異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~1ヶ月目~

幕間・1~中間報告~

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~飯田橋・揚場町~
~てしごとや ふくの鳥 飯田橋店~


 金曜日、午後8時。
 リンクス株式会社代表取締役社長・原田 政親は一人酒杯を傾けていた。
 金曜の夜ということもあり、周囲はほぼ満席だ。だが政親の前の二席は不自然に空いている。
 当然だ、人を待っているのだから。
 お通しのわさびクリームチーズの最後の一掬いをクラッカーに乗せて口に運ぶと、視界の奥で入り口のドアが開いた。

 店内に入ってきたのは男一人、女一人。店員と短くやり取りをすると、人と人の間を通り抜けながらまっすぐこちらに向かってきて頭を下げた。

「社長、遅くなりました」
「お待たせして申し訳ありません」

 恐縮している男女二人を前に、政親は軽く手を上げて笑いかけた。もぐもぐしていた口の中を空にすると、目の前の席を指し示して口を開いた。

「いいよいいよ、まだ一杯しか頼んでないし。さ、座って座って」

 その言葉に揃ってふぅと息を吐き、男女は政親と向かい合うようにして着席した。
 男はリンクス株式会社調理場業務統括・瀧 宗二朗。女は同株式会社ホール業務統括・福永 由実。リンクスのトップとそれぞれの業務のリーダーが、居酒屋でテーブルを囲んでいた。
 片口から日本酒を、空になったぐい飲みに注ぐ政親を見やり、宗二朗は小さくため息を吐いた。

「しかし、何も系列外の居酒屋を選ぶことも無いのでは。確かにここの酒も肴も絶品ですが」
「絶品だからこそさ。それに、たまには他の居酒屋も使って業界にお金を回していかないとならないだろう?」

 にやりと笑いながらぐい飲みを持ち上げた政親に、宗二朗は付き合ってられないとばかりに両手を上げた。
 確かにグループ内の居酒屋を使うのでは内部でお金を回すだけにしかならない。時には外部にお金を出していき、業界全体を潤うようにしなくてはならないだろう。
 だが、それも時と場合による・・・・・・・のだ。
 メニューを見ていた由実が手を上げて店員を呼ぶと、視線を目の前の政親に戻して口を開く。

「お気持ちは分かりますが、今回は幾分内密の・・・話でもあります。
 系列内の店舗の方が、その手の話をするには向いていたのでは……ましてやここは他の客と距離が近い席ですし。
 ……あ、五凛を一合と、絶品レバーと板わさを。瀧さんは何にします?」
「あぁ、それでは……写楽の播州愛山を一合。それと水茄子の刺身とポテトサラダをお願いします」

 注文を取り、かしこまりましたと一礼して去っていく店員。
 程なくして片口を二つと、日本酒の一升瓶を二本、手に持って来た。

「こちらが石川県の五凛、こちらが福島県の写楽の播州愛山ですね。ただいまお注ぎいたします」

 開栓され、ふわりと香りが広がるのを、三人は目敏く察知した。そして一様にほぅと感嘆の息を吐く。
 片口にそれぞれの日本酒が注がれ、テーブルの傍らに一升瓶が置かれた状態で店員は去っていった。
 日本酒のボトルには情報が沢山載っている。また、ラベルの写真を撮影する酒飲みも少なくない。その為、一升瓶を客の前に置いておく店は少なくないのである。
 宗二朗と由実がそれぞれの片口からぐい飲みに日本酒を注いだのを確認すると、政親は手に持ったぐい飲みを軽く前へと突き出した。
 それを見て宗二朗も由実もぐい飲みを手に持ち、前に出す。

「それじゃ、今月もお疲れ様だ、二人とも。乾杯!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」

 前に突き出された陶器製のぐい飲み同士がぶつかり、キンキンと甲高い音を立てた。
 口元にぐい飲みを引き戻すやぐーっと呷って、酒を干す宗二朗が、テーブルにカツンとぐい飲みを置いて口を開く。

「で、社長。陽羽南はどうなんです、集客の程は」
「そうそう、それなんだがね」

 ぐい飲みに口をつけていた政親の目が、すぅと細められた。口元も明らかに緩んでいる。
 宗二朗も由実も、政親が言いたいことはその様子で察した。この青年はカリスマもあるし商才もあるのだが、如何せん隠し事が下手なのが玉に瑕だ。
 だがそんなことなど露とも知らず、政親はぐい飲みを干して語り始める。

「僕は正直、グループ内の他の居酒屋の最初の一ヶ月よりも、予想を低く見積もっていたんだ。新業態だし、モノがモノだけにコアな客しか取り込めないだろうなと思ったからね。
 それが蓋を開けてみたら、売上高は予想値の二割増し、集客数は三割弱は超えてきたさ。
 いやぁ、侮っていたねぇ」

 そう言って政親は嬉しそうに笑った。
 それを聞いて宗二朗は、ほっと胸を撫でおろした。隣に座る由実は腕を組んで舌なめずりをしている。
 何しろ、本来店で業務にあたる日にちから週に一日を、わざわざ本社に呼びつけて研修を行ってもらったほどに力を入れて教育した社員だ。
 ある程度の下地はあるとはいえ、結局は異世界からの来訪者。政親としても先の見えない部分はあったのだろう。
 それがこうしてしっかりと業務が軌道に乗り、利益も出しているとなれば、その喜びも一入といったところだろう。

「新宿駅西口の空きテナントを一ヶ所確保した。二号店オープンの目途は再来月かな。
 それまでに、異世界出身の社員を採用するなり異動させるなりしないとな」

 店員が運んできたポテトさらだに箸を入れながら、そんな展望を政親は語った。
 同時に目の前に運ばれた水茄子の刺身に塩を振りつつ、宗二朗は目を見張る。
 二号店オープン。つい一月前にスタートした業態にしては、随分と展開の早い話である。

「社長、随分と異世界出身の方々に期待を寄せているようですが、いくら日本が穴が開きやすい・・・・・・・といっても、限度があります。
 気軽に雇えるわけではないことだけは、念頭に置いていただけると」

 由実が宇部産のカマボコの上に山葵を乗せながら、念を押すようにそう言った。
 対して政親は気楽なものだ。目を閉じて肩をすくめてみせる。

「分かっているさ、二か月前のようにマウロ君たちが集団で・・・やってくるみたいな幸運は、そうそうあるものじゃない。
 だが僕はそれだからこそ、あのブランドに賭けたのさ。あの店は、この先伸びるはずだからね」

 飄々と、しかしキッパリと断言して見せる政親に、呆れと同意を綯い交ぜにしたような笑みを由実は浮かべた。
 隣では宗二朗も同じように苦笑している。
 あぁ、こういう自信に満ちたところがこの男は好ましいのだ。そんな気にさせられてしまう。

「さぁ、来週からまた忙しくなるぞ!」

 そう声を上げてぐい飲みを掲げる政親。
 飯田橋の夜は、まだまだ灯が落ちそうにはない。


~つづく~
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