130 / 192

第55話 アデラ・フォン・ロイエンタール前伯爵夫人の訪問③

しおりを挟む
 まともに結婚出来ない立場をもらってやったというのに、まさか婚家から逃げ出して、息子に恥をかかせるなどありえないことだ。

「で?あなたはそれをただ黙って見ていたというの?」
「いえ!彼女がいないことに気が付いて、私もすぐに後を追いかけたのですが……。」

 イザークはそう言って、すぐに俯いた。
「居場所はすぐに特定出来たのですが……。」
「あなたでは無駄でしょうね。」

「ええ、お母さまの言う通りです。私では連れ戻すことが出来ませんでした。」
「……そうでしょうね。で?結局あなたはそれでよいと思っているのかしら?」

「いいえ。よくはありません。ですが、妻の気持ちを考えると……。」
「ああもう!じれったいわね!!首でも掴んで引きずってくればよいのですよ!」

 アデラは勢いに任せてテーブルを叩き割りたい思いに駆られたが、なんとか抑えた。
「……そんな言い方はないでしょう。」

 イザークが何か言い返そうとしたが、それを遮ってアデラは続ける。
「いい!私はね!あなたみたいなウジウジした男は好きじゃないのよ!」

「私だって好きでこうなわけでは……。」
「だったらシャキッとしなさいな!
 ……まったく、どうして私の息子はこんなに情けないのかしら……。」

 子どもの頃から繰り返し躾けてきたというのに、その性質が変わる様子が見られないことに、アデラは頭を抱えてため息を吐いた。そしてまた口を開く。

「いいこと?あなたはフィリーネを妻として迎えたのでしょう?」
「ええ、そうですよ。彼女は今も、私の妻です。それは未来永劫変わりません。」

「──だったら!あなたの妻は今どこにいるの?」
「……それは……。」
 イザークが目線をそらした。

「まさかとは思うけれど、どこか別の所に家がある……なんて言わないでしょうね?」
「……ええ。そのまさかです。」
 アデラは頭が沸騰するかと思った。

 それがわかっていて、連れ戻すことも出来ずに、そのままその家に妻を住まわせているということだ。あんな女1人、無理矢理にでも引きずってくればそれで済むものを。

「馬鹿じゃないの!おめおめと戻って来るなんて!夫のほうが立場が偉いということを、あなたはわからせなくてはいけないのよ?」

「そんな言い方はないでしょう。夫婦はどちらが偉いということはないものの筈です。」
 ムッとしたようにイザークが言い返す。

「お黙り!あなた、フィリーネのことを何もわかっていないようね?」
 アデラはやれやれといった調子で息子に言う。そして続けた。

「あの子は強く言われれば逆らえない子なのよ?あなたは貴族としては優し過ぎるから、強く言えなかったのでしょう?私がいつも言っている通り、厳しく躾けてやれば、あの子はきちんと言うことを聞く筈よ。」

「お言葉ですが、私は妻に対してもう、躾けるだとかそういったことは、行わないつもりなのです。対等な関係を築きたいのです。妻のことも少し見守るつもりでいるのです。」

 イザークが妻を庇うような発言をしたのでアデラはかなり驚いた。今までの息子であればこんなことはなかった。自分たちの言いつけを守って、すぐにでも行動した筈だ。

「馬鹿をおっしゃい!」
 アデラはそう叫んでから頭を振った。
「いい?あなたが今しなくちゃいけないのはね、妻の後を追いかけることなのよ。」

「……それはそうかもしれませんが……。」
「本当に情けないわね!ほら、さっさと立って妻を連れ戻しに行きなさいな!」

「しかし……。」
 イザークは中々立ち上がらない。
 アデラは段々と強い怒りを覚えだした。

「いい?あなたは気の利いた言葉の一つも言えないのだから、妻を甘やかすような真似はおやめなさい!妻をつけあがらせるくらいなら、離婚した方がまだマシよ!」

「……お母さま。」
 そんな煮え切らない息子に、アデラは再び絶叫するように叫ぶ。そうしなければ気が済まなかったのである。そして、その叫びは屋敷中に響き渡ったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

────────────────────

少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...