アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

文字の大きさ
上 下
187 / 298
【第三章】追 跡

  DTSD(Dynamic Time Stretch Device)  

しおりを挟む
  
  
 4000年も過去に飛ばされた上に、再び時間停止を46秒間も喰らい、その補正を強いられたのだが、なぜか社長は500年未来へ行けと、時間を限定した。

 理由はともかく、だからと言って何も事態は変わらない。4000年過去が3500年過去になっただけなのだが、この話にはまだ続きがある。

 俺たちはある史実を知っている。それは管理者の先祖であるドゥウォーフ族がいた時代――ここから見れば3500年も未来だ――そこからこの場所にコロニーごと跳躍して来るという事実だ。そう事実さ。何しろそこにはナナがいた。

 ナナ……。
 徐々に込み入った話になってくるが、ナナというのは俺たちをドゥウォーフ族の惑星へ飛ばした張本人、つまり俺の横で笑顔の大安売りを実施中の茜だ。

 単刀直入に言おう。
 ナナ、茜、優衣。この三人はすべて同一人物で、時間域が異なるだけ。学習状態の優劣があって別人のように感じられるがすべて同じアンドロイドで、その発端が今説明したドゥウォーフ族のコロニーがここに飛び出してくると言う史実に繋がるのだ。ここに茜と優衣がいるかぎりそれは間違いなく起きる必然の出来事なのだ。


 で、元の話に戻して。
 ドゥウォーフ族は時空理論に精通した人らで、カタパルトと呼ばれる巨大な時空転移装置を利用して、過去と現代の時空間を入れ替えることで跳躍するらしい。
 誰だって言いたくなるぜ。意味不明で超SFチックだ、とな。

 でもってこっちは、藁(わら)にもすがりたい心境なんだ。メッセンジャーが時間跳躍を乱発してくれたおかげで、優衣の時間跳躍は封印された。これ以上それを使ったら死人が出る。ならどうするか、で社長が閃いた方法が、この時間域にスフィアが現れるどさくさに紛れて元の時代へ戻ろうというモノだ。

 とまあ、こんな危険極まりない行為をやろうと決めたのには、シロタマの後押しという経緯があったことを補足しておこう。

 何しろ宇宙の帝王がこう言い切ったのだ。
『カタパルトのミラー効果で、こちらの時空が3500年未来の時空と入れ換わる瞬間に便乗すれば、銀龍はもとの時間域に戻ることができます』

 ひと言で今の感想を述べれば、「なんかやばそうだぜ」に尽きる。

 常軌を逸したこんな計画、マジでやるの?
「ほんでユイ。スフィアの出現場所の特定はできてまんのか?」

 やるみたいだ。

「あ、はーい。お爺ちゃまのナビゲーションパネルをちゃんとこの目で見ていましたから、ばっちり場所を記憶していまぁす」
 と横から割り込んだのは茜だ。
「お前の記憶なんかあてになるかよ」
「でもその記憶はワタシにもあります。アカネはワタシですから」
 同じ記憶なんだから、どちらから聞いても同じなのだが、できたら優衣の口から聞き伝えられたほうが安心する。

「そんなぁー」
 茜は口を尖らせて見せ、優衣は柔和に微笑む。
「記憶はアカネのほうが鮮明に残っています」

「ほぉらごらんなさい、コマンダー」
「自慢げに言うけどな。記憶デバイスに残った記憶は消えるか、消えないかのどっちかしかないはずだぜ。お前らは生命体ではないんだからな」

『その考え方は間違っています』
「何だよタマ。コンピューターってそんなもんだろ」

『外部から加えられる何らかのショックや、飛来する宇宙からの粒子がデバイスを傷つけて、データを書き換えることが多々あります』

 優衣も力強くうなずくと俺へと言う。
「アカネはナナの、そしてワタシはアカネの記憶を継承していますが、すべてが正しいとは言い切れません。部分的に欠損したり、歴史の改ざんで変化したりして、一部が異なる場合があります」
「お前らと会話してっと頭痛ぇな。マジかよ。じゃじゃあ、アカネのほうが800年ほど新しいってわけか」

「お爺ちゃまの乗ったスフィアは、明日(あした)あの辺から飛び出てきます」
 あの辺って……。起動していないビューワーを指差すな。何ちゅうアバウトなヤツだ。

 社長も落ち着かない様子で、
「あのなアカネ。今回は正確に動かんとやばいんや。スフィアはちょっとした衛星ぐらいの大きさや、それが光速の何パーセントちゅう速度で銀龍と衝突してみい、こっちは木っ端微塵やで。かと言うて、時空の入れ換わりが起きる瞬間に出遅れたらこの時間域に置いてきぼりになる。な……。そやから時間だけは正確でないとあかんのや」

 茜はこっくんと顎を落とし、
「えっとぉ。18時間と22分後ですねー」
「ほんまかいな? アカネ、だいたいやったらあかんねんで。ミリ秒、いやマイクロ秒のタイミングが求められまんねん」
 社長は茜からシロタマへ視線を移すと、
「おまはんの見解はどうやねん。どれだけ正確な時間が必要なんや?」

『スフィアは光速の80パーセントで現れます。その場合、100万分の1秒で240メートル進んで来ますので、次元転移の時間はそれ以下だと思われます。したがって銀龍を縦向きに侵入させるより横から入るほうが、スフィアの通過距離を短く取れるため、適正値は1000万分の1秒だと推測されます』

 ダメだ。眠くなってきた。
 催眠術めいた呪文は俺の脳に睡魔の蜜を滴らしてくる。
 でもこの人だけはタダでは眠らない。

「そんなアホな。あのでっかいスフィアが目の前を1000万分の1秒だけ通過してできた24メートルほどの隙間に、頭から銀龍を突っ込みまんの? 無理や! できまっかいな。人の感覚やったら絶対不可能や。何ぼ機長が優秀やゆうても1000万分の1秒ちゅうたら100ナノ秒や。なめとんかい!」

『脱毛症の頭部を舐めるつもりは99コンマ98パーセントありません』
 ゼロじゃないんだ。
 吃驚(びっくり)したような目でシロタマを見上げたのは俺だけではなかった。

 報告モードはまだ続ける。
『スフィアに同乗するナナのEM輻射波を誘導ビーコンにすれば、より正確に位置と時間を同期させることができ、またその瞬間をユイが行えば、さらに精度を向上させることが可能です。彼女の場合、ピコ秒の事象でも捉えることが可能です』

 うん。これに関して異存はない。
 社長も簡単にうなずいた。
「よっしゃ。それでいきまひょ。その代わりユイ。シミュレーションを繰り返しておきなはれ。ほんでシロタマは元の時間域に飛び出たあとのハイパートランスポーターの起動を任せまっせ。それも即行でやらんと、今度はブラックホールに引き込まれまっからな」

『1ナノ秒もあればじゅうぶんです』

 社長はピクリと片眉を吊り上げて見せたが、すぐに指示を飛ばす。
「よっしゃ。タイムリミットは15時間。それまでに次の問題を片付けまっせ」
「何を?」

「次にメッセンジャーが現れた時の対抗策や」
「それだな……。それが最大の難問だ」
 社長も光った頭をうなずかせ、矛先(ほこさき)の無い問いをする。
「あいつに弱点はないんかいな?」
「武器の塊だって言ってましたよ」と玲子。

「そやけどアカネやユイと違って相手はサイボーグや。何か弱点はあるやろ」
「強いて言えば、人だというところかな」と俺。たまにはマシなことも言う。
「人って?」
 疑問を持った玲子の黒い瞳が俺に注がれる。

「例えばメンタルだな。よくあるだろ、田舎の母親を思い出させるとか」
「古いわねえ、あなた。今どきドラマでもそんなことやらないわ」

 優衣がサイドポニテの黒髪を振った。
「メッセンジャーのメンタル部分を刺激することはできません。サイボーグになるために生まれてきたような人物です。はっきり言います。人造人間だと思ってください。理解できる感情も少なく、むしろワタシより無情だと思ってくださって間違いではありません」

 部屋が凍りついた。
 それぞれに思い当たる節があったからだ。奴は執拗にそれらしい言葉に反応し、優衣に迫っていたのを思い出した。

「人でありながらロボットみたいな奴か……何となく言い当ててるよな」

「それならシロタマがちゅくった麻痺ビームが効くかもしれないヨ」
 自分を名前で呼ぶ機械と言えばこいつしかいない。そして途中から声音を冷然に替えることができるのもこいつしかいない。
『ピンポイントを狙うことが可能な麻痺銃なら、メッセンジャーの運動神経の一部だけをマヒさせることが可能です』

「あーあれね。裕輔をメッタメタにするヤツね」
 別に俺のために作られたのではない。

「それオラに撃たせてくんろ。今度あいつに会ったら1回ぶっとばすダ」

「「田吾っ!」」
 司令室の扉を塞ぐようにして立っている肥満型ボディ。まだ青白い顔色だが、メガネの奥に人懐っこい瞳を潤ませたヲタは健在だ。

「おう、大丈夫かお前。今度までにちょっと痩せとけよ。でないとお前だけ時間跳躍ができないぜ」
「何言ってるダ。シロタマから聞いたダよ。回数的にはみんなと一緒ダ。あと1、2回が限界ダすよ」

「いーや。俺が2回、お前はあと1回だ」

 首っ玉に腕を回してこっちに引き寄せる。
「ぉぉっぷぅ。裕輔ぇー。まだ体を揺すらないでくんろ」
「二日酔いかよー、ばーか」
 手の平で口を押さえる悪酔い男を急いで引き離した。まるで週明けの出社直後みたいな雰囲気だった。

 そんな光景を見て緩んだ目尻を下げつつ、社長が優衣に問う。
「メッセンジャーはどないやって時間跳躍をしまんの?」
「レベルは上ですが原理はワタシのDTSDと同じものです」

 あれか……。

「ちょっと見せてくれまへんか」
 優衣は心安く首肯すると、上着を脱ぎ去り床に膝を落として、大きく空いたガイノイドスーツの背中を曝した。

 どきりとする白磁みたいに艶やかな白い肌が広がっていた。
「ユウスケさん。起動コードを告げてメンテナンスを宣言してください」
 背中を見せてそんなことを言われたのは初めてだ。

「何ビビってるのよ。ユイのメンテナンスはコマンダーの仕事なんでしょ?」
 と言う玲子に、
「あのな。俺はユイの体に指一本触れたことが無いんだ。へんな誤解すんなよ」
「何言ってんのよ。まさか会社のパソコンのメンテナンスするのに変なこと考えながらしてるの? あなたもヲタ?」

 迷惑そうに田吾がこっちを見たので、慌てて拒否る。
「変なこと言うな。誰が……」
「もうええ。おまはんらちょっと離れなはれ。時間が無いんや。今日中にでも対策を考えへんかったらマズいやろ。向こうへ戻ったら奴は必ず現れる。そん時に手ぶらやったら、それこそ最後や」

「す、すみません」
 玲子とちょっと見詰め合う。ヤツは赤い舌を出して首をすくめ、俺も気を取り直して優衣の滑々の背中に無機質なセリフで語る。

「承認コード7730、ユウスケ3321。メンテナンス開始だ」
 メンテナンス宣言て、こんなもんだろ。よく解からん。
 その不安はすぐにシステムボイスが返した言葉で払拭された。
『メンテナンスポートを開きます。登録DNAを当ててください』
「登録DNAって?」
「おまはんのや。その汚い指でええんちゃうか?」

 震える指先で優衣の背中に触れる。田吾の野郎が喉を鳴らしたのを背後に感じて、振り返る。
「こら、不謹慎ね。シメるよ」
「ご、ごめん」
 奴は俺の睨みでなく、玲子の怖い顔に手刀を挙げていた。

『DNA承認完了』
 と言う言葉に続いて、陶器のような白い肌に、「チー」という小さな音がして、横に切れ目が走り、肌が開いて行った。

 色とりどりの光の粒が流れ過ぎる内部は真っ暗ではなく、その明かりに照らされて何かが波打っていた。ぷよぷよした柔らかそうな物が詰まっていて、その中を光の粒が駆け抜けている。

「何だよ、これ?」
 優衣や茜の究極の柔らかさはこれだったんだ、と手品のタネを見て急激に頭の中が醒めて行くのと同じ気持ちに浸りながらも、好奇心には勝てず、恐々とだが中を覗いた。

 ジェル状の物質で満たされた内部は、水宮の城で見たカーネルの中とよく似ていた。俺たちが知るコンピューターとは別種の物だとひと目見てわかる。

『それは情報伝達と衝撃吸収、さらに放熱効果もあるジェル物質です。指を入れて問題ありません。奥へ……』
 なんでお前が上から指示を出すんだ、という疑問も湧くが、ここはシロタマの言い付けどおり、素直に突っ込んだ手を広げて奥をまさぐる。ジェル状の物質はカーネルのときと同じで、手に張り付くことも無く、自ら逃げるようにして左右に開いて行く。

「あー。温かい」
 まるでぬるま湯に手を突っ込んだ感じだった。

 さらに指の先を奥へ進めると、
「何かあるぜ」
 金属の繊維ぽい物で編まれたチューブと一緒に角の取れた立方体が出てきた。
 何色もの精細な光のラインが浮き出た半透明の物体。

「こ、これでっか?」

『Dynamic Time Stretch Device. 略してDTSD。時間伸縮装置です』
 ふんわりと降下してきたシロタマが冷然とした声でそう言った。

 何でも知っている奴だな……。
 シロタマの博学多識には頭が下がる思いだ。

「こんな小さなモノで……」
 社長の声も震えていた。
 俺も同感さ。手の平サイズの小さな物体でこの巨大な船もろとも時間と空間の移動ができるとは。
 改めて管理者が持つ驚異の技術力を突き付けられた気がする。

「この装置でどうやって時間や空間を移動してまんねん?」
『時間の中を移動すると言うと、場所を移動するように三次元的に取りがちですが、時間の平面を拡げたり、縮めたりして移動します』

 ワケわかんねえ。

「ほなメッセンジャーもこの装置で飛んでまんのか……へーえ」
 大仰に驚いて見せるのは演技ではない。マジで感心しているのだ。そして社長らしい注文を付ける。
「このパーツを使って、時空間転送を抑制する装置を作れまへんか?」

『抑制周波装置は時空間転送装置より簡単にできます。ただしこの出力ではパワーが足りません。半径2メートルが限界です』

「パワーなら銀龍のを使こうたらエエがな」
 お、ケチらハゲにしてはやけに太っ腹なお言葉。

『電気エネルギーを利用したものではありません。素粒子間に働くエネルギーを利用しています。問題外です』
「何やそれ。素粒子間のパワーを利用するって、どんなモンやねん。想像もできひんわ」

『陽子の仮装フィールド内で発生消滅を繰り返す素粒子のエネルギーを引き出すモジュールと、DTSDの放出フィールドを増幅するブースターが必要です』

「あかんわ。裕輔、代わってくれ。ワシには理解できん。頭、痛とうなってきた」
「ば、バカな。社長が理解できない物が俺に解かるワケねえだろ」

「あのぉぉ……コマンダぁ?」
 茜が横から俺の裾を引いた。

「お前が代わってシロタマの説明を聞いてくれるのか?」
「いえっ、違います。そうじゃなくてぇ。わたしのパワーモジュールが使えないですか?」
  
  
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

心の交差。

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

思い出のとんぼ

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

君に銃口を向ける夏

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

義妹たちの為ならば!

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

青とオレンジ

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

『むだばなし。』

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

 私はクラゲ以外興味がありません

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,483pt お気に入り:2,109

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,499pt お気に入り:2

J.boys

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...