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真夏の日射しに、平野を覆う草原が青々と輝き、地平線の向こうには真っ白な入道雲が湧きあがっている。
ハイネは馬車の中から懐かしい風景に目尻を緩めた。
ここは公爵家の領地。
(昔と何も変わってない)
子どもの頃、何度か公爵夫妻、ラウーロ、アーサーで遊びに来たことがあった。
魚釣りをしたり、森へ野生動物を見に出かけたり、近くの村の夏祭りに参加したり、大人たちに内緒で夜中にこっそり外に出て肝試しをしたり……色々な思い出がある。
ここへ来たのは、王家の行事の一つの狩猟祭のためだ。
毎年この時期に開催される狩猟祭では、公爵家の領地に広がる森を使うのが慣例になっていた。
アーサーは馬車に寄り添うように、馬で移動していた。
(アーサー……)
彼は確実に、怪我を負っている。
本人は何事もなく隠しているつもりでも、子どもの頃から見ているハイネには分かるのだ。
それとなく仕事を休んで欲しいと伝えても、聞き入れてはもらえなかった。
確かに彼の職務は余人を持って代えがたいもので、簡単に休める訳もない。
しかしそれではいつまで経っても怪我が治らない。
無理をしすぎればそれこそ、一生の怪我になりかねないのに。
やがて会場へ到着する。
広場にはすでに、参加者や見物客、および国王夫妻、王太子の豪奢な馬車が停まっていた。
馬車の扉が開けられ、アーサーがハイネの手を取る。
「壮観ね」
ハイネは周りを見回しながら呟く。
「――ハイネ嬢」
そこへやって来たのは第一騎士団の白を基調にした軍装姿のクリフォード。
「クリフォード様。ごきげんよう」
ハイネはカーテシーを見せる。
彼は爽やかな笑顔を覗かせた。
「第一騎士団の団長が仕事を放棄して遊んでいるのか。いいご身分だな」
クリフォードの青い眼差しと、アーサーの赤い瞳がぶつかれば、二人の間に、ひりつくような緊張感が走った。
夜会でのことを思い出し、ハイネはハラハラしてしまう。
「今は別の者が警護についている。問題ない。――ハイネ嬢に一言申し上げたいと思い、参上しました」
「私に……?」
「このたびの狩猟祭の勝者の栄冠を、あなたに捧げます」
「でもそれは」
「もし私が取ったあかつきには、受け取って欲しいんです」
勝者の栄冠というのは、狩猟祭で最も大きな獲物をとったものに与えられる褒美である。
それは国王にどのような望みも言えるというもの。
金銭や領地、より高い地位や役職など思いのまま。
「卑しい男だな。人の妻と知りながら堂々と口説くとは。第一騎士団の団長殿は欲求不満か?」
「アーサーっ」
ハイネが声を上げるが、アーサーは無視してじっとクリフォードを見つめる。
「女とみれば見境なく手を出すお前と一緒にするな。お前こそ、まるで子どもだな。興味も関心も愛情も何もないくせに、別の男が近づいてきた途端、惜しくなるのか?」
ハイネは二人の間に割って入る。
「今日は王国にとって大切な行事の狩猟祭ですよ。喧嘩はやめてください」
「ハイネ嬢、とにかく見ていてください」
クリフォードが爽やかに微笑みかけてくる。
「……まるで自分がすでに勝利することを確信しているかのような言葉だな」
ぽつりとアーサーが言った。
「例年、俺が優勝していることを忘れた訳じゃないだろ」
「それは私が参加していないからだ。今回は陛下に許可を取り、参加することになった」
「なら、せいぜい頑張れ。気取った第一騎士団の団長がどの程度の腕前なのか、楽しみだ」
クリフォードは立ち去っていく。
「アーサー、どうしてあんな挑発するようなことを」
「あの男に勝って欲しいのか?」
「そんな訳ないわ。私はあなたの妻よ。あなたの勝利を願うに決まっているじゃない」
「どうだかな」
アーサーはさっさと歩き去って行く。
ハイネは国王夫妻や令嬢たちの集まる会場へ向かえば、貴婦人たちがこぞって集まってくる。話題の中心はレースのこと。
「夫人」
そこに声がかかれば、貴婦人たちは全員、居住まいをただす。
近づいて来たのは、王妃だった。
「これは……」
ハイネはうやうやしく頭を下げる。
「レース、という飾りのこと、妾の耳にも届いているわ。その袖や胸元にあしらわれたものが、それなのかしら」
「作用でございます、殿下」
「是非、実物を見たいと思っていたの。叶うのならば、欲しいくらいだけれど、かなり人気のようだから難しそうね残念だわ」
王妃は悠然と扇であおぎながら言った。
すると周囲の貴婦人たちは「ハイネ様、私たちのことは後回しで構わないから、是非、王妃殿下の分を優先してください」と言ってくる。
こんな状況ではそう言わざるをえないだろう。
「殿下のために、素晴らしいものを献上できるよう、しっかりやらせていただきます」
「嬉しいわ。期待していますよ」
兄弟を手玉に取る悪女と言われたのは今は昔。レースが、ハイネの社交界での地位を高めてもいた。
(嬉しいけれど、こういう場でも人に囲まれるのはさすがに辟易してしまうわね)
ハイネは一人になりたくて、夫人たちから距離を取り、一人でお茶を飲もうとしていると、
「すっかり人気者ね」
イザベルに声をかけられた。
「イザベル様」
彼女は今日も見事なドレス姿だ。金糸で大輪の花の刺繍のほどこされた真珠色のドレスに、真っ赤な髪色がよく映えている。
「私とお茶をご一緒しない?」
「はい」
イザベラと一緒にいれば、他の貴婦人たちに囲まれることもないと了承した。
「レースのこと、すっかり社交界……いいえ、王都の話題をさらっているわね」
「想像以上です。イザベル様もご興味がおありですか?」
「もちろん」
「では、できるかぎり早くご用意しますね」
「そんなこと気にする必要ないわ。順番はしっかり守るわ」
「いえ。アーサーもきっと、あなたがレース飾りのついたドレスをまとうのを心待ちにしているはずですから」
こんなことを妻の自分から持ちかけるのはおかしいことなのは分かっている。
しかしアーサーがそれで幸せになってくれるのであれば、ハイネにとっては本望だ。
ハイネには、彼を幸せにすることはできないから。
「……ハイネ嬢。私たちは確かに愛人と言われているけれど、あなたが思うような深く愛し、愛され、の関係ではないのよ。実際、彼が結婚したのはあなたなのよ。もっと、自信をもったほうがいいわ」
「自信だなんて」
契約妻の身でそれは無理な話だ。
イザベラは困ったような顔をする。
愛人であれば、本妻の不幸をもっと勝ち誇ってもいいのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
「……イザベル様の前で、アーサーはどうですか?」
「何のこと?」
「……彼、怪我をしているんです」
「怪我? 本当に?」
ハイネは自分たちが迷子になった時のことを話した。
「本当は怪我を負っているくせに、大丈夫だと強がって隠しているんです。イザベラ様になら怪我の状態もちゃんと言っているのかなって……」
「あなたに言わないのに、私の前では尚更、言わないわ」
「でも、アーサーは、イザベラ様との付き合いが長いですから。イザベラ様の前でなら、ちゃんと本音を話してくれているんじゃないんですか?」
「あなたのほうが余程長いでしょう。幼馴染なんだから」
「昔は色々と話してくれたんですけど、今はもう……」
ハイネは目を伏せた。
今の自分たちの間には目には見えない壁で心が隔たれ、昔のように何でも話せるような関係ではない。
「あなたは本当に彼のことを愛しているのね」
「──これはこれは。公爵夫人、ご機嫌麗しく」
「侯爵……様」
エッケンは薄気味悪い眼差しを向けてくる。
見えない手で、全身を撫で回されているような悪寒を覚えた。
(平気よ。こんなところでこの男に何ができる訳でもないわ)
むしろこの手の男は、ハイネが嫌がれば嫌がるほど喜びかねない。
ハイネは背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐにエッケンを見つめる。
「狩猟祭はさぼっているのですか?」
「私のような老いぼれにはもう、若者に混じって獲物を追いかけるような真似はできません。むしろあなたのような美しい花を愛でるのに時間を使いたいのです」
エッケンが、ハイネの右手を自然と取ろうとするが、
「嫌がっているのが分からないの?」
イザベラが声を上げた。
すると、ハイネに見せたのとは正反対の嫌悪感に滲んだ顔で睨み付けた。
「アバズレの毒蛇は黙っていろ。今、私は公爵夫人と話しているんだ」
そしてまた下卑た笑みを浮かべた。
「イザベラ様に無礼な口をきくのはおやめくださいっ」
「おや、愛人を庇われるとは」
「あなたには関係のないことです。それから」
ハイネはエッケンの脂肪まみれの手を、扇で強かに叩く。
まさかそんな真似をされるとは思わなかったのか、染みの浮いた脂肪で膨れ上がった顔が、怒りで紅潮する。
「き、貴様、何をっ」
「気安く触らないでください。私は公爵夫人。あなたとは立場が違うのですよ、侯爵様」
「金と引き替えに身売りをした分際で……っ」
「娘や孫くらいの年齢の私を、両親に鼻薬をかがせて、手に入れようとしたあなたにとやかく言われる筋合いはありませんっ」
周囲の夫人たちが話をやめて、こちらの様子を窺ってくる。
さすがのエッケンも注目を浴びてはどうにもならないのか、逃げるように立ち去っていった。
ハイネはその場に膝から崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
※
(あの小娘めっ。いい気になりおってっ)
エッケンは悔しさに、顔をくしゃくしゃにさせる。
つい数ヶ月前まで、明らかにエッケンのほうが立場が上だったというのに。
(お前は儂のものだ。お前は儂の愛人になるしかないのだっ!)
そのために必要なのは、公爵を始末することだ。
エッケンは人気の無い場所まで来ると、フードを目深にかぶった男たちが姿を見せる。
「分かっているな、お前たち」
「はい、侯爵様」
「無事、アーサーを仕留められれば、望むがままの大金を払ってやるっ」
「お任せください」
男たちは頷き、そそくさと森の奥へ消えていった。
(狩猟祭には事故がつきものだ)
エッケンはにたりと、妖しい微笑を漏らした。
ハイネは馬車の中から懐かしい風景に目尻を緩めた。
ここは公爵家の領地。
(昔と何も変わってない)
子どもの頃、何度か公爵夫妻、ラウーロ、アーサーで遊びに来たことがあった。
魚釣りをしたり、森へ野生動物を見に出かけたり、近くの村の夏祭りに参加したり、大人たちに内緒で夜中にこっそり外に出て肝試しをしたり……色々な思い出がある。
ここへ来たのは、王家の行事の一つの狩猟祭のためだ。
毎年この時期に開催される狩猟祭では、公爵家の領地に広がる森を使うのが慣例になっていた。
アーサーは馬車に寄り添うように、馬で移動していた。
(アーサー……)
彼は確実に、怪我を負っている。
本人は何事もなく隠しているつもりでも、子どもの頃から見ているハイネには分かるのだ。
それとなく仕事を休んで欲しいと伝えても、聞き入れてはもらえなかった。
確かに彼の職務は余人を持って代えがたいもので、簡単に休める訳もない。
しかしそれではいつまで経っても怪我が治らない。
無理をしすぎればそれこそ、一生の怪我になりかねないのに。
やがて会場へ到着する。
広場にはすでに、参加者や見物客、および国王夫妻、王太子の豪奢な馬車が停まっていた。
馬車の扉が開けられ、アーサーがハイネの手を取る。
「壮観ね」
ハイネは周りを見回しながら呟く。
「――ハイネ嬢」
そこへやって来たのは第一騎士団の白を基調にした軍装姿のクリフォード。
「クリフォード様。ごきげんよう」
ハイネはカーテシーを見せる。
彼は爽やかな笑顔を覗かせた。
「第一騎士団の団長が仕事を放棄して遊んでいるのか。いいご身分だな」
クリフォードの青い眼差しと、アーサーの赤い瞳がぶつかれば、二人の間に、ひりつくような緊張感が走った。
夜会でのことを思い出し、ハイネはハラハラしてしまう。
「今は別の者が警護についている。問題ない。――ハイネ嬢に一言申し上げたいと思い、参上しました」
「私に……?」
「このたびの狩猟祭の勝者の栄冠を、あなたに捧げます」
「でもそれは」
「もし私が取ったあかつきには、受け取って欲しいんです」
勝者の栄冠というのは、狩猟祭で最も大きな獲物をとったものに与えられる褒美である。
それは国王にどのような望みも言えるというもの。
金銭や領地、より高い地位や役職など思いのまま。
「卑しい男だな。人の妻と知りながら堂々と口説くとは。第一騎士団の団長殿は欲求不満か?」
「アーサーっ」
ハイネが声を上げるが、アーサーは無視してじっとクリフォードを見つめる。
「女とみれば見境なく手を出すお前と一緒にするな。お前こそ、まるで子どもだな。興味も関心も愛情も何もないくせに、別の男が近づいてきた途端、惜しくなるのか?」
ハイネは二人の間に割って入る。
「今日は王国にとって大切な行事の狩猟祭ですよ。喧嘩はやめてください」
「ハイネ嬢、とにかく見ていてください」
クリフォードが爽やかに微笑みかけてくる。
「……まるで自分がすでに勝利することを確信しているかのような言葉だな」
ぽつりとアーサーが言った。
「例年、俺が優勝していることを忘れた訳じゃないだろ」
「それは私が参加していないからだ。今回は陛下に許可を取り、参加することになった」
「なら、せいぜい頑張れ。気取った第一騎士団の団長がどの程度の腕前なのか、楽しみだ」
クリフォードは立ち去っていく。
「アーサー、どうしてあんな挑発するようなことを」
「あの男に勝って欲しいのか?」
「そんな訳ないわ。私はあなたの妻よ。あなたの勝利を願うに決まっているじゃない」
「どうだかな」
アーサーはさっさと歩き去って行く。
ハイネは国王夫妻や令嬢たちの集まる会場へ向かえば、貴婦人たちがこぞって集まってくる。話題の中心はレースのこと。
「夫人」
そこに声がかかれば、貴婦人たちは全員、居住まいをただす。
近づいて来たのは、王妃だった。
「これは……」
ハイネはうやうやしく頭を下げる。
「レース、という飾りのこと、妾の耳にも届いているわ。その袖や胸元にあしらわれたものが、それなのかしら」
「作用でございます、殿下」
「是非、実物を見たいと思っていたの。叶うのならば、欲しいくらいだけれど、かなり人気のようだから難しそうね残念だわ」
王妃は悠然と扇であおぎながら言った。
すると周囲の貴婦人たちは「ハイネ様、私たちのことは後回しで構わないから、是非、王妃殿下の分を優先してください」と言ってくる。
こんな状況ではそう言わざるをえないだろう。
「殿下のために、素晴らしいものを献上できるよう、しっかりやらせていただきます」
「嬉しいわ。期待していますよ」
兄弟を手玉に取る悪女と言われたのは今は昔。レースが、ハイネの社交界での地位を高めてもいた。
(嬉しいけれど、こういう場でも人に囲まれるのはさすがに辟易してしまうわね)
ハイネは一人になりたくて、夫人たちから距離を取り、一人でお茶を飲もうとしていると、
「すっかり人気者ね」
イザベルに声をかけられた。
「イザベル様」
彼女は今日も見事なドレス姿だ。金糸で大輪の花の刺繍のほどこされた真珠色のドレスに、真っ赤な髪色がよく映えている。
「私とお茶をご一緒しない?」
「はい」
イザベラと一緒にいれば、他の貴婦人たちに囲まれることもないと了承した。
「レースのこと、すっかり社交界……いいえ、王都の話題をさらっているわね」
「想像以上です。イザベル様もご興味がおありですか?」
「もちろん」
「では、できるかぎり早くご用意しますね」
「そんなこと気にする必要ないわ。順番はしっかり守るわ」
「いえ。アーサーもきっと、あなたがレース飾りのついたドレスをまとうのを心待ちにしているはずですから」
こんなことを妻の自分から持ちかけるのはおかしいことなのは分かっている。
しかしアーサーがそれで幸せになってくれるのであれば、ハイネにとっては本望だ。
ハイネには、彼を幸せにすることはできないから。
「……ハイネ嬢。私たちは確かに愛人と言われているけれど、あなたが思うような深く愛し、愛され、の関係ではないのよ。実際、彼が結婚したのはあなたなのよ。もっと、自信をもったほうがいいわ」
「自信だなんて」
契約妻の身でそれは無理な話だ。
イザベラは困ったような顔をする。
愛人であれば、本妻の不幸をもっと勝ち誇ってもいいのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
「……イザベル様の前で、アーサーはどうですか?」
「何のこと?」
「……彼、怪我をしているんです」
「怪我? 本当に?」
ハイネは自分たちが迷子になった時のことを話した。
「本当は怪我を負っているくせに、大丈夫だと強がって隠しているんです。イザベラ様になら怪我の状態もちゃんと言っているのかなって……」
「あなたに言わないのに、私の前では尚更、言わないわ」
「でも、アーサーは、イザベラ様との付き合いが長いですから。イザベラ様の前でなら、ちゃんと本音を話してくれているんじゃないんですか?」
「あなたのほうが余程長いでしょう。幼馴染なんだから」
「昔は色々と話してくれたんですけど、今はもう……」
ハイネは目を伏せた。
今の自分たちの間には目には見えない壁で心が隔たれ、昔のように何でも話せるような関係ではない。
「あなたは本当に彼のことを愛しているのね」
「──これはこれは。公爵夫人、ご機嫌麗しく」
「侯爵……様」
エッケンは薄気味悪い眼差しを向けてくる。
見えない手で、全身を撫で回されているような悪寒を覚えた。
(平気よ。こんなところでこの男に何ができる訳でもないわ)
むしろこの手の男は、ハイネが嫌がれば嫌がるほど喜びかねない。
ハイネは背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐにエッケンを見つめる。
「狩猟祭はさぼっているのですか?」
「私のような老いぼれにはもう、若者に混じって獲物を追いかけるような真似はできません。むしろあなたのような美しい花を愛でるのに時間を使いたいのです」
エッケンが、ハイネの右手を自然と取ろうとするが、
「嫌がっているのが分からないの?」
イザベラが声を上げた。
すると、ハイネに見せたのとは正反対の嫌悪感に滲んだ顔で睨み付けた。
「アバズレの毒蛇は黙っていろ。今、私は公爵夫人と話しているんだ」
そしてまた下卑た笑みを浮かべた。
「イザベラ様に無礼な口をきくのはおやめくださいっ」
「おや、愛人を庇われるとは」
「あなたには関係のないことです。それから」
ハイネはエッケンの脂肪まみれの手を、扇で強かに叩く。
まさかそんな真似をされるとは思わなかったのか、染みの浮いた脂肪で膨れ上がった顔が、怒りで紅潮する。
「き、貴様、何をっ」
「気安く触らないでください。私は公爵夫人。あなたとは立場が違うのですよ、侯爵様」
「金と引き替えに身売りをした分際で……っ」
「娘や孫くらいの年齢の私を、両親に鼻薬をかがせて、手に入れようとしたあなたにとやかく言われる筋合いはありませんっ」
周囲の夫人たちが話をやめて、こちらの様子を窺ってくる。
さすがのエッケンも注目を浴びてはどうにもならないのか、逃げるように立ち去っていった。
ハイネはその場に膝から崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
※
(あの小娘めっ。いい気になりおってっ)
エッケンは悔しさに、顔をくしゃくしゃにさせる。
つい数ヶ月前まで、明らかにエッケンのほうが立場が上だったというのに。
(お前は儂のものだ。お前は儂の愛人になるしかないのだっ!)
そのために必要なのは、公爵を始末することだ。
エッケンは人気の無い場所まで来ると、フードを目深にかぶった男たちが姿を見せる。
「分かっているな、お前たち」
「はい、侯爵様」
「無事、アーサーを仕留められれば、望むがままの大金を払ってやるっ」
「お任せください」
男たちは頷き、そそくさと森の奥へ消えていった。
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