リュッ君と僕と

時波ハルカ

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三日目

ゲート操作室

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 廊下を抜けたリュッ君とユウキの前に、蛍光灯に浮かび上がる鉄扉が現れた。

「頑丈そうな扉だねえ」とユウキが思わずつぶやいた。「うん、そうだな」と、リュッ君がユウキの言葉に相槌を打つと、目の前の扉に備え付けられたプレートに、『利水用バルブ 放流ゲート操作室』という文字を見つけた。

「ふむん、どうやら一つ目の部屋はここみたいだ」
「ここで、水を流すことが出来るの?」
とユウキが聞くと、
「さあなあ、とりあえず入って確かめるしかないかな。ユウキ。鍵を出して開けてみてみよう」
と言って、口をかぱっと開けると、ユウキに向かって鍵束を差し出した。ユウキはそれを受け取ると、鍵を手に持って扉に近付いていった。

 鍵束の中から、鍵を一つ一つ差し込んでいく。数本刺した後、そのひとつが鍵穴にぴったりかちりと収まると、扉の鍵を開くことが出来た。

 鍵束をリュッ君に渡して、扉の取っ手を両手で掴む。
「ねえ、リュッ君…」
「なんだ?ユウキ」
「扉の向こうに、あのノッポの影がいると思う」

 ユウキに聞かれて「うーん」と首をかしげて、少し間をおくと「この流れだといるだろうなあ」と答えた。

「うぅ~…、やっぱり、怖いよお…」
と言って、ユウキは両手で取っ手を握ったまま固まってしまった。

「次も、意外と気さくに挨拶してくれるかもしれねえぞ」

 リュッ君が、少しおかしそうに言ってくる。ユウキの脳裏に、先ほど「ホッホウ」と、帽子の鍔をあげるように挨拶をしてきたノッポの影の姿が浮かぶ。困ったような顔をして、「ううーん…」と唸るユウキの反応を背に、リュッ君が話を続ける。

「発電所の時と同じパターンかな…?ここで働いていた思い出の影が、中でゲートの操作手順を、繰り返し行っていると思うんだがなあ。それをユウキ、お前が真似して手伝ってやれば、ダムの水を抜くことが出来るかもしれない」

 その言葉を受けても、困ったような顔をして、「うぅーん」と唸るユウキ。そんなユウキの言葉を尻目に「まあ、あのノッポの影達も、今は協力してくれているみたいだし、乗っかっていくしかねえだろ。さあ、とりあえず入っちまおうぜ」と続けた。相変わらず唸っているユウキだったが観念したかのように「分かった…」と口を尖らせてつぶやくと、ゆっくりと手前に扉を引いていった。

 ユウキ達の体半分くらいの隙間が空くと、一旦手を止めた。その後、肩に浮いている赤い☆を手にとって、開いた扉の隙間から中を覗いて見る。
 
 コンクリートの壁で塞がれた空間に、何処からともなくゴオオオオ…と圧力をかけるように反響音が静かに響いていく。

 ユウキ達が隙間からそっと中を覗く。扉の向こうには、ありがたいことに室内灯が点いていた。中は上下に吹き抜けて、さらに開けた空間が続き、その奥には壁際に下に続く階段が伸びている。

「リュッ君…あのノッポの影、いる?」
「うーん今のところ見あたらねえな、扉の脇にもいねえみたいだし」

 中の様子を見回した後、ユウキは、体を滑り込ませて入っていった。扉の向こうに続く通路を進み、突き当りの階段に差し掛かる。階段の上は高いコンクリートの天井があるだけで、がらんとした空間が広がっている。ユウキは欄干の手すりから身を乗り出して下を覗き込んだ。

「あ!」

 ユウキとリュッ君が見ている先、階段を下りたフロアーにのろのろと動くあのノッポの影がいた。ノッポの影は、ユウキ達がいるフロアーから続く階段の降りた先に立って、その体をいつものようにゆらゆらと揺らしていた。

「いたなあ…やっぱり普通にいたなあ…。ありゃ、お前が降りてくるのを待っているなあ…ユウキ」
「ええええ~…」

 リュッ君に言われたユウキが困った表情を浮かべ、下をこそっと覗き込む。すると、階段の上を見上げるようにして立っていたノッポの影と目が合うような形なってしまった。ぎょっとするユウキに、ノッポの影は手を上げて、
「ホッホウ!」
と、また帽子の鍔を上げるように、軽やかに泣き声を上げた。それを見て、ややあきれた顔をしてリュッ君が「ほんとに気さくに挨拶してくれるんだな」とひとりごちた。

「さて、向こうも手伝ってくれると言ってくれているんだ。さっさと行って、ダム湖の水を抜いてこよう」
「ほんとに手伝ってくれるって言ってるの?」
「うむ、そう言ってるさ」
と言ってリュッ君は、フロアーの下のほうを覗き込みながら言った。
「あそこ以外にも、何体かいるな。みんな、多分ここで働いていた思い出たちだ。きっと、ダムの水を放流したくて、ここに留まっているんだろう…。だから、ユウキ、お前が手伝ってやるんだ」

 再び階段の下を覗き込むユウキ。ゆらゆらと揺れているノッポの影が「ホッホウ」と鳴いた。

 ユウキが階段を下っていく。脇を見ると吹き抜けの大きな空洞のような部屋の真ん中に四角い構造物が鎮座しており、その真ん中を突き刺すような巨大な*シリンダーがそびえ立っていた。

「リュッ君。あれ!」
「ああ、そうだな、ノッポの影が働いているな」

 構造物の周りには、何本ものバルブやパイプが入り組んで配置されている。その合間を縫って、影達が、まるで何かを点検するかのように見回っていた。階段の先には、先ほどユウキとリュッ君達に軽やかに挨拶をしたノッポの影が待っていた。再び、「ほっほう」と迎えるかのように声を上げると、くるりときびすを返して、まるでユウキ達を先導するかのように、ゆらゆらと前を歩き始めた。

「付いて来いってよ」

 リュッ君がユウキに言った。ユウキが、前を歩くノッポの影の後ろを付いて行く。

「ねえ、リュッ君」
「なんだ?ユウキ?」
「リュッ君は、あのの歩の影の言っていることが分かるの?」

リュッ君はしばし考えるようなそぶりをして、
「はっきりとは分からないんだが…。なんとなくは言っていることは分かるなあ」

 何でだかは、分からんがな…
 
 前を歩くノッポの影は、屋内の真ん中に備え付けられた巨大なシリンダーに向って歩いていく。すると、シリンダーの脇のフロアーから、その他のノッポの影達が顔を出して、次々に声を掛けてきた。

「ホッホウ」
「ホッホウ」
「ホッホウ」
「オホッホウ」

 次々に顔を出しては、頭のヘルメットのヘリのようなシルエットを掴んで一礼をする。

「オホッホホウ」

 彼らの挨拶(?)に対して、ユウキの前を歩いているノッポの影が、慇懃に返礼らしきものを返していく。

「どうやら、こいつは、ここの作業員の中でも偉いやつみたいだな」
「え?そうなの?」
「うむ、なんとなくわかるんだ」

 これは分かりやすいけどな…

 リュッ君は頭の中で一人ごちながら、近付いてくる巨大なシリンダー錠の構造物を見上げていた。
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