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第一部 四季姫覚醒の巻

第六章 対石追跡 9

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「麿、聞こえる? 麿!」
 神通力で声を送った。今回は今までと違い、確実に波長が繋がる感覚が分かった。
 髪飾りの向こう側から、重苦しい呼吸音と、今にも死にそうな月麿の呻き声が聞こえてきた。
 相手が月麿だと分かっているからいいものの、何も分からずに聞いたら、ちょっとしたホラーだ。
「なんだか、体調が悪そうだね、麿」
『空中浮遊の術を使われ、心の準備もできぬうちに飛ばされたでおじゃる。まだ体の調子が元に戻らぬ……』
 人が空を飛ぶ、という概念に関しては、未知の存在ではなかったらしい。いちおう、術の名前として出してくるくらいだし。
「平安時代に、空を飛ぶ術なんてあったのか?」
『術だけでおじゃる。実際に、空を飛んだ者はおらぬ』
 つまり、月麿は平安生まれで初めて空を飛んだ人間となるわけだ。なかなかの名誉だ。
「実現はしなかったけれど、平安時代に空を飛ぶ、っていう発想はあったみたいだな」
「大空は、太古の昔から人々の憧れですからね。古代エジプトでは、熱気球の元祖となるものを発明して、空からピラミッドの形を観察していたといいますし」
「レオナルド・ダ・ヴィンチが飛行船を設計しとったくらいですから、発想としてはもっと昔から、世界中にあったんでしょうな」
 博識な協力者たちの話を側で聞きながら、人間の力は偉大だなと、榎は納得していた。
 その偉大な技術の結晶を満喫した月麿は、もはや慢満身創痍だった。
 榎は心配して、月麿を労った。
「大丈夫? 辛かったら、話は後にするけど」
『少し休めば、良くなるでおじゃる。……ところで、妖怪どものねぐらは、見つかったでおじゃるか?』
 月麿は己への甘えを許さず、報告を求めてきた。
「うん。妖怪たちに関しては、特に問題はないよ。麿には別件で、ちょっと訊きたくて」
 榎も必要以上に気遣いはせず、即座に本題へと入った。
「麿、白神石って、知らないか?」
 その単語を耳にした途端、月麿の呼吸音が止まった。
 動揺している。確実に脈ありだ。
 榎は、同じく通信を聞いていた椿や柊に視線を送り、頷きあった。
「そのリアクションからすると、知っているんだな?」
 確認のために、再度、尋ねる。
『なぜ、お主がその名を知っておるのじゃ』
 震えた声が返ってきた。月麿の息遣いは、さらに荒くなっていく。
「妖怪たちが探しているものだって、聞いたんだ。もしかしたら、危険な石かもしれないし、必要があれば、あたしたちも探そうかと思ったんだけどさ」
 説明をしていると、月麿は大きな声で抑止してきた。
『ならぬ! 白神石の探索は、麿の重要な仕事でおじゃる。麿がこの時代へ時渡りをしてやってきた理由、以前にも話したであろう?』
「あたしたち、四季姫の生まれ変わりを覚醒させて、伝師一族を妖怪の脅威から守るために、宵月夜が封印されていた黒神石を確保する――だったっけ?」
『その通りじゃ。じゃが、麿の目論見とは裏腹に、宵月夜が世に解き放たれてしもうた。この事態を解決させるには、四季姫たちの力を完全に蘇らせる必要がある。と同時に、宵月夜を再び封印するために必要な、忘れ去られた秘石を探さねばならなくなった。その石こそが、白神石なのじゃ』
 初めて聞く、重大な話だった。相変わらず、月麿の頭の中は秘密が多そうだ。
「つまり、白神石には、宵月夜を封印するために必要な力が込められているのか?」
 尋ねると、少し間を置いて、肯定の返事がきた。
『白神石の中には、かつて宵月夜を封じた特別な妖怪、朝月夜(あさつくよ)が封じられておる』
「朝月夜……? 妖怪を封印するために、妖怪を使ったのか?」
『特殊な例じゃがな。朝月夜は宵月夜と対をなす妖怪ゆえ、前世の四季姫たちによって、宵月夜対策として使用されたのじゃ。じゃが、やはり妖怪である危険を考慮して、宵月夜の封印後に、奴も封じられた。妖怪たちが白神石を探しておる理由は、宵月夜を再び封印する方法を、完全に絶つためじゃろう』
「つまり、宵月夜は、白神石をあたしたちの手に渡さないために、妨害しようとしているのか?」
『左様。白神石の封印を解くには、四季姫が四人揃わねばならぬ。揃う前に白神石が妖怪たちの手に渡り、隠されるなり壊されたりすれば、宵月夜を二度と、封印できなくなる。だから、麿が人知れず、探しておったのじゃ』
 宵月夜たちが、榎たちに隠れて石を探していた理由と同様、月麿もまた、妖怪たちに動きを悟られないために、榎たちに内緒で白神石を探していたわけか。
 事情は分かった。だが、重大な話なのに何も知らされず、蚊帳の外に置かれている榎たちにとっては、つまらなくもあった。
「だったら尚更、手伝うよ。宵月夜を解き放ってしまった原因は、あたしにあるんだ。麿の白神石探し、手伝わせてくれよ」
 榎は強気に押した。諦める気配を微塵も見せない榎たちに、月麿も声が困っている。
『じゃが、主らには、四季姫を全員見つけ出し、力を解放する準備を整える役割がある。石を確保し、宵月夜を封印する舞台は、麿がきちんと均さねば……』
「その石が手に入らんと、四季姫が揃うても真価が発揮できへんのとちゃうんか? 悠長に話しとる暇があったら、大勢でさっさと探したほうが得策やで」
「椿たちも頑張って探すわ、一緒に見つけましょうよ」
 頑張って屁理屈を捏ねていた月麿だったが、柊と椿にも言い包められ、仕舞いには何の声も返ってこなくなった。
「あたしたちはまだ、未熟かもしれないけどさ。同じ陰陽師なんだし、もう少し、信用してもらいたい。妖怪たちがもたらす脅威から人間の世界を救いたいっていう気持ちは、同じだろう?」
 榎は正直な気持ちを伝えた。次第に、通信先から月麿の唸り声が大きくなってきた。
『……分かった。ならば、主らの力も借りよう。……麿の庵へ参るがよい。僅かではあるが、探すための手掛かりを与えようぞ』
 月麿は、ついに折れた。榎たちは顔を見合わせて笑い合い、親指を立てた。
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