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現れた凛

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 教会本部。
 それは爆心地を取り巻くコロニーの中で見た教会の中にあった。そこに到着した俺たちは、教会本部の奥にある一室に案内された。

 その部屋は決して短辺が細く狭い訳ではなく、数mはあるのだが、長辺側が長いため細長く感じる部屋だった。部屋の中央に置かれたテーブルは重厚な木製で、中世かよ! と言いたくなるようなろうそく立てがその上に置かれていて、二十名は座れそうなテーブルの一辺に腰かけているのは、俺たち7名でちょっと寂しい感じがする。

「少々お待ちください」

 俺たちをここに案内した女の人がそう言って、いなくなってから数分が経った頃、別の女の人が部屋のドアを開けた。

「水野さんご兄妹はこちらへ」

 俺たちが指名された理由は分からないが、とりあえず席を立って、その女の人の後をついていく。俺たちが案内された部屋はさっきまでの部屋よりは小ぶりな部屋だった。
 真ん中にある10人掛けのテーブルの中央の椅子に座っているのは高山だ。

「お久しぶりです。
 どうぞ、おかけになってください」

 高山が立ち上がり、俺たちを対面に座るよう促した。

「停戦の交渉なんですよね?
 軍の人たちは向こうの部屋にいるんですが」

 なんで、あんたがここにいるんだよ! 的な口調で言いながら、椅子に腰かけた。

「向こうにも人はいかせますよ。
 それよりも、お二人と別なお話をさせていただければと思いましてね」
「もしや、向こうに行ったのは神の意思を取次ぐ者ですか?」

 教祖がここにいるとしたら、軍との停戦交渉はそれ以上の者、つまり神の意思を取次ぐ者と言う可能性がある。俺的には、神の意思を取次ぐ者に会いたい。
 その答え次第で、俺はここから立ち去る! そんな意思を込めて立ち上がって、答えを待っている俺に、高山がにこやかな笑みを向けて言った。

「いえいえ。実務者ですよ。
 まあ、お座りください」
「お兄ちゃん、神の意思を取次ぐ者に会いたいの?」

 あかねが俺の服の裾を引っ張って、ふくれっ面で言った。
 とりあえず、席に着くとあかねが言葉を続けた。

「あの人、女の人だよね?
 初めて見た時にも会いたそうだったよね。
 そんなに会いたいの?」
「いや、そう言う事じゃ」
「私言ったよね。お兄ちゃんは凛ちゃんにも渡さないんだからねって」
「あかねも、そう思っていたのか?」
「これまでのお兄ちゃんの様子を見てたら、それしかないよ。
 私じゃ、嫌なの?」
「いや、そう言う訳じゃ」
「私はお兄ちゃんを離さないんだから」

 そう言って、あかねが俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。
 ムニュッ感は嫌いじゃない。
 しかも、ちょっと膨らませたほっぺで上目遣いに見られると、ぞくぞくしてしまう。って、妹にぞくぞくしてたら、だめだろ!

「あ! 止めてくれる大久保さんがいないんだった!」

 そう言って、あかねが離れた。
 ええっ!
 それって、止めてくれるのをいつも待ってたの?
 やっぱ、お芝居なの?
 俺をからかってるの?
 ちょっと泣きの入った顔で、あかねを見つめてみる。

「なに?」

 さっきまで、俺をぞくぞくさせたあかねはそこにはいなかった。
 ただの妹 あかねだ。

「お芝居は終わりましたか?
 では、食事でも始めますか」

 高山が言った。
 高山もお芝居だと思っていたのか!
 もしかして、あかねの事を芝居じゃないと思っていた、いや思っていたいのは俺だけ?

 高山のその言葉を待っていたのか、すぐに部屋のドアが開き、飲み物や食べ物が運ばれてき始めた。
 ジュース、スープ、パン、サラダ、オードブル。どうやら、これはフルコースらしい。
 こちらの世界で、これだけのものを用意できるのはさすがだ。

「食べながら、色々話そうではありませんか」
「毒入ってるとか?」

 あかねがストレートに言った。

「はははは。そんな真似しませんよ」
「大体、あなたと何を話すと言うんですか?
 停戦交渉に呼ばれたはずで、軍の人と別々なんて」
「ああ、正確に言うと、ほら見てください」

 そう言って、高山がテーブルを指した。
 俺たちと高山の間に何種類かのパンが乗せられた皿が置かれている。
 そして、飲み物のグラス、スープ、オードブルはそれぞれに用意されていて、4人分?

「四人分?」
「お会いになりたかったんですよね?
 お名前を出されていた方に」
「マジかよ!」

 高山の言葉の意味が分かった。神の意思を取次ぐ者に会えると言う事だ。
 そして、それは凛だと言っているのだ。

 コン、コン!
 ドアをノックする音が、響いた。
 そう、俺の頭の中と、心の中に大きな音で響いた。

 高鳴る鼓動。
 ドアに目を向けると、一人の少女が立っていた。

 少女が一歩を踏み出した時、肩までのストレートの黒い髪がふわりと揺れた。
 ふくよかな頬にも負けない通った鼻筋と大きな瞳。
 俺に視線を向けて、ちょっと高めで、透き通った声で言った。

「颯太!」
「凛!」
「やっと会えたね。
 私、うれしくて、ぞくぞくしちゃう」

 ぞくぞく。凛の口癖だ。

「凛、俺もぞくぞくしてしまった。
 君が教会の神の意思を取次ぐ者だったのか?」

 凛が少し照れくさそうな表情で頷いてみせた。
 そんな俺のふともものあたりをあかねがつねった。
 痛い! が、そんな顔を凛に見せられない。
 何事もないかのような表情で、言葉を続けた。

「今まで、どうしていたんだ?」
「あの日からの事だよね?」

 そう言って、凛はあの日からの事を話し始めた。
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