夢=無王吽

夢=無王吽

『むもん』と読みます。

ぼくとそいつしかいなかった世界の終わり。

ある日、バッグを開けると蛾が飛び出してきた。

ふらふらと羽撃き、天井に着地した。

それから先、蛾は、
天井をたまに歩いて移動することはあっても、
飛ぶことはなかった。

お気に入りは、エアコンのそば。

ずっとそこに、じっとしている。

何日かは、ああまだいるなと、
気になっていたのだが、
いつしかいることも忘れてしまった。

なにかがなにかに、
コンコンと当たる音がした。

部屋で本を読んでいたぼくは、
栞を挟んで机に置き、
音のしたと思われる辺りを見た。

なにもいない。

気のせいかと、またそれも忘れてしまった。

一昨日、ぼくはエアコンの汚れに気付いた。

送風口に、カビ汚れのようなものが、
びっしりとついている。

こりゃ気持ち悪いと、
脚立を用意し、エアコンの『ガワ』を外そうとした。
外れない。
ガワはプラ製なので、
ムリに引くと割れてしまいそうだ。
ギシギシと、すぐに嫌な音をだす。

送風口から手を突っ込み、
口から奥まで除菌シートでゴシゴシと拭いた。

エアコンの中身は白くなり、ゴミ箱には、
茶色く汚れた除去シートのクズが山になった。

掃除が終わってエアコンをつけると、
真下に、剥がれた汚れの塊がポロポロと落ちた。

また除去シートをつかって、
全部拭き取る。

しばらくすると、またいつの間にか落ちているので、
またそれも拭き取る。

やっと、カスが落ちてこなくなったなと思ったら、
エアコンの下にあるテレビの横、
テレビ台の上に置かれた、
原稿を綴紐で纏めるための、
『一つ穴パンチ』の箱のうえに、
カスが2、3粒のこっているのを見つけた。

これで終わりかなと、箱を拭こうとすると、
箱の隅に薄茶色の三角がのっていた。

三角は、形やサイズがカビっぽくなく、色も違う。

顔を寄せてよくみると、
バッグのなかから飛び出してきたあの蛾だった。

蛾の死骸をパンチの箱ごとゴミ箱へと運び、
山となった除去シートの隙間から、
ゴミ箱の奥へと落とした。

そこなら、潰されることもなく、
生きていたときの形のままで、
いつまでも保存されるだろう。

鱗翅類の仲間から、
蝶を分類することはできても、
蛾を分類することはできないらしい。

蝶と呼ばれないものが蛾。

エアコンのそば、涼しい場所で、
その何者でもない生涯を、
少しは安らかに終えられたのだろうか。
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登録日 2022.08.11 20:41

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