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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~
第五十九話 南方大陸の隠された秘密 4
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いきなりのエイシャの行動に、双子の姉妹はきょとんとしてしまう。
何を言いだすのか、この女主人は。
そんな顔だった。
「奥様?
リザが生還したあとにまだそんな悪いご冗談を‥‥‥」
怯える妹を庇うようにして、リムは身を前に乗り出しエイシャに抗弁する。
「おやめください、奥様‥‥‥」
「やめないわよ?
やめる理由なんてないでしょ、リム?
あなた、気づいてないと思っているの?」
エイシャは演技が上手なのは姉だけかしら?
そう、リザに冷ややかな視線を向ける。
「食事、先にしたそうね、リザ?
なのにリムよりも多く食べるなんて‥‥‥獣人の子供はそれほどに大く食するものなの?
それとも――何も食べずにあんなことをさせられたの?」
いいえ、従ってしたのかしら?
エイシャは面白そうに、リムの側にきてそうささやいていた。
「‥‥‥そろそろ、ご冗談では済まなくなりますよ。
奥様‥‥‥」
ああ、出た。
その音、その音よ。
あの時、もそう。
ダリアに命じた時、その音だった。
「獣人って便利ね、リムにリザ?
どこからその吃音のような音を発しているの?」
近づき、至近距離でエイシャはリムの頬を撫でてやる。
その間にも、二度、三度と舌打ちのような音が彼女から発せられていた。
「ねえ、リム。
もしだけど、外に向けているのなら無駄よ?
この部屋の音は完全に封じられているの。
出ることも、開けることも敵わないわ。
外からも内からもね。
ふうん‥‥‥ここかしら?
あなたも犬のように撫でられたら喉を見せるの?」
エイシャはその掌全体でリムの喉元を撫でていた。
はっとなり逃げようとするリムだったが‥‥‥
「動くとその首が飛ぶわよ?
ねえ、リザ?」
いつの間にか、妹の後頭部には‥‥‥エイシャの片方の手が持つ剣先がそっと置かれていた。
姉の喉元に置かれたその手が、喉笛よりももう少し下。
ああ、これね?
ここで鳴らしているのね?
そう、エイシャが言った時、その手は獣人ほどではないが伸ばされた爪先を獣人特有の器官に軽く突き立てるようにー‥‥‥
「分かるわよね、リム?
従うか従わないかはどうでもいいの。
いつでも殺せるわよ?
家来に命じれば、二人分の調理なんて簡単だもの。
ねえ、リザ?
フェルナンドはあなたに‥‥‥あまりにも優しいようね?」
「‥‥‥っ!!」
そうエイシャが言った時。
その顔めがけて、リムの爪が走っていた。
近づきすぎですよ、奥様――
この至近距離、殺せないはずがない。
所詮、人間程度‥‥‥!!
その慢心がリムの行動を遅らせた。
リムの爪がほぼ、ソファーの側面から背面へと移動していたエイシャの顔面とその喉を狙った時。
「ぐっ!!?」
リムは己の首にとてつもない重しを載せたような感覚に陥っていた。
爪は虚空を裂くが、そこにエイシャはいない――
「ねえ、リム。
言ったはずよ‥‥‥いつでも殺せるって。
覚えておきなさい?」
妹に向けられたはずの剣先が、いつの間にかその刃を自分の喉元にやって来ていることにリムは恐怖を感じた。そして、目の端に映ったそれを見て単なる勘違いだということに気づく。
「鞘――!!?
バカにしてっ!!」
エイシャは単純に剣を捨てその手でリムの首に鞘を差し込むと、そのまま、宙に浮いただけに過ぎなかった。
自然とリムの首は鞘の両端をもって沈むエイシャの体重で締まることになる。
だが、この程度の重さを跳ねのけれない彼女ではなかった。
「あら、危ないっ」
リザがそこにエイシャを狙い、その爪先で一番近いもの。
エイシャの左手を切り裂こうと凶器を閃かせるが、その時はエイシャはもういない。
するりと、片手を放すと鞘を回収してソファーから部屋の入り口へと転がっていた。
「人間のメスのくせに!!」
そんな怒声を発したのは意外にもリザだった。
へえ‥‥‥面白いわね。
この子、あの涙もおしとやかさも全部、表の顔なんだ?
「あら、リザ?
だめじゃないの‥‥‥主人に対してそんな口の利き方をするなんて。
それともあれかしら?」
転がった勢いを利用してエイシャは鞘に剣を戻すと、ゆらりと立ち上がる。
双子にはその様がまるで戦いをするはずなのになにか隠しているようで不気味なものに思えてならなかった。
「それとも、なんですか、奥様!?
リムにこんな仕打ち‥‥‥許さない!!」
戦闘態勢?
双子が床に四つん這いになり、牙をむくさまはまるで野生の狼そのものに見えた。
厄介ね‥‥‥
エイシャは心の中で舌打ちする。
狼は群れで狩りをするからだ。
ちらりと天井を見上げると、この距離なら易々とわたしを跳び越えてくるかもしれない。
「挟撃は‥‥‥遠慮したいわね」
そう呟いたのを聞き取ったのか、リムが例の舌打ちを発した。
リザは同意を返すものなのか、それとも従うだけなのか。
音は鳴らさずに、唸り声でそれに応えていた。
司令塔はあくまで姉、そういうこと?
ダリアがいなくて良かったわ‥‥‥
エイシャは心の中でシルドを呼びたかった。
一人で獣人相手に戦う?
それも、自分と年齢が変わらないといえ――
「お父様の引退を早めたそんな種族と娘のわたしも対決するなんて‥‥‥」
なんて因果なものかしら。
そして、エイシャはあることにも気づいていた。
エシャーナ公がまだ伯爵だった頃。
あのフェルナンドも同じ青い狼師団でいたのだ、と。
「裏切り者はこんな近くにいたのねー‥‥‥」
つながってきた短い複雑に入り組んだ糸が少しだけ解けた気がしたエイシャは、ならそれを解きほぐすのも娘の役割ね。
そう心で決めると、目の前に迫る野生の凶器とさてどうしたものかと頭を回転させる。
挟撃か、二段階の攻撃か。
どちらかしら?
それとも、左右から来る?
時間差で?
そこまで思考を巡らせているうちにエイシャの心に湧き上がる一つの答え。
――どうでもいいじゃない‥‥‥そんなこと。
考えすぎて全身に力が入り過ぎている。
恐怖に耐えようとして、息が荒くなっている。
シルドを呼びたくて逃げ出したくてー‥‥‥心が叫んでいる。
「うるさいわよ、エイシャ‥‥‥」
男だから勝てた?
お父様だからあの戦線で勝てた?
関係ないわ、そんなもの。
相手は野生の獣じゃない。
人間の知能を持ち、少しばかり優位な肉体を持つだけの‥‥‥獣人。
わたしは単なる下等生物?
冗談じゃない。
シルドは一人で戦っている。
なら、これはわたしの戦いよ‥‥‥
「さあ、来なさい。
エシャーナの剣士の刃、受けてみたいならね!!」
待つなんて嫌いだ。
エイシャは走り出す、柄先に手を当てその刃を鞘に収めたまま。
するべきことは殺し合いではない。
この獣人たちを従える事!!
エイシャに合わせるように双子の姉妹は距離をおいて標的を仕留めようと動き出す。
その一歩は人間の十歩にも勝る。
その速度は人間の視野では追いかけられない。
だからどうしたの?
こちらから仕掛けて、負ける道理がある?
相対するのはー‥‥‥どちらも変わらないわよ。
エイシャの剣は解き放たれた。
エイシャは弧を描く。まるでその身を中心に半円の何かがあるように。
リザの突進を受け、その矛先が彼女の圏内に達した時。
「遅い」
相手に身を預けるようにして勢いを増す彼女に不意の衝動を感じたのは――リザの方だった。
何かが違う。その異変に気付いたときには既に遅かった。
鼻先に投げ込まれるエイシャの鞘に、リザは急激な方向転換を余儀なくされそうになる。
「このっ!!」
それを跳ね飛ばした瞬間、エイシャの姿が視界から消えていた。
「―えっ!?」
そんな言葉が出るのも束の間、エイシャの剣先はリザの両脚のすねを深く切り裂いていた。
「あうぐっ!!」
悲鳴なんてあげるんじゃないわよ、戦士なら!!
深く沈み込んだその身体から、シルドに教えられた獣人の下腹部へと容赦のない打ち込みが入る。
リザは内臓のどこかが破裂した音を脳裏で聞きー‥‥‥その身体を後方へと投げ飛ばされてリムの眼前から消えた。
「リザーーーーっ!!?」
よくその態勢で叫べるわね?
そう呆れてもの言わぬ肉体と化したリザの尾をエイシャは引き上げる。
「リム、良く見ておきなさい。
逆らえばこうなるってね?
先に食糧になるのはやっぱり妹かしら?」
そう言い、もう片方の手にある剣先を一閃‥‥‥
「そんな、あんたなんて‥‥‥ひどいことをー‥‥‥」
ひどい?
これが?
ただ、尾を切り取っただけじゃない。
誰よ、殺しにかかってきてるのは。
「いいマフラーになりそうね、リザ?
茶色の毛皮、後からはいであげるから寝ていなさい。
さ、次は朱い毛皮ね?
リム、覚悟はいい?」
その挑発に、リムの唸り声の質が変わる。
ああ‥‥‥本気だわ。
シルド、ちゃんとダリアの懐柔できてるかしら?
フェルナンドのこと気づいてる、旦那様?
エシャーナの剣は閃きの剣。
エシャーナの剣は揺らめきの中にその真価を発揮する。
お父様、お母様を射止めたその剣の見事さ。
お父様、その半身に怪我を負ってすらも敵に抗い、仲間を救ったこの剣。
いま、エイシャが‥‥‥受け継ぎますわ――
そうして‥‥‥一匹の朱い獣と黒髪の女剣士は激突する。
互いの意地と命を賭けて‥‥‥
「ねえ、シルド。
入っていいかしら?」
その後しばらくしてのことだった。
シルドはダリアとフェルナンド相手に食事の席を囲み、ただひたすらに妻を待っていた。
彼女の決意と、閃光と謳われたあの剣技を信じて。
すくなくともあの晩。
あのどうしようもない余興を演じたあの夜。
まだ婚約者でもなかったシルドがエイシャに放った狂気の一撃は‥‥‥一切の手心を加えていなかった。
もし、これで死ぬなら自分も死のうとそう肚を括った一撃を、当時まだ伯爵だった義理の父親はやすやすと跳ねのけて娘を凶刃から救ったのだ。
そして、彼女はやってきた。
「ああ、いいともー‥‥‥」
こちらから開けるまでもなくひらいたその扉の奥にある妻を見てシルドは絶句する。
「良い夜ね、ダリアにフェルナンド。
血で血を洗うには、最高の夜だったわ?」
そう高らかに笑い、エイシャはフェルナンドに二頭の朱と茶色の尾を叩きつけてやる。
全身を、リムの真っ赤な返り血で染め上げたその様は、まさしく‥‥‥真紅の女帝と呼ぶにふさわしいものだった。
何を言いだすのか、この女主人は。
そんな顔だった。
「奥様?
リザが生還したあとにまだそんな悪いご冗談を‥‥‥」
怯える妹を庇うようにして、リムは身を前に乗り出しエイシャに抗弁する。
「おやめください、奥様‥‥‥」
「やめないわよ?
やめる理由なんてないでしょ、リム?
あなた、気づいてないと思っているの?」
エイシャは演技が上手なのは姉だけかしら?
そう、リザに冷ややかな視線を向ける。
「食事、先にしたそうね、リザ?
なのにリムよりも多く食べるなんて‥‥‥獣人の子供はそれほどに大く食するものなの?
それとも――何も食べずにあんなことをさせられたの?」
いいえ、従ってしたのかしら?
エイシャは面白そうに、リムの側にきてそうささやいていた。
「‥‥‥そろそろ、ご冗談では済まなくなりますよ。
奥様‥‥‥」
ああ、出た。
その音、その音よ。
あの時、もそう。
ダリアに命じた時、その音だった。
「獣人って便利ね、リムにリザ?
どこからその吃音のような音を発しているの?」
近づき、至近距離でエイシャはリムの頬を撫でてやる。
その間にも、二度、三度と舌打ちのような音が彼女から発せられていた。
「ねえ、リム。
もしだけど、外に向けているのなら無駄よ?
この部屋の音は完全に封じられているの。
出ることも、開けることも敵わないわ。
外からも内からもね。
ふうん‥‥‥ここかしら?
あなたも犬のように撫でられたら喉を見せるの?」
エイシャはその掌全体でリムの喉元を撫でていた。
はっとなり逃げようとするリムだったが‥‥‥
「動くとその首が飛ぶわよ?
ねえ、リザ?」
いつの間にか、妹の後頭部には‥‥‥エイシャの片方の手が持つ剣先がそっと置かれていた。
姉の喉元に置かれたその手が、喉笛よりももう少し下。
ああ、これね?
ここで鳴らしているのね?
そう、エイシャが言った時、その手は獣人ほどではないが伸ばされた爪先を獣人特有の器官に軽く突き立てるようにー‥‥‥
「分かるわよね、リム?
従うか従わないかはどうでもいいの。
いつでも殺せるわよ?
家来に命じれば、二人分の調理なんて簡単だもの。
ねえ、リザ?
フェルナンドはあなたに‥‥‥あまりにも優しいようね?」
「‥‥‥っ!!」
そうエイシャが言った時。
その顔めがけて、リムの爪が走っていた。
近づきすぎですよ、奥様――
この至近距離、殺せないはずがない。
所詮、人間程度‥‥‥!!
その慢心がリムの行動を遅らせた。
リムの爪がほぼ、ソファーの側面から背面へと移動していたエイシャの顔面とその喉を狙った時。
「ぐっ!!?」
リムは己の首にとてつもない重しを載せたような感覚に陥っていた。
爪は虚空を裂くが、そこにエイシャはいない――
「ねえ、リム。
言ったはずよ‥‥‥いつでも殺せるって。
覚えておきなさい?」
妹に向けられたはずの剣先が、いつの間にかその刃を自分の喉元にやって来ていることにリムは恐怖を感じた。そして、目の端に映ったそれを見て単なる勘違いだということに気づく。
「鞘――!!?
バカにしてっ!!」
エイシャは単純に剣を捨てその手でリムの首に鞘を差し込むと、そのまま、宙に浮いただけに過ぎなかった。
自然とリムの首は鞘の両端をもって沈むエイシャの体重で締まることになる。
だが、この程度の重さを跳ねのけれない彼女ではなかった。
「あら、危ないっ」
リザがそこにエイシャを狙い、その爪先で一番近いもの。
エイシャの左手を切り裂こうと凶器を閃かせるが、その時はエイシャはもういない。
するりと、片手を放すと鞘を回収してソファーから部屋の入り口へと転がっていた。
「人間のメスのくせに!!」
そんな怒声を発したのは意外にもリザだった。
へえ‥‥‥面白いわね。
この子、あの涙もおしとやかさも全部、表の顔なんだ?
「あら、リザ?
だめじゃないの‥‥‥主人に対してそんな口の利き方をするなんて。
それともあれかしら?」
転がった勢いを利用してエイシャは鞘に剣を戻すと、ゆらりと立ち上がる。
双子にはその様がまるで戦いをするはずなのになにか隠しているようで不気味なものに思えてならなかった。
「それとも、なんですか、奥様!?
リムにこんな仕打ち‥‥‥許さない!!」
戦闘態勢?
双子が床に四つん這いになり、牙をむくさまはまるで野生の狼そのものに見えた。
厄介ね‥‥‥
エイシャは心の中で舌打ちする。
狼は群れで狩りをするからだ。
ちらりと天井を見上げると、この距離なら易々とわたしを跳び越えてくるかもしれない。
「挟撃は‥‥‥遠慮したいわね」
そう呟いたのを聞き取ったのか、リムが例の舌打ちを発した。
リザは同意を返すものなのか、それとも従うだけなのか。
音は鳴らさずに、唸り声でそれに応えていた。
司令塔はあくまで姉、そういうこと?
ダリアがいなくて良かったわ‥‥‥
エイシャは心の中でシルドを呼びたかった。
一人で獣人相手に戦う?
それも、自分と年齢が変わらないといえ――
「お父様の引退を早めたそんな種族と娘のわたしも対決するなんて‥‥‥」
なんて因果なものかしら。
そして、エイシャはあることにも気づいていた。
エシャーナ公がまだ伯爵だった頃。
あのフェルナンドも同じ青い狼師団でいたのだ、と。
「裏切り者はこんな近くにいたのねー‥‥‥」
つながってきた短い複雑に入り組んだ糸が少しだけ解けた気がしたエイシャは、ならそれを解きほぐすのも娘の役割ね。
そう心で決めると、目の前に迫る野生の凶器とさてどうしたものかと頭を回転させる。
挟撃か、二段階の攻撃か。
どちらかしら?
それとも、左右から来る?
時間差で?
そこまで思考を巡らせているうちにエイシャの心に湧き上がる一つの答え。
――どうでもいいじゃない‥‥‥そんなこと。
考えすぎて全身に力が入り過ぎている。
恐怖に耐えようとして、息が荒くなっている。
シルドを呼びたくて逃げ出したくてー‥‥‥心が叫んでいる。
「うるさいわよ、エイシャ‥‥‥」
男だから勝てた?
お父様だからあの戦線で勝てた?
関係ないわ、そんなもの。
相手は野生の獣じゃない。
人間の知能を持ち、少しばかり優位な肉体を持つだけの‥‥‥獣人。
わたしは単なる下等生物?
冗談じゃない。
シルドは一人で戦っている。
なら、これはわたしの戦いよ‥‥‥
「さあ、来なさい。
エシャーナの剣士の刃、受けてみたいならね!!」
待つなんて嫌いだ。
エイシャは走り出す、柄先に手を当てその刃を鞘に収めたまま。
するべきことは殺し合いではない。
この獣人たちを従える事!!
エイシャに合わせるように双子の姉妹は距離をおいて標的を仕留めようと動き出す。
その一歩は人間の十歩にも勝る。
その速度は人間の視野では追いかけられない。
だからどうしたの?
こちらから仕掛けて、負ける道理がある?
相対するのはー‥‥‥どちらも変わらないわよ。
エイシャの剣は解き放たれた。
エイシャは弧を描く。まるでその身を中心に半円の何かがあるように。
リザの突進を受け、その矛先が彼女の圏内に達した時。
「遅い」
相手に身を預けるようにして勢いを増す彼女に不意の衝動を感じたのは――リザの方だった。
何かが違う。その異変に気付いたときには既に遅かった。
鼻先に投げ込まれるエイシャの鞘に、リザは急激な方向転換を余儀なくされそうになる。
「このっ!!」
それを跳ね飛ばした瞬間、エイシャの姿が視界から消えていた。
「―えっ!?」
そんな言葉が出るのも束の間、エイシャの剣先はリザの両脚のすねを深く切り裂いていた。
「あうぐっ!!」
悲鳴なんてあげるんじゃないわよ、戦士なら!!
深く沈み込んだその身体から、シルドに教えられた獣人の下腹部へと容赦のない打ち込みが入る。
リザは内臓のどこかが破裂した音を脳裏で聞きー‥‥‥その身体を後方へと投げ飛ばされてリムの眼前から消えた。
「リザーーーーっ!!?」
よくその態勢で叫べるわね?
そう呆れてもの言わぬ肉体と化したリザの尾をエイシャは引き上げる。
「リム、良く見ておきなさい。
逆らえばこうなるってね?
先に食糧になるのはやっぱり妹かしら?」
そう言い、もう片方の手にある剣先を一閃‥‥‥
「そんな、あんたなんて‥‥‥ひどいことをー‥‥‥」
ひどい?
これが?
ただ、尾を切り取っただけじゃない。
誰よ、殺しにかかってきてるのは。
「いいマフラーになりそうね、リザ?
茶色の毛皮、後からはいであげるから寝ていなさい。
さ、次は朱い毛皮ね?
リム、覚悟はいい?」
その挑発に、リムの唸り声の質が変わる。
ああ‥‥‥本気だわ。
シルド、ちゃんとダリアの懐柔できてるかしら?
フェルナンドのこと気づいてる、旦那様?
エシャーナの剣は閃きの剣。
エシャーナの剣は揺らめきの中にその真価を発揮する。
お父様、お母様を射止めたその剣の見事さ。
お父様、その半身に怪我を負ってすらも敵に抗い、仲間を救ったこの剣。
いま、エイシャが‥‥‥受け継ぎますわ――
そうして‥‥‥一匹の朱い獣と黒髪の女剣士は激突する。
互いの意地と命を賭けて‥‥‥
「ねえ、シルド。
入っていいかしら?」
その後しばらくしてのことだった。
シルドはダリアとフェルナンド相手に食事の席を囲み、ただひたすらに妻を待っていた。
彼女の決意と、閃光と謳われたあの剣技を信じて。
すくなくともあの晩。
あのどうしようもない余興を演じたあの夜。
まだ婚約者でもなかったシルドがエイシャに放った狂気の一撃は‥‥‥一切の手心を加えていなかった。
もし、これで死ぬなら自分も死のうとそう肚を括った一撃を、当時まだ伯爵だった義理の父親はやすやすと跳ねのけて娘を凶刃から救ったのだ。
そして、彼女はやってきた。
「ああ、いいともー‥‥‥」
こちらから開けるまでもなくひらいたその扉の奥にある妻を見てシルドは絶句する。
「良い夜ね、ダリアにフェルナンド。
血で血を洗うには、最高の夜だったわ?」
そう高らかに笑い、エイシャはフェルナンドに二頭の朱と茶色の尾を叩きつけてやる。
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