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お昼時をとうに過ぎ、そろそろおやつでもという時、ポーションを作っていたソフィアの手元が不意に光った。
シモンからの手紙だ。
震える手で封筒を開ける。
『馬鹿弟子へ』から始まる斬新な手紙は、言葉尻にシモンの怒りをヒシヒシと感じるものだ。
(いや、めちゃくちゃ怒ってるし)
ソフィアの手紙が届いてから、王宮治癒師達による会議が行われたという。
とりあえず明日の午前中にこちらに話を聞きにくるようだ。
『転移陣を用意して待ってろ』との捨て台詞で手紙は締め括られていた。
ソフィアは手紙を持ってフェイの元に向かう。
ドアをノックすると、「どうぞ~」と声がした。
「シモンからの手紙が届いたの?」
昨日処理したはずの書類がまた積まれている。
まだあったのかと頭が痛くなりそうだったが、とりあえずフェイに手紙を渡す。
「…『馬鹿弟子へ』から始まってるよ」
「はい」
「こんな手紙、初めて見たんだけど」
「奇遇ですね。私もです」
「これはもうかなりのご立腹のようで。転移陣の準備をしないとね~」
彼ってこんなに怒るんだ~、と肩を震わせて笑っているフェイは放っておく事にする。
「師匠のお怒りはもっともですので甘んじて受け入れます」
「そうだねぇ。とりあえず団長には伝えてこよう」
「あの、師長にお願いがあるのですが」
「ん?何?」
「ランセル卿に、対価の詳しい内容について知られたくないんです」
ソフィアの言葉にフェイは「う~ん」と唸った。
「…出来ない事は無いだろうけど、シモンが来るなら無理じゃない?手紙でキレ散らかしてるよ」
「…ですよね」
アルフォンスに恋人は誰だったのかと聞かれた時、ソフィアが意図的に教えなかった事を、フェイは知っている。
その時に対価について、それ以上を話さなかった事も。
「まあシモンも聡明な人間だから、ソフィアの気持ちも分かっているさ。知らせないで欲しいってちゃんと書いたんだろう?」
「はい」
「じゃあ、きっとソフィアの気持ちを汲んでくれるさ。…まぁ?多分?」
「何で疑問形なんですか」
「普通に考えたら無理でしょ。ランセル卿だって、自分を治してくれる治癒師に何が起こるのか知りたいと思うだろうし。それに君、彼を治した後、騎士団辞めるつもりでしょ?」
「ー!」
(バレてる!)
「どうして分かったのかって?分かるよ、そりゃあ。ランセル子爵家とうちの実家は団長の所の寄子だよ。君達の話だって入ってくる。魔導騎士は危険ではあるけど人気だからね、顔だって悪くない。寄子の中には、生まれてくる子供の魔力に期待して婿入りを希望する家だってある」
知っている。
彼に届く縁談について、親切に教えてくれる人間はいるから。
フェイよりも、もっとキツイ言い方だったが。
「知っています。このまま彼と結婚するのは…難しい事と分かっていたので」
それなんだけど、とフェイは眼鏡を外す。
「君の父親は伯爵令息だろう?ご両親の結婚はまぁ、本人達の考えもあるだろうから難しくとも、君を英雄殿の戸籍に入れる事は出来ないの?家門魔法使えるんでしょ?」
考えた事がなかった訳じゃ無い。
アルフォンスと付き合ってからは特に。
祖母からの横槍が入らなければ、本来ならそうなっていた筈だ。
色々あったが、それでも北方では平民で困る事は無かった。もし西方に来なければきっと、身分など気にせず北方の人と結婚していただろう。
父の戸籍に入れば、少なくとも父と弟達は喜んでくれるはずだ。
母は分からないが、受け入れてくれると思う。
しかし、アルフォンスとの間に結婚話は出ていなかった。
二年近く一緒にいて話が出なかったのなら、そういうことだろう。
彼はソフィアを愛してくれてはいたが、その先は考えていなかったのだと。
考えると鼻の奥がツンと痛む。
だが今更言ってももう遅い。彼はソフィアを忘れているのだ。
「彼との間に結婚の話は出ていませんでした。話が出ていればそうしたかも知れません。母は嫌がるかも知れませんが、私の幸せを考えて受け入れてくれたでしょう。ですがもう、ランセル卿との関係は終わっています。彼は私を覚えていないんですから」
「今のランセル子爵家当主は長兄だ。彼は元々王宮で文官をしていて頭も切れる。見合いもせずに平民の娘と付き合っている弟を、放っておくとは思えない。だからきっと君の事も調べているはずだ。その上でどうするのか、見ていたんじゃないかな」
フェイの話を聞いてハッとする。
確かにそうかも知れない。
今となっては意味のない話だが。
「でもまあ、たらればを言っても仕方がないか。ソフィアの言う通りランセル卿は君を忘れて、二人の関係は終わってしまった。個人的には治療した後にまた元の関係に戻って欲しいけどね。ランセル卿が英雄殿のように活躍すれば、断れない縁談も出てくるだろうし。こればっかりはまさに神のみぞ知るってやつだ。ま、ソフィアの生い立ちを考えると、神ってのはすんなり幸せにはしてくれないようだ。随分話が逸れてしまったが、私から対価について話をする事は無いよ。シモンがどうするかは…まぁソフィアの思いを汲んでくれる事を期待しよう」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
ソフィアはそう言って室長室を出た。
シモンからの手紙だ。
震える手で封筒を開ける。
『馬鹿弟子へ』から始まる斬新な手紙は、言葉尻にシモンの怒りをヒシヒシと感じるものだ。
(いや、めちゃくちゃ怒ってるし)
ソフィアの手紙が届いてから、王宮治癒師達による会議が行われたという。
とりあえず明日の午前中にこちらに話を聞きにくるようだ。
『転移陣を用意して待ってろ』との捨て台詞で手紙は締め括られていた。
ソフィアは手紙を持ってフェイの元に向かう。
ドアをノックすると、「どうぞ~」と声がした。
「シモンからの手紙が届いたの?」
昨日処理したはずの書類がまた積まれている。
まだあったのかと頭が痛くなりそうだったが、とりあえずフェイに手紙を渡す。
「…『馬鹿弟子へ』から始まってるよ」
「はい」
「こんな手紙、初めて見たんだけど」
「奇遇ですね。私もです」
「これはもうかなりのご立腹のようで。転移陣の準備をしないとね~」
彼ってこんなに怒るんだ~、と肩を震わせて笑っているフェイは放っておく事にする。
「師匠のお怒りはもっともですので甘んじて受け入れます」
「そうだねぇ。とりあえず団長には伝えてこよう」
「あの、師長にお願いがあるのですが」
「ん?何?」
「ランセル卿に、対価の詳しい内容について知られたくないんです」
ソフィアの言葉にフェイは「う~ん」と唸った。
「…出来ない事は無いだろうけど、シモンが来るなら無理じゃない?手紙でキレ散らかしてるよ」
「…ですよね」
アルフォンスに恋人は誰だったのかと聞かれた時、ソフィアが意図的に教えなかった事を、フェイは知っている。
その時に対価について、それ以上を話さなかった事も。
「まあシモンも聡明な人間だから、ソフィアの気持ちも分かっているさ。知らせないで欲しいってちゃんと書いたんだろう?」
「はい」
「じゃあ、きっとソフィアの気持ちを汲んでくれるさ。…まぁ?多分?」
「何で疑問形なんですか」
「普通に考えたら無理でしょ。ランセル卿だって、自分を治してくれる治癒師に何が起こるのか知りたいと思うだろうし。それに君、彼を治した後、騎士団辞めるつもりでしょ?」
「ー!」
(バレてる!)
「どうして分かったのかって?分かるよ、そりゃあ。ランセル子爵家とうちの実家は団長の所の寄子だよ。君達の話だって入ってくる。魔導騎士は危険ではあるけど人気だからね、顔だって悪くない。寄子の中には、生まれてくる子供の魔力に期待して婿入りを希望する家だってある」
知っている。
彼に届く縁談について、親切に教えてくれる人間はいるから。
フェイよりも、もっとキツイ言い方だったが。
「知っています。このまま彼と結婚するのは…難しい事と分かっていたので」
それなんだけど、とフェイは眼鏡を外す。
「君の父親は伯爵令息だろう?ご両親の結婚はまぁ、本人達の考えもあるだろうから難しくとも、君を英雄殿の戸籍に入れる事は出来ないの?家門魔法使えるんでしょ?」
考えた事がなかった訳じゃ無い。
アルフォンスと付き合ってからは特に。
祖母からの横槍が入らなければ、本来ならそうなっていた筈だ。
色々あったが、それでも北方では平民で困る事は無かった。もし西方に来なければきっと、身分など気にせず北方の人と結婚していただろう。
父の戸籍に入れば、少なくとも父と弟達は喜んでくれるはずだ。
母は分からないが、受け入れてくれると思う。
しかし、アルフォンスとの間に結婚話は出ていなかった。
二年近く一緒にいて話が出なかったのなら、そういうことだろう。
彼はソフィアを愛してくれてはいたが、その先は考えていなかったのだと。
考えると鼻の奥がツンと痛む。
だが今更言ってももう遅い。彼はソフィアを忘れているのだ。
「彼との間に結婚の話は出ていませんでした。話が出ていればそうしたかも知れません。母は嫌がるかも知れませんが、私の幸せを考えて受け入れてくれたでしょう。ですがもう、ランセル卿との関係は終わっています。彼は私を覚えていないんですから」
「今のランセル子爵家当主は長兄だ。彼は元々王宮で文官をしていて頭も切れる。見合いもせずに平民の娘と付き合っている弟を、放っておくとは思えない。だからきっと君の事も調べているはずだ。その上でどうするのか、見ていたんじゃないかな」
フェイの話を聞いてハッとする。
確かにそうかも知れない。
今となっては意味のない話だが。
「でもまあ、たらればを言っても仕方がないか。ソフィアの言う通りランセル卿は君を忘れて、二人の関係は終わってしまった。個人的には治療した後にまた元の関係に戻って欲しいけどね。ランセル卿が英雄殿のように活躍すれば、断れない縁談も出てくるだろうし。こればっかりはまさに神のみぞ知るってやつだ。ま、ソフィアの生い立ちを考えると、神ってのはすんなり幸せにはしてくれないようだ。随分話が逸れてしまったが、私から対価について話をする事は無いよ。シモンがどうするかは…まぁソフィアの思いを汲んでくれる事を期待しよう」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
ソフィアはそう言って室長室を出た。
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