40 / 105
私の心は、春の足音に翻弄されます
ベルンハルトの勇気 1
しおりを挟む
「アルベルト。私は何か間違っているのだろうか」
窓の外に夜の景色が広がり、一日分の仕事をやり終えようと、執務室の椅子に座ったベルンハルトは、夜の準備をし始めたアルベルトに向かってそう声を掛けた。
「はい? 食糧の配分は問題なかったと思いますが。どこか足りていませんか?」
執務机の上には、相変わらず書類が積み上げられ、その上から顔だけを覗かせるベルンハルトに、アルベルトは問いを返す。
「いや、食糧ではなくて」
「それでは何のことです? 討伐も無事に終えました。父上からのお叱りも奥様のおかげで軽く済みましたし」
「そ、そのことだ」
「そのこと? 父上のことですか? 叱られたことに問題が?」
「ヘルムートではなくて……」
「父上ではなくて?」
「リ、リーゼロッテのことだ」
「奥様がいかがされました?」
普段の察しの良さはどこへいったのか。アルベルトの態度は故意ではないかと、ベルンハルトは苛立ちを覚え始める。
「態度が、変だとは思わぬか?」
「そうでしょうか? 私は特に何も思いませんが」
「そんな馬鹿な! あれほど毎日私を誘ってくれていたのに、近頃は一日置き。今日がこのまま過ぎてしまえば、二日開くことになる」
討伐から戻って、話をすべきことはできたつもりでいた。
ヘルムートからも、ヘルムートが伝えるべきことは伝え終えたと報告をもらった。
それなのに、リーゼロッテの様子が明らかにおかしいのだ。体調が優れないのかと思っても、一番親しいはずのヘルムートからはそんな報告は上がってこず。
それどころかヘルムートとは談笑してるのを見かけた。
「誘われないことが変だと?」
「あぁ」
「愛想を尽かされたのではないですか?」
そう答えるアルベルトの顔は、わかっていたことだとでも言いたげに呆れ返っている。
「あいそ……」
「以前もお話ししましたが、いつまで経っても振り向いてくれない相手のことを、どうして想い続けられるのでしょうか?」
「だが……」
「はい。離婚はできませんよ。ですが人の心はわからぬと、そうお伝えしました。それに、問題なのはレティシア様だと思いますよ」
「レティシアが?」
「ベルンハルト様、レティシア様のことを奥様に何とお伝えしたのですか?」
「世話に、なってる相手だと」
「それだけですか?」
「城に滞在するのも、すぐに飽きるだろうと」
「レティシア様が飽きるのを待てということですか?」
「ま、まぁ、そういうことだ」
それの何が問題なのか。レティシアを力尽くで追い出すよりも、その方が簡単だと、ただそれだけだった。
「奥様に相談もなく、レティシア様の希望を優先させたということですね」
「そういうわけでは」
「レティシア様は龍でいらっしゃいますが、あの様に若い女性の姿に見えます。その方の希望を優先させるというのは、あまり良い判断だとは思えませんね」
「そうなのか?!」
「しかもレティシア様はあのお力でどこへでも行かれています。奥様は、肩身の狭い思いをされていらっしゃるのではないでしょうか」
「それでは、どうすれば……」
アルベルトの話は、ベルンハルトにとって思いもよらない内容だった。
レティシアがいることで、リーゼロッテがそんな風に思うなんて、想像もしていなかった。
リーゼロッテがそのように思うぐらいなら、レティシアを追い出せば良かった。どう思われようとも、次の冬協力が得られなくなろうとも、優先すべきはリーゼロッテだったのに。
「今度は、ベルンハルト様がお誘いになればよろしいのではないでしょうか?」
「私が? 誘う?」
「えぇ。食事でもお茶でも構いませんよ。必要であればそう仰ってください。すぐにご用意いたします」
今更食事に? あれほど何度も断っておきながら、そんなことできるはずもない。
だが、このままでは本当に愛想を尽かされるのでは。リーゼロッテから向けられる好意に甘えて、夫婦という関係に胡座をかいて、何の努力もしていない。
手に入れたことに安心して、隣に座ったことに満足して、見つめるだけでは何も伝わらないとアルベルトに何度言われても、現実になるまで想像もしなかった。
「食事やお茶は、少し待って欲しい」
「かしこまりました」
これまであざを理由に人付き合いを避けてきたが、それがこの様な形で返ってくるとは。どうすれば人に喜んでもらえるのか。何をすれば人が悲しむのか。
ベルンハルトには、それがわからなかった。
「ベルンハルト。最近はどう? 王女様と仲良くしてる?」
「レティシア。其方、いつになったら山へ帰るのだ」
「あら、ずいぶんねぇ」
「もう、城での暮らしにも飽きただろ? そろそろ帰ってくれないか」
レティシアが城に居座り始めてから既に数週間。間もなく雪の降る日々も終わりを告げるだろう。
それにもかかわらず、未だに帰る気配のないレティシアの態度を、ベルンハルトも苦々しく思い始めていた。
もしかしたら、レティシアが居ることでリーゼロッテに嫌な思いをさせているのではないかと、そう考え始めてからは、やたらとその態度が目につく。
自分がレティシアを受け入れてしまったことがそもそもの原因かもしれないが、先ずはレティシアを山へ帰さなければ、何を言ってもリーゼロッテの心には届かないだろう。
窓の外に夜の景色が広がり、一日分の仕事をやり終えようと、執務室の椅子に座ったベルンハルトは、夜の準備をし始めたアルベルトに向かってそう声を掛けた。
「はい? 食糧の配分は問題なかったと思いますが。どこか足りていませんか?」
執務机の上には、相変わらず書類が積み上げられ、その上から顔だけを覗かせるベルンハルトに、アルベルトは問いを返す。
「いや、食糧ではなくて」
「それでは何のことです? 討伐も無事に終えました。父上からのお叱りも奥様のおかげで軽く済みましたし」
「そ、そのことだ」
「そのこと? 父上のことですか? 叱られたことに問題が?」
「ヘルムートではなくて……」
「父上ではなくて?」
「リ、リーゼロッテのことだ」
「奥様がいかがされました?」
普段の察しの良さはどこへいったのか。アルベルトの態度は故意ではないかと、ベルンハルトは苛立ちを覚え始める。
「態度が、変だとは思わぬか?」
「そうでしょうか? 私は特に何も思いませんが」
「そんな馬鹿な! あれほど毎日私を誘ってくれていたのに、近頃は一日置き。今日がこのまま過ぎてしまえば、二日開くことになる」
討伐から戻って、話をすべきことはできたつもりでいた。
ヘルムートからも、ヘルムートが伝えるべきことは伝え終えたと報告をもらった。
それなのに、リーゼロッテの様子が明らかにおかしいのだ。体調が優れないのかと思っても、一番親しいはずのヘルムートからはそんな報告は上がってこず。
それどころかヘルムートとは談笑してるのを見かけた。
「誘われないことが変だと?」
「あぁ」
「愛想を尽かされたのではないですか?」
そう答えるアルベルトの顔は、わかっていたことだとでも言いたげに呆れ返っている。
「あいそ……」
「以前もお話ししましたが、いつまで経っても振り向いてくれない相手のことを、どうして想い続けられるのでしょうか?」
「だが……」
「はい。離婚はできませんよ。ですが人の心はわからぬと、そうお伝えしました。それに、問題なのはレティシア様だと思いますよ」
「レティシアが?」
「ベルンハルト様、レティシア様のことを奥様に何とお伝えしたのですか?」
「世話に、なってる相手だと」
「それだけですか?」
「城に滞在するのも、すぐに飽きるだろうと」
「レティシア様が飽きるのを待てということですか?」
「ま、まぁ、そういうことだ」
それの何が問題なのか。レティシアを力尽くで追い出すよりも、その方が簡単だと、ただそれだけだった。
「奥様に相談もなく、レティシア様の希望を優先させたということですね」
「そういうわけでは」
「レティシア様は龍でいらっしゃいますが、あの様に若い女性の姿に見えます。その方の希望を優先させるというのは、あまり良い判断だとは思えませんね」
「そうなのか?!」
「しかもレティシア様はあのお力でどこへでも行かれています。奥様は、肩身の狭い思いをされていらっしゃるのではないでしょうか」
「それでは、どうすれば……」
アルベルトの話は、ベルンハルトにとって思いもよらない内容だった。
レティシアがいることで、リーゼロッテがそんな風に思うなんて、想像もしていなかった。
リーゼロッテがそのように思うぐらいなら、レティシアを追い出せば良かった。どう思われようとも、次の冬協力が得られなくなろうとも、優先すべきはリーゼロッテだったのに。
「今度は、ベルンハルト様がお誘いになればよろしいのではないでしょうか?」
「私が? 誘う?」
「えぇ。食事でもお茶でも構いませんよ。必要であればそう仰ってください。すぐにご用意いたします」
今更食事に? あれほど何度も断っておきながら、そんなことできるはずもない。
だが、このままでは本当に愛想を尽かされるのでは。リーゼロッテから向けられる好意に甘えて、夫婦という関係に胡座をかいて、何の努力もしていない。
手に入れたことに安心して、隣に座ったことに満足して、見つめるだけでは何も伝わらないとアルベルトに何度言われても、現実になるまで想像もしなかった。
「食事やお茶は、少し待って欲しい」
「かしこまりました」
これまであざを理由に人付き合いを避けてきたが、それがこの様な形で返ってくるとは。どうすれば人に喜んでもらえるのか。何をすれば人が悲しむのか。
ベルンハルトには、それがわからなかった。
「ベルンハルト。最近はどう? 王女様と仲良くしてる?」
「レティシア。其方、いつになったら山へ帰るのだ」
「あら、ずいぶんねぇ」
「もう、城での暮らしにも飽きただろ? そろそろ帰ってくれないか」
レティシアが城に居座り始めてから既に数週間。間もなく雪の降る日々も終わりを告げるだろう。
それにもかかわらず、未だに帰る気配のないレティシアの態度を、ベルンハルトも苦々しく思い始めていた。
もしかしたら、レティシアが居ることでリーゼロッテに嫌な思いをさせているのではないかと、そう考え始めてからは、やたらとその態度が目につく。
自分がレティシアを受け入れてしまったことがそもそもの原因かもしれないが、先ずはレティシアを山へ帰さなければ、何を言ってもリーゼロッテの心には届かないだろう。
26
あなたにおすすめの小説
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる
あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。
魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。
しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる