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「……はあ。カイン様、今なんとおっしゃいました? 私の聞き間違いでなければ、『外交問題の最前線で毒を吐いてこい』という、国家レベルの無茶振りをされたように聞こえたのですけれど」
騎士団詰所の応接室。
私はカイン様から手渡された、これ以上なく豪華な招待状を眺めて溜息をつきました。
カイン様は相変わらずの鉄面皮で、しかしどこか「これを楽しんでいる」ような瞳で私を見つめています。
「無茶振りではない。適材適所だ、エリー。隣国ガレット王国の第一王子、レオン殿下が来訪される。彼は退屈を何より嫌う御仁でな。王宮の儀礼的な歓迎に、すでに欠伸を噛み殺しているという報告が入っている」
「それで、私に『お笑い担当』として道化を演じろと? 判定、入りますわよ。カイン様、私の価値を低く見積もりすぎてはいませんか? 私の実況は、笑いだけでなく、真実を暴く鋭利な刃でもあるのですわ」
「分かっている。だからこそ、貴殿なのだ。……陛下からの直命だ。殿下とマリア嬢の接待を『実況』し、場を盛り上げつつ、レオン殿下の機嫌を損ねないようにコントロールしてほしい」
「……なるほど。つまり、あのスカポンタンな二人組がやらかす失態を、私のツッコミで『演出』に変えろということですわね。……いいでしょう、その無理難題、受けて立ちますわ!」
私は不敵に笑い、ドレスではなく監察官補佐としての「動きやすい礼装」に袖を通しました。
晩餐会の会場。
中央には、金髪をなびかせた精悍な若者、レオン王子が座っていました。
その表情は、カイン様の言う通り「あー、またこの形式的な挨拶か、帰って寝たいな」と顔に書いてあるほど退屈そうです。
対する我が国の接待役、ウィルフレッド王子は、鼻息荒くマリア様の腰を抱いて立っていました。
「レオン殿下、ようこそ我が国へ! 我が国の誇る『癒やしの聖女』マリアを紹介しましょう!」
「……はじめまして、レオン様ぁ。マリアです。あ、あの、緊張しちゃって、お鼻がムズムズしますぅ」
マリア様がわざとらしく首を傾げ、くしゃみをする寸前のような顔をしました。
レオン王子の眉が、ピクリと不快そうに動いたのを、私は逃しませんでした。
(はい、実況スタートですわ!)
私は会場の隅、柱の陰に設置された「実況席(という名の目立つポジション)」から声を張り上げました。
「はい、皆様ご注目! ただいま我が国のウィルフレッド殿下による、『外交のいろはを無視した、身内自慢』が開始されましたわ! 紹介の順番が、国情の説明より先に『愛人の可愛さアピール』から入るという、優先順位の崩壊点プラス一万点ですわ!」
会場が凍りつきました。
しかし、レオン王子だけが、弾かれたようにこちらに視線を向けました。
「……誰だ、今の声は」
「失礼いたしました、殿下。本日の公式実況・解説を務めます、エリーと申します。……マリア様、判定入りますわよ! その『鼻がムズムズ』という仕草、昨夜の鏡の前での練習時間が透けて見えますわ! でも残念! その角度では、鼻の穴が強調されて、聖女というよりは『食欲旺盛な子豚』に見えますわよ。減点五十点です!」
「ええっ!? 子豚!? ひどいですわ、エリー様!」
「ひどいのは、その外交の場に相応しくない、フリルだらけのドレスですわ! レオン殿下のガレット王国は、質実剛健な軍事国家。そんな甘ったるいお菓子のような服で現れるのは、相手の文化へのリサーチ不足を露呈しているようなものですわよ! 殿下、あなたのエスコート力も、泥沼の底に沈んでいますわね!」
ウィルフレッド王子が顔を真っ赤にして叫びました。
「え、エリー! 貴様、神聖な外交の場で何を不敬なことを!」
「不敬なのは、お客様を退屈させている、あなたのその『定型文だらけの挨拶』ですわ! さあ、レオン殿下、御覧なさい! 今の王子の顔。驚きと怒りで、特産の真っ赤なリンゴのようになっていますわよ。我が国の農業の豊かさを、顔色で表現するなんて、高度な外交テクニックですわね!」
すると、それまで仏頂面だったレオン王子が、突然、椅子を叩いて爆笑し始めました。
「ハハハハ! 面白い! おい、そこの女、もっと言え! こいつらの間の抜けた面を、もっと的確に言語化してくれ!」
「仰せのままに、殿下。……では、続いて料理の実況に移りますわね。王子、そのフォークの持ち方……!」
私はそこから二時間、一品ごとに運ばれる料理、王子の不手際、マリア様の天然ボケ、そして周囲の貴族たちの顔色までを、一切の容赦なく、かつ爆笑を誘うリズムで実況し続けました。
レオン王子は涙を流して笑い、ついには自分の隣の席を指差しました。
「エリーと言ったか。気に入ったぞ! お前、我が国に来ないか? 毎日その毒を聴けるなら、国政の退屈も吹き飛ぶというものだ」
(あら、またスカウトかしら?)
私はチラリとカイン様の方を見ました。
カイン様は、いつになく険しい表情で、レオン王子を睨みつけています。
「……殿下、冗談がすぎます。彼女は我が国の『宝』ですので、輸出の予定はございません」
カイン様が私の腰を引き寄せ、守るように前に立ちました。
判定。今のカイン様の独占欲、不意打ち点プラス五百万点ですわ。
「宝、か。なるほど、確かにこの鋭利な舌は、どんな宝剣よりも価値がある。……ウィルフレッド、お前はこんな素晴らしい女を捨てたのか? 本当に、この国の未来が心配になるな」
レオン王子の冷ややかな言葉に、ウィルフレッド王子は言葉を失い、金魚のように口をパクパクさせていました。
「……さて、本日の外交実況はこれにて終了ですわ。レオン殿下、お楽しみいただけましたかしら?」
「ああ、最高だった。……だが、カイン。お前がそんなに必死になるということは、彼女はただの『監察官』ではないようだな」
レオン王子は意味深に笑うと、上機嫌で席を立ちました。
大成功の晩餐会。
しかし、私の腕を掴むカイン様の力は、任務が終わっても緩むことはありませんでした。
(……あら、カイン様。そんなに強く握られたら、実況の内容が『騎士様の嫉妬爆発』に変わってしまいますわよ?)
私は内心でニヤリと笑いながら、新しい「獲物」……もとい、外交のネタを探して、瞳を輝かせるのでした。
騎士団詰所の応接室。
私はカイン様から手渡された、これ以上なく豪華な招待状を眺めて溜息をつきました。
カイン様は相変わらずの鉄面皮で、しかしどこか「これを楽しんでいる」ような瞳で私を見つめています。
「無茶振りではない。適材適所だ、エリー。隣国ガレット王国の第一王子、レオン殿下が来訪される。彼は退屈を何より嫌う御仁でな。王宮の儀礼的な歓迎に、すでに欠伸を噛み殺しているという報告が入っている」
「それで、私に『お笑い担当』として道化を演じろと? 判定、入りますわよ。カイン様、私の価値を低く見積もりすぎてはいませんか? 私の実況は、笑いだけでなく、真実を暴く鋭利な刃でもあるのですわ」
「分かっている。だからこそ、貴殿なのだ。……陛下からの直命だ。殿下とマリア嬢の接待を『実況』し、場を盛り上げつつ、レオン殿下の機嫌を損ねないようにコントロールしてほしい」
「……なるほど。つまり、あのスカポンタンな二人組がやらかす失態を、私のツッコミで『演出』に変えろということですわね。……いいでしょう、その無理難題、受けて立ちますわ!」
私は不敵に笑い、ドレスではなく監察官補佐としての「動きやすい礼装」に袖を通しました。
晩餐会の会場。
中央には、金髪をなびかせた精悍な若者、レオン王子が座っていました。
その表情は、カイン様の言う通り「あー、またこの形式的な挨拶か、帰って寝たいな」と顔に書いてあるほど退屈そうです。
対する我が国の接待役、ウィルフレッド王子は、鼻息荒くマリア様の腰を抱いて立っていました。
「レオン殿下、ようこそ我が国へ! 我が国の誇る『癒やしの聖女』マリアを紹介しましょう!」
「……はじめまして、レオン様ぁ。マリアです。あ、あの、緊張しちゃって、お鼻がムズムズしますぅ」
マリア様がわざとらしく首を傾げ、くしゃみをする寸前のような顔をしました。
レオン王子の眉が、ピクリと不快そうに動いたのを、私は逃しませんでした。
(はい、実況スタートですわ!)
私は会場の隅、柱の陰に設置された「実況席(という名の目立つポジション)」から声を張り上げました。
「はい、皆様ご注目! ただいま我が国のウィルフレッド殿下による、『外交のいろはを無視した、身内自慢』が開始されましたわ! 紹介の順番が、国情の説明より先に『愛人の可愛さアピール』から入るという、優先順位の崩壊点プラス一万点ですわ!」
会場が凍りつきました。
しかし、レオン王子だけが、弾かれたようにこちらに視線を向けました。
「……誰だ、今の声は」
「失礼いたしました、殿下。本日の公式実況・解説を務めます、エリーと申します。……マリア様、判定入りますわよ! その『鼻がムズムズ』という仕草、昨夜の鏡の前での練習時間が透けて見えますわ! でも残念! その角度では、鼻の穴が強調されて、聖女というよりは『食欲旺盛な子豚』に見えますわよ。減点五十点です!」
「ええっ!? 子豚!? ひどいですわ、エリー様!」
「ひどいのは、その外交の場に相応しくない、フリルだらけのドレスですわ! レオン殿下のガレット王国は、質実剛健な軍事国家。そんな甘ったるいお菓子のような服で現れるのは、相手の文化へのリサーチ不足を露呈しているようなものですわよ! 殿下、あなたのエスコート力も、泥沼の底に沈んでいますわね!」
ウィルフレッド王子が顔を真っ赤にして叫びました。
「え、エリー! 貴様、神聖な外交の場で何を不敬なことを!」
「不敬なのは、お客様を退屈させている、あなたのその『定型文だらけの挨拶』ですわ! さあ、レオン殿下、御覧なさい! 今の王子の顔。驚きと怒りで、特産の真っ赤なリンゴのようになっていますわよ。我が国の農業の豊かさを、顔色で表現するなんて、高度な外交テクニックですわね!」
すると、それまで仏頂面だったレオン王子が、突然、椅子を叩いて爆笑し始めました。
「ハハハハ! 面白い! おい、そこの女、もっと言え! こいつらの間の抜けた面を、もっと的確に言語化してくれ!」
「仰せのままに、殿下。……では、続いて料理の実況に移りますわね。王子、そのフォークの持ち方……!」
私はそこから二時間、一品ごとに運ばれる料理、王子の不手際、マリア様の天然ボケ、そして周囲の貴族たちの顔色までを、一切の容赦なく、かつ爆笑を誘うリズムで実況し続けました。
レオン王子は涙を流して笑い、ついには自分の隣の席を指差しました。
「エリーと言ったか。気に入ったぞ! お前、我が国に来ないか? 毎日その毒を聴けるなら、国政の退屈も吹き飛ぶというものだ」
(あら、またスカウトかしら?)
私はチラリとカイン様の方を見ました。
カイン様は、いつになく険しい表情で、レオン王子を睨みつけています。
「……殿下、冗談がすぎます。彼女は我が国の『宝』ですので、輸出の予定はございません」
カイン様が私の腰を引き寄せ、守るように前に立ちました。
判定。今のカイン様の独占欲、不意打ち点プラス五百万点ですわ。
「宝、か。なるほど、確かにこの鋭利な舌は、どんな宝剣よりも価値がある。……ウィルフレッド、お前はこんな素晴らしい女を捨てたのか? 本当に、この国の未来が心配になるな」
レオン王子の冷ややかな言葉に、ウィルフレッド王子は言葉を失い、金魚のように口をパクパクさせていました。
「……さて、本日の外交実況はこれにて終了ですわ。レオン殿下、お楽しみいただけましたかしら?」
「ああ、最高だった。……だが、カイン。お前がそんなに必死になるということは、彼女はただの『監察官』ではないようだな」
レオン王子は意味深に笑うと、上機嫌で席を立ちました。
大成功の晩餐会。
しかし、私の腕を掴むカイン様の力は、任務が終わっても緩むことはありませんでした。
(……あら、カイン様。そんなに強く握られたら、実況の内容が『騎士様の嫉妬爆発』に変わってしまいますわよ?)
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