異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
17 / 101
本編~1ヶ月目~

第11話~アグロ風チキンボール~

しおりを挟む
~飯田橋・新小川町~
~リンクス株式会社・本社~


 一週間の始まり、月曜日がやって来た。
 仕事人達は電車に揺られ、車輌から吐き出されては各々の職場に向かい、学生たちは講義に不平をこぼしながら大学のキャンパスに向かい、児童は土曜日ぶりに顔を合わせた友達とはしゃぎながら、学校へと向かっていく。
 そんな、慌ただしくかついつも通りに動いていく飯田橋の街を、僕は更衣室で着替えながら見下ろしていた。

「(これが毎日だって言うんだから、信じられないよな……毎度のことだけど)」

 長袖Yシャツを脱ぎ、調理用のシャツに袖を通しながら、僕は思う。
 この世界は、いや、この国は、多くの人が、冒険に出ることも内戦に巻き込まれることもなく、平和で平穏な日常の中で、淡々と、ともすれば惰性の中で、その中に幸せを見出して暮らしているのだ。
 僕達のいた世界にも、そうして平穏な日常を暮らす人々がいなかったわけではない。むしろそうやって暮らす人達の方が多数派だった。
 だが、貴族同士の内紛に巻き込まれて家を失ったり、集落を襲った魔物や魔獣に命を奪われたり、そういう「不慮の事故」が多かったのは事実だ。
 この世界の、他の国は僕にはまだ分からないが。この国においては、そういった「不慮の事故」の規模が、随分と小さいように思う。

「そういえばこの間、代々木の居酒屋に暴漢が立て籠もったって、ニュースになっていたっけな……」

 世間を賑わすニュースも王都だったら、衛士が駆けつけて鎮圧して何事もなかったかのように片付けられ、人の噂からも数日で消えるような話題ばかりだ。
 事件を聞いた時には同じことで陽羽南で起こったらどうしようと、心の底から不安だったが。

 キーンコーン……――

 定時を知らせるチャイムが鳴り響く。
 僕は慌ててエプロンを締めてネームタグを首にかけると、更衣室を飛び出していった。やばい。


「5分遅刻だぞ、カマンサック」
「……すみません、瀧さん」

……間に合わなかった。うなだれる僕に、宗二朗はシンクを指でクイと指す。
そうだ、手を洗わなくては。僕は気持ちを切り替え、研修に取り掛かった。



 今日の研修も、実に慌ただしいものだった。
 限られた時間内に多くの料理を仕込む手際と手順の習得、素早く正確なみじん切りの訓練、肉の切り方、魚の捌き方の練習。
 本来ならもっと時間をかけて、実業務の中で学んでいくものだが、何分僕達はこちらの世界に来てからまだまだ日が浅い。
 要は根本からの価値観や感覚が違うのだ。それを踏まえた上で、こちらの世界で問題なく働いていけるようにするため、こうしてみっちりと指導をしているのだ。
 そう、宗二朗と政親は最初の研修で言っていた。
 実際僕も、この世界の人々との根本的な考え方や感じ方の違いやズレは、大いに感じていた。
 調理器具は常に最上の状態を保っていて然るべき、客はサービスを提供される側でその事実は動かない、料理は舌で味わうよりまず目で味わう……などなど。枚挙に暇がない。
 特に、頼んだ料理を前にして魔法板《タブレット》――スマートフォンと言うらしい――のカメラで盛んに写真を撮っているのは、初めて見た時に目を疑ったものだ。

「……終わりました!」
「ふむ……」

 三枚に下ろした僕の手元の鯖を、宗二朗が細かくチェックする。
 しばらくチェックした後、ぴしゃりと一言。

「中骨に身が残りすぎ!もう一回!」
「えぇ……!?」

 判定が厳しい。仕方なしに僕は、冷蔵庫から新しい鯖を取り出した。が。

「いかん!魚を持つときは背を持てと言っただろう!
 尾を持ってぶら下げたら自重で身が割れるのが、こうした魚なんだぞ!」
「あっ、はいっ!」

 さらに宗二朗の厳しい指摘が飛ぶ。そうだった、魚は自分の重さに自分の身が耐えられないんだった。
 僕達の世界の魚類は身が硬いものが多かったから、ついつい尻尾を持って運んでしまうのだが、ここではそうは行かない。お客様は目敏いのだ。



 魚を捌く練習を終え、手を洗った僕は、最後の工程に取り掛かった。
 鶏のモモ肉を前にした宗二朗が、腕組みをして僕に言うことには。

「鶏のモモ肉を使って、カマンサックの元いた「世界・・」の料理を、一品作れ。制限時間は10分以内だ。」

 その言葉に、僕は一瞬目を見開いた。
 10分。作り始めから作り終わりまでの一連の手順を、わずか10分でやらないといけないのか。
 だが悩んでいる時間すら惜しい。僕は一つ頷いて、まな板に置かれた鶏肉に向かい合った。

 まずは鶏肉に砂糖と塩をもみ込み、小さく切り刻む。
 胡椒を強めに振って、ここで取り出すのはショウガだ。

 この辛味と爽快感のある香りを併せ持つ香辛料は、僕達の世界でシュマル王国の南方にある海洋国家・アグロ連合国特産のハーブによく似ている。
 その独特の風味は記憶に鮮明に残っていたため、こちらに来て下ろしたショウガを口にした時、驚いたものだ。
 これを洗い、皮のついたままおろし金ですり下ろして鶏肉とよく混ぜる。
 バットに片栗粉を敷いてその上にボール状にまとめた鶏肉を乗せ、小麦粉をまぶしたら、熱した油の中に落として揚げる。
 程よく表面がきつね色になったところで油から引き揚げ、皿に盛ってレモンを添えれば完成だ。

「出来ました。アグロ風チキンボールです」

 チキンボールが盛られた皿を、宗二朗の前に出す。
 タイマーを止めた宗二朗が時計を見ると、小さく頷いた。そしてこちらに画面を見せてくる。表示された時間は、「9分38秒」。

「制限時間は合格だ。さて……」

 言葉を切り、箸を取る宗二朗。制限時間クリアにホッと胸をなでおろしたかった僕だが、そんな気持ちの余裕はなかった。ごくりとつばを飲み込む。
 宗二朗は揚げたてで湯気の立ち上るチキンボールを、一つ摘まみ、口に運んだ。目を閉じて、二度、三度と噛む――と。

「ほぉ……」

 小さく、声を漏らして宗二朗はその目を見開いた。飲み込むや否や、箸が再びチキンボールに伸びる。
 その様子に、僕は内心でガッツポーズをしていた。これは実に好意的な反応だ。よかった、喜んでもらえているようだ。
 声が上ずるのを隠しながら、二個、三個と食べ進める宗二朗に恐る恐る問いかける。

「ど、どうですか?」

 僕の言葉に宗二朗は、口に含んでいたチキンボールを飲み込むと破顔一笑、満面の笑みを見せた。

「いや、想像以上だ!これは美味い。美味いぞ!
 後でレシピを教えてくれ、日本人向けにして他の店でも出してみたい!」

 その言葉に僕の顔も自然に緩む。自分の作った料理を褒められて、嬉しくないわけがない。
 もう少し日本人向けにアレンジする必要があるのかもしれないが、それは今は置いておこう。何より、やり遂げたという喜びが大きいのだ。

「よし、研修が終わったら飲みに行くぞ!俺がおごってやる!」
「えぇ……またですか……」

 だがその喜びを薙ぎ払うように、上機嫌の宗二朗が僕の肩を叩く。対して僕は一気にがっくりと来た。
 なにせ研修の後、決まって宗二朗に連れられて居酒屋やらバーやらに行っているのだ。幾ばくか奢ってくれているとはいえ、毎週では気持ちも萎える。

「(途中でよさそうなお店見つけてたし、行ってみようかと思ってたんだけどな……聞いてくれるかな……)」

 既に仕事が終わった後のことを考えている宗二朗を見つつ、僕は耳と尻尾を力なく垂らすのであった。


~第12話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...