異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~4ヶ月目~

第76話~申請~

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~新宿・歌舞伎町~
~新宿区役所2階・転移課窓口~


 翌週、月曜日のこと。僕は朝の8時半に、真っ先に新宿区役所の2階に向かい、カウンターの内側で仕事開始の作業をしている職員に声をかけた。

「おはようございます」

 今日の窓口担当はケットシーのラツィーナさんだ。一度、彼女の出身世界にも訓練がてら連れて行ってもらったことがある。
 そうでなくても僕は頻繁に転移課に顔を出しているから、大概の職員とは顔見知りだ。だから彼女もすぐに、僕の顔を見てにこやかに笑った。

「あっ、マウロさん! おはようございます。今日もあれですか?」
「いえ、あれとはちょっと別件で……クズマーノさんに用事があります。お取次ぎいただけますか」

 ラフな口調に苦笑しながら、僕は首を左右に振る。今日はいつもの訓練のためではない。もう訓練をする必要もない。
 ともあれ、僕の言葉を聞いたケットシーは、カウンターの内側にある電話機の受話器を取った。そのまま、内線電話の番号をプッシュする。

「了解しました、少々お待ち下さいね。すみません、課長ー」

 そうして彼女はマルチェッロに電話をかけ始めた。彼女は小さい種族だし空も飛べない。移動するより電話で呼び出したほうが早いわけだ。

「んー……どうしたもんかなぁ……」

 僕が内心で、どうやってマルチェッロに説明しようか悩んでいると、ちょうどマルチェッロが背中の翼をパタパタさせながら飛んできた。目元がいつもよりも眠そうだ。

「カマンサックさん、おはようございます」
「おはようございます、クズマーノさん」

 立ち上がって、僕はマルチェッロに頭を下げる。向こうもペコリと頭を下げると、不思議そうな表情をして僕の顔を見てきた。

「それで、どうしたんですか。訓練とは別件でとのことですが」
「あっ、はい、その……」

 彼の問いかけに、僕は視線を逸らしながら頬をかく。そして、申し訳ないと思いながらも口を開いた。

「区役所外での『ホール開通許可申請』って、どの書類で出せばいいんでしょうか」
「んぐっふっ」

 僕の口から発せられた問いかけを聞いて、マルチェッロが吹き出した。それはもう、わかりやすく吹き出した。こらえようとして変な声が漏れる始末だ。
 数回咳き込んだ後、マルチェッロが目を見開きながら僕に顔を近づける。

「あの、カマンサックさんすみません、ちょっと確認させて下さい。なんですって?」

 ぐい、と近づいてくる彼に、少し身を反らしながらも僕は答えた。正直、言わないと話が進まない。

「区役所外での『ホール開通許可』の申請をしたくて……それで、姉貴から区役所に行って書類を出せばいいって聞いたんで、来たんですけれど」

 僕の言葉に、マルチェッロの顎がストンと落ちる。
 そんな反応をされるだろうな、と思っていた。訓練を始めてから、まだ半月程度しか経っていないのだ。こんなに早く結果を携えてくるとは、彼だって思っていなかったに違いない。
 予想通り、戸惑いを露わにしながらこちらに手を伸ばすマルチェッロである。

「は、はぁー。つまり、その、あれですか」

 その、おおっぴらに言い出せないことを問いかけながら、それとなく僕に水を向けてくるマルチェッロ。ここは一般フロアだ。当然おおっぴらに言うことは出来ない。
 だから僕も、彼の意を組んでこくりと頷いた。

「はい……そういうことです」

 それだけで十分だ。僕の言いたいことは伝わる。
 結果として、こちらの言いたいことを理解したマルチェッロが、目を大きく開いたままでぱちぱちと両手を打ち鳴らした。

「はぁーーー、そうですか、それはそれは、はぁーーー。ええ、おめでとうございます、本当におめでとうございます」
「はい、あの……なんか、上手く行っちゃいまして」

 拍手するマルチェッロに、僕は小さく頭を下げた。
 彼には本当にこの数ヶ月間、色々と力を尽くしてもらった。情報提供もしてもらい、訓練もつけてもらい、市民には秘匿された情報を多く教えてくれた。
 その結果が、ゴフィムと知り合っての、これだ。彼らの尽力を、僕は一切合切すっ飛ばして結果を出してしまったことになる。

「すみません、こんな形で」

 だから僕は、素直にマルチェッロに謝意を述べたわけだが。彼はしっかと首を横に振った。

「いえいえ、いいんですよ。これでようやく、カマンサックさん達は自分達の故郷を救うスタートラインに立った、ということなのですから」

 嬉しそうに笑いながら、マルチェッロは頷いた。そして再び羽を動かし、僕に顔を寄せてくる。

「ちなみに、開通制限の方は」
「はい、えっと……」

 声を潜めて話す彼に、僕も小声で返した。その内容が、こうだ。

「『開通にあたっての条件、制限はなし。ただしホール通過後、通過した先の世界で何かしらの飲食をしないと再度ホールをくぐることは出来ない』……という感じですね」
「んふっふ」

 またも、マルチェッロの喉から変な声が漏れる。もう一度、吹き出すのを堪えたらしい。
 感心した様子で胸をなでながら、僕に話しかけてくる小さなドラゴンだ。

「すごいですね、ほぼ条件なしに等しいじゃないですか。随分な『渡り人』が出てきたものです」
「はい、ゴフィムさんも驚いていました……なんというか、いいんでしょうかね」

 マルチェッロの言葉に、僕は首を傾げながら応える。正直、こんな自由に開けるようなホールを僕が得てしまって、いいのだろうかという気持ちはあるのだ。
 僕はこの新宿区では、一般市民に過ぎないはずだ。それなのに、こんな好き勝手出来る力を身に着けてしまって、申し訳ないとも思う。
 しかしマルチェッロは苦笑こそすれ、僕を咎めようとはしなかった。

「いいんですよ。そもそもコトナリ先生クラスの導師の方とお知り合いになれたと言うだけで、『渡り人』としては特別なんです。普段の手順を大いに飛ばして世界転移術を会得したところで、誰も文句を言いません」

 そう言いながら、マルチェッロは僕の手を取って軽く引いた。そのまま僕をカウンターの方に向かせると、カウンターの内側から一枚の書類を取り出して、僕に差し出す。
 「新宿区内におけるホールの人為的開通許可申請書」。これが、区役所の中以外の場所でホールを開く時に、必要な書類というわけだ。
 これの入力欄に手を置きながら、マルチェッロが話す。

「まあ、あちらこちらで好き勝手にホールを開かれてしまうと、こちらも困るので……とりあえずは、陽羽南ひばな歌舞伎町店の店内に、開通場所は限定させて下さい。お店と、区役所以外の場所で開く場合は、都度申請をお願いいたします」
「分かりました」

 彼に言われながら、僕はボールペンを取る。
 想定通りだ。僕自身も、好き勝手にあちらこちらでホールを開くつもりはない。そんなことをしたって、何のメリットもないからだ。
 それなら店の中だけに場所を限定して、その中でならいつでも開けるようにしておいたほうが面倒ではない。
 申請書にペンを走らせる僕を見ながら、マルチェッロは嬉しそうに言った。

「いやぁ、よかったですねぇ。これでまた陽羽南が唯一無二の居酒屋になるんでしょう? 楽しみですねぇ」
「え、ええ、まあ……色々と、考えてはいます」

 彼の言葉に、言葉に詰まりながらも頷く僕だ。
 こうしてホールを開けるようになった以上、やりたいことはある。そのためにも、僕はしっかりと申請用紙に記入をしていった。


~第77話へ~
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