私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 団長室を出てアパートに戻る。

 引き出しから魔法紙を取り出して、師匠に書く手紙の内容を考える。
 魔力を込めればすぐに届けてくれる魔法紙だが、値段が高い。
 無駄にしないように、今日あったことを思い出す。

 怒涛の一日だった。

 西方でデモンズハーピーが出たこと、魔導騎士が呪いをかけられ魔力を奪われたこと、その人物の魔力回路の治癒を行いたいこと、そして治癒の為の申請を行いたいこと。

 恋人のため、と書くのは気が引けた。

 書けば『お前もか!』と怒られそうだし、書かなければ『なぜ他人の為に!?」と怒られる。
 どちらにしても怒られるだろう。
 二択に意味はない。
 怒られる事をしようとしている自覚もある。
 治癒師の誓約とか師匠とか以前に、大事な姪、家族なのだ。

(それならば正直に書いておいた方がいい)

 出来ればアルフォンスには対価の内容を知らせないで欲しいとも付け加える。

 書き損じのないように緊張しながらペンを動かす。
 今日はもう遅い、明日の朝師匠に送ろう。

 家にいると、アルフォンスの痕跡がそこかしこに残っている。
 彼から貰ったネックレス、髪飾り、二人分のマグカップ、二人分の食器、お泊まり用のパジャマ。
 数え上げたらキリがないほど、彼との思い出が溢れている。

 とりあえず箱にしまっておこう。いやでももう少し彼を感じたい。

 しばらく迷って、箱にしまうのはやめた。


(もう寝てしまおう)

 昨日はほとんど眠れなかった。
 ベッドに横になると、あっという間に眠りに落ちた。




 朝、目が覚めると一番に師匠に手紙を送った。
 キッチリしている師匠の事だ、忙しくとも明日には返信が来るだろう。
 久しぶりに書いた手紙が、魔力回路の治癒の申請とは、親不孝ならぬ師匠不幸、いや伯父不幸か。

 治癒室に着いて仕事をする。
 今日は調剤の担当になっていた。
 乳鉢を準備していると、メルが声を掛けてきた。

「ソフィアさん、ランセル卿が怪我をしたって聞きましたけど、大丈夫でしたか?」

「ああ、一昨日ね。もう大丈夫よ、骨折はしていたけど、もう治ってるから」

「さっすがソフィアさん!ランセル卿を担当したのってソフィアさんですもんね。愛の力ですねぇ~」

 恋愛脳メルは、キラキラと目を輝かせながら両手を胸の前で組んでいる。

 赤いリボンが彼女によく似合う。これなら今日も、メル目当ての騎士が多そうだ。

 キャッキャと喜んでいるメルを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 愛されていた事は証明された。しかし今はもう、アルフォンスは私の事を愛してはいないのだから。
 それでも彼女に今知られる訳にはいかない。

「ふふ、ありがとう。あなた治療担当でしょ?今日はメル目当ての騎士が多そうね」

「それって嬉しくないんですよね~。忙しくなるし。あ~私も素敵な彼氏が欲しい!」

 通常営業のメルは気持ちを明るくしてくれる。太陽みたいな眩しさがある。

「ほら、早く行きなさい。みんな待ってるわよ」

「は~い」


 メルが出ていくと、調剤室は途端に静かになる。
 ゴリゴリと薬草をすり潰す音だけが響く部屋。

 師匠はもう手紙を読んだのだろうか。
 大事になっていない事だけを願う。
 まぁ無理な話だが。

 二十三年ぶりに魔力回路を治そうとしているのだ。
 多分問題になっている。
 存在するかもしれない闇の野良師匠付き治癒師がやっていないとも限らないが、今のところ父や弟達のような弩級の高魔力保持者は見つかっていない。
 であればやはり、母以来誰もやっていないのだ。


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