異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~1ヶ月目~

第12話~シュマル風カスタードプリン~

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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~


 同日、新宿歌舞伎町にて。
 私――シフェールはいつものように、陽羽南に出勤していた。
 ビルに入り、エレベーターに乗って、3階で降りる。と。

「おっ、シフェールちゃん!ちょうどよかった、相談したいことがあるんだけど」

 先に出勤していた澄乃に声をかけられた。何やら手には、一枚の紙を持っている。
 首をかしげながら私は、澄乃が座っていたテーブルの向かいに座った。椅子の下に鞄を置き、澄乃に視線を投げかける。
 澄乃は少しだけ目を細めると、持っていた紙をテーブルの上に置いて見せた。

「飲み放題付きのコースを、そろそろうちでも始めようと思うんだよね。そのメニューを相談しておきたくて」
「ノミホウダイ付きの、コース……ですか?」

 ノミホウダイ。
 夜に歌舞伎町を歩いていると、時折その用語を見たり聞いたりしていた。
 そういえば日曜日に皆で遊びに行った時に入った店でも、案内されたような気がする。その時はよく分からなかったので利用しなかったが。

「店長、その……ノミホウダイというのはつまり、どういう……?」
「あ、そうか。シフェールちゃん達の世界では馴染みがなかった?
 飲み放題ってのは要するに、一定額のお金を予め保証してもらって、定められたメニューの中の飲み物は何種類頼んでも何杯頼んでもいい、っていう仕組みだね。
 大体の居酒屋では、ビール、ハイボール、カクテル、ソフトドリンク……あとはワインや日本酒、ウイスキーが一種類ずつ、って具合のメニューかな」

 話を聞いて、私はなるほどと思った。そういえばこの世界では、まずは生ビールという人が非常に多い。徹頭徹尾生ビールという人もよく居る。
 そういう、酒の銘柄に拘りのない人にとっては、一定額を支払えば何杯でも生ビールが飲めるというのは、大いに魅力的なのだろう。

「で、飲み放題をつけて、料理も何品かこっちでまとめて提案させてもらって、その分まとめてこれだけお金を取りますよ、ってのが、このコースメニューってわけだ。
 とりあえず飲み放題付き2時間で4,000円で考えていてね、料理はまず最初にピクルス出して……」

 そう言って澄乃は料理のメニュー案を私に説明していく。
 ピクルス、フライドポテト、唐揚げ、刺身……この店でよく提供されている料理が並んでいる。
 と、私はメニューの一番最後に目を留めた。

「シュマル風カスタードプディング……?これは、デザートで?」
「そうそう。マウロちゃんにも案を出してもらったんだけど、どうかって提案されてね」

 カスタードプディング。私の出身の北部地域では馴染みが薄いが、王国南部の方ではよく作られたデザートだと聞いている。
 そういえばマウロが、こちらは新鮮な牛乳と卵が簡単に手に入るから、作りやすいとも言っていた。

「ちょうどさっき、マウロちゃんに教えてもらったレシピに沿って作ってみたのがあるんだ。味見してみる?」

 澄乃が立ち上がり、片目をぱちりとつぶってみせた。無言で一瞬目を見開いた私だが、澄乃の目には嬉しそうに映ったのだろう。お見通しというやつである。
 キッチンに引っ込み、しばらくしてから澄乃が持ってきたのは、皿に載せられたカスタードプディングだ。カラメルの黒色とプディングの黄色が、鮮やかな彩りだ。
 そっと目の前に皿が置かれる。ふわりと香る花の優しい香りが、どこか懐かしい。

「マウロちゃんのレシピでは、フラワーウォーターを香りづけに使うって書いてたんだけど、手に入らなくてねー。エルダーフラワーのシロップで代用してみた。
 ミルクには合うと思うんだけど、どうかな?」
「……いただきます」

 私はデザートスプーンを手に取り、プディングにスッと差し込んだ。抵抗はそれほど無いが、硬めに蒸されている。スプーンを持ち上げるとぷるんと切れた。
 そしてゆっくりと口に含み、舌で潰し、食む。すると口いっぱいに広がるミルクと卵の濃厚なコク。そこにカラメルの甘さと苦味が加わり、後からエルダーフラワーの仄かな酸味とはじけるような香りが追いかけてくる。
 濃厚で美味い。そしてしつこくない。非常に満足できる味わいだ。

「美味しいです……とても」

 ごくごく自然に、その言葉が口をついて出てくる。澄乃は両手を合わせて嬉しそうに笑った。

「あぁよかった。バニラエッセンスを使わないカスタードプリンって初めてだから、どうなるのか不安だったんだよね。
 ……よし、これなら料理の方は問題ないだろう。飲み物の方はいつものメニューに載せている酒ばかりだから、大丈夫だろうとは思うけれど、後でもう一度確認しよう」

 澄乃が、合わせた両手を解いて腰に当てながら言う。それに呼応するように頷いて、私は再びスプーンをプディングに挿し入れた。
 もうそろそろ、エティとパスティータも出勤してくる頃だろう。彼女らにも、出来ればこれを食べてもらいたい。そしてその後の仕事は、きっといつも以上に頑張れることだろう。
 やはり女性たるもの、甘いものを食べるのは喜びなのだ。


~第13話へ~
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