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神の意思を取次ぐ者

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 凛がこのコロニーのどこかにいるとしたら、俺の父親もこのコロニーにいると言う可能性は高いと思うのだが、大久保と一緒のところで、凛や父親と会うのは避けたい俺は教会が傘下に入るよう圧力を加えてきていると聞いたコロニーに向かう事にした。


 そのコロニーでは、すでに教会の勢力がある程度の力を有しているようで、いたる所に教会の貼り紙が貼られていた。
 

「神の力はこの世界を照らし、やがて外の世界をも包み込むであろう。
 明日の光を求める者たちよ、神に救いを求めなさい。
 さすれば、神はあなたたちを迎え入れるであろう」

「レーザー兄妹。見かけたら、教会支部まで」

 俺たちに関する教会の貼り紙は鬼潰会のコロニーで見たものと同じで、俺たちと大久保の写真が見事に印刷されているのだが、「教会の敵」と言うかつてあった文言が消えていた。

「なんで、教会の敵って言葉が無いんだろう?」
「そんなの簡単じゃない」

 あかねが自信ありげに言った。

「なんで?」
「うーん。分かんない」
「何なんだよ、それ」
「私には分かんないけど、簡単じゃない。
 教会の人に聞けばいいだけでしょ?」

 あかねがそう言って、俺に向けている「ねっ!」的な笑みを拒否れる訳もない。たとえ、その意味が教会の人間を脅すと言う意味を含んでいるとしても。

「そ、そ、そうだな」

 あかねは人の拒否権を封じる魔法を持っているに違いない。そして、俺たちはこのコロニーの教会支部と言うところを、高垣の到着を待ってから訪ねてみた。


 そこは元の世界では地域の公民館だったところのようで、俺たちが司祭に会いに行った時は、ちょうどこのコロニーの有力者たちとの間で話し合いがなされていた。
 それは決して和気あいあいと言った様子ではなく、有力者たちの方には不信感全開的な表情が浮かび、それが口調にも現れていた。

「我々と共に進もうではありませんか」
「何度も言っている通り、私たちはこの国の政府の統治を求めいるんです」
「その国は、この土地を見捨て、封鎖しているんですよ」
「し、し、しかし」
「待ってください」

 高垣が声を上げて、割って入った。

「軍の士官として、話をさせて下さい」

 高垣の言葉に有力者たちはざわめきを上げ、司祭は怪訝な顔つきになった。

「この地域を封鎖した理由は、単純です。
 人としての知性も理性も、記憶も持たないあの生き物たち。
 あれが何らかの生物兵器によるものの可能性、つまり外の世界への感染爆発を恐れたからです」

 以前聞いた話では、それは理由の一つで、もっと大きな理由があっただろと言う気もしないでもないが、嘘も方便。特に国を治めるなら、そう言う場合もあると理解した。

「君は何者かね」

 司祭の問いには、俺たちをこの部屋に案内した教会の者が答えた。

「レーザー兄妹とその連れです」

 レーザー兄妹。その言葉が有力者たちをざわめかせている中、高垣が補足した。

「私はこの地域に進駐してきている軍に所属する陸軍 中佐 高垣です」
「その人たちとの話はこの高垣さんに任せませんか?
 教会との話は私たちがします」

 あかねが言った。なんだか、お姉さんのようじゃないか。って、妹に後れを取ってはいかんだろ!

「見かけたら、教会支部までって言うくらいなんだから、俺たちに話があるんだろ?」

 ちょっと堂々とした風を作って言ってみた。

「分かった。場所を移そう。
 ついて来てくれないか」

 そう言うと司祭は立ちあがり、俺たちを公民館の中にある別室に連れて行った。

 小さなテーブルを挟んで向き合うソファ。
 壁にかけられた1枚の絵画。
 応接室的な用途に使われていた部屋だろう。

 司祭がドカッと座ったソファのテーブルを挟んだ向かい側のソファに俺とあかね、そして大久保が座った。

「まず教えてもらいたいのだが、レーザー兄弟は教会の敵だったはず。今はどうなんだ?」

 俺たちを差し置いて、大久保がたずねた。

「敵としてはいない。
 いずれあなたたちは我々の側に付く。そう聞いていますよ」
「なんで?」
「さて、それは分かりませんが、そう聞いています」
「教祖が言っているのか?」
「教祖様? いいえ、違いますよ。
 神の力、神の意思、教会の意思とでも申しましょうか」
「その神の意思を取り次ぐのが、教祖なんだろ?」
「いいえ、違います」

 なんだそりゃあ?
 教会には教祖より上がいると言う事なのか?

 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。あかねも、大久保もちょっと怪訝な顔つきで、司祭を見ていた。

 教会のトップだと思っていた教祖より上に神の意思が存在しているのはあり得るとして、その意思を取次ぐ者が教祖ではなかったとしたら、その人物は教祖さえ神の意思として操る事ができると言う可能性がある事になってしまう。
 司祭の発言に、俺たちは戸惑い気味だ。

「教祖以外に、神の意思を取次ぐ者がいると言う事か?」
「そうです」
「その人物の言葉には教祖も従うと言うことなのか?」
「当然です。我々の神のご意思なのですから」

 俺の質問に答えた司祭の回答によれば、俺の推測通りと言うことだ。とすれば、教祖だって操る事が出来てしまう事になる。そう思ったのは、当然俺だけじゃなかった。

「なら、神の意思を取次ぐ者の意のままに教会を動かすことができると言うことになるじゃないか」
「その方のご意思ではありません。
 その方は神のご意思を取次いでいるだけ、全ては神のご意思です」

 大久保が突いたそのポイントに司祭はさらりと答えた。
 その表情と口調は、まるで何が問題だ? と言いたげである。

 確かに、神が実在し、その意思を本当に取次いでいるのなら、そのとおりだが、この世に神なんて存在は無いと思っている俺にしてみれば、全てがその神の意思を取次ぐ者の思い通りになると言う事であって、そこに疑問を持たないこの司祭はやはり教会の神を、その意思を取次ぐ者を信じていると言うことなんだろう。

「何が神のご意思だ。
 神の力にしても、いかさまじゃないか!
 ただの科学技術だ」

 腹立たし気に言ったのは大久保だ。

「科学技術?」

 一方の司祭はそう言ったあと、何を根拠に的な顔つきで、言葉を続けた。

「さてさて、その力の源が何なのかは私どもには分かりませんが、人はあの力を見て畏怖するでしょう。
 あなたたちも見た事あるのでしょう?
 神の力の一部を分け与えられた神の使いたちの力を」
「ある」
「人知を超えた恐るべき力を目の当たりにすると、人はやがてそれを神の力と畏怖するようになるのですよ」

 司祭は得意げな顔で、俺たちを見渡している。
 確かにこの言葉は一般論として、否定しづらいところがある。

「その神の力、教会の意思があなたたちが教会側に付くと言っているのですから、いずれはそうなるはずです」
「神の意思がそう言い切る根拠は、神の意思を取次いでいる者とレーザー兄妹はつながりがあるからなのでは?」

 大久保が言ったその言葉は俺をムッとさせた。
 また、そこかよ!
 神の意思を取次いでいる者は俺の父親であって、その事を知れば俺たちは教会側に付くと、大久保は司祭に暗に問うている。やはり大久保はただの父親の友人じゃなさげで、信用してはならないと言わざるを得ない。

「そのような事、私は存じておりませんよ」
「ここには、保護色の神の使いもいません。あなたを監視する者はいませんよ」

 大久保が辺りを見渡しながら言った。確かにこの部屋で擬態は困難であって、保護色の神の使いもいないのは確かだ。

「そんな事気にしてはいませんよ。
 本当に知らないんですから」
「ねぇ。あなたたち司祭って、どうやって選ばれてるの?」

 突如、あかねが割って入った。
 きっと、司祭って、何も知らない使えない奴ばかり。
 何のために、どんな人間がなるのか?
 それを知りたがっている。俺はそう感じた。

「それは神のご意思によって、選ばれるんですよ」
「神のご意思を取次ぐ者と、この写真と関係ありますか?」

 あかねが俺たちの父親と凛が写っているあの写真を差し出した。それを大久保ではなく、あかねがするか! と思わないでもないが。
 司祭は写真を手に取ったかと思うと、すぐに戻してきた。

「お人が悪い。
 神のご意思も、神の力も教会の秘密中の秘密ですよ。
 まあ、我々の側に付いていただければ、お教えする事も可能と思いますが」

 お人が悪い?
 この反応は、俺の父親が教会の黒幕だと言っているに等しく感じるじゃないか。
ちらりと視線を横に向け、大久保の表情を見ると、やはりそうか的な顔つきだ。

「神の意思はおいておいて、何を基準に司祭を選んでいるんだ?」

 話題を変えたくて、俺はその質問をした。

「まあ、人として信頼してもらえるかどうかって、ところでしょうか」
「つまり、人をうまく騙せるかどうかって事ね」

 あかねの解釈はちょっと飛躍し過ぎていないか?

「はっ、はっ、ははは。そんな言い方をされると、まるで、私ども司祭は詐欺師みたいじゃないですか」
「違うんですか?
 新興宗教なんて、詐欺同様の話術で、人の不安や不満に付け込んで広がるものじゃないですか」
「あかねさん。それは言いすぎですよ。
 ほとんどの人は多かれ少なかれ、不安や不満を抱いて生きているんですよ。
 そんな負の気持ちを消し去りたくて、人知を超えた神にすがるんじゃないでしょうか。
 人々が望むのは心の安寧。平穏な生活なんですよ。
 我が教会はそれを手助けしているのであって、騙してなんかいませんよ」
「さすがですね。
 詐欺師さんの手にかかると、同じ内容でも言葉が輝きますね」
「まあ、待て。あかね」

 そう言って、あかねが暴走する前に止めて、俺が司祭にたずねた。

「で、話を戻すが、さっきの写真の人物だが、どこにいるか分かる?」
「知りませんなぁ。
 ただ、教会本部にあなたたちが来た事だけは伝えておきますよ。
 今度会う時には、教会側になってくだっていれば助かりますな。
 もういいでしょう。
 では」

 俺たちと話しても無駄。さっさと切り上げたい。そんな感じでさっさと席を立った司祭の後を追った俺たちは、高垣たちがいる部屋の入り口の前で立ち止まり、部屋の中をにんまり顔で見ている司祭を発見した。
 そして、近づく俺たちに気づくと、司祭はうれしいそうな顔で、部屋の中に入って行った。
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