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第九話
しおりを挟む木曜日は、貴族学院の必修科目が詰まっている。
あのあと、イリヤとは、皇宮での講習について参加は認めるが、金曜日のみの参加で合意した。かなりごねられたが。また、黒魔法を練習することにした。風魔法は、学院での朝練の時間で少しやることに。
なんとか折り合いをつけると、貴族学院の始業時間の1時間前だったため、半ば強引にイリヤを送り出す。
「先生……今日俺が家に来るのオッケーしたこと、後悔してますか?」
先ほどまでの情緒とは打って変わって、冷静さを取り戻した声だった。
「全く。……簡単ではないな、とは思ってるよ」
イリヤは小さく息を吐き、深く頭を下げた。
「よかった。それだけで、今日は生き延びられそうです」
私はイリヤの頭を撫でると、イリヤは嬉しそうに笑った。
「明日から、皇太子殿下が金曜の魔法講習にいらっしゃることになりました。
前回いらした時のように、浮き足立つようなことがないように。
この場にいる間は身分によらず、一緒に魔法に取り組む仲間として励みましょう。
以上、明日もよろしくお願いします。」
木曜の講習終わり、他の講習受講生にもイリヤが参加することを伝えた。
突然明日、イリヤが現れたら、また先週のように興奮状態に陥るのは目に見えていたので、あらかじめ伝えることにしたのだ。
リアクションは人によった。湧き立つものもいれば、畏れ多そうに緊張が走る表情のものもいた。
良い感情だけではなかろう。しかし、これはもう決定事項として進めるしかない。
はっきりと異議を唱えるメンバーはいなかったので、片付けをして訓練場を立ち去ろうとした。
「先生、少し待ってください。」
声を上げたのは、ヨアヒム・リヒターだった。火の魔法使いで、官僚。確か貴族だったはず。
「どうされました?」
「……この後、空いてますか?少しお話ししたいです。可能であれば、皇宮の外で。」
真面目で勤勉な紳士。
今まで、講習内での積極的な質問はあれど、個別に声をかけてきたことはなかった。恐らく、イリヤの講習参加に対する話題だろう。
「わかりました。ぜひ、お話ししましょう」
「では、カフェモーツァルトで11時に……と言っても先生はピンと来ませんよね。街にある時計台はわかりますか?」
「はい、時計台はなんとか。」
「ではそちらに11時に集まりましょう。」
皇宮の外には、世界一の大都市・ミヤリツカが広がっている。あまりに広大なため、来て2ヶ月の私はカフェの名前ひとつでたどり着ける状態ではなかった。
私の不安そうな表情を察して、待ち合わせ場所として有名な時計台を指定してくれて助かった。
皇宮での魔法講習は土埃で服が汚れたり、水で地面がぐちゃぐちゃになって靴が泥だらけになったり、なんならちょっと服が焦げたりする。そのため、こんな格好では到底カフェになど行けない。
訓練場近くの更衣室に入り、シャワーを浴び、持参していた着替えに袖を通す。深めのVネックのカシュクール風トップスに、スカートにも見えるゆったりめなワイドパンツ。股上が深く、足首に向かって布が集まるシルエットが可愛くて気に入っている。
一通り服装を整えると、意外に待ち合わせまで時間がなかった。時計台に急ぐ。
「マナト先生、急なお願いなのに時間をいただきまして、ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ……きっと、今日伝えたいことがあったんでしょうから。」
時計台に行くと、すでにヨアヒムは待っていた。意識したことはなかったが、高身長で小顔。待ち合わせの人が多くいる時計台でも目立っていた。
カフェモーツァルトは、時計台から少し歩いたところにあった。落ち着いた、小さな事で喫茶店の面持ちだ。キラキラお嬢様で溢れたところだと浮くよな、と思っていたのでホッとする。
店内には私たち以外に客がいなかった。
「先生は何飲まれますか?」
「ホットコーヒーをお願いします。」
「すみません、ホットコーヒー2つ。」
マスターがうなずく。
「私、よくここ来るんです。午前中だと空いているので、色々話しやすいかと思ってこちらに。」
「ご配慮、ありがとうございます。」
皇宮の外。さらに人気のないカフェで話したいことなんて、権力者のネガティブな話だろう。
イリヤには悪いが、第三者から見た皇太子殿下の話に興味があって、この誘いを快諾した。
「先生は、皇太子殿下ってどんな方かご存知ですか?」
「いえ、存じません。」
「皇太子殿下は、魔法使いとして優秀なのは伺われているかもしれませんが、非常に領主としても優秀で、経済的に傾きかけた皇后陛下のご実家を立て直された実績もあります。」
「すごい方なんですね。」
「はい。熾烈な皇太子争いがありましたが、実力面では頭抜けていました。
一方で、お母様の実家の公爵家が経済的に苦しいこともあり、後ろ盾が弱い方です。そのため、……綺麗なままでは、皇太子にはなれなかった、ということです。」
イリヤのネガティブな話題なのはわかっていたし、そこに関心があって私も誘いに乗った。しかし、皇宮のドロドロさを理解していなかった。軽く見ていた。
これは、イリヤ以外の口から聞いてもいい話題なのだろうか?嫌な予感しかしない。
しかし、戸惑っているうちに、ヨアヒムは話を進める。
「第四皇子を殺したのは、皇太子殿下だと言われています。第四皇子は、皇太子の座を争う上で、実質的には唯一の対抗馬でした。
約20年前、世界戦争でこの帝国は大勝をおさめ、周辺国を併合し、面積は2倍近くに膨れ上がりました。第四皇子は、併合前に権勢を誇っていた東の大国の姫と、皇帝陛下の間の皇子です。
ここ数年、東の大国出身者で要職につくものも複数おり、姫は皇后よりも、皇帝からも寵愛されていました。
そのため、正統性で言えば、第三皇子のイリヤ殿下が優位ですが、支持基盤は第四皇子殿下が優位だったのです。
しかしある日、第四皇子殿下は亡くなりました。旧東の大国地域に帰るために馬車を走らせていたところ何者かに襲われました」
「なぜ、第三皇子殿下の仕業だと……?」
「第四皇子殿下が亡くなって利するのは第三皇子殿下です。他の皇子は皇太子争いに積極的ではありませんでしたからね。
また、第四皇子殿下が亡くなった現場に、第三皇子殿下の側近の1人が居たんです。そのため、関与を強く疑われています。」
ヨアヒムの話を聞いていると、イリヤが疑われるのは当然だろう。
しかし、先日のイリヤの話が頭を過ぎる。皇帝も皇后も側近も自分の命を狙っているかもしれない状況で、やむを得ず皇太子になったイリヤ。ヨアヒムは嘘を言っては居ないだろうが、ヨアヒムの話では語られていない情報がありそうだ。
「講習の参加自体は反対しません。優秀な魔法使いと一緒に練習できるのは、光栄です。皇太子と面識が得られるのは、多くの参加者にとってメリットでしょう。
しかし、皇宮の政治的な動きは、非常に難解です。先生の立場を考えると、皇太子殿下の機嫌は常に伺った方がよろしいと思いますし、それが他のメンバーを守ることにもつながると思います。」
簡単に言うと、イリヤは何をするかわからないから、腫れ物のように扱えということなのだろう。
「第四皇子殿下の話は疑いに過ぎないと言えばそうですが、皇太子殿下は簡単に周辺の職員を解雇するため、側近が目まぐるしく変わるんです。
一度解雇されたり、飛ばされたりしたら、皇宮勤めの人間のキャリアは終わりなんですよ。
正直、怖いんです。」
それはそうだろう。
私のように一年限りで帝国を離れる人間と、死ぬまで帝国で、皇宮で働いて行く人間では、イリヤの恐ろしさは違うだろう。
世界最大の帝国で、3番目の権力者。その上兄弟を殺した噂があり、職員をすぐ解雇すると思われている。
ここは、気を配らないといけない部分だ。そして、うまく講習参加メンバーとイリヤが親しくなれれば、皇宮内に味方ができるかもしれない。
「言いにくいことを、教えてくださってありがとうございます。
殿下は純粋な探究心で参加を要望されていますし、他の受講者と分け隔てなく扱うことはご了承いただいてます。
そのため、ここまで聞いた話を踏まえても、よほどのことがなければ解雇や更迭などの話には発展しないと思っています。側近の方々とは状況が違いますから。
とはいえ、私自身も失礼がないよう、気をつけますし、受講生の配置にも気を配ります。」
ヨアヒムはそっとうなずいた。
この決定を覆せないことは私より彼の方が理解しているのだろう。それ以上ごねてくることはなかった。
「ちなみに、普段ヨアヒムさんはどんなお仕事をされてるんですか?」
「魔法分野の官僚として、魔法関連の施策を立案しています。例えば、貴族学院で魔法入門が必須になったのも、魔法普及施策の一環です。騎士学校や神学学校など、他の学校でも、必ず魔法入門は履修してもらいます」
「すごい力の入れようですね。」
「教師の数は足りないので、皇宮付き魔法使いが各地を飛び回って教える形にせざるを得ないのが残念ですが。本来学校に所属する教師が、一貫して指導した方がその生徒や学校にあった指導法になりますからね。」
「ちなみに、なぜそこまでして必修に?」
「魔法入門、つまり生活魔法を使える人の裾野が広がれば、その分家事の時間が減らせて、労働時間が増やせます。そこで生産力を高めるのが1番の狙いです。
また、当然裾野が広がれば、今まで気付かれていなかった魔法の才能も発見されていくでしょう。そういう人物を取り立てて行くのも重要ですから。」
今のレベルからだと時間はかかるだろうが、10年後20年後には魔法大国になっていそうだ。
ハイルセン帝国が魔法分野まで強くなったら、向かうところ敵なしだろう。魔塔の政治的中立もいつまで守れるか危ういな。こんな、魔法使い1人を人質にして許してもらえる状況ではなくなるだろう。
「勉強になります。
いろんな国を旅してきましたが、国家権力の近くにいたことがなかったので、全てが新鮮です」
「先生にそう言っていただけるとは嬉しいですね。」
ヨアヒムが笑顔になった。
ヨアヒムはまだまだ青年だが、こんな大規模施策に関わっているとは。相当に優秀なのだろう。
「先生はどんな国を旅されてきたんですか?」
「えっと、最初はルムセンブルクからで……」
今まで講習生とは個人的に話すことはなかったが、こう話してみると話も合うし勉強にもなる。ヨアヒムが仕事に戻る時間ぎりぎりまで、カフェで語り合った。
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