上 下
26 / 63
第二章 「神に愛されなかった者」

#25 お前とは違う

しおりを挟む

 エルフの少女へと続くその光の矢の軌道は、終着点を前にして途切れた。

 光の矢が弾ける。
 幾何の轟音と、光の閃光が辺りを包む中、その事象の中心に俺はいた。

「――何のつもりです?」

 自分の攻撃を阻止された苛立ちからか、オルソンは俺を睨みつけながらその言葉の語気を強める。
 そのオルソンの反応に呼応するかのように、クラードやフィリーも驚きの声と表情を浮かべた。

 ここにいる奴らからしたら、この状況があり得ないんだろう。
 神に愛されなかった者が、誰かに助けられるというこの状況が。

「こいつが殺されるようなことはないと思った。だから助けた」

 それは俺の今までの常識だ。
 異世界の常識がどうであれ、目の前で少女が殺されてたまるか。

 エルフの少女を一瞥すると、表情は乏しいがこちらをまじまじと見ているのが分かった。
 きっと彼女もまた俺のことを不思議に思っているのだろう。
 それが無性に不思議に見えた俺は、小さく笑った。

「変わった思想をお持ちなようですが、退いた方が身のためです。私を敵に回すことは、マリス教を敵に回すことになりますよ?」

 次の攻撃を邪魔するようなら容赦しません、という言葉を発しながら、そいつは詠唱を始める。
 先ほどよりも強い光を放つその魔法の矢がこちらに向けられる。

「――死にますか?」

 空気を割くような音と共に、その矢は飛んでくる。
 俺はそれを真正面からこんぼうを盾に受け止める。

「……ん」

 こうぼうの盾では収まり切れなかった、光の欠片がパチパチと音を立てて身体に突き刺さる。
 物理攻撃ではしばらく味わったことのない痛みが襲うが、それはクラゲに刺された程度の痛みで大したことはない。

「神に愛されなかった者だかマリス教だが何だか知らないけど……」

 こんぼうを振り、その光の欠片を吹き飛ばす。

「そんなどうでもいい理由で、こいつを殺していいことにはならない」

 閃光が消え、辺り一面が晴れた時、対面していたオルソンは静かに口を開いた。

「先ほどからあなたは屁理屈ばかり。また、私やマリス教まで馬鹿にするような言動。許せません許せません」

 その一言一言に力を籠めるような口調の最後に、オルソンは冷めた目つきでこちらを一瞥した。

「どうやらあなたは、その少女と一緒に死にたいようです?」

 ピキピキと血管が浮き上がると、先ほどまで青白かったオルソンは赤く染まる。

 どうやら本気で怒らせたらしい。
 先ほどとは比べ物にならない早く強い口調で、オルソンは詠唱を始める。

 ――下手に攻撃を食らいたくないし、先手必勝だな。

 そう思い、俺は奴の懐まで走り、こんぼうを振り上げようとする。

 が、その瞬間、脳裏にフラッシュのようにその疑問が走る。
 あまりにも予想できうる未来の光景が、脳裏に浮かび上がる。

 俺の攻撃によって、それははじけ飛ぶ。
 脳が破裂し、赤い鮮血に染まった、その肉塊。
 それはオルソンの頭だったもの。

「――っ!?」

 ――このまま攻撃したら、こいつ、死ぬのか?

 その光景が脳裏に浮かんだ瞬間、俺は踵を返し間を取った。
 その瞬間、オルソンの詠唱が終わり、光魔法の攻撃が飛んでくる。

「私に恐れをなしましたかぁ!?」

 こんぼうでいくらか振り払うが、全ては防ぎきれない。
 チクチクとした痛みを伴うそれを、身体に受けながら少女の盾になる俺。
 ダメージという点では全くだが、何度も食らいたくはないというのが本音だ。

「……耐久だけはあるみたいですねぇ」

 その一連の攻撃がいったん終わるのを見届けると、俺は小さく息を吐いた。

 ――どうする?

 人殺しが嫌だからこの状況になったのに、俺がこいつを殺したらそれこそ同じ穴の狢だ。
 殺したら、こいつと同じことをすることになる。

 殺さないで、オルソンを倒す。
 手加減してもオーバーキルな攻撃を出してしまう俺にそれができるだろうか。

「……いや」

 できるかじゃない。
 やるんだ。

 そう決意を固めると、俺にある名案が浮かぶ。
 間髪入れず、俺はそれを行動に移した。
しおりを挟む

処理中です...