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「……はあ。さすがの私も、全方位にツッコミを入れ続けて喉が渇きましたわ。カイン様、少しバルコニーで夜風に当たってまいります」
晩餐会の熱狂がピークを迎える中、私は一人、喧騒を離れて静かな回廊へと足を進めました。
実況無双でスッキリしたとはいえ、コルセットの締め付けと、披露した毒舌の総量を考えれば、私の脳内メモリも一時的なクールダウンを求めております。
しかし、世の中そう上手くはいきません。
人気のない回廊の影から、どす黒い殺意……いえ、知性の低そうな殺気が三つほど、私の進路を塞ぎました。
「……待ちやがれ、エリー・オルブライト。貴様のせいで、我が家の名誉はボロボロだ!」
現れたのは、先ほど金メッキのコインを晒し上げた侯爵の放った私兵、そして恥をかかされた若手貴族の生き残りたちです。
手には、お世辞にも手入れが行き届いているとは言えない鈍い光の短剣。
(はい、判定入りますわよ。……深夜の待ち伏せ、しかも多対一。戦術の姑息さ、マイナス一億点ですわ!)
「まあ、皆様。晩餐会のメインディッシュはもう終わりましたわよ? それとも、私の鋭いツッコミをデザート代わりに、もう一太刀浴びせてほしいのかしら?」
「うるさい! その減らず口を二度と開けないようにしてやる!」
男が短剣を振り上げ、私に襲いかかろうとしたその時。
背後の高い窓から、銀色の閃光が飛び込んできました。
ガラスが砕ける音。
翻る漆黒のマント。
月光を背負い、まるで戦神のように舞い降りたその影は、流れるような動作で男の腕を取り、一瞬で地面に叩き伏せました。
カイン・ノリス様。
彼は鞘に収まったままの剣で、残る二人を風のような速さで打ち据え、武器を弾き飛ばしました。
「……私の目の前で、彼女に触れようなどと。命が惜しくないようだな」
カイン様の声は、普段の冷徹さを通り越し、凍てつくような怒りを孕んでいました。
彼は私の前に立ち、背中で私を守るようにして、鋭い眼光を敵に投げかけます。
「……下がれ。これ以上剣を抜かせるなら、貴殿らの家の再興は物理的に不可能になるぞ」
圧倒的な威圧感。
男たちは悲鳴を上げ、腰を抜かしながら這うようにして逃げ去っていきました。
静寂が戻った回廊。
カイン様は剣を腰に戻すと、ゆっくりとこちらを振り返りました。
「……怪我はないか、エリー。遅くなってすまない」
カイン様が私の肩に手を置き、心配そうに覗き込んできます。
その表情、その声、そのタイミング。
普通ならここで「まあ、カイン様! なんて格好いいのかしら!」と胸を高鳴らせる場面ですが……。
私はスッと懐からストップウォッチ(実は持っていました)を取り出し、無表情でボタンを押しました。
「はい、判定入ります! カイン様、今の救出劇。演出過剰につき、総合得点は……六十点ですわ!」
「……六十点? 命を助けて、それか?」
カイン様が呆然として手を止めました。
「まず、窓を割って登場するその演出! 確かに派手で格好よろしいですが、飛び散った破片が私のドレスの裾に少し当たりましたわよ。器物損壊および危険予測の甘さ、マイナス二十点! 入り口から普通に、かつ音もなく現れるのが真のプロフェッショナルですわ!」
「……状況が急を要していたのだ。最短距離を選んだ結果だ」
「続いて、その決め台詞! 『命が惜しくないようだな』……古いですわ! 昨日のレオン殿下のキザなセリフと同レベルの陳腐さですわよ! もっとこう、『私の監視対象に触れるには、百年の修練が足りませんわ』くらいの、知的な煽りを入れてほしかったですわね!」
「……私の職分は、知的な煽りではなく物理的な排除だ」
「そして最大の問題は、そのタイミングです! 彼らが襲いかかる三秒前……私がちょうど『さて、どうやってこいつらのフォームの悪さを指摘してやろうかしら』と考え始めた最高の瞬間に割って入るなんて! 私の実況チャンスを奪った罪、非常に重いですわよ!」
カイン様は深く、深くため息をつきました。
そして、その鉄面皮を少しだけ緩め、苦笑いを浮かべました。
「……エリー。貴殿は本当に、死の間際でも私の手順に文句を言いそうだな」
「当然ですわ。私の実況は、生きていようが死んでいようが、完璧を求めるものですもの。……でも」
私はカイン様の胸元に、ポンと手を置きました。
「……助けに来てくれたこと自体は、判定外の加点を差し上げますわよ。……ありがとう、カイン様。貴方のその、少しばかり暑苦しいほどの正義感。嫌いではありませんわ」
「……暑苦しい、か。貴殿に言われると、それも褒め言葉に聞こえるから不思議だな」
カイン様が、私の手を優しく包み込みました。
その手の熱さに、私の心臓が少しだけ「実況不能」なリズムを刻みます。
「判定……今のカイン様の手の握り方。優しすぎて、私のツッコミ回路が一時的にショートいたしましたわ。……責任、取ってくださいましね?」
「……ああ。一生をかけて、精算してやろう」
月光の下、騎士様と実況令嬢の距離が、かつてないほどに近づいた夜でした。
晩餐会の熱狂がピークを迎える中、私は一人、喧騒を離れて静かな回廊へと足を進めました。
実況無双でスッキリしたとはいえ、コルセットの締め付けと、披露した毒舌の総量を考えれば、私の脳内メモリも一時的なクールダウンを求めております。
しかし、世の中そう上手くはいきません。
人気のない回廊の影から、どす黒い殺意……いえ、知性の低そうな殺気が三つほど、私の進路を塞ぎました。
「……待ちやがれ、エリー・オルブライト。貴様のせいで、我が家の名誉はボロボロだ!」
現れたのは、先ほど金メッキのコインを晒し上げた侯爵の放った私兵、そして恥をかかされた若手貴族の生き残りたちです。
手には、お世辞にも手入れが行き届いているとは言えない鈍い光の短剣。
(はい、判定入りますわよ。……深夜の待ち伏せ、しかも多対一。戦術の姑息さ、マイナス一億点ですわ!)
「まあ、皆様。晩餐会のメインディッシュはもう終わりましたわよ? それとも、私の鋭いツッコミをデザート代わりに、もう一太刀浴びせてほしいのかしら?」
「うるさい! その減らず口を二度と開けないようにしてやる!」
男が短剣を振り上げ、私に襲いかかろうとしたその時。
背後の高い窓から、銀色の閃光が飛び込んできました。
ガラスが砕ける音。
翻る漆黒のマント。
月光を背負い、まるで戦神のように舞い降りたその影は、流れるような動作で男の腕を取り、一瞬で地面に叩き伏せました。
カイン・ノリス様。
彼は鞘に収まったままの剣で、残る二人を風のような速さで打ち据え、武器を弾き飛ばしました。
「……私の目の前で、彼女に触れようなどと。命が惜しくないようだな」
カイン様の声は、普段の冷徹さを通り越し、凍てつくような怒りを孕んでいました。
彼は私の前に立ち、背中で私を守るようにして、鋭い眼光を敵に投げかけます。
「……下がれ。これ以上剣を抜かせるなら、貴殿らの家の再興は物理的に不可能になるぞ」
圧倒的な威圧感。
男たちは悲鳴を上げ、腰を抜かしながら這うようにして逃げ去っていきました。
静寂が戻った回廊。
カイン様は剣を腰に戻すと、ゆっくりとこちらを振り返りました。
「……怪我はないか、エリー。遅くなってすまない」
カイン様が私の肩に手を置き、心配そうに覗き込んできます。
その表情、その声、そのタイミング。
普通ならここで「まあ、カイン様! なんて格好いいのかしら!」と胸を高鳴らせる場面ですが……。
私はスッと懐からストップウォッチ(実は持っていました)を取り出し、無表情でボタンを押しました。
「はい、判定入ります! カイン様、今の救出劇。演出過剰につき、総合得点は……六十点ですわ!」
「……六十点? 命を助けて、それか?」
カイン様が呆然として手を止めました。
「まず、窓を割って登場するその演出! 確かに派手で格好よろしいですが、飛び散った破片が私のドレスの裾に少し当たりましたわよ。器物損壊および危険予測の甘さ、マイナス二十点! 入り口から普通に、かつ音もなく現れるのが真のプロフェッショナルですわ!」
「……状況が急を要していたのだ。最短距離を選んだ結果だ」
「続いて、その決め台詞! 『命が惜しくないようだな』……古いですわ! 昨日のレオン殿下のキザなセリフと同レベルの陳腐さですわよ! もっとこう、『私の監視対象に触れるには、百年の修練が足りませんわ』くらいの、知的な煽りを入れてほしかったですわね!」
「……私の職分は、知的な煽りではなく物理的な排除だ」
「そして最大の問題は、そのタイミングです! 彼らが襲いかかる三秒前……私がちょうど『さて、どうやってこいつらのフォームの悪さを指摘してやろうかしら』と考え始めた最高の瞬間に割って入るなんて! 私の実況チャンスを奪った罪、非常に重いですわよ!」
カイン様は深く、深くため息をつきました。
そして、その鉄面皮を少しだけ緩め、苦笑いを浮かべました。
「……エリー。貴殿は本当に、死の間際でも私の手順に文句を言いそうだな」
「当然ですわ。私の実況は、生きていようが死んでいようが、完璧を求めるものですもの。……でも」
私はカイン様の胸元に、ポンと手を置きました。
「……助けに来てくれたこと自体は、判定外の加点を差し上げますわよ。……ありがとう、カイン様。貴方のその、少しばかり暑苦しいほどの正義感。嫌いではありませんわ」
「……暑苦しい、か。貴殿に言われると、それも褒め言葉に聞こえるから不思議だな」
カイン様が、私の手を優しく包み込みました。
その手の熱さに、私の心臓が少しだけ「実況不能」なリズムを刻みます。
「判定……今のカイン様の手の握り方。優しすぎて、私のツッコミ回路が一時的にショートいたしましたわ。……責任、取ってくださいましね?」
「……ああ。一生をかけて、精算してやろう」
月光の下、騎士様と実況令嬢の距離が、かつてないほどに近づいた夜でした。
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