だから、私を保有者として産んで育ててくれた家族にお礼を言いたくなったの」
「……そうか……」

能力を持つ。それで人生を狂わせた人、またその逆の人もいる。
舞にとって『治癒』という能力を持つことは大きく人生を変えられただろう。そのことで辛い想いもたくさんした。

だけど、それだけじゃなにも始まらない。能力は自分の一つでもある。

それと逃げるのではなく、向き合うこと。そして信じること。これが大切だと思う。

今回のことで舞がそう思ってくれることが俺は嬉しい。

「でもね……」

そう言いながら、いきなり俺の手を握られる。

「なっ……ちょっ……!」

あまりにも突然のことで驚く。

だけど、舞は何も気にせずに続ける。

「能力が好きになれたのは悠一くんのおかげだと思う」

握った手が強くなる。そこから舞の温かい体温と手の柔らかさが伝わって少しパニックになる。

「だから……本当にありがとう。悠一くんと出会えて良かったよ!」

出会った時以上に晴れやかな笑顔を向けられる。それは本当に素敵な笑顔で、俺の頭の中のパニックを一瞬でかき消して、見惚れてしまうほどだった。

「ああ……こっちこそ……」

だから、そっけない返事しかできなくてそんな自分がとても残念に思えたのは内緒だ。




さて、その後のことを少しだけ話そう。

試験の結果としては、俺たち309小隊が最後に残った小隊だった。

ゴーストと対峙している間に他の五つの小隊はお互いがお互いを潰し合っていたらしい。

一応、一位で試験突破ということで成績的には加味されるらしいが何も戦っていないのにそういうプラスなことが起きるのは気が引けたが、貰えるものはもらっておけという黒木先生のありがたい言葉に従い、そのまま受け入れることにした。

そして、試験終了後に小隊を解散するかどうかよ是非が問われたが、309小隊総員一致で解散しないという答えに至った。

誰1人として反対の声を上げずに即答したところを見るとこのメンバーは意外と合っているのかもしれない。

俺はというと命令違反、単独行動、で月島班長にこっぴどく叱られた。それはもう、ものすごい剣幕で。
けど、奇跡的に負傷者無しで事を収めたことと迅速にゴーストを討伐したことを加味されて減給3ヶ月というなんともありがたい懲罰で済んだ。

本来ならこんなに軽いものではないがどうやら時定中佐が誠人に口をきいてくれたらしくそれぐらいの罰で済んだとのことだ。

さて、いろいろと難題があったこの2ヶ月だったが試験も終わり学園は夏休みに入っていた。

蒸し暑く、セミがうるさく響き渡る駅前で俺は木陰に入っていた。

今日はあかつき園で過ごそうと思っていたが、舞から観たい映画があるから付き合ってと電話があり急遽、こうして待っているわけである。

待ち合わせの30分前に来てしまったのだが、近くのガラスで髪を整えたり服装がおかしくないかと確認したりしているとなんだかんだで時間が経つのが早いと気づいた。

いやまあ、せっかく遊ぶのだから変な格好をしていては舞に失礼だろう。決して、気にしているわけではない。

「なに、1人でぶつぶつ言ってるのよ」
「うおっ!?」

突然、後ろから声をかけら飛び退いてしまった。

「なんか、そんなに驚かれると傷つくわね」

そこにはふくれっ面の私服姿の茜がいた。

「なんだ……茜か」
「なんだとはなによ。失礼ね。で、なにをぶつぶつ言ってたのかしら?」
「別になんでもねーよ。てか、なんでお前がここにいるんだ?」
「え? 舞から聞いてないの? 今日は小隊のメンバーで遊ぼうって」
「は?」

衝撃の事実だ。そんなこと一言も聞いてない。

俺が唖然としているなか。

「お、いたいた! おーい! 悠一、茜ー!」

遠くにいてもわかる大きな声に体格の良いあの姿は大和だ。その後ろに佐久間と久遠が見える。

「いやー……この駅前って複雑だよなー。ホント、すぐ迷っちまったよ」
「それ、お前が勘違いして違う改札口から出ただけだからな。全然、複雑じゃないからな」

大和と佐久間が喋りながら合流する。

「本当に……出てすぐそこなのにいきなり違う方向に行こうとするんだもの。あり得ないわ」
「まあ、そういうなよ。こうやってすぐに合流できたじゃねぇか」
「あなたが変なところに行こうとしなければもうちょっと早くに出来たのだけれども?」
「あははは……」

笑ってごまかす大和をよそに、久遠はプイっとそっぽを向ける。
最初の頃よりもこの二人は仲が良くなってきているように思える。

「そういや、舞ちゃんは? まだなのか?」
「ああ、まだ来てないな」
「そうかー。まあでも、まだ時間まで少しあるしな」

どうやらこの集まりは舞が主催みたいだ。茜も誘われたって言っていたから、一人ひとりに連絡したのだろう。それなら、そうと言ってくれれば良かったのに……。

「おーい!」

聞き覚えのある元気な声。少し遠くにいてもわかるその声の方向に舞が大きく手を振っていた。

「ごめん! 待った?」
「いやいやー。そんな待ってないって。俺たちも今来たところだし。なっ!」

そう言って大和が佐久間の肩を組む。それを聞いて、舞は安堵しているが、組まれた本人はものすごく不快な表情をしていた。

「良かったー……ちょっと電車が遅れてたから……私が誘ったのに最後に来てごめんね」
「気にすることないわよ。みんな、本当にちょっと前に来たころだし」
「そうそう、そんな気にすることないって! じゃあ、全員揃ったし行こうぜ!」
「あなたは、少し気にした方が良いんじゃない? というか、なぜ突然、仕切り出すのかしら」
「んな、細いかこと気にすんなよ、ルイちゃん!」
「その呼び方はやめって、この間から言っているでしょ」

側から見たから微笑ましいやり取りをしながら二人は先へ歩いて行った。そして、その後ろにため息をついている佐久間と茜が続く。

「悠一くん」

舞が小さく声をかけてきた。

「どうした?」
「今日は来てくれてありがと」
「まあ、ヒマだったしな……それに、こっちも誘ってくれて良かったよ。ありがとう」
「そうなんだ。それじゃあ、良かった」

ニコッと笑顔で答える。

「じゃあ、今日はめいいっぱい楽しもうね!」

そう言って俺の手を引いて、先に行ったみんな所へと追いつこうと少し早く歩く。

突然、握られたその手に驚いたが舞の手の温かさと心地よさに何も言わずに後に続く。

この小隊のメンバーなら、この学園生活もなかなか楽しくなるのではないかという予感ととそうあって欲しいという願望とともに俺はみんなのところへと足を踏み出した。
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