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転がる戦闘機の残骸

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 目指すは爆心地。当然、コロニーの外にはあの生き物がうろついていて、そんな奴らを倒しながら、進んでいく。

 片側3車線の広い通りにたどり着いた。歩道沿いに植えられていた街路樹はこの事件以前と同様に、緑の葉をつけている。目を閉じれば、当時の喧騒が聞こえてきそうな気さえする。
 普通にあった生活。特別なものでない日常は、特別でないからこそ、ずっと続くものと思っていた。でも、物事には永遠はなく、ずっと続くと思っていたものは、突然予告もなく失われてしまう事もある。

 失われた生活。
 失われた絆。
 失われた愛。
 目を開けると、その現実が広がっている。

「ふぅぅ」

 意味もなく、ため息を吐き出したとき、放置された車の陰から、あの生き物が襲い掛かって来た。慌ててあかねソードを起動して、真っ二つに斬り捨てる。
 ずり落ちる上半身。
 ずしゃりと音を立てて、崩れ去る下半身。

「危ないところだったね。お兄ちゃん」

 あかねが心配そうな瞳で俺を見つめている。あかねの言葉どおりだ。もう少し接近したところで、襲い掛かられていたら、あかねソードも間に合わなかったかも知れない。

「気を付けないとな。
 しかし、今のは待ち伏せか?」
「うーん?
 だとしたら、学習能力だけじゃなくて、思考能力があるって事なのかな?」

 俺の独り言のような問いかけに小首を傾げ、立てた右手の人差し指を唇の辺りに当てながら、あかねが返してきた。
 俺たちの顔を覚えているらしいとは感じていたが、今までのように猛ダッシュで襲い掛かってくるだけじゃなく、待ち伏せと言う技を身につけたとしたら、それはあの生き物たちが思考した結果だと思われる。
 見渡せば交通量の多い道路だったのか、辺りには放置された車などが多くある。

 ここからは注意が必要そうだ。
 辺りに注意を払いながら進んでいく。
 やはり、物陰からあの生き物が襲ってきた。
 油断はしていない。
 ばっさりと斬り捨てる。

 一匹の猿が海水でいもを洗う事を思いつくと、みんなが真似をする。そんな感じなのだろうか。もし、背後から忍び足で迫ってくる技を覚えたりなんかしたら、厄介な事になるかもしれない。細心の注意を払いながら進む俺の視界に、普通の生活には無縁のものが目に入った。

 片側三車線の広い道路を挟んだ向こう側にあるビルの前に転がる大きな金属。それは戦闘機から脱落したと思われる日の丸が描かれた戦闘機の主翼だ。主翼が転がっているビルの上部に視線を向けて行くと、外壁にこびりついたような黒い焼け焦げた跡と、破壊されたビルの外壁が目に入って来た。
 この高層ビルにこの戦闘機が突っ込んだのかも知れない。

「大久保さん、あれ」

 そう言って、破壊されたビルの下に落ちている戦闘機の主翼を指さした。

「あれは」

 日の丸が描かれた戦闘機の主翼に気づいた大久保の目が大きく見開いた。

「戦闘機が撃墜されたって事ですよね?
 当然、相手は教会って事ですよね?
 知っている事、話してもらえませんか?」

 俺の問いかけに黙り込んで答えようとしない大久保に代わって、なずなの声が俺の耳に届いた。

「本当の事、私は知っている」

 そう前置きしてから、なずなは淡々とした口調で、語り始めた。

「あの事件が起きた後、軍はこちらの世界を封鎖して、人の行き来を遮断したのは知ってるよね。
 外と遮断されたこちらの世界では、人々の間に不安と絶望が広がり始め、そこに教会が広がっていった。
 そして、一か月くらい経った頃だったかな。ようやく、軍はこちらの世界に陸上部隊を送り込んできて、それを教会の神の使いと信徒たちが迎え撃って、殲滅したんだけど、その戦いのさなか、軍は航空戦力も投入していて、その航空戦力も教会側が殲滅したのよ」

 航空戦力とも戦える戦力が教会にはある。
 なずなは淡々と話したが、これはとんでもない事だ。

「大久保さん、それは本当なのか?
 事故とかではなく、教会側にやられたのか?」

 俺たちに色んなことを隠していると思われる大久保の口からも確認が取れれば、ほぼ間違いの無い真実だ。
 黙り込んでいる大久保をじっと見つめていると、静かに頷いて見せた。

「マジかよ?
 どうやって?」
「この首都圏には当然、軍の基地がある。
 それも、首都防衛のための防空能力を持つ最強のものが。
 そこには当然、兵器もある。そこの兵器を使ったんだろうな。
 予想もしていなかった地対空誘導弾で迎撃された」
「マジかよ」

 大久保が俺にゆっくりと頷いてみせた。

「そんな軍の兵器など、一般人が扱える訳もない。
 操作をしたのは軍人以外あり得ない。
 と言う事は、こっちの世界にいる軍が撃ったんだろ?
 こっちの世界の軍が教会に協力しているって事じゃないのか? 
 いや、こっちの世界の軍自身が教会なんじゃないのか?
 つまり反乱軍だ。
 そうだとすれば、全てのつじつまが合いそうじゃないか」

 俺の父親をこの事件の張本人にしたがっているとしか思えない大久保に、詰め寄りながら言った。大久保は俺から視線を逸らした。まさしく図星って事だろう。

「その事実を覆い隠すために、俺の父親を犯人にしたがっているんじゃないのか?
 あの高垣も。そして、あんたも。
 あんた、何者なんだ?
 ただの俺の父親の友達なんかじゃないだろう?」

 視線を逸らしたまま黙り込む大久保を睨み付ける。しばらくの沈黙の後、大久保が俺に視線を向け、大きく息を吐き出してから、言った。

「分かった」

 言葉はそこで途切れた。真実を語るかどうか、大久保はまだ戸惑っているのかも知れない。
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