私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 ソフィアの意図をわかったのだろう、エリーはカイルにすぐに取り継いでくれた。

「私よりもあなたが直接伝えた方が良いわ。北方出身の治癒師はデモンズハーピーの恐ろしさを聞いているのでしょう?」

 早足で副団長室に向かいながらエリーは言う。
 何と言えば良いのだろう、アルフォンスの状況とデモンズハーピーの呪い、それから…。

「エリーです。入室してもよろしいですか?」

 公私をしっかりと分けるエリーらしく、夫の執務室に入る時にもちゃんとしている。

「どうぞ」

 中に入るとカイルだけでなく団長のレオナールもいた。

「エリー、アルフォンスの事で報告というのは?」

 執務中だったのか、カイルが眼鏡を外しながら言う。

「ええ、それについて治癒師のソフィアから報告させてください」

 レオナールとカイルがソフィアを見る。
 直接話す機会などない上層部の二人に緊張するが、深呼吸してから話をする。

「ランセル卿の傷はすでに治療が終わりました。明日には目を覚ますはずです。ですがランセル卿は、デモンズハーピーの呪いを受けています」

「なっ!」

「呪いだと!?」

 レオナールとカイルが目を見開く。

「はい。ランセル卿の部隊がデモンズハーピーの襲撃を受けた事はご存知かと思います。デモンズハーピーと戦っていたランセル卿が突然倒れ意識を失った事、これは怪我のせいだけではありません。おそらく呪いと同時に魔力回路を壊されています」

「なんだとっ?!」

「魔力回路を……」

 二人は言葉を失っている。
 先程アルフォンスを治療した時に、ソフィアは気づいてしまった。
 彼の身体から魔力を感じない事に。

 酷い魔力切れを起こし自然に回復する事も難しい程の命の危険に晒された場合には、魔力回路が壊れる事は稀にある。
 魔力回路が破壊されれば2度と魔法は使えない。
 そして魔力回路を元に戻す事は出来ないとされている。
 魔法を仕事としている者としては非常に恐ろしい事だ。

「呪いをかけられたせいで魔力回路が壊れたと言う事か?」

「いえ、呪いと魔力回路の破壊は別物です。通常であれば呪いだけをかけていく事が多いんです。ただ魔力が高い人間がいる場合には魔力を奪っていきます。魔力回路の破壊は無理矢理魔力を奪われたせいで起こるのだと言われています」

 ソフィアは一息にそう言うと、デモンズハーピーについて説明する。
 レオナールとカイルは黙ったまま話を聞いていた。

「そうか…それで呪いの内容は?」

 口を開いたのはカイルだった。

「愛する人を忘れ、子供を作れなくなるというものです」

「は?」

 質問したはずのカイルが目を見開く。

「君はアルフォンスの恋人だろう?それでは…」

「…彼が目を覚ました時に私を忘れていたなら、愛されていたということですね」

 淡々と答えるソフィアに信じられないものを見る目でカイルが言う。

「なぜ君はそんなに落ち着いているんだ!」

 落ち着いてなんかいられない。そう見えるだけだ。
 出来るならば大声で泣いてしまいたい。
 いくら解呪できると言っても、二人で過ごした時間は全て無かったことになってしまうのだから。
 しかし今は魔力回路の方が重要だ。

「高位の術師であれば解呪出来ます。それに…私はかつてこの呪いを解呪してもらった人を知っています。失った記憶は戻りませんが…呪いには対処法があるんです!」

 エリーがそっとソフィアの肩に手を置いた。
 優しさまで伝わってくるような感覚に、思わず泣きそうになる。
 泣いてはダメだ、辛いのはアルフォンスなのだから。
 私が泣いて魔力が戻るのなら、いくらだってそうする。でもそうではないのだから自分ができる事をやらなければ。
 妻とソフィアの様子を見たカイルは口と閉ざす。

「カイル、ソフィアだって辛いの。でもランセル卿が魔法を使えなくなった事の方が問題だって分かってるから、こうして報告に来たの」

「分かってる!分かってはいるが…」

 執務室に重苦しい空気が流れる。

「…デモンズハーピーが厄災の前触れだと言う事は知っている。しかし北方以外での遭遇は過去に無く、私も詳しくは知らないんだ」

 レオナールは顔を歪ませながら言う。

「北方では前回の厄災の直前に魔導騎士が魔力回路を壊されました。隣国との関係が悪化して人手が足りない状況で魔導騎士が一人いなくなり、大変混乱したと聞いています」

 言葉を選びながらソフィアは話す。
 どこまで伝えればいいのか、いやどこまでを考える。
 重要なのはここからだ。

「ソフィアは北方出身だな」

「はい。厄災は基本的に北方騎士団が対応します。子供の頃からその恐ろしさは何度も聞かされてきました」

 前回の厄災を体験している両親から何度も聞かされた。二十三年前の様々な出来事を。

「魔力回路を治す方法は?」

 カイルが問う。
 想定された質問だ。しかしソフィアにはそれに答える術がない。
 困ったようにエリーを見ると、ソフィアの代わりに答える。

「カイル、それについては誓約魔法に引っかかるから答えられないの」

「は?誓約魔法?」

 エリーの言葉にカイルは不審げな顔をした。

「私達師匠付きの治癒師にはについて誓約魔法を掛けられているの。そしてそれを解く事が出来るのは高位の術師だけ。これで察してもらえると助かる」

「それは魔力回路の治癒についてと言う事か?」

「それは…察してほしい」

 誓約魔法は誓約に触れる事柄について話そうとすると言葉が出ない。肯定も否定もジェスチャーをする事すら出来ない。
 何度も喉元に手をやるエリーを見て、カイルもそれに気づいたのだろう。
 どの言葉なら言えるのか、確かめながらエリーが話していると言う事に。

 その様子を見てレオナールが大きくため息を吐く。

「呪いの事は…ソフィアとアルフォンスには申し訳ないが、騎士団長としては魔力回路について優先的に対応したい」

「もちろんです。そのために報告に上がりましたから」

 レオナールは悲しそうに笑った。

「今までの厄災とは違う事が起こっている上に、魔導騎士が減ると言うことか。不味いな」

「アルフォンスは優秀な騎士ではあるが、戦力という意味では格段に落ちるからな…今はどこの騎士団も前回の時より魔導騎士が少ないから。いや、前回の厄災と同じ規模ならば耐えられるか」

「カイル、それは無理だ。あの時でギリギリだったと聞いているぞ。東方と王都に応援を頼むしかないな。一人くらいならば来てもらえるかもしれない」

「そうか…あ、北の英雄はまだ現役ではないのか?一度北方とも話を…」

 レオナールとカイルの話は続いている。
 ソフィアも分かっていた。
 一人で一個隊に匹敵すると言われる魔導騎士、いるかいないかで戦況は大きく変わる。
 まして今は魔導騎士が少ない。隣国との戦争と厄災が重なり、剣を捨てることを余儀なくされた魔導騎士が多かったためだ。

 それにソフィアは、アルフォンスがどれほど魔導騎士になりたかったのかを聞いた事がある。
 彼の夢が絶たれた事は、自分を忘れてしまう事よりも悲しかった。
 何とか彼の魔力を戻したい。今考えているのはそれだけだ。



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