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本編~1ヶ月目~
第13話~呪い~
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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~
月末も近づき、街の慌ただしさが増す頃合い。
陽羽南の店内はいつも通り、開店準備に大わらわだ。
僕とシフェールは料理の仕込み。エティは届いた酒類を受け取っている。パスティータは店内の掃除に一生懸命。
この店がオープンしてそろそろ一ヶ月、僕達全員、仕事にもだいぶ慣れてきた。
今のところ大きなトラブルもなく、来客数も上々、たまにすごく忙しい日が出るほどには、「陽羽南」は新宿を行き交う人に受け入れられていた。
店員が全員亜人種で、店側に人間がいないというのは、相応に話題を呼ぶのだろう。嬉しいような、複雑なような。
「マウロ、ちょっといい?ビールのタンクを運んで欲しいんだけど……」
「ん」
届いた酒を受け取り、配達員を見送ったエティが、僕を呼びつける。僕は返事を返すと手を拭い、軍手を手に取った。
生ビールのタンクは重い。重いが同時に、なるべく揺らさない方がいいものでもある。運搬後はしばらく静置しておかなくてはならないものだ。
それ故、キッチンに運び入れるのは大体僕がやっている。
「20Lのタンクだから重いしな。サケはそっちの冷蔵庫に入れる前に、一本ずつだけカウンターに並べておいてくれ。味をチェックするから」
「分かったわ」
タンクを斜めに支えながら床を転がし、キッチンに運んでいく僕の後ろで、エティが段ボールから日本酒の一升瓶を出してはカウンターに並べていく。
澤乃井、剣菱、浦霞、墨廼江。どれも美味しく良い酒だが、風合いはまるっきり違う。だから日本酒は面白いし、奥が深いと思わされる。
そういえば僕達のいた世界の似たような感じの酒で、ヴァインと呼ばれる果実酒があったか。こちらの世界のワインと似ているし、ちょっと仕入れを考えてみてもいいかもしれない。
ビールのタンクを運び終えた僕は、お猪口を手にしてカウンターに座る。と、その後方から。
「マウロ、掃除終わったよー」
パスティータが僕の肩を叩きながら声をかけてきた。振り返りながら店内を見回す。一点の曇りもないくらいにピカピカだ。
僕はパスティータにニコリと微笑むと、肩に置かれた手を軽く叩き返す。
「分かった、お疲れ様パスティータ。休憩してきていいぞ」
僕の発言にパスティータは、ニカッと無邪気な笑みを見せた。すぐに真顔に戻ると、僕の肩越しに並べられた日本酒を覗き込む。
「この酒、今日お店で出すやつ?」
「あぁ、どれがどれか、今のうちに覚えておいてくれ」
一升瓶の封を開ける僕の姿を、パスティータは興味深げに見つめてくる。まだ19歳の彼女は、酒を飲むことが許されていない。
味の違いを自分の舌で確認できないまま、お客様に提供するのは、きっと歯がゆくもあるだろう。
僕は四つのお猪口にそれぞれの日本酒を満たし、並べて置いてみせた。
「味わうことは出来なくても、香りを感じることは出来るだろう?今のうちに嗅いでおくといいんじゃないか」
「あ、そうだね!」
僕の言葉にパスティータはポンと手を叩くと、すぐさまお猪口に鼻を近づけた。
パスティータはエルフであるが、鼻が非常に利く。食べ物や酒の香りもそうだが、気配を嗅ぎ分けるのも得意分野だ。それ故、盗賊という職業が非常にマッチしていたわけで。
だがエルフが皆、鼻が利くわけではない。これはパスティータが持つ特殊技能と言えるだろうが……その実、呪いの方が表現として適切だろう。
「……そういえばパスティータ、今日はその……あの日だろう。大丈夫なのか?」
厨房からシフェールが、心配そうな声をかけてくる。その言葉にピクリと身体を震わせるパスティータ。だが、すぐに笑顔を見せた。
「大丈夫ー、先月のこの日は大丈夫だったし!今日は皆も一緒だから!」
「うむ……そうか。だが、無理だと思ったらすぐにバックヤードに引っ込むんだぞ」
シフェールとパスティータの会話に、僕は窓の外を見た。
いい天気だ、雲が僅かに空を泳ぐ他は、青空が広がっている。きっと夜には月が綺麗に見えることだろう。
パスティータの『呪い』は月齢が大きく影響するから、僕達は月の満ち欠けに大いに気を配っているのだ。
並べたお猪口の一つを手に取り、口を付けた僕は。ふと思考した。
「(……ん?そういえば先月のこの日は、雨だったような?)」
準備は滞りなく進み、17時にいつも通り開店。
今日はいつもよりも客の入店状況が穏やかだが、それでも来てくれるお客様はちゃんといる。
僕はカウンター越しにピクルスの皿を置きながら、この一ヶ月でよく顔を見せる男性客と会話していた。
「胡瓜のピクルス、お待たせしました」
「ありがとう。いやぁ、早いもんでもう一ヶ月か。マウロちゃんも板前姿がすっかり板についたなぁ」
「あはは……ありがとうございます」
上機嫌に酒を飲み進める客に、苦笑で返す僕だった。店長があまりにもマウロちゃんマウロちゃん呼ぶものだから、常連客にもそれで定着してしまったのだ。
エティやパスティータ、シフェールがちゃん付けされるのは違和感も少ないが、僕までっていうのは凄く、こう、複雑だ。アンバスはくん付で呼ぶ店長なのに。
「それにしても今日は晴れてよかったなぁ、満月も綺麗に見えていいもんだ」
お猪口片手に身体をねじり、窓の外を眺める男性客。と、その視界の端で。
「……っっ!!」
パスティータがトレイを取り落とし、苦しそうにその場にうずくまったのが見えた。
来たか。
「パスティータちゃん!?」
カウンターに座った男性客がお猪口を置いて立ち上がり、パスティータに駆け寄る。窓際に座ったグループ客も、何事かと立ち上がった。
グループの応対をしていたエティも振り返る。その全員に見られながら、パスティータは苦しみにあえいでいた。両腕を握りしめる手に力が入り、制服の布地が引っ張られる。
と。
「……っぁあああ!!」
一声、甲高い悲鳴が店内に響いた。と同時に、腕の布地が引き裂かれ、線状に裂ける。その下から覗くのは、パスティータの茶髪と同じ色をした、毛皮。
と、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。客か。僕は包丁を置くと入り口にかけていく。
「いらっしゃいませ、三名様ですか?只今ご案内します。
シフェール、このお客様の方を頼む!」
若い男女のグループ客に笑顔を見せながら、ちらと後ろに視線を投げる。
店の中央でうずくまるパスティータは否が応にも目立つ。カウンターの男性客にしきりに声をかけられ、抱きしめられるその身体は、最早エルフのそれではなくなりつつある。
人狼化《ライカンスローピィ》。
満月の夜に魔獣の一種、人狼と化してしまう、恐ろしい呪いだ。
人狼へと変化したものは野性のままに振舞う獣となり、その爪を、牙を、躊躇いなく振るい、突き立てる。死体から血を啜ることも躊躇わない。
まずい。
僕は新しいお客様を務めて冷静に席へと通し、厨房に駆け戻った。冷蔵庫を開けて仕込む前の鶏モモ肉を取り出す。
「お客様、危険です!離れて!」
生肉を手にフロア中央のパスティータのところへ。変化が進んだパスティータから、既に男性客は手を離している。僕はすぐさま間に割り込んだ。
赤く爛々と光る眼光が、僕を捉える。だが、すぐにその視線は僕の手の中の鶏肉へと移った。
「にく!!」
普段の可愛らしい声とはかけ離れた、太くしゃがれた声が響く。人狼と化したパスティータは僕の手から鶏肉をひったくると、その場にしゃがみ込んでむしゃぶりついた。
一心不乱に生肉を貪るパスティータを見て、僕はふうっと大きく息を吐いた。生肉を一度食べれば、パスティータの様子は落ち着く。少なくとも今夜一杯は大丈夫だ。
僕は立ち上がると、一連の騒動をまじまじと見つめていたお客様に、深く頭を下げた。
「皆様、怖がらせてしまいまして、申し訳ございませんでした……
パスティータは見ての通り、人狼の呪いを内包しておりまして、満月の夜はこのように変化してしまう体質です。
一度生肉を食らわせさえすれば後は普段通りですので、よろしくご承知の程、お願いいたします。」
僕が頭を下げるのに合わせて、エティも、厨房から出て来たシフェールも、頭を深く下げる。
正直、お客様の反応が怖かった。店員が人狼とあっては、怖がって寄り付かなくなる客が出てもおかしくない。もしこれで「今日は帰る」などと言われたら。
「あのー……すみません」
遠慮がちに声がかかる。エティが対応していたグループ客の女性だ。手にスマートフォンを持っている。
「はい、お客様」
「今の一連の変身、動画に撮ってたんですけど……やっぱり、ネットにアップしたりとかは、ダメですよね?」
そう言って女性は、僕にスマートフォンの画面を向けてくる。
そこにはパスティータがうずくまってから、身体に毛が生え、耳と尻尾が伸び、完全に人狼に変身し、僕から奪い取った生肉を貪るまでが、克明に記録されていた。
「うーん……」
僕は頭を抱えた。この国の法律で、人の顔を無断で撮影してはいけないとか、それをインターネットに公開してはいけないとか、そういう法律があるのは知っているが。
だが、この場合はどうだろう。
「アタシハ、だいじょうぶデスヨ。ソノカワリ」
考え込んでいるところに、後ろからしゃがれた声が聞こえる。振り返ると、生肉を食べ終わったパスティータが立ち上がって、動画を見ていた。
女性が小さく身体を震わせる。遠巻きに眺めるのと間近で見るのとは、やはり恐怖が違うのだろう。無理もない。
パスティータは、女性の持っていたスマートフォンを指さして、言う。
「ソノどうが、アタシニモクダサイ。じぶんデじぶんヲミルコト、ナカナカナイカラ」
尻尾をゆらゆら揺らしながら、パスティータは頬を染めて、そう言った。
人狼が頬を染めるというのも、なかなか珍しいというか、珍妙な状況だが。嫌な風には思っていなかったようだ。
その言葉をきっかけにして、パスティータの周囲にお客様が群がった。尻尾に触れたり鶏の唐揚げを差し出したり、一気に人気者だ。
これはこれで、この店の売りになるのかもしれない。
「人狼の変身を間近で見られるなんて、こんないい店他にあるもんか!最高だ!
パスティータちゃんのもふもふに、かんぱーい!」
気を取り直したカウンターの男性客が、お猪口を掲げる。
その声に合わせ、店内の客が手に手に、グラスを高く掲げた。
~第14話へ~
~居酒屋「陽羽南」~
月末も近づき、街の慌ただしさが増す頃合い。
陽羽南の店内はいつも通り、開店準備に大わらわだ。
僕とシフェールは料理の仕込み。エティは届いた酒類を受け取っている。パスティータは店内の掃除に一生懸命。
この店がオープンしてそろそろ一ヶ月、僕達全員、仕事にもだいぶ慣れてきた。
今のところ大きなトラブルもなく、来客数も上々、たまにすごく忙しい日が出るほどには、「陽羽南」は新宿を行き交う人に受け入れられていた。
店員が全員亜人種で、店側に人間がいないというのは、相応に話題を呼ぶのだろう。嬉しいような、複雑なような。
「マウロ、ちょっといい?ビールのタンクを運んで欲しいんだけど……」
「ん」
届いた酒を受け取り、配達員を見送ったエティが、僕を呼びつける。僕は返事を返すと手を拭い、軍手を手に取った。
生ビールのタンクは重い。重いが同時に、なるべく揺らさない方がいいものでもある。運搬後はしばらく静置しておかなくてはならないものだ。
それ故、キッチンに運び入れるのは大体僕がやっている。
「20Lのタンクだから重いしな。サケはそっちの冷蔵庫に入れる前に、一本ずつだけカウンターに並べておいてくれ。味をチェックするから」
「分かったわ」
タンクを斜めに支えながら床を転がし、キッチンに運んでいく僕の後ろで、エティが段ボールから日本酒の一升瓶を出してはカウンターに並べていく。
澤乃井、剣菱、浦霞、墨廼江。どれも美味しく良い酒だが、風合いはまるっきり違う。だから日本酒は面白いし、奥が深いと思わされる。
そういえば僕達のいた世界の似たような感じの酒で、ヴァインと呼ばれる果実酒があったか。こちらの世界のワインと似ているし、ちょっと仕入れを考えてみてもいいかもしれない。
ビールのタンクを運び終えた僕は、お猪口を手にしてカウンターに座る。と、その後方から。
「マウロ、掃除終わったよー」
パスティータが僕の肩を叩きながら声をかけてきた。振り返りながら店内を見回す。一点の曇りもないくらいにピカピカだ。
僕はパスティータにニコリと微笑むと、肩に置かれた手を軽く叩き返す。
「分かった、お疲れ様パスティータ。休憩してきていいぞ」
僕の発言にパスティータは、ニカッと無邪気な笑みを見せた。すぐに真顔に戻ると、僕の肩越しに並べられた日本酒を覗き込む。
「この酒、今日お店で出すやつ?」
「あぁ、どれがどれか、今のうちに覚えておいてくれ」
一升瓶の封を開ける僕の姿を、パスティータは興味深げに見つめてくる。まだ19歳の彼女は、酒を飲むことが許されていない。
味の違いを自分の舌で確認できないまま、お客様に提供するのは、きっと歯がゆくもあるだろう。
僕は四つのお猪口にそれぞれの日本酒を満たし、並べて置いてみせた。
「味わうことは出来なくても、香りを感じることは出来るだろう?今のうちに嗅いでおくといいんじゃないか」
「あ、そうだね!」
僕の言葉にパスティータはポンと手を叩くと、すぐさまお猪口に鼻を近づけた。
パスティータはエルフであるが、鼻が非常に利く。食べ物や酒の香りもそうだが、気配を嗅ぎ分けるのも得意分野だ。それ故、盗賊という職業が非常にマッチしていたわけで。
だがエルフが皆、鼻が利くわけではない。これはパスティータが持つ特殊技能と言えるだろうが……その実、呪いの方が表現として適切だろう。
「……そういえばパスティータ、今日はその……あの日だろう。大丈夫なのか?」
厨房からシフェールが、心配そうな声をかけてくる。その言葉にピクリと身体を震わせるパスティータ。だが、すぐに笑顔を見せた。
「大丈夫ー、先月のこの日は大丈夫だったし!今日は皆も一緒だから!」
「うむ……そうか。だが、無理だと思ったらすぐにバックヤードに引っ込むんだぞ」
シフェールとパスティータの会話に、僕は窓の外を見た。
いい天気だ、雲が僅かに空を泳ぐ他は、青空が広がっている。きっと夜には月が綺麗に見えることだろう。
パスティータの『呪い』は月齢が大きく影響するから、僕達は月の満ち欠けに大いに気を配っているのだ。
並べたお猪口の一つを手に取り、口を付けた僕は。ふと思考した。
「(……ん?そういえば先月のこの日は、雨だったような?)」
準備は滞りなく進み、17時にいつも通り開店。
今日はいつもよりも客の入店状況が穏やかだが、それでも来てくれるお客様はちゃんといる。
僕はカウンター越しにピクルスの皿を置きながら、この一ヶ月でよく顔を見せる男性客と会話していた。
「胡瓜のピクルス、お待たせしました」
「ありがとう。いやぁ、早いもんでもう一ヶ月か。マウロちゃんも板前姿がすっかり板についたなぁ」
「あはは……ありがとうございます」
上機嫌に酒を飲み進める客に、苦笑で返す僕だった。店長があまりにもマウロちゃんマウロちゃん呼ぶものだから、常連客にもそれで定着してしまったのだ。
エティやパスティータ、シフェールがちゃん付けされるのは違和感も少ないが、僕までっていうのは凄く、こう、複雑だ。アンバスはくん付で呼ぶ店長なのに。
「それにしても今日は晴れてよかったなぁ、満月も綺麗に見えていいもんだ」
お猪口片手に身体をねじり、窓の外を眺める男性客。と、その視界の端で。
「……っっ!!」
パスティータがトレイを取り落とし、苦しそうにその場にうずくまったのが見えた。
来たか。
「パスティータちゃん!?」
カウンターに座った男性客がお猪口を置いて立ち上がり、パスティータに駆け寄る。窓際に座ったグループ客も、何事かと立ち上がった。
グループの応対をしていたエティも振り返る。その全員に見られながら、パスティータは苦しみにあえいでいた。両腕を握りしめる手に力が入り、制服の布地が引っ張られる。
と。
「……っぁあああ!!」
一声、甲高い悲鳴が店内に響いた。と同時に、腕の布地が引き裂かれ、線状に裂ける。その下から覗くのは、パスティータの茶髪と同じ色をした、毛皮。
と、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。客か。僕は包丁を置くと入り口にかけていく。
「いらっしゃいませ、三名様ですか?只今ご案内します。
シフェール、このお客様の方を頼む!」
若い男女のグループ客に笑顔を見せながら、ちらと後ろに視線を投げる。
店の中央でうずくまるパスティータは否が応にも目立つ。カウンターの男性客にしきりに声をかけられ、抱きしめられるその身体は、最早エルフのそれではなくなりつつある。
人狼化《ライカンスローピィ》。
満月の夜に魔獣の一種、人狼と化してしまう、恐ろしい呪いだ。
人狼へと変化したものは野性のままに振舞う獣となり、その爪を、牙を、躊躇いなく振るい、突き立てる。死体から血を啜ることも躊躇わない。
まずい。
僕は新しいお客様を務めて冷静に席へと通し、厨房に駆け戻った。冷蔵庫を開けて仕込む前の鶏モモ肉を取り出す。
「お客様、危険です!離れて!」
生肉を手にフロア中央のパスティータのところへ。変化が進んだパスティータから、既に男性客は手を離している。僕はすぐさま間に割り込んだ。
赤く爛々と光る眼光が、僕を捉える。だが、すぐにその視線は僕の手の中の鶏肉へと移った。
「にく!!」
普段の可愛らしい声とはかけ離れた、太くしゃがれた声が響く。人狼と化したパスティータは僕の手から鶏肉をひったくると、その場にしゃがみ込んでむしゃぶりついた。
一心不乱に生肉を貪るパスティータを見て、僕はふうっと大きく息を吐いた。生肉を一度食べれば、パスティータの様子は落ち着く。少なくとも今夜一杯は大丈夫だ。
僕は立ち上がると、一連の騒動をまじまじと見つめていたお客様に、深く頭を下げた。
「皆様、怖がらせてしまいまして、申し訳ございませんでした……
パスティータは見ての通り、人狼の呪いを内包しておりまして、満月の夜はこのように変化してしまう体質です。
一度生肉を食らわせさえすれば後は普段通りですので、よろしくご承知の程、お願いいたします。」
僕が頭を下げるのに合わせて、エティも、厨房から出て来たシフェールも、頭を深く下げる。
正直、お客様の反応が怖かった。店員が人狼とあっては、怖がって寄り付かなくなる客が出てもおかしくない。もしこれで「今日は帰る」などと言われたら。
「あのー……すみません」
遠慮がちに声がかかる。エティが対応していたグループ客の女性だ。手にスマートフォンを持っている。
「はい、お客様」
「今の一連の変身、動画に撮ってたんですけど……やっぱり、ネットにアップしたりとかは、ダメですよね?」
そう言って女性は、僕にスマートフォンの画面を向けてくる。
そこにはパスティータがうずくまってから、身体に毛が生え、耳と尻尾が伸び、完全に人狼に変身し、僕から奪い取った生肉を貪るまでが、克明に記録されていた。
「うーん……」
僕は頭を抱えた。この国の法律で、人の顔を無断で撮影してはいけないとか、それをインターネットに公開してはいけないとか、そういう法律があるのは知っているが。
だが、この場合はどうだろう。
「アタシハ、だいじょうぶデスヨ。ソノカワリ」
考え込んでいるところに、後ろからしゃがれた声が聞こえる。振り返ると、生肉を食べ終わったパスティータが立ち上がって、動画を見ていた。
女性が小さく身体を震わせる。遠巻きに眺めるのと間近で見るのとは、やはり恐怖が違うのだろう。無理もない。
パスティータは、女性の持っていたスマートフォンを指さして、言う。
「ソノどうが、アタシニモクダサイ。じぶんデじぶんヲミルコト、ナカナカナイカラ」
尻尾をゆらゆら揺らしながら、パスティータは頬を染めて、そう言った。
人狼が頬を染めるというのも、なかなか珍しいというか、珍妙な状況だが。嫌な風には思っていなかったようだ。
その言葉をきっかけにして、パスティータの周囲にお客様が群がった。尻尾に触れたり鶏の唐揚げを差し出したり、一気に人気者だ。
これはこれで、この店の売りになるのかもしれない。
「人狼の変身を間近で見られるなんて、こんないい店他にあるもんか!最高だ!
パスティータちゃんのもふもふに、かんぱーい!」
気を取り直したカウンターの男性客が、お猪口を掲げる。
その声に合わせ、店内の客が手に手に、グラスを高く掲げた。
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