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第四章 動乱の世界

第六十七話 不敵な女王

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 ユニスが帝国重鎮たちの前で宝珠の連絡を絶ち、悲しみからどうにか抜け出そうとしていた頃。
 宰相ユンベルト以下の、皇帝陛下という名前のいけにえを差し出してその難を逃れた面々は別室に再度集まって綿密な打ち合わせに入っていた。
 普段、物静かな皇后が不機嫌になることがたまにある。
 こういう時は、さっさと逃げないとひどい目に巻き込まれることを彼らは熟知していた。
「そろそろ、陛下の言い訳が始まる頃ですかな?」
「いや、もう今回は懐剣で討たれている可能性も‥‥‥」
「そうなると、初の女帝君臨か」
「いやはや、あの御方も女性問題にだけは厳しいですからなあ」
「それもこれも、陛下がそなた意外には興味がない、などと言って口説いたからーー」
「まるで、いまのグレン殿下ですな‥‥‥」
「さて、御一同。
 そのグレン殿下だが目下のところ、消息がわかりません。
 しかし、行き先は目星がつきますな」
 そろそろ、話を進めよう、そう宰相が話を切り出す。
「行くとすれば、あの黒の父親のところだろう?
 どうせ、この会の通話も筒抜けじゃわい」
 そう言ったのはグレイシー提督だ。
 まだ闇の牙を裏で取り仕切る、ルサージュ伯への信頼の証でもあった。
「多分、そうでしょうな。
 陛下も可哀想に。どうせ、宰相殿が伝える前に、あれから皇后様にーー」
 これは南の大公の発言。
「まあ、それもこの帝国の中だけのこと。で、殿下の帝位継承と女大公の帝位継承。
 どちらを取りますかな?」
 そうユンベルトは全員に問いかけた。
 旗印をどちらに持たせるか、とそういう意味だった。
「そのまま、両方でよかろう」
「と、いいますと提督?」
「女大公殿下には三角洲と枢軸の南下を。
 皇太子殿下には、南と北の連合で法王猊下の勢力を削ぐ。
 その構えの方が、三国間ですんなりと見解が立ちやすい。
 王国はそのまま、弱いと見くびり三角洲へと陸軍を入れるだろう。
 その際に、あの第四王子の海軍が兵を輸送するかどうか。
 問題はそこだ」
「提督はどうお考えで?」
「わしがあの王子なら、まず誰も信用せん。
 寝首をかかれるかもしれん、陸軍。
 ましてや前大公が手塩にかけて育てたあの銀鎖を解体したのだ。
 相当な恨みを王国内部で買っているはず。直接、シェス大河と外洋域がぶつかるところまでくるだろう」
 なるほど、それはあり得る話だ。そう宰相は考えた。
「そうなると、どの師団が三角洲に来るかですな」
「いや、それは来ないと思いますな。
 いま駐屯している王国軍は報告によると約一万。
 それも、内陸へと撤退しているとか」
 三角洲を重点的に守っている赤の団長が声を上げる。
「撤退‥‥‥?
 それはつまり、帝国本土への上陸には興味がない、と?」
 宰相が疑問を発した。
「そこまでは断言はできませんが、あそこは銀鎖の、あれですよ。
 女大公殿下がもたれている領土以外、王国国営軍。
 つまり、王都防衛の主力部隊でしたからな。
 枢軸は西も東にも領土を持ちます。そして、海軍はそのまま我が帝国海軍を撃破したあとーー
 南方への拠点作りに北の大公家を狙うでしょうな。
 そのための、南方大陸との共同作戦とも見えます」
「北にまでは陸軍を行かせるにはまず帝都、そしてハーベスト大公領、その中間には平原。
 距離が伸びすぎて自滅する恐れがある。
 その為の王都防衛か。では、王都周辺に集めてからの艦船の半数でも戻しての輸送を考える。
 そんなところですか。
 つまり、内湾にある三角洲は広すぎて管理に困る、と」
 提督が多分、と言いながら、
「しかし、あの王子は抜け目がない。
 自ら指揮に乗り出すだろうな。
 船の中が一番安全だ。負ければ東の城塞都市まで引き返しそこで指揮を執るだろう。
 どちらにしても王国陸軍は外れクジしか引けない訳だ。
 王都にあれに逆らうものがもうおらんからなあ。
 いても僻地へ飛ばされとる。あの蛮行のせいでな」
「フレゲード侯爵子息殿ですな。
 いまは確か、アンバス子爵となって北に追いやられたとか」
 宰相が呟くように漏らす。
「まあ、あの辺りは王国に任しましょう。
 なにせ、神聖ムゲール王国国王はまだ在席ですからな。
 第四王子の傀儡、操り人形だとしても‥‥‥」
 東の大公がそれよりも枢軸を考えよう、そう続けて言う。
 彼らの話は対枢軸についての流れになったが、誰もユニスの本心を見抜けていなかった。

 
 ハーベスト大公城を通過して、三角洲の領地へとユニスの乗る船が着いたのはその少し後の事だ。
「陛下、いえもはや殿下とお呼びすべきなのか。
 こう短期間にいろいろと変わると、商人としては戸惑いますな」
 船長はユニスが帝位継承権の候補を受ける。
 そう、帝国の公布に対して正式な回答をしたあとにそう発言した。
「でも、船長。
 いま帝国内で一番早い情報を得ているのは船長ではないのですか?」
 そう言われると船長も汗をかくしかない。
「今まで通り、公女でも姫様でも構いません。
 公式の場で、殿下をつけて頂ければ」
 そうユニスは少しばかり泣きはらした目をしていたが、毅然として上陸していた。
 その傍にはシェイルズ以下、乗船していた数十名の闇の牙の騎士たちがつき従う。
 そして、ラズ高家の双子とその息子も、共に下船していた。
 仮にと用意された兵舎の奥で、ユニスは主要な面々と会議を始める。
 そこには、宝珠を経由してラサージュ伯とエシャーナ侯の姿もあった。
「では帝国のあの方々もわたしの目的は誰も気づいていられないと、そう言われますか?
 ラサージュ伯爵」
 グレンと会う数時間前のこの会合でルサージュ伯はユニスの本心を知ることになる。
「そうですな、殿下。
 まだ、帝国のバカの会とは大っぴらには言えませんが。
 あの半島を狙っているとは思っていない様子。
 その三角洲からも王国陸軍はどんどんと数を減らしております。
 どうされますか、エシャーナ侯?」
 そう、話を振ってみるが父親は王となった娘の軍略を知りたいらしい。
「殿下にお任せします」
 そう言って黙ってしまった。
「わたしはこれを機に、一つ、王国側にも波紋を投げかけたいと思います」
 この発言には全員が微妙な反応をした。
 あの半島を奪う以外にどんな波紋を起こすというのか。
 そんな顔だった。
「その前に、あの方々をここへ」
 そう命じられて近習が案内したのは別室に待たされていたラズの三人だった。
 双子の姉のライナは不機嫌過ぎて話をする気になれない。
 ニーエはとにかく、息子を守りたい。
 そしてその息子のエリオス。彼は何かを言いたいようにユニスには見えた。
「エリオス様、何か?」
 あくまでも道具として利用しますよ、そんな冷たい態度をユニスは貫いていた。
 自分の涙は最後に流そう。そう決めたからだ。
「ハーベスト女大公殿下に‥‥‥お話したいことがあります」
「殿下だけでいいですよ、エリオス様。
 では、伺いましょう」
 しかし、彼は首をふって二人だけで話がしたい。
 五歳児とは思えないほどの意思の強い瞳でそう願い出た。
 シェイルズが部下に彼が懐剣などを隠し持っていないかを確認させ、室内は二人だけになる。
「どうぞ、お座りを、エリオス様」
 ユニスは向かいの椅子に彼を誘った。
「それでは、お伺いしましょう。何を申されたいと?」
 少年は迷ったような顔を見せ、それから思い切って正直な質問を投げかけた。
「父上様を。わたしはまだ知りません。
 母上と産まれてずっと二人でした‥‥‥殿下、あなたは父上から婚約を受けそれを戻されたと。
 そう聞きました、なのにわたしや母上をかくまう理由は何ですか?」
 と。
 ユニスはあくまで形式的な返事を返した。
「エリオス様。あの三角洲と我が大公家の領地の一部がこの戦いの後、あなた様の領地となります。
 その後は、このユニスの帝位継承権をこれは誰にも言わないで頂きたいですが。
 返上することになるでしょう。言わなくとも皆が知っていますが。
 その後、殿下、そうグレン皇太子殿下はまだ皇太子殿下のままです。
 この武功を手に皇帝になられます。このユニスはそのための単なる飾り物。
 そして、あなた様は第五の王家。大公家を名乗れるようになりますよ。
 何か不満でも?」
「はい、とても不満です」
「どのような点が不満なのですか?」
 少年は困ったような顔をする。言うべきかどうか迷っている。
 そんな顔だ。声をかけるべきかどうか。ユニスは迷っていた。
 先に口を開いたのはエリオスだった。
「母上様はもう死にたい、と。
 父上のご負担になるようならば辛いと、そう申しています。
 わたしも、会ったとこのない父上よりも母上が大事です。
 あの優しかった祖父も、母上に死ねとそう命じられました。
 もう、こんな家族は欲しくはありません。それでも、殿下はわたしに王になれ。
 そう言われるのですか?」
 ユニスは寂しそうに微笑んで、一言だけを告げた。
「あなたが王になった後、何をしたいかを御自身で選び帝国全てを変えることもできますよ?」
「殿下、そんな質問をしているのではありません」
 ユニスはこの返事に戸惑いを感じた。
 この少年に何かを知られている。そんな気がしたのだ。
「では、何を知りたいのですか?」
「王になれ、そう言われるのであれば、母と叔母様を。必ず最後まで守って下さい。
 それがわたしの願いです、殿下」
「わたしが出来る範囲で。それをかなえましょう、エリオス様」
 それを聞いて少年は満足したのか部屋を退室しようとし、ふと思い出しかのように振り返る。
「殿下、最後に一つ宜しいですか?」
 ユニスはどうぞ、と告げる。
「母は父上をもう、望んではいないでしょう。
 産まれてこの数年ですが、父上の話は出て来ませんでした。
 寂しそうに泣いていましたから‥‥‥殿下は、まだ父上を愛していますか?」
 胸に言葉がナイフとなって突き刺さる。その質問は、女大公という仮面を見事に砕いていた。
「それは・・・・・・申し上げられません、エリオス様」
 少年は目の前で涙を流す女大公の素顔を見て、何かを決めたようだった。
「殿下」
「なんでしょう?」
「王になり、母を守ります。でも、父は死にました。
 わたしはそう思うことにします。叔母と母はわからないですけど‥‥‥。
 父上を、いえ、グレン皇太子殿下を‥‥‥忘れないであげて下さい」
 子供に全てを見抜かれていた。その現実がユニスには何よりもつらかった。
 あなたを恨みません、そう言われているようで。

 エリオスの退室後、ユニスは今までよりも存在を増したようにシェイルズには感じれた。
「宰相、お願いがあります」
 お願い?
 今度はどんな攻め手を考えたのか。シェイルズは楽しそうに返事をする。
「なんなりと、女王陛下」
 ユニスはうなづき、彼に命じた。
「元フレゲード侯爵子息シルド様とその妻エイシャを探してください」
 と。

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