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あの時(凛編1)/実験の始まり

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 地下の部屋に監禁された生活。
 食事は与えられ、特に男たちに何かをされると言う事も無かった。エレベータに乗せられた時に男が言った「安心しろ、何もしない」は確かに守られていた。
 個人的な犯行と言うより、何かの組織の犯行っぽい。
 私の世話をするのは二十代後半に見える数人の女の人。
 何を聞いても、にこりと微笑むだけで、私に何も答えてくれない。

 なんで私は拉致られたのか?
 私を監禁している理由はなんなのか?
 これから先、私はどうなるのか?

 何も分からない。未来も見えない。
 私はそこで、ただ生かされていると言う日々を送っていた。



 そして、あの時。
 私は男たちに連れられて、エレベータに乗せられた。
 エレベータの狭い空間の中、何も話さない男たちの態度が、私に恐怖感を抱かせる。

「ねぇ、私をどうするの?
 ねぇ、教えてよ!」

 体を力いっぱいよじって抵抗しながら、絶叫気味に叫んでみても、男たちは表情一つ変えず、何も言ってはくれない。

「今から、お前を殺すのさ」

 何も答えないより、そう言ってくれた方がまだまし。
 意味のない捕らえられた生活が終わるのだから。

 何も語らない男たちに、体を拘束されたまま乗せられていたエレベータは5階に停止した。
 行ってはだめだと訴えている私の本能に従い、全身に力を入れて抵抗してみるけど、男の力に抗える訳もない。

 引きずられながら、私は手術室のような、アニメや映画に出てきそうな何か怪しげな実験室のようなところに連れて行かれた。
 部屋に入ると、男たちはいきなり私の服を脱がし始めた。

「いやっ!」

 両腕で抵抗を試みたけど、男たちは容赦なく、私の体からすべての着衣をはぎ取って行った。
 一糸まとわない完全な全裸にされた私。
 精いっぱいの抵抗で、両腕で胸をかばい、冷たい床にしゃがみ込んで、自分を守る。そんな事しても、無駄だと言う事くらい分かってはいても。
 そんな私を男たちは抱えて、ベッドの上に寝かしつけた。

 左右から私の肩を押さえつける男たち。
 別の男たちが私の膝を持って、両足を開けようとする。
 こんな男たちに、開く訳にはいかない。
 足に力を入れて、抵抗を示す。
 でも、男たちの力の前ではささやかな抵抗でしかなかった。
 男たちが力任せに無理やり私の両足を開くと、足首を押さえつけ、両足を開いたまま動けなくした。

 私は今から……。
 涙あふれる目に映る男たちの表情。
 それは全くの無表情。何か作業を淡々とこなしているそんな感じ。
 欲情し、野獣と化した男たちの興奮し、いやらしさを浮かべた表情とはかけ離れている。
 私を女として、性の対象としては見ていない。

 なんなの? この人たち。

 予想は外れたらしい。なら、今、私はどうなっているの?
 私の思考回路が、体中の全神経から伝えられる情報の分析に入った。

 私がベッドと思ったのは間違いだったらしい。
 それはとても固い構造物で、人が眠るためのものではないらしく、開かれた足は男たちに押さえつけられているのではなく、何か枷のようなもので固定されている。
 いいえ。足だけではなく、両手も指の一本一本に枷がはめられ、微動だにできない。

 次々に枷が私の体を固定していく。
 やがて、男たちは私の頭も動かないよう枷に固定した。
 MRIの固定なんて、固定じゃないといえるほどの固定。
 私の脳がいくら動かせと指令を出しても、体はぴくりとも動かない。

 これは人体実験のための手術台?
 でも、それが手術台と違うところがもう一つあった。

 その台は私を寝かせたままではなく、起き上がらせた状態になって、円筒形のガラスの筒のようなものの中に入れられた。

 ガラスの筒の中に身動き一つできない状態で閉じ込められた私。

 恐怖の涙でかすむ視界のその先。
 大きなガラスで仕切られた向こうに見える別の部屋には、数人の男の人たちがいた。

 椅子に座っていると思われる男の人は時折、手元に視線を向け、何か装置をいじっているようにも見える。
 立っている男の一人は時折視線を上方に向け、モニターか何かの情報を確認しているようにも見える。

 脳裏によぎるのはやはり何かの人体実験。
 そう思うと、全てが納得できる。

 犯行はどう見ても、組織的なもの。
 私に危害を加える事もなく、ずっと生かし続けてきた事。
 私を裸にしても、淡々と作業を行う男たち。

 私はこのまま死んでしまうの?
 お父さん、お母さん、私も長生きできなかったよ。ごめんなさい。
 そして、颯太。ごめんね。

 何もする事ができない私は、そんな事を思いながら、目を閉じた。
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