異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
20 / 101
本編~1ヶ月目~

第14話~里芋の煮っころがし~

しおりを挟む
~新宿・大久保~
~メゾン・リープ 102号室~


「はー……」

 木曜日、午後7時。
 俺――アンバスは本社での研修を終えて、自室で一人ベッドに横たわっていた。
 もうそろそろ店をオープンしてから一ヶ月、来週からは業務の合間に研修を挟むこともなくなるだろう。
 折角だから由実の飲みの誘いに乗っかってもよかったのだが、結局断り、まっすぐ帰ってきて、今に至る。
 どうにも気分が乗らなかったのだ。たまにはそんな日もある。

「そういや今日は満月だっけか……パスティータのやつ、大丈夫だろうな……」

 帰る途中に空に浮かんでいた満月を思い出し、独り言ちる。
 先月は何とかなったと当人は言っていたが、呪いは呪い。やはり心配だ。
 こちらの世界では治療や解呪が出来るとも思えないし、うまいこと付き合っていくしかないところだろう。

「……はぁ」

 再度、ため息をついた。と。
 グゥゥゥゥ……と腹の虫が鳴く。そういえば夕飯をまだ食べていなかった。
 時間帯的に食堂はまだまだ活気があるころだろう。俺はベッドから身体を起こすと、服を整えて部屋の扉に手をかける。
 ドアを開けるのに合わせて、首元のロケットがちり、と揺れた。


~メゾン・リープ 食堂~


 食堂に入ると、予想に反して人影はまばらだった。仕事を終えて来たであろう数人が、各々離れた席で無言で食事を取っている。
 俺は所在無さげに首筋をかくと、注文カウンターへと向かった。

「豚生姜焼き定食一つ」
「はいよー」

 カウンターから厨房へ注文の声を投げると、中でご飯をよそう澄乃が威勢のいい声を返してきた。
 俺は厨房傍の長テーブルに腰掛けて、注文品の出来上がりを待つ。後ろで食器と盆が音を鳴らし、肉の焼ける香りが漂って、実に食欲を刺激してくる。
 水を飲み飲み、待つこと数分。

「はい、豚生姜焼き定食おまちー」

 澄乃の声が食堂に響く。立ち上がった俺は後ろを振り返り、カウンターに置かれた盆を手に取った。

「ありがとな」
「どういたしまして。しっかり食べてってちょうだい」

 礼を言った俺に、にっこり笑いかけた澄乃。そしてまた厨房の奥へと戻っていくその背中を見つつ、俺は夕食を食べ始めた。
 今日のメニューは豚肉の生姜焼き、小鉢に里芋の煮っころがし、漬け物、ご飯にわかめの味噌汁。
 和食とは、すなわちこういうメニューを言うのだろう。

「……いただきます」

 俺は目を閉じて両手を合わせると、箸で里芋の煮っころがしに手を付けた。
 口に運び、ゆっくりと咀嚼する。醤油の味わいが優しく、ホッとする。
 つい再び里芋に箸が伸びる。一個、また一個、俺の口の中に消えていく里芋。
 四つほど連続で食べたところで、ハッと気が付いて味噌汁の椀に手を付けた。そのタイミングで。

「いいねぇ、そんなに美味しそうに食べてくれると、私も嬉しいってもんだ」

 唐突に正面から、澄乃が声をかけてきた。エプロンを締めたまま、両手でカレーの乗った盆を盛った状態で。
 ……俺は危うく、味噌汁を澄乃の顔面に吹きかけるところだった。僅かにこぼした程度で済ませたことは褒められていいと思う。

「っっ、てんちょ、何すか急に」
「何って、言葉の通りだよ?作った料理を食べる人の手がついつい伸びる、そんな様子を見せられたら嬉しいじゃないか」

 手近なところにあった布巾でこぼした味噌汁を拭きながら、俺は澄乃に質問するも、帰ってくる言葉は何とも飄々として、掴みどころがない。
 澄乃は明るいしよく働くし、料理も美味しいのだが、この飄々としてするりとかわしてくるところだけはまだよく分からない。
 その柔軟性のあるところによって、頼りがいのあるのも事実なのだが。

「そろそろこっちに来て二ヶ月くらいだろ?悩みの一つや二つ、出て来た頃合いじゃないか?」

 カレーをスプーンですくいながら、澄乃は俺に目線を合わせないままでそう言った。
 内心ギクリとした。無いと言ったら嘘になるが、話して解決する類のものでないことは、俺がよくよく分かっている。
 気持ちを落ち着かせるため味噌汁をすすり、ふっと息を吐いた。

「……そりゃ、あるっすよ、悩んでることは。ただ、話してどうなるものでも……」
「どうなるものでなくてもいいのさ、話すってのが大事なんだから。ほら、食べた食べた。
 お悩み相談は酒でも飲みつつじっくり聞いてあげるよ」

 そう言い、すくったカレーを口に頬張る澄乃。
 確かに、食事しながら話すのも行儀がよろしくない。それに折角の生姜焼きが冷めるのもよくない。
 俺は再び味噌汁に口をつけると、豚肉に箸を伸ばした。


 お互い食事が終わり、食器を戻したころ。
 まだ周囲に人影は少なく、食事を取っていた面々も部屋に帰るなり街に繰り出すなりしていた。
 俺は澄乃と横並びに座り、里芋の煮っころがしを肴に焼酎を酌み交わしていた。
 酒が入ると自然と口も動いてくる。気が付いた頃には俺は、自分の身の上を澄乃にぽつぽつと話していた。

「……俺、あっちの世界に妻と子供が居るんです。
 元々傭兵稼業だったし、数ヶ月家に帰れないなんて話もよくあったんで、それはいいんですけれど、「こっちの世界からあっちの世界に帰れるか分からない」ってのは、やっぱり不安で……」
「そうかー……そこはやっぱり不安だよねぇ、自分ではどうにもできないし」

 両手で焼酎を入れたグラスを包み込み、悩みを吐露する俺。視線を上げると、二人の間に置かれた里芋の煮っころがしの小鉢が目に入る。

「里芋の煮っころがし、似た感じの料理を妻がよく作ってて、懐かしいなって思ったら、なんか急に、あいつの手料理が食いたくなってきて……」

 声の端が自然と滲んだ。涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえながら、焼酎のグラスを呷る。
 こんな形でホームシックにかかるなんて、情けないと思う気持ちもあるが、やはり会いたいという気持ちは抑えられない。
 そんな俺の様子を見て、澄乃は里芋を口に運びながら、口を開いた。

「私はあっちの世界に大した未練も無いから、説得力があれかもしれないんだけど……
 世界って、繋がる時はほんとに繋がったりするからねぇ。同じ世界と、一ヶ月の間に三回繋がった、なんてケースもあったりするし。
 だからアンバス君が「逢いたい」って願っていたら、その気持ちはきっと通じると思うよ?」

 里芋を咀嚼し、飲み込んで、澄乃は俺にティッシュの箱を渡してきた。
 目頭を拭い、鼻をかんだ俺は、スッと小鉢の里芋に箸を伸ばし、一つ食べた。
 咀嚼するたびに口の中に広がる、醤油と砂糖の優しい味わい。ねっとりとした里芋の柔らかさ。
 あぁ、やはり懐かしい。

「ま、大丈夫大丈夫!それほどまでに家族を愛しているアンバス君なら、きっと神様もいいこともたらしてくれるでしょ!」

 元気づけるように、俺の背中をバンと叩く澄乃。
 その力強さに押されつつも、俺の顔は自然と綻んでいた。

「(待ってろよ、父ちゃん、必ずお前たちの元に帰ってやるからな……!)」

 そう、心の中でつぶやく俺の目の前で、グラスの水面がゆらりと揺れた。


~第15話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...