たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷

文字の大きさ
18 / 27

18

しおりを挟む
 公爵家が先代公爵夫人であるフアナ様以来のガーデンパーティーを開くということで、貴婦人たちはこぞって集まってくる。
 その中には今回のパーティーを主催するハイネのお手並みを見ようという向きも多分にあることは間違いない。
 そして彼女たちのお眼鏡に適うようなパーティーではなかった場合、きっと翌日には、ハイネの悪口は社交界中に流布されることになるだろう。
 屋敷の自室から、庭先に集まりつつある参列客の様子を眺めていたハイネの心臓はドキドキしっぱなしだった。

(大丈夫。今日のためにしっかり準備をしてきたんだから、きっとうまくいく。フアナ様のためにもしっかりやらないと)

 そう自分に言い聞かせていると、「おい」と扉ごしにアーサーの声が聞こえた。
 扉が開く。

「何をしている」
「気持ちを落ち着かせてたの」

 ハイネは、アーサーと肩を並べ、招待客たちの人々の前に出た。

「皆さん、今日はようこそお出で下さいました」

 ハイネが出てきた時、人々は騒然とする。
 この日の為に、ハイネは公爵家に出入りするデザイナーの協力を得て、孤児院の子たちやシスターたちと一緒に織ったレース飾りを胸元や袖口などにあしらったドレスをまとっていた。
 貴婦人たちの目が、ハイネのドレスに釘付けになる。

(掴みは上々ね)

 レースはそれだけでなく、庭先に並べたテーブルのクロス、庭の一角に設けた日射し避けのテントなどこれでもかと言うくらい、美しいレースで庭中を飾り立てた。
 模様は花や星、川の流れをイメージしたものから、精霊を模したものと様々なものを用意することで、人々のレース飾りへの好奇心をくすぐることも忘れない。
 貴婦人たちが好奇心に目を輝かせながら近づいてくる。

「夫人! 庭の装飾や、そのドレスのそれは何ですの?」
「これはレースというものです。先代の公爵夫人と一緒に考案したものなんですよ」
「まあそうなんですの! こんなに素晴らしい装飾はどうやって……」
「技術は必要ですが、一針一針、手縫いで織ったものなんです」
「なんて見事なんでしょう!」
「ええ。まるで宝石のような美しさだわ!」
「気に入って頂けたようで嬉しいです」
「このレースというものを是非、我が家でも使いたいのですけれど」
「構いませんが、職人たちの手仕事ですからかなりお時間を頂戴することになります」
「構いません! お金ならいくらでも出しますから!」
「私はその何倍でも出します。ですから優先的に……」

 流行に敏感な貴婦人たちが注目すれば、遠巻きにして様子見を決め込んでいた夫人たちも遅れてはなるまじと殺到してくる。
 ガーデンパーティーは無事、盛況のうちに終わった。
 ハイネはすっかり疲れしまって庭の片隅で椅子に座りながら、暮れなずむ空を眺めていた。
 今日のお披露目のためにパーティーの準備はもちろん、レースについての作業で、ここ一週間近く睡眠時間を削ったりしていたせいもあって、一気に疲れが出てしまったみたいで体が重たい。
 それでも気持ちは満ち足りていた。

(フアナ様も、喜んで下さっているはず)

 本当は一緒にレースのお披露目をできれば一番だったのだけど。

「ハイネ」

 目をやると、アーサーだった。

「アーサーっ」

 立ち上がった次の瞬間、立ち眩みを覚えて足元がふらついてしまう。

「おい……っ」

 倒れそうになったところを抱き留められた。

「あ、ご、ごめん……っ」

 ハイネは赤面して慌てて距離を取った。

(アーサーに呆れられちゃう)

「平気か」
「……ごめん。ちょっと疲れちゃって」
「だったら、こんなところにいないで、部屋で休め」
「そ、そうだね。そうする。でも少し休まないと動けそうにないから」

 アーサーは小さく溜息をつくと、いきなりハイネを抱き上げた。

「え……!?」

 ハイネは驚き、アーサーの首に抱きつく。
 アーサーはメイドの一人を呼びつけると、ついてくるよう言った。

「あ、アーサー、私、一人で歩けるから」
「ふらついていたくせによく言う。回りが迷惑する。黙っていろ」
「……ごめん」

 部屋まで連れて言ってもらうと、アーサーはメイドに「後は任せた」と言って部屋を出ていく。ハイネはメイドに手伝ってもらいながら寝巻に着替えると、ベッドに横になる。

「……もう大丈夫。ありがとう」

 ベッドに横になると、そうと意識する間もなくあっという間に眠りに落ちてしまうのだった。



 アーサーが執務をしていると、執事が部屋を訪ねてきた。

「――先程、メイドが奥様はお休みになられたと報告しにまいりました」
「そうか」

 ガーデンパーティーで笑顔を絶やさず、ホストとして行動していた、ハイネの姿は、それこそ母を思わせた。
 雰囲気や貫禄は全く劣っているが、あの輝くような笑顔のせいだろうか。
 母も、前日までは色々と準備に明け暮れて睡眠時間を削り、こちらが心配になるくらい疲れた顔をしているにもかかわらず、いざ当日を迎えると招待客の前ではおくびにも出さず、立派にホスト役を全うしていた。
 まさに今日のハイネはそんな感じだったのだ。

(パンケーキの時もそうだが、あいつは、母上を忘れないでいてくれているんだな)

 侯爵夫妻の事故死と、後継者であるラウーロの死。公爵家は一時、呪われているのではないかという噂まで立ってしまったほどだ。
 それまでは公爵家に世話になった貴族たちもいつの間にか寄りつかなくなった。
 あれほど母の生前は、少しでも気に入られようと、大勢の令嬢や貴婦人たちがすり寄ってきたというのに。
 だからこそ、ハが今も母を舌ってくれているのは救いのように思えた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

私と貴方の報われない恋

梨丸
恋愛
田舎の男爵家の少女、アーシャには好きな人がいた。 家族同然の幼馴染を好きになってしまったアーシャの恋は報われない……。 主な登場人物 アーシャ  本作の主人公 フェルナン アーシャの初恋 ※アーシャ編とフェルナン編の二編を投稿します。 ※完結後も番外編を追加するかもしれないです。 11/3 完結いたしました。 11/4HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした

ぽぽよ
恋愛
レイチェルには、十年間一度も会ったことのない婚約者がいた。 名前しか知らない、奇妙な婚約。 ある日、図書館で出会った男性に、レイチェルは心を奪われる。 穏やかで優しい彼に惹かれていくが、レイチェルには婚約者がいた―― 見た目だけでは分からない、本当に大切なものとは? すれ違いを描く、短編ラブストーリー。 ショートショート全5話。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

処理中です...