アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第四章】悲しみの旋律

  ガーディアン  

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「これからどうする……」
 俺の独白なのだが、茜は律儀に答える。
「やっぱり、わたしたちの位置を知らせるのが先決でしょうねぇ」

「だよな……」

 まず無線機に向かって叫んでみる。
「銀龍! 繋がりませんか! こちらユウスケ3321」

 ははは。今のは茜のシステムコマンドの承認コードだ。

 横目で茜の様子を窺うが、システムが起動することもなくまろやかな様子で遠くを見ていた。

 視線を元に戻し耳を澄ますが無線機はシンとしたままだ。ノイズ音がカットされるトーンスケルチモードだった。つまり信号レベルがノイズ程度まで弱い時は一緒に消される可能性がある。

 腰のベルトにつけられたコントロールパネルを開け、スケルチモードを切ってみた。

 ザー、という耳障りな雑音がスピーカーから流れ出る。必死で耳を澄ませてノイズの中を巡らせるが、声らしきものは聞こえなかった。

 そうそう、ひと言添えておこう。
 ここまでノイズと化した音は幻聴となって、言葉っぽく聞こえるから、パニックになりやすいので注意が必要だ。

 その後何度か通信を試みたが、スピーカーからはノイズしか聞こえてこなかった。
 代わりにあり得ない音が微かに伝わって来て、体を強張らせる。無線機ではない。外からだ。

 また幻聴か?

「アカネ……何か聞こえないか?」

 俺の横で先の見えない真っ暗な天井を見上げていた茜が、腰を曲げてキョロついた。
《これは水の流れる音ですねぇ》

 水だと?
 こいつの聴覚がそう分析したのならまず間違いはないだろう。人間じゃねえもんな。

「こんなドームの中に水が存在するのか?」

 茜はもう一度きょろきょろとし。
《水素と酸素の化合物としての水ではないでしょう。液体と説明したほうがいいかもですね》

「お前、今シロタマか何かが憑りついてない? なんだかそっくりだぜ」

 バカは半身を捻(ひね)って後頭部辺りの空間をキョロキョロして、
《シロタマさんはいませんよ?》
「冗談に決まってんだろ。アイツはマシンでお前もマシンだ。マシンの魂がふらふら漂っていたら、世の中騒がしいだろ。それよりこれってどこから聞こえて来んだよ?」

 俺の訴えが通じたのかどうだか知らないが、茜は水音を探してウロウロ。俺はふたたびスケルチモードに切り替え、黙りこくった無線機を確認してから空気残量に目を遣る。

 残り1時間5分だ。
 約半分ってとこだ。何とも微妙なところだな。

 早く救助されるには居場所をはっきり伝えて、転送ビームの焦点を合わせてもらうことだ。そしたら1秒と掛からず銀龍に戻れる。状況の割りにそれほど焦っていないのは、そう言う理由があるからさ。


 とりあえず問題を分析して頭の中で箇条書きにする。
 無線が伝わらないので居場所を伝えることができない。
 無線が伝わらない理由は、この金属粉の漂う大気がドームの頂上より分厚く覆っていることに尽きる。
 したがって、居場所が分かっていても電波と同じ性質の転送ビームは焦点を絞ることができない。

 問題はこのチャフか……。
 俺たちが最も近づきにくい場所だと承知して、ネブラはここにプロトタイプを隠したのかもしれない。もしそうだとしたら侮れん連中だぜ。

「アカネ、どうだ? 何か見つかったか?」

 このドームの外壁はそこそこ固く安定していたが、内部はいたるところに弱い部分がある。この構造とよく似たモノを俺は知っている。硬い部分と軟弱な部分とが層を成す自然現象。そう寒冷地の積雪層だ。

 外気にさらされた表面が、昼夜の温度差で融解と氷結を繰り返すやつさ。
 昼間解けた表面が夜になると硬い氷の外殻を作り、その面に雪が積もり、再び表面だけが解けてまた凍る。すると内部は柔らかい雪のままで硬い殻が層を成す。

 ここもたぶんそんな感じで内側にフロアーみたいな隔壁を作ったドームを形成したんだと思う。ただ柔らかい部分がなぜ抜け落ちて空洞になったかだ。シロタマなら説明するんだろうが、俺には謎だな。

 それよりも積雪と同じ現象を想起させたのは、ここを構成する物質が純白なのと、加えて雪解けをイメージさせる水の流れる音だ。だからどうしても崩れる前兆を想像してしまい、重苦しく胸が絞め付けられる。



《コマンダー。あっちに滝がありましたぁー》
 と報告しながら飛び帰って来た茜に連れられて行った場所、巨大建築物の天井を支えるような分厚い壁が幾重にも続き、そこに開いたでかい穴をいくつかくぐり抜けた先だった。これまでのところより黒っぽい地面が広がっていた。

「こんな奥の音をよく探り当てたなぁ」
 アンドロイドの聴力は俺の想像を超えていた。


《全身を耳にしていますからね》
 む~。哲学的なことを言おうとしているのか。マジで聴覚センサーが全身にあるのか。意味不明だぜ。

 少しして俺は息を飲んで立ち尽くすこととなる。


「ほんとだ、滝だぜ!」
 大量の液体が流れ落ちていて、大きな水溜りを作る光景がマスク越しに飛び込んで来た。

 滝の頂上は暗闇の深部へと消えており高さは不明だ。ただその量と勢いから考えると規模は小さくない。深山の奥地で予期せぬ瀑布に出会ったという感じだ。

 落下してくる液体はサラサラとしており、まさに透き通った水だった。


「オイ、やめろ!」
 手を出そうとした茜の腕を引いた。

《どうしてですかぁ?》
「溶解性の高い溶媒(ようばい)だったら、スーツが溶けるかも知れないだろ」
 茜は、あ、と短く息を吐いて腕を引っ込めた。
 実際、ここは未知の惑星で周りの白い物質だって何だかは知らされていない。何があっても、何が起きても不思議じゃないのだ。

 俺は影響が無いと思われるブーツの先で水溜りの端を踏んでみた。
 じゅわっ、と足が少し沈みそこへ液体が流れ込んだが、特にブーツには変化はない。でも周りの白い粉が半透明にかつ黒っぽく輝度が変化した。あきらかにこの液体を吸い込んだと思われる。俺たちには影響は無さそうだけど、ここの構成物には何らかの作用を起こすみたいだ。

「もしかして……」
 いつから流れ落ちているかは知らないが、大量の割に水溜りが浅いし、どこかへ流れ出て行く様子も無い。

「ちょっ、ちょっ。この辺の地面が黒っぽいのはこれが浸みてんだ!」

 振り返ると、侵入経路に沿って俺たちの足跡が黒いシミとなって浮き上がっていた。
 ここはまだドームの底ではないはず。足の下にはまだ何千メートルにも及ぶ空層があると思われる。

「や、ヤバイ。アカネ、静かに退却だ。そっと戻るぞ」

 茜はよく理解していないようだが、俺の言葉に素直に従って、抜き足差し足と数歩進んだところで、五臓六腑が宙に浮く堪えがたい悪寒が襲い、地の底が抜け落ちたことを実感した。

「だぁぁぁぁぁぁぁ! また落ちるぞ、アカネ離れるな!」
 咄嗟にヤツの腕を引く。ここで離ればなれになったら、もう二度と会えなくなるかもしれない。こいつは俺が命に代えても守り切らなけりゃいけない。でないとさっきの優衣や銀龍にいる優衣、すべてが消えてなくなる。

「アカネ! こっちへ来い」
 正体不明の強い使命感に後ろから圧されて茜を引き寄せた。崩れる外壁と揉みくちゃにされつつも、茜が強い力でしがみ付いて来た。まるで柔軟材で包み込むようにして俺に絡み付くそのボディがやけに心地良かった。

 これだとまるで俺が守られているようだ。
(わたしはコマンダーを守るように設計されています)という声が聞こえたような気がしたが……。それともそれは俺の身勝手な希望的妄想が幻聴を引き寄せたのか――もみくちゃにされた俺はとにかく茜を抱き寄せていた。


 今度の滑落は相当な規模だったらしく、無限に続く奈落の底へ落ちて行くようで、いつまで経っても止まる気配が無い。でも茜の身を挺した柔軟材のおかげでショックはかなり和らぐ。管理者製のアンドロイドは柔らかい。これだけでも驚愕モノだ。




「…………おーい。なんだこれ?」
 気付くと茜に両足を掴まれ、地面を引き摺られていた。そしてまたもや真っ暗闇だ。
 ダメージは無かったが、意識を失っていたようだ。何がどうなったのか記憶が断片的だった。


 しかしなんだってこいつは俺を引き摺っているんだろ?
「おい、アカネ?」
 声に反応した茜は、ぱたん、と握っていた足を乱雑に放すと、膝から俺の脇に飛び込んでマスク内の照明を最低レベルにして覗き込んで来た。

「どうしたんだよ?」
 マジで真剣な面持ちについ小声になる。

 なのに茜は、ほんのりとした明かりで照らされた顔に険しさを増して静かにしろという仕草を繰り返すだけだ。
 茜のマスクから淡い照明が漏れていた。丸い目玉がきょろきょろ動き回り、後ろを振り返った。
 光が遮断されて再び辺りが暗闇に沈んだ。

 なぜ警戒しているのだろう
 俺のマスク内の照明も切られており、真っ暗だった。

「いったいどうしたんだよ?」
 妙な緊迫感に最低の音量で囁く。

 茜は俺に尻を向けたまま、
「神様からのプレゼントれす」
 と言った。

 何が言いたいのだろう?
「お前の誕生日かよ?」
 冗談が通じるアンドロイドというのもなんだが、茜はこちらに向き直り顔いっぱいで笑った。

《わラしではありませんよ。デバッガーです》
「いるのか?」

 さらに小声になった俺に、茜はフルフルと頭を振り、
《デバッガーになる前ですよー》

「プロトタイプか!」
 息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。

 茜が小さく首肯し、瓦礫の奥を指差した。
 あまりにも弱い光なので気付かなかったが、その先でぼんやりと明かりが見える。盛り上がった白い小山の向こう側から青い光が漏れていた。

《大チャンスれすよ。ここで破壊できたら、おユイさんが喜びます》
 喜ぶどころか――このミッションを終えることができる。そしたら故郷に帰れるし、マナミちゃんにも会える。

 これまでの出来事が走馬灯のように流れ去り、はたと気付いて、四つん這いの恰好で数歩進んでいた体の動きを止めた。
 目の前の白い小山。掘り起こしたデバッガー。次々と連鎖して想起されたのだ。
「おい。まださっきのユイのことを覚えてるけど、これはどういうわけだ?」
《はて? ワタシの記憶デバイスからも消えていませんねー》
 抹消次元へ戻れば、優衣はこの宇宙から歴史と共に消える。そのような事実が無かったことになり、今の歴史に一本化される。

「なのにまだ存在する……ということは……」

 堪えていた胸のしこりが取れたようだった。急激に気分が晴れ渡った。
「まだ時間項が残ってんだ。あのユイはこの先どこかでまた現れる!」
《ですかねぇ?》
 懐疑的な茜にちょっち腹が立つ。
「うっせぇよ。せっかくの気分をぶち壊すな!」

《だってぇ。結局はそれってわたしの話なんでしょ?》

「うっ……」
 よく解からんくなってきたぞ。
 次元が分岐するということは、あの優衣は茜の先だと言えるんだろうか。こっちの時間流の優衣は茜の先だが、あっちは分身?

「そんなことは帰ってからシロタマに訊こう。俺たちは今もっとも重要な局面を迎えてんだ。お前がいるとどうも緩んじまっていかんな」
 自嘲しつつ、青白い照明が薄ぼんやりと当たる小山の向こうを見遣る。

「それで……どうやって破壊するんだ? 俺たち何も武器を持ってねえぜ。首でも絞めるか?」
《それ、いいですねぇ。わラしが行って絞めて来ましょうか?》
「ば、バカ。冗談だ。行くな!」
 のしのしと進軍しようとする防護スーツの腕を強く引っ張る。小柄な少女は見た目だけ。本気を出せば大型重機並みだ。そのせいで俺の力をもののみごとに相殺し、反動でこっちが起き上がってしまった。
 こういう時にこいつはロボットだったと思い起こされる節がある。力があり過ぎるんだ。

「お前なぁ……」
 何となく落胆する。深い意味は無いぜ。
 茜は俺の言葉の続きを待って、キョトンとした。

 とにかく座れ、と促し。互いにそろってしゃがみ込みんだ途端、肝をつぶした。
「ぬぁっ!」
 大声で叫びそうになり、下唇を噛んで耐え忍ぶ。
(で、で、デバッガー……だ)
 目の前を赤い光点がゆっくりとこちらに移動して来るのだ。
 輝点を作るのは一本の光線(ビーム)。空中を漂う粉塵をキラキラと反射させて高所へと続いている。

「あ……アカネ。待て、動くな!」
 急いで茜の腕を引く。プロトタイプを目前にして、喜び勇んだ俺たちは警戒するのを怠っていた。

 糸のように細く赤い輝線はデバッガーのスキャンビームに間違いない。奴らは単純に視覚デバイスで物体を目視するのではなく、あらゆる手段で分析、解析している。その先端がスキャンビームだ。

 それから得た情報をもとに有益な生命体だと判断すると、今度は脳内を探られて知識や情報だけを抜き取り、生きる屍(しかべね)と化してから解放する。
 反対に障害になると判断されると、高エネルギービームが脳髄の中心部を焼いて通る。よほど運動神経がないと避けることはできない。気が付く間もなく即死だ。

(偽装バッジ!)
 稲妻みたいにして頭を過ったのは、連中の索敵行為を拡散してくれるバッジ型の装置。それを茜たちから貰ったのだけど、玲子の救出に気を取られ、持参に関しては考えも及ばなかった。でも冷静に考えればプロトタイプが無防備でぽつんと置かれるはずもないのだ。必ずデバッガーがそれを警護する。こんな簡単なことを忘れていた。


 俺たちにとってプロトタイプは、ドゥウォーフの惑星で破壊し尽くした中に生き残った、たった一つのブサイクなダルマロボットなのだが、奴らにとってはこの一体がネブラ発生の根源さ。大切な原点だ。こいつを基にして450年後には500兆にまで増殖する。500兆だぜ。それは宇宙を漂う悪魔の星雲と呼ばれる。それがダークネブラだ。


 俺は茜を安全なほうへ押しやり、輝線の発生元へと背筋を反らして仰ぎ見た。

(うぉぉっ! なんちゅうデカさだ!)
 脊髄を走り抜ける戦慄に身を打ち震わせる。そいつはプロトタイプを守るガーディアンとも言える威容で俺たちの真上で仁王立ちしていた。

 赤黒く不気味に光るボディ色が他のデバッガーと異なるだけでなく、これまで見てきた連中の数倍の身長がある。スキャンビームの出どこ、額にある赤いスリットが電柱の天辺にあるようだった。

「マジかよ……」
 続く災難に俺は神に祈ろうかとした。
 そう、奴は自分の股倉を覗き込んでいた。俺たちは何も知らずに、のこのことその真下に入りこんでいたのだ。何と間抜けなことをやらかしたのか。

 ぼんやりしていた茜を引っ張って後退する俺たちのど真ん中を赤い輝線が近寄ってくる。触れたと同時にスキャンされる。
 恐怖と焦りから脚は思うように動かず、無警戒で近づいた悔恨の念だけが頭を駆け巡る。

 自分の股のあいだをスキャンしたビームはいいかげんなところで、さっと前に戻る。そのまま続けるとひっくり返るのは、二足歩行の泣き所さ。奴は一旦背を伸ばす行動に移った。巨大な物体が姿勢を替えると風が起きる。バラバラと瓦礫が落ちてきた。

「逃げるぞ!」
 小山にも匹敵する体躯を仰いでいた茜の腕を引っ掴み、後方へと走った。どこへ、なんて目標は無い。とにかく奴のビームから身を潜められる場所があればそこでいい。

 コマンダーの意向を察するのには長ける茜だ。数度キョロつくとこの暗闇でも見えるのだろう。力強く俺を誘導して風のように走った。
 足がもつれて動けなくなった俺を引き摺ってな。

 まるで走り去ろうとした軽トラックの荷台を掴んだようなもんだが、手を放せばプロトタイプのガーディアンが放つレーザービームで串焼きになる。誰が放すか。


 次の瞬後、息を飲む。
 逃げる俺たちを追いかけて、地面の上を定規で線を引いたような赤光が走った。
 その跡をほんの少し遅れて、爆発的に飛び散る火柱と煙が追従する。地面を覆う白い堆積物が瞬時に燃え溶けて蒸発し、黒い筋だけが残った。

「うあ――っ!」

 もの凄まじいエネルギーにビビりあがった。
 前回出会った時よりもパワーが増していた。またどこかの種族の最新技術を脳から抜き取り、自分たちの武器にしちまったんだ。


 優衣の言葉が甦る。
 デバッガーは常に最先端のテクノロジーで武装している……と。

 そうさ。優衣がいた未来では、こいつらのおかげで取り返しのつかない事件にまで発展する。それが周辺星域の抹消さ。
 管理者のバカどもは、手に負えなくなったネブラを広範囲の星域ごと消してしまおうという考えだ。それにストップを掛けたのが優衣たちの仲間、星間協議会の大半が集った抹消反対派のグループだ。そしてその代表の一人が優衣だ。ようするにデバッガーにとっての発端は、俺たちのミッションの幕開けにもなる。


「アカネ、この奥にでかい隔壁がある。そこまで走れ!」

 高い天井にまでそびえた城壁よりも分厚い壁の裏に逃げ切った。それを背にして、ひとまず息を吐こうと――。
「うっそーっ!」
 俺の肩、すぐ上を前方へ向けて炎が音を上げて突き抜けて行った。

 どんな物質なのか知らないが、この巨大なドームを支えるビルほどもある柱だ。それをいとも簡単に貫いた。ワンテンポ遅れて爆炎に照らされ、茜の白い顔が赤色に染まった。

 逃げ切れたのではない。スキャンビームに捉えられていたのだ。地響きが轟き渡り、今度は頭上すれすれから火炎が噴き出した。
 茜と手を繋いで奥へと逃げる。それを追いかけて火炎放射器並みの火柱が連続で真横に貫いて行った。

 そのたびに俺たちの防護スーツが赤く照らされた。不気味な赤にだ。ドームの広い空間を赤黒い火柱が水平に突き抜ける。一本にでも触れればこんな防護スーツ、ひとたまりも無いだろう。

 人生最大の危機だった。どこまで奥行きがあるのか知らないが、いつまでも逃げていられるもんじゃないし、俺たちが盾にしているこの壁が崩れたらもっと大規模な落盤が起きて、圧死するのは確実だ。


 その時――。
 どぁぁぁぁぁぁ!
 喉の奥を曝け出すほどに叫び、意識の剥離が起きて、目の前と頭の中が白一色に埋め尽くされた。

 そりゃすげえ勢いだった。空から走った鋭い一閃が猛烈な白光に膨れ上がり、電柱ほどもあるデバッガーの筋肉質なボディが黒くシルエットになった。
 次の瞬間、凄絶な力で光が圧してきて俺たちは後方へと吹っ飛ばされた。

「ぐっげぇぇぇ、何だこれ!」
 俺の意識が緊急事態宣言を出していた。以前、これと同じものを味わった記憶がある。砂の惑星でだ。

 なぜこの場所が分かったんだろ?
 疑問が溢れるが、そんなことはどうでもいい。これは粒子加速銃の高エネルギーシードが撃ち込まれたときの衝撃だ。

 わずかな時間なら未来が直視できるデバッガーは、光速で迫る粒子加速銃から発射された弾丸の行方に対処してくる。
 素早くガラス状のディフェンスフィールドを張ったが、シードのほうが先に到達した。巨体の右肩から左足へとオレンジ色の爆炎が噴き上がり、デバッガーは木っ端微塵に吹き飛んだ。

「命中したぞ!」
《あーっ! コマンダー!》
 しかし運悪くその破片の一部が、勇み立った俺の防護スーツの右腕にぶち当たった。茜が咄嗟に手を出そうとしたが、それよりも早く俺は強いショックを受けて地面を転がった。

 幸い衝撃のほとんどをスーツと周りの白い粉末の山が吸収してくれて、痛みもほとんどなかった。

 飛びついて来た茜に手を振って無事を伝える。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだぜ」

『警告。スーツの空気圧が異常値です』

「ぬぁにっ!」
 聞いたことの無いアナウンスが俺の肝を震わせた。
《コマンダー……》
 茜が怯えた目を見開いて俺を凝視する。
 この後(あと)俺は最も恐れていた現実に思い知らされるのだった。
  
  
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