異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
87 / 101
本編~4ヶ月目~

第75話~マウロの術~

しおりを挟む
~???~


 視界が、何故かとても明るい。
 自分が目を閉じていることに気がつくまで少しかかった。
 ゆっくりとまぶたを持ち上げると、そこは先程までの空間とは、全く異なる場所だった。

「う……?」

 事態を飲み込むまでに時間がかかる。おかしい、先程まで自分はノーティスにいて、真っ暗闇の中でゴフィムに「境門界通」を施されていたはずなのに。
 今自分がいるのは、眼下に大地が広がり、頭上には青い空が広がる、どこかの惑星の大気圏中としか言いようのない場所だった。身体が、横たわったまま宙に浮かんでいる。
 目を白黒させてあたりを見回す僕の耳に、先程までしょっちゅう聞いていた声が届く。

「気が付きましたか、マウロさん」

 声のした方に顔を向けると、そこにはにこやかに笑うゴフィムがいた。僕と同じように宙に浮かんでいた。とはいえ戸惑う僕とは異なり、すっかり落ち着いた様子で僕を見ている。

「……ゴフィムさん?」
「はい。心配しましたよ、それまでずっとしっかり意識を保っていたのに、急にかくんと意識を失われましたから」

 こちらに向かって、空気を蹴るようにして近づいてきながら、ゴフィムが僕の肩に手を置いた。確かに施術中、僕はなんとか意識を保ち続けていたが、緊張の糸が切れたのだろうか。
 そしてゴフィムが、だらんと垂れ下がっていた僕の手を取った。

「拘束はもう解いてあります。起き上がって結構ですよ」
「はい……ええと、それで、何がどうなったんですか?」

 彼に優しく手を引かれて、僕はゆっくり身体を起こす。その反動で足が下に向き、自然と空中に立つ姿勢になった。
 そのまま、彼に質問をぶつける。状況が分からないから説明が欲しい。すると彼は、笑顔を見せたままでとんでもないことを言い出した。

「『チェルパ』への転移が行われたんですよ」
「えっ」

 その言葉に大きく目を見開く僕だ。
 チェルパへの転移が行われた。その口ぶりから察するに、僕がそれを起こしたと見て間違いないだろう。ゴフィムがそうする理由がない。
 ということは、つまり。
 僕が何を言うより早く、ゴフィムが僕の手を両手で握った。

「成功です。おめでとうございます。マウロさんの身体には、無事に『内なるホール』が開きました。世界転移術も知識を送り込みましたので、もう使えます」

 その言葉に、喜びと同時に驚きがこみ上げてきた。
 成功した。生き延びた。そして僕が、世界転移術を身につけることにも成功した。
 これで、ようやく故郷に帰る手段を手に入れたのだ。いや、術の方向性によってはジーナのように、帰るには適さないものの可能性もあるけれど。今こうしてチェルパにいるのなら、きっと望みはあるだろう。
 だが、それよりもだ。僕が今いるのがチェルパなのなら、エティもパスティータもアンバスもシフェールも、ノーティスにいるままなのではないか。

「え……っ、いや、あの、それはいいんですけど、どうするんですかこれ!? ノーティスに皆を置き去りにしていますよね!?」

 ゴフィムの肩を掴んでまくしたてる僕に、苦笑しながらゴフィムは首を振った。指を一本顔の前に立てながら、優しく話す。

「ご心配なく。その場で手をかざして、ノーティスのワールドコードを思い浮かべて下さい」
「え……0でしたよね? えぇと……」

 言われるがまま、彼の肩から手を離して右手を横方向にかざした。そのまま、頭の中で数字の0を、ノーティスのワールドコードを思い浮かべる。
 すると。手をかざした先の空間がぐにゃりと歪み、ぽっかりと穴が空いた。ホールだ。

「あっ」
「はい、開きましたね。世界間の移動も、これで大丈夫です」

 あっさりとホールを開けたことに驚く僕の横で、ゴフィムが満足そうに頷く。こんなにあっさりと使えるようになるなんて、拍子抜けもいいところだ。しかし、これで面倒なことは考えなくていい。
 ホールの前に立つゴフィムが、微笑みながら口を開く。

「他の世界に移動する際には、アース基準のワールドコード、もしくは世界の名前を頭に思い浮かべながらホールを開いて下さい。基本的にはこうして前方に手をかざす感じで開けますが、やり方はお任せします」
「は……はい」

 そう話しながら、彼はこちらに手を差し出してきた。その手を恐る恐る握り返すと、ゴフィムはそのまま前に歩き出す。そのまま僕の身体は、自分で開いたホールをくぐっていった。


~ワールドコード0「ノーティス」~


 僕とゴフィムが再び姿を現したノーティス。そこは施術のために張った結界のすぐ外だった。
 そして戻ってきてすぐに、僕は自分の身に起きた変化を実感する。
 めがねをかけていないのに、他の世界が見えるのだ。ノーティスから見ることの出来る、様々な世界が。四方八方に広がる無数の世界、それらが、僕の目には映っていた。
 あまりの変化に僕が立ち尽くしていると、四人が僕に気付いたらしい。こちらを指差しながら声を上げた。

「あっ!」
「マウロ!!」

 エティとパスティータが上ずった声を上げながらこちらに駆け寄ってきた。僕のシャツの裾を握り、手を握り、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら再会を喜んでいる。あとからやってきたアンバスとシフェールも、目に涙を浮かべていた。

「皆……」
「よかった……本当に良かった……」
「くそ……心配したんだからな、お前……」

  シフェールが目元を潤ませながら僕に賛辞を贈り、アンバスも目を拭って鼻をすすっている。二人も二人で、僕の帰還を喜んでくれていた。
 よかった。四人にまた、僕の元気な姿を見せることが出来た。こうして喜んでもらうことが出来た。

「ありがとう……」

 だから素直に、僕は皆にお礼を言った。待っていてくれたことに。信じていてくれたことに。
 そして皆の涙が落ち着き、全員がちゃんと話せるようになった頃。シフェールが僕の顔を見ながら言った。

「それで、どうなんだ。『内なるホール』は開いたとして、お前の使えるようになった世界転移術は」

 その問いかけに、自然と僕の眉尻が下がる。
 そう、確かに僕は世界転移術を使えるようになったけれど。その術の特性がどうとか、制限がどうとか、何も知らないのだ。

「それが、僕もまだ説明を受けていなくて……ゴフィムさん、どうなんですか?」

 困ったようにゴフィムを見ると、彼も一つ頷きながら僕に声をかけてきた。
 術の知識を送り込んだゴフィムのこと、その辺りのこともすべて把握しているかと思いきや、そうではないらしい。

「確認いたしますね。マウロさん、手を出して下さい、まっすぐ。そしてアースへのホールを開いて下さい」
「はい……」

 彼に言われるがままに再び手を伸ばし、ワールドコード1を頭に浮かべる。
 そして音もなく開かれるホール。きっとこのホールは、陽羽南ひばな歌舞伎町店の店内に繋がっていることだろう。
 ゴフィムは、そのホールに手を突っ込んだ。そのまま目を閉じ、何かを読み取るようにしている。
 と。

「……ふむ」
「ど、どうなんですか? 僕のは……」

 ホールに手を入れたままのゴフィムが小さく声を上げた。僕が思わず彼に声をかけると、ホールから手を引き抜いた彼が、面白そうに口角を持ち上げた。

「……ほう。これはまた、ジーナさんとは別の形で面白いですね」
「えぇっ」

 その含みのある言い方に、小さくのけぞる僕だ。何と言うか、そんな言い方をされるとすごく不安になる。
 だが、ゴフィムは僕の内心など気にも留めない様子で、指を一本一本折り曲げながら説明を始めた。

「開ける場所にも、接続できる世界にも、制限はありません。自分の繋ぎたい世界に、いくらでも繋げられます。維持時間の制限もありません。ただ……」
「ただ?」

 と、そこまで話して言葉を区切った彼に、僕達五人が揃って首を傾げた。
 話を聞いている限りでは、特に制限や問題などなさそうな感じだ。随分万能で、逆にいいのだろうか、という気になってくる。それだけに、この後のゴフィムの言葉が怖い。
 僕達が生唾を飲み込むと、彼は目を細めながら口を開いた。

「マウロさんのホールをくぐった人は、向かった先の世界で『なにか一つ・・・・・物を食べるか飲むか・・・・・・・・・しないと帰れない・・・・・・・・』という条件があります。ノーティスはそうしたものが一切無いですし、世界の狭間なので、条件の対象外ですけれどね」

 その言葉に、揃って僕達は目を見開いた。
 ホールをくぐったら、くぐった者が何かしらその先の世界で飲食をしないとならない。
 それはまた、確かに面白い、というか、変わった条件だ。ホールの開通や維持に制限がかかるのではなく、ホールをくぐった存在に制限をかけるとは。
 話を聞いていたパスティータが、さっと手を上げてゴフィムに問う。

「つまり、あたし達がどっか別の世界に行ったら、その世界のものを何か食べたり飲んだりしないといけないし、よその世界の人がマウロのホールで地球に来たら、何か地球のものを食べたり飲んだりしないといけない、ってこと?」
「そうなりますね」

 彼女の問いかけにゴフィムは頷いた。その表情は殊の外に穏やかだ。
 ぽかんとする僕の肩を、アンバスが力強く叩く。

「いいじゃねぇか、居酒屋店主らしい術でよ」
「そうね。お店の中で営業時間内に開けば、制限なんてあってないようなものだわ」

 僕の隣でエティも嬉しそうに笑う。
 彼女の言う通りだ。このホール陽羽南ひばな店内に開け、異世界からの客を呼び込めば、その客に何かしら食べてもらうことが必然的に発生する。そうすれば、きっとお店の評判がどんどん広まっていくはずだ。
 それに、このホールならいろんな世界の、いろんな場所に行ける。そして現地の料理や酒を味わうことも出来る。そうすれば、異世界に陽羽南ひばなの支店を出すことも夢じゃない。
 これは、先が楽しみだ。心配も少しはあるけれど。

「うん……とりあえず、週明けに新宿区役所に行ってみるよ。クズマーノさんに説明しなきゃならない」

 皆の顔を見回して、僕は小さく笑いながら頷いた。
 やり遂げた。成し遂げた。その喜びが、ようやく僕のむねをいっぱいにした。


~第76話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...