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第四章 動乱の世界
第六十六話 白き鷹の胎動
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帝国の政治・軍事の中枢を退き、屋敷でのんびりと過ごすようにーー
そんな皇帝からの指示で、侯爵位を長男に譲り、(別荘)で六年程前にラズのあの椅子で過ごしていた時と変わらない忙しさに追われる彼をある朝、一人の青年が訪れた。
銀髪の髪に褐色の肌、そして悩みに満ちた紅い瞳。
形式上の闇の牙の元団長が現在でもその実権を握る、元団長ルサージュ伯をようやく見つけた。
そんな顔をしての訪問だった。
「殿下、だいぶ時間がかかられましたな?
そこかしこに目印はあったはずですが?」
まだ四十後半と若いルサージュ伯はそれでも白髪交じりの黒髪を撫でつけて言った。
「そこかしこに、五重もの上書きをしたものが大量にばら撒かれていてはな‥‥‥」
「まあ、帝国の闇の牙の団長としては、及第点。
そういったところですか?
黒ならば、我が愚息でしたらもう二時間は早かったかもしれませんな?」
自慢げに息子を誉める父親はそれでも厳しさを絶やさない。
「帝国のあの銀鎖の魔導師なら、更に早かったかもしれません」
そう言ってグレンをまだまだだ、と言い放つ。
「伯爵殿、いや‥‥‥ルサージュ元団長。
六年前の件、シェイルズに命を助けられた。
その責めを問われ、この僻地への移動。
すべてこのグレンの不始末。
シェイルズに甘え過ぎました‥‥‥」
ようやく来たか、そんな顔をルサージュ伯はする。
「まあ、詫びはそれで終わりにしましょう。
あれの目はもう見えております。ああ、その話は陛下とされていましたな」
話?
あの直通の連絡網を横から覗き込んだ?
「殿下、何を驚いた顔をされています?
わたしは誰も引退した、とは言っていませんよ?」
「いや、しかし。
それにもはや帝位継承権のこともご存知のはず‥‥‥」
まあ、知っておりますがと、言いながらルサージュ伯はまあ、座りなさいと室内にグレンを通した。
「この別荘と言いますか、それでも三百からの騎士がおります。
全て、この帝国内の情報を管理するため。
まあ、陛下にはあとからお叱りを受けますが。
あの程度の警戒では王国側、その他にも筒抜けですよ。
毎度、毎度、それを遮蔽する苦労もわかって頂きたい」
「毎度とそれに、三百も一体どこにーー
地下か‥‥‥?」
「左様、このシェス大河の支流域にはこういった洞穴がいくつもありますから。
まあ、魔導の流れも良いですよ。法王猊下がこの先に法王庁を構えているのもよくわかる」
どうぞ、と侍女が運んできた茶などを彼はかつての部下に注いでやる。
「それだ、黒に言われて邸宅に行けば誰もおらず。
不信に思いあの大陸中央からここまでーー
なぜ、南の大公家の奥地にこのような設備を?」
そう言い、グレンは地下を指差す。
その足元には個人の持てる魔力の限界をさらに密度を高め増幅できるような陣が敷かれていた。
「壁ですよ、殿下。
物を壊せる魔導、空を飛べ、空間を繋げ、傷を癒す。
ならば、この場を境目にして枢軸側に対して大きな空間の壁も作れるだろう。
まあ、そんな案を出してきたのはあのバカ息子ですがな」
「シェイルズが?」
あの嵐の夜の海が参考になったのだとか。
そう、ルサージュ伯は言う。
「何重にも押し寄せる波の出来方、その中に必ずある道のような狭間。
力と力がぶつかった際の水柱のようなものですな。ならばその柱を高さはそのままに。
薄く広げながら中で更に波をぶつけてやれば頑丈な壁となる。
しかし、多くのミスリルなどの資源が必要になるが大自然にはそんなものはなくても嵐は起きます」
「小さい力の紋様を重ね合わせ広げることで大きな分厚く頑丈な壁にする。
そんな考え方があったとは‥‥‥」
「おや、殿下。
これは黒だけではありませんぞ?
あの銀でも似たようなものを考えた天才がいるようですな」
「シルドか‥‥‥あの夜にあれだけの奇行をしておきながら、仮面の下にはーー」
まだ気づいてないのですか?
そう言われ、グレンは不思議そうな顔になる。
「あの会場のそこかしこに張り巡らされた、闇の牙以外の目と耳を。
こちらはシェイルズの指揮下、十数名の騎士でそれを構築したはず。
彼は一人でそれをしていましたよ?
王族と皇族の部屋の中にまで、ね」
「いつから気づいておられた?」
そう‥‥‥
と彼は思い出すように思案する。
「まあ、あの婚約破棄以前ですな。
あの王子はエイシャを、エシャーナ侯の第二子女を娶りたい。
そんな発言をしだした頃から、彼は思案し、道化を演じたようですな。
あの王子の、拷問好きは有名ですからーー」
「つまり、エイシャを救うためにあの虚言をばら撒いたと?」
「いえいえ、それはあくまで二次的なものでしょう。ですが、目的の一つではあったかもしれません」
目的の一つ?
しかし、エイシャの家格はそれほど高くはない。
それに廃嫡されてすらも引取るほど‥‥‥
「彼はエイシャに惚れた、と?
いや、それはー‥‥‥それも込みであの三角洲を渡したと言う事ですか?」
あの三角洲。その言葉に伯爵は面白そうな顔をする。
「殿下もなにか気づかれてた、と?」
「あそこは単なるゴミ程度の山でしかない。
まあ、それでも高価なゴミだが。あの島全土を抑えれば帝国西部と、シェス大河の内陸部での交易権。
それの掌握ができるでしょうが、それは難しいはず。
まあ、あの一部の土地は脅威ではないが目障りではありましたが。
いまは元婚約者ーーお知りでしょうな。
ユニス公女がお持ちです」
いやいや、そう伯爵は首を振る。
「殿下、ユニス女大公殿下、ですよ」
「大公‥‥‥殿下!?
大公位を継いだならともかく、殿下をつけるなら帝位継承ーー
あのクソ親父、まさか‥‥‥」
はあ、そうため息をつくと伯爵は元上司の顔になり元部下を叱りつけた。
「お前は本当に、鳩だな、グレン。いや、イズバイア。
陛下がなぜ、ユニス様をその地位に据えたかも知らず。
どうして言われる通りに友を追わないのだ。こんな詫びなどどうでも良いことばかり。
だから、ニーエ様の件も知らないまま放置したのか?
事態が悪化したのを何も知らないのだろう?
その身に、せめて闇の牙との直通回線でも繋げておくべきではないのか?
供も連れずに一人、空間を飛び回り痕跡を消しもせずに。
お陰で、枢軸の密偵の目をごまかすのに苦労したわ‥‥‥」
「お待ちを伯爵!
手間をかけたことは謝るが、これは黒を取り戻すために‥‥‥それに、ニーエはーー
未亡人だ。僕が行けば側室だなんだとまた帝位が揺れる」
「本当に、陛下が愚息と言われた理由がよくわかる。
お前、ニーエ様を抱いた覚えがあるだろう?
うちのバカ息子はまだ気持ちすら、ライナ様に伝えれないようだがな」
そんなバカな。
そうグレンは言いたかった。あれは数度もなく、妊娠もないと本人から聞いていたからだ。
「過去の亡霊は、どこにでもいるぞ?
陛下は最前線に見習いとして出されてから死ぬ思いで這い上がられたからな。
その辺りは綺麗なものだった。おかげでお前と北の当主は跡目争いなどなかっただろう?
まあ、今回は陛下の遊び心が幸いしたのか、災いしたのか」
「父上の遊び心?
まさかユニスの使者というのはーー」
ふふん、と伯爵は面白そうに笑いながら言った。
「発端は宰相殿とグレイシー提督の会話だ。ラズで平民の子を宿したとは不名誉。
そんな名目でニーエ様が屋敷で軟禁されている。その子には平民の南方の血が混じっているとな。
それを聞いた陛下が哀れだ、そう言われ側室へと招こうとしたのだ。
まあ、その前に王国からのお前への婚儀申し込みがあり、陛下はユニス様とお前との婚儀を止めさせる。
そんなおつもりだった。宰相殿は黒を跡継ぎにユニス様をその嫁にと。
考えていたようだがな?」
「なぜ、そこまで―‥‥‥」
「それが仕事だからだ。お前以外になど話せるかこんなこと。
陛下は散々、皇后様に叱られておったわ。許して差し上げろ。
陛下の意向を受けて近衛兵団がラズに入るなり、当主がなにを命じたかぐらいは理解できるな?」
それは単純明快なこと。帝国に波紋をもたらすのであればーー
「ニーエは、俺の子はどうなった!?」
このバカが。ようやく現実を見出したか。
伯爵がそんな顔をするが、それはまだまだ足りない。そうとも取れた。
「さあな、白き鷹というならばそれくらいの情報、なぜ集められん?
陛下は一時期、数か月だが枢軸の捕虜となり北の奥地で牢屋にいた。
ユンベルトもエシャーナもわしも居たなあ。南の大公や東の前大公もだ。
あの御方ははるか僻地にいても三国の動向を逐一知っておられたぞ?
たかだか二百の捕虜、しかも怪我人を連れたまま枢軸を横断して帰国したのもあの御方だからだ。
数名は死んでしまったがな。もう三十年近い昔の話だ。
生きている、それだけは教えてやろう。それも今なら帝国一安全な場所で、だ」
「それはどこだ、行かねば‥‥‥」
「ばかか、グレン。安全だと教えただろう?
先にするべきことがあるのではないのか?
ユニス様に愛をささやいて、妻子が発覚したからあの御方は後回しか?」
しかし、一番を取るならば帝室の血だろう、そう皇子であるグレンは思った。
ユニスには申し訳ないが、それを一番にはできないと。
「グレン。
自分の力で返り咲く。そう宣言したのだ、自力で這い上がるしかないぞ?
陛下は多くの友が支えてくれたが‥‥‥お前は自分でその全てを捨てたのだ。
なら、一人で道を行くしかあるまい?
余計なことだが‥‥‥ユニス様が帝位権を受けられたのはな」
しかし、伯爵は黙ってしまう。
伝えるべきなのか。そうした場合、二人が会うことをこの皇子は優先するか?
それとも妻子を探そうとするか?
どちらにしてもその二つの選択肢の先にあるのは同じ答えだ。
第三の道。
彼が自分で帝位を勝ち取るためにはどう伝えればいいのか。
それを自分が示唆するべきなのか。
判断に迷った。伯爵は皇帝でも神でもないからだ。
「どうせ、黒が側にいるのでしょう?
あれが次期宰相になるのであればそう示唆したはずだ、あなたならば。
ニーエとライナも、我が子も同じく。闇の牙もその隣にいるはず。
帝位継承権を受けたのであれば戦功も必要。エシャーナ侯とハーベスト大公軍、青い狼など。
あの辺りで枢軸を狙うか三角洲を狙うか。そんなところでしょう。
そうなると、南と東で枢軸、あの太陽神信仰廃止例で法王庁でも狙うのでしょうな?
違いますか?」
まあ、白いカラス程度には格上げしてもいいかもしれない。
しかし、読みがまだまだ浅い。
そう思った時だ。
「で、その王国との婚儀の話はいかがなったのですか?」
「何?
お前がまだ殿下と呼ばれている時点で気づかんのか?」
「あれは受理されたはず、だから新たにユニスを立てたのでは?
そのまま戦功を挙げさせ、父上の側室でしょう?
俺の子が育つまでの簡易的な女帝扱いで裏には父上がいる。
そのような図式では?
まあ、そうなればニーエや我が子には恨まれるでしょうがな、ユニスが‥‥‥。
都合よく利用された、と」
そこまで分かっていながら、なぜもっと深くを見れないのか。
伯爵は頭を抱えた。
「いまのエシャーナとハーベストの軍はお前が指揮したこと以外に誰が正当だと考えるお思う?
ユニスは単なるお飾り。三角洲への王国陸軍の目を向けさせるための策略。
誰でもそう考えるわ。
王室との婚儀か?
格下げになったから断るそういう言い訳をする予定だったようだがな。
旗印がいるのだ。あちらが用意したのは公爵家令嬢。
一度王室に入れてからの王女として送り出したかったようだが‥‥‥。
それでは受け入れん、そう陛下が断ったら三角洲からまだ帝国が軍を引かぬことを理由に、開戦となったわ。
そろそろ、海軍がそれぞれ港を出る頃ではないのか?
グレン、いやイズバイアよ。
もう教えれるのはここまでだ。
エシャーナ侯たちやユニス様と合流するもよし、王国海軍をお前一人で迎え撃つのもよし。
この国境付近に迫る、枢軸二万を一人で相手をするもよし。
魔導の腕だけは王国・帝国でも五指に入るではないか。
鳩やカラスからさっさと鷹に戻ってはどうだ?
黒はその上を行こうとしているぞ?」
ーーユニス様とニーエ様。どちらを取るのだ?
旨味のない話をなぜ、ユニス様が受け入れたのか分からんのか?
お前たち親子に、下手をすれば恨まれることもあるのに。
婚約の返上までして、腹いせに帝位継承権を受け取る。
そう思えるのか?
そう言いたかったが、そこは本人が気づかなければ意味がない。
まったく陛下といい宰相殿といい、エシャーナといい。
損な役回りを今回はこっちに押し付けて来て!
伯爵は胃が痛くなりそうだった。
グレンが挨拶もそこそこに立ち去った後、転移魔導で姿を消したが跡を追えない。
こんなことは初めてだ。ただ、北へ行ったのは確かだ、と。
そんな部下からの報告を聞いて、ようやく鷹が目を覚ましたかと伯爵はため息をつき笑っていた。
帝国の政治・軍事の中枢を退き、屋敷でのんびりと過ごすようにーー
そんな皇帝からの指示で、侯爵位を長男に譲り、(別荘)で六年程前にラズのあの椅子で過ごしていた時と変わらない忙しさに追われる彼をある朝、一人の青年が訪れた。
銀髪の髪に褐色の肌、そして悩みに満ちた紅い瞳。
形式上の闇の牙の元団長が現在でもその実権を握る、元団長ルサージュ伯をようやく見つけた。
そんな顔をしての訪問だった。
「殿下、だいぶ時間がかかられましたな?
そこかしこに目印はあったはずですが?」
まだ四十後半と若いルサージュ伯はそれでも白髪交じりの黒髪を撫でつけて言った。
「そこかしこに、五重もの上書きをしたものが大量にばら撒かれていてはな‥‥‥」
「まあ、帝国の闇の牙の団長としては、及第点。
そういったところですか?
黒ならば、我が愚息でしたらもう二時間は早かったかもしれませんな?」
自慢げに息子を誉める父親はそれでも厳しさを絶やさない。
「帝国のあの銀鎖の魔導師なら、更に早かったかもしれません」
そう言ってグレンをまだまだだ、と言い放つ。
「伯爵殿、いや‥‥‥ルサージュ元団長。
六年前の件、シェイルズに命を助けられた。
その責めを問われ、この僻地への移動。
すべてこのグレンの不始末。
シェイルズに甘え過ぎました‥‥‥」
ようやく来たか、そんな顔をルサージュ伯はする。
「まあ、詫びはそれで終わりにしましょう。
あれの目はもう見えております。ああ、その話は陛下とされていましたな」
話?
あの直通の連絡網を横から覗き込んだ?
「殿下、何を驚いた顔をされています?
わたしは誰も引退した、とは言っていませんよ?」
「いや、しかし。
それにもはや帝位継承権のこともご存知のはず‥‥‥」
まあ、知っておりますがと、言いながらルサージュ伯はまあ、座りなさいと室内にグレンを通した。
「この別荘と言いますか、それでも三百からの騎士がおります。
全て、この帝国内の情報を管理するため。
まあ、陛下にはあとからお叱りを受けますが。
あの程度の警戒では王国側、その他にも筒抜けですよ。
毎度、毎度、それを遮蔽する苦労もわかって頂きたい」
「毎度とそれに、三百も一体どこにーー
地下か‥‥‥?」
「左様、このシェス大河の支流域にはこういった洞穴がいくつもありますから。
まあ、魔導の流れも良いですよ。法王猊下がこの先に法王庁を構えているのもよくわかる」
どうぞ、と侍女が運んできた茶などを彼はかつての部下に注いでやる。
「それだ、黒に言われて邸宅に行けば誰もおらず。
不信に思いあの大陸中央からここまでーー
なぜ、南の大公家の奥地にこのような設備を?」
そう言い、グレンは地下を指差す。
その足元には個人の持てる魔力の限界をさらに密度を高め増幅できるような陣が敷かれていた。
「壁ですよ、殿下。
物を壊せる魔導、空を飛べ、空間を繋げ、傷を癒す。
ならば、この場を境目にして枢軸側に対して大きな空間の壁も作れるだろう。
まあ、そんな案を出してきたのはあのバカ息子ですがな」
「シェイルズが?」
あの嵐の夜の海が参考になったのだとか。
そう、ルサージュ伯は言う。
「何重にも押し寄せる波の出来方、その中に必ずある道のような狭間。
力と力がぶつかった際の水柱のようなものですな。ならばその柱を高さはそのままに。
薄く広げながら中で更に波をぶつけてやれば頑丈な壁となる。
しかし、多くのミスリルなどの資源が必要になるが大自然にはそんなものはなくても嵐は起きます」
「小さい力の紋様を重ね合わせ広げることで大きな分厚く頑丈な壁にする。
そんな考え方があったとは‥‥‥」
「おや、殿下。
これは黒だけではありませんぞ?
あの銀でも似たようなものを考えた天才がいるようですな」
「シルドか‥‥‥あの夜にあれだけの奇行をしておきながら、仮面の下にはーー」
まだ気づいてないのですか?
そう言われ、グレンは不思議そうな顔になる。
「あの会場のそこかしこに張り巡らされた、闇の牙以外の目と耳を。
こちらはシェイルズの指揮下、十数名の騎士でそれを構築したはず。
彼は一人でそれをしていましたよ?
王族と皇族の部屋の中にまで、ね」
「いつから気づいておられた?」
そう‥‥‥
と彼は思い出すように思案する。
「まあ、あの婚約破棄以前ですな。
あの王子はエイシャを、エシャーナ侯の第二子女を娶りたい。
そんな発言をしだした頃から、彼は思案し、道化を演じたようですな。
あの王子の、拷問好きは有名ですからーー」
「つまり、エイシャを救うためにあの虚言をばら撒いたと?」
「いえいえ、それはあくまで二次的なものでしょう。ですが、目的の一つではあったかもしれません」
目的の一つ?
しかし、エイシャの家格はそれほど高くはない。
それに廃嫡されてすらも引取るほど‥‥‥
「彼はエイシャに惚れた、と?
いや、それはー‥‥‥それも込みであの三角洲を渡したと言う事ですか?」
あの三角洲。その言葉に伯爵は面白そうな顔をする。
「殿下もなにか気づかれてた、と?」
「あそこは単なるゴミ程度の山でしかない。
まあ、それでも高価なゴミだが。あの島全土を抑えれば帝国西部と、シェス大河の内陸部での交易権。
それの掌握ができるでしょうが、それは難しいはず。
まあ、あの一部の土地は脅威ではないが目障りではありましたが。
いまは元婚約者ーーお知りでしょうな。
ユニス公女がお持ちです」
いやいや、そう伯爵は首を振る。
「殿下、ユニス女大公殿下、ですよ」
「大公‥‥‥殿下!?
大公位を継いだならともかく、殿下をつけるなら帝位継承ーー
あのクソ親父、まさか‥‥‥」
はあ、そうため息をつくと伯爵は元上司の顔になり元部下を叱りつけた。
「お前は本当に、鳩だな、グレン。いや、イズバイア。
陛下がなぜ、ユニス様をその地位に据えたかも知らず。
どうして言われる通りに友を追わないのだ。こんな詫びなどどうでも良いことばかり。
だから、ニーエ様の件も知らないまま放置したのか?
事態が悪化したのを何も知らないのだろう?
その身に、せめて闇の牙との直通回線でも繋げておくべきではないのか?
供も連れずに一人、空間を飛び回り痕跡を消しもせずに。
お陰で、枢軸の密偵の目をごまかすのに苦労したわ‥‥‥」
「お待ちを伯爵!
手間をかけたことは謝るが、これは黒を取り戻すために‥‥‥それに、ニーエはーー
未亡人だ。僕が行けば側室だなんだとまた帝位が揺れる」
「本当に、陛下が愚息と言われた理由がよくわかる。
お前、ニーエ様を抱いた覚えがあるだろう?
うちのバカ息子はまだ気持ちすら、ライナ様に伝えれないようだがな」
そんなバカな。
そうグレンは言いたかった。あれは数度もなく、妊娠もないと本人から聞いていたからだ。
「過去の亡霊は、どこにでもいるぞ?
陛下は最前線に見習いとして出されてから死ぬ思いで這い上がられたからな。
その辺りは綺麗なものだった。おかげでお前と北の当主は跡目争いなどなかっただろう?
まあ、今回は陛下の遊び心が幸いしたのか、災いしたのか」
「父上の遊び心?
まさかユニスの使者というのはーー」
ふふん、と伯爵は面白そうに笑いながら言った。
「発端は宰相殿とグレイシー提督の会話だ。ラズで平民の子を宿したとは不名誉。
そんな名目でニーエ様が屋敷で軟禁されている。その子には平民の南方の血が混じっているとな。
それを聞いた陛下が哀れだ、そう言われ側室へと招こうとしたのだ。
まあ、その前に王国からのお前への婚儀申し込みがあり、陛下はユニス様とお前との婚儀を止めさせる。
そんなおつもりだった。宰相殿は黒を跡継ぎにユニス様をその嫁にと。
考えていたようだがな?」
「なぜ、そこまで―‥‥‥」
「それが仕事だからだ。お前以外になど話せるかこんなこと。
陛下は散々、皇后様に叱られておったわ。許して差し上げろ。
陛下の意向を受けて近衛兵団がラズに入るなり、当主がなにを命じたかぐらいは理解できるな?」
それは単純明快なこと。帝国に波紋をもたらすのであればーー
「ニーエは、俺の子はどうなった!?」
このバカが。ようやく現実を見出したか。
伯爵がそんな顔をするが、それはまだまだ足りない。そうとも取れた。
「さあな、白き鷹というならばそれくらいの情報、なぜ集められん?
陛下は一時期、数か月だが枢軸の捕虜となり北の奥地で牢屋にいた。
ユンベルトもエシャーナもわしも居たなあ。南の大公や東の前大公もだ。
あの御方ははるか僻地にいても三国の動向を逐一知っておられたぞ?
たかだか二百の捕虜、しかも怪我人を連れたまま枢軸を横断して帰国したのもあの御方だからだ。
数名は死んでしまったがな。もう三十年近い昔の話だ。
生きている、それだけは教えてやろう。それも今なら帝国一安全な場所で、だ」
「それはどこだ、行かねば‥‥‥」
「ばかか、グレン。安全だと教えただろう?
先にするべきことがあるのではないのか?
ユニス様に愛をささやいて、妻子が発覚したからあの御方は後回しか?」
しかし、一番を取るならば帝室の血だろう、そう皇子であるグレンは思った。
ユニスには申し訳ないが、それを一番にはできないと。
「グレン。
自分の力で返り咲く。そう宣言したのだ、自力で這い上がるしかないぞ?
陛下は多くの友が支えてくれたが‥‥‥お前は自分でその全てを捨てたのだ。
なら、一人で道を行くしかあるまい?
余計なことだが‥‥‥ユニス様が帝位権を受けられたのはな」
しかし、伯爵は黙ってしまう。
伝えるべきなのか。そうした場合、二人が会うことをこの皇子は優先するか?
それとも妻子を探そうとするか?
どちらにしてもその二つの選択肢の先にあるのは同じ答えだ。
第三の道。
彼が自分で帝位を勝ち取るためにはどう伝えればいいのか。
それを自分が示唆するべきなのか。
判断に迷った。伯爵は皇帝でも神でもないからだ。
「どうせ、黒が側にいるのでしょう?
あれが次期宰相になるのであればそう示唆したはずだ、あなたならば。
ニーエとライナも、我が子も同じく。闇の牙もその隣にいるはず。
帝位継承権を受けたのであれば戦功も必要。エシャーナ侯とハーベスト大公軍、青い狼など。
あの辺りで枢軸を狙うか三角洲を狙うか。そんなところでしょう。
そうなると、南と東で枢軸、あの太陽神信仰廃止例で法王庁でも狙うのでしょうな?
違いますか?」
まあ、白いカラス程度には格上げしてもいいかもしれない。
しかし、読みがまだまだ浅い。
そう思った時だ。
「で、その王国との婚儀の話はいかがなったのですか?」
「何?
お前がまだ殿下と呼ばれている時点で気づかんのか?」
「あれは受理されたはず、だから新たにユニスを立てたのでは?
そのまま戦功を挙げさせ、父上の側室でしょう?
俺の子が育つまでの簡易的な女帝扱いで裏には父上がいる。
そのような図式では?
まあ、そうなればニーエや我が子には恨まれるでしょうがな、ユニスが‥‥‥。
都合よく利用された、と」
そこまで分かっていながら、なぜもっと深くを見れないのか。
伯爵は頭を抱えた。
「いまのエシャーナとハーベストの軍はお前が指揮したこと以外に誰が正当だと考えるお思う?
ユニスは単なるお飾り。三角洲への王国陸軍の目を向けさせるための策略。
誰でもそう考えるわ。
王室との婚儀か?
格下げになったから断るそういう言い訳をする予定だったようだがな。
旗印がいるのだ。あちらが用意したのは公爵家令嬢。
一度王室に入れてからの王女として送り出したかったようだが‥‥‥。
それでは受け入れん、そう陛下が断ったら三角洲からまだ帝国が軍を引かぬことを理由に、開戦となったわ。
そろそろ、海軍がそれぞれ港を出る頃ではないのか?
グレン、いやイズバイアよ。
もう教えれるのはここまでだ。
エシャーナ侯たちやユニス様と合流するもよし、王国海軍をお前一人で迎え撃つのもよし。
この国境付近に迫る、枢軸二万を一人で相手をするもよし。
魔導の腕だけは王国・帝国でも五指に入るではないか。
鳩やカラスからさっさと鷹に戻ってはどうだ?
黒はその上を行こうとしているぞ?」
ーーユニス様とニーエ様。どちらを取るのだ?
旨味のない話をなぜ、ユニス様が受け入れたのか分からんのか?
お前たち親子に、下手をすれば恨まれることもあるのに。
婚約の返上までして、腹いせに帝位継承権を受け取る。
そう思えるのか?
そう言いたかったが、そこは本人が気づかなければ意味がない。
まったく陛下といい宰相殿といい、エシャーナといい。
損な役回りを今回はこっちに押し付けて来て!
伯爵は胃が痛くなりそうだった。
グレンが挨拶もそこそこに立ち去った後、転移魔導で姿を消したが跡を追えない。
こんなことは初めてだ。ただ、北へ行ったのは確かだ、と。
そんな部下からの報告を聞いて、ようやく鷹が目を覚ましたかと伯爵はため息をつき笑っていた。
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家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
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