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『腸』――4日目

104.『白百合美海』

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 ――――PM14:00、朔也の部屋

道明寺 晶
「…………それで?」

乃木坂 朔也
「…………」

道明寺 晶
「お前はなにを見た。なにを知った」

乃木坂 朔也
「…………これだ」

道明寺 晶
「新聞と…………この写真は……」

乃木坂 朔也
「初日、金庫に入ってた。
 それで、裏面に」

道明寺 晶
「…………『閖白えりか』か。
 それでお前は調べたわけだな」

乃木坂 朔也
「ああ。
 …………書斎を調べた。古い新聞が山のようにあった。
 そのほとんどが…………10年前のとある事件のことだった」

道明寺 晶
「……繭見沢一家惨殺事件だな」

乃木坂 朔也
「…………ああ。
 それで、調べている内に、この新聞に顔写真が載ってた。これは……」

道明寺 晶
「そうだ。…………美海と、菫谷だ」

乃木坂 朔也
「…………お前は知ってたのか?」

道明寺 晶
「…………知ってた。一年ほど前だ。
 ネットサーフィンをしていて、偶然だった。

 俺はな、すぐに美海を問い詰めたぜ。
 美海は、泣いてた。そして全てを語った。
 そして俺は、永遠に美海を守ると誓った」

乃木坂 朔也
「…………なぜ俺に言わなかったのか……は、野暮な質問だよな」

道明寺 晶
「…………」

乃木坂 朔也
「なぜ『白百合美海』として生きている?
 この辺りの事情は…………」

道明寺 晶
「全部、話す」

乃木坂 朔也
(そうして、アキラは全てを語った。

 美海……えりかの兄が、恋人の家族を昂太以外皆殺しにしたこと。そして、実の両親にも手をかけたこと。
 経路はわからないが、事件の前にえりかを知り合いの暴力団に預けたこと。事件後、昂太も同じところに引き取られたこと。
 閖白えりかは十字架を背負う意味も込めて『白百合美海』の名を与えられ、墨谷昂太は名前をすこしもじって『菫谷昴』の名を与えられたこと。
 二人とも、戸籍がないこと…………。

 被害者遺族である菫谷と、加害者家族である美海が一緒に生活していたこと。
 美海が現在独り暮しをしていること。
 菫谷が…………異常なまでに美海に執着していること。
 ……美海は組織での立場が弱く、所謂、…………裏ビデオへの出演等で体を売られていたこと。全部、全部だ)



乃木坂 朔也
「美海は、…………そんなものを抱えていたのか」

道明寺 晶
「そうさ。
 ……で、お前は、それでも美海のことが好きだと言えるか?
 それとも…………軽蔑するか?」

乃木坂 朔也
「…………初めは戸惑ったさ。
 けど、…………美海は、美海だって言う結論に至った。
 軽蔑なんかしない。…………できない」

道明寺 晶
「そうか……」

乃木坂 朔也
(…………半年前の、この言葉を思い出した)



道明寺 晶
 俺、美海と付き合うことになったんだ――



乃木坂 朔也
(アキラは知らないだろう。一瞬、殺したいほどお前を恨んだことを。
 けど……親友が彼女と付き合うことを決めた理由は。…………彼女が俺ではなく、アキラを選んだ理由は、こんなところにあったんだ。
 …………だから)

乃木坂 朔也
「…………お前も、同じ結論に至ったんじゃないのか」

道明寺 晶
「そうだ。兄貴が人殺しだろうとなんだろうと、
 …………不特定多数の男に体を売られていようと、
 …………それでも、美海は、美海だ。俺がずっと好きだった美海なんだ。
 美海は、俺が守る。…………お前には悪いけどな」

乃木坂 朔也
「…………お前は本当にそれで良かったのか?」

道明寺 晶
「ああ。
 …………美海の事情を知った俺は、なんとか組織の長に話をつけようとあの手この手で奔放したよ。
 けど、会ってみたら意外に人情深い人でな。
 美海には、苦しい思いをさせて悪かったと言っていたよ。
 ……あと、十分稼がせてもらったとも」

乃木坂 朔也
「…………結局はそれか」

道明寺 晶
「まあ、元々高校を卒業したら自由にさせてやるつもりだったらしい。
 戸籍も、『白百合美海』として登録できるよう、なんとか裏から手を回しているそうだ。
 ……今は体を売る仕事はしていない。美海は、解放されたんだ。

 …………いいか。朔也。
 『閖白えりか』はとっくに死んだんだ。あの日、兄が事件を犯したあの日に、とっくの昔に。
 …………美海とはもう、関係はない」

乃木坂 朔也
「…………ああ」

道明寺 晶
「…………これからも、普通に接してくれるか?
 …………なにも、なかったかのように」

乃木坂 朔也
「…………もう少し時間はかかるかも知れない。
 けど、約束する。お前も美海も、俺にとっては大切な存在だ。
 今までとなにも変わらない。
 …………そして、この話は誰にもしない」

道明寺 晶
「…………サンキューな」

乃木坂 朔也
「ああ」

道明寺 晶
「…………はあ、正直、安心したよ。
 お前とはとことん気が合うな」

乃木坂 朔也
「……そうだな」
(俺も…………全て打ち明けてくれて、逆に気持ちが楽になった)

道明寺 晶
「ほっとしたら腹が減ったな。
 …………今は何時だ?」

乃木坂 朔也
「……まだ、3時前だな」

道明寺 晶
「……飯はまだか」

乃木坂 朔也
「そうだな」

道明寺 晶
「…………」

乃木坂 朔也
「…………」

道明寺 晶
「…………くく」

乃木坂 朔也
「くふふふ」

道明寺 晶
「くははははは」

乃木坂 朔也
「はははははは」
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