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次の日。
最低限の荷物を持って、朔夜は指定されたマンションに向かった。鍵は渡されていたので使用し、ドアを開けるとすぐに「おかえりなさいませ」と声が聞こえる。
「ただいま。……で、いいのかな?」
「もちろんでございますよ。坊ちゃん」
彼を『坊ちゃん』と呼ぶのは、長年入江家の家政婦として仕えてきた小森多英。老年、と言っていい年齢どおりの中肉中背、白髪も多いが、常に朗らかな笑顔を絶やさず優しい、しかし、悪いと思ったことはしっかりと怒る、そう言った態度に好感が持てた。入江家に仕える家政婦の中で最も好きなのは誰か、と言われたら、朔夜は間違いなく彼女を選ぶ。
多英はベータだ。そのため、オメガの発情期にも影響を受けることはめったにない。もし受けるとしたら、それはオメガのフェロモンの量と質に問題がある。
「坊ちゃんのお部屋は、一番日当たりのいい場所にしましたからね。夏は日差しが厳しいかもしれません。その時はどうぞ仰ってください。日用品や食器は坊ちゃんのお気に入りですべて揃えました。お食事は、わたくしめが作らせていただきますので、お口に合わないかも。その時もまた、仰ってください。坊ちゃんのお食事を担当したシェフにレシピを聞きますから。あー、あとっ」
「多英さん」
「はい。何でしょう、坊ちゃん」
矢継ぎ早に言われ、やや苦笑をもらしながら。
「大丈夫、そこまでやって貰わなくても十分だよ。ありがとう」
朔夜は、仕事熱心な家政婦にお礼を告げた。
多英に案内された部屋に入り、驚く。
「多英さん、これ……」
「ええ。突然環境が変わられたのですから、何かと落ち着きませんでしょ? なので、坊ちゃんのお部屋と遜色がないように、こちらもレイアウトさせてもらったんです。さすがに、以前のお部屋よりかなり狭いので、全部が全部というわけには参りませんが、お気に召しませんか?」
「あっ、ううん。……ありがとう」
心境としては複雑なものがあったが、気持ちは十分に伝わる。朔夜は厚意をそのまま受け取ることにした。多英はすぐに食事の準備に入ったため部屋を出て行く。朔夜は、そのまま床に座り込んだ。
両親の考えもわからないことはない。アルファにとってオメガは危険因子。すべてを狂わす元凶。故に蔑むべき存在と認識され続けてきた。それが家族の中にいたのだ、本来だったら排除したいはず。しかし、朔夜は誰よりも優秀、いつか何かの役に立つ。それに、ただ切り捨ててしまっては『入江』の名に傷がつく。そう言った所だろう。
せめて、世話係に大好きな多英を選んでくれたこと、不自由なく生活できるように配慮をしてくれていることは愛情だと思いたい。そうでなければ、あまりに辛い。今まで、オメガがどれだけ差別され、苦しんできたのかを朔夜自身、直接ではないがドキュメンタリーなどで見てきた。だが、所詮他人事、関係ないことだとずっと思ってきたのだ。それが突然身に降りかかれば、中学生の心は、とても耐えることができない。
「なんで、だよ……っ」
悲しみを滲ませた瞳から、こぼれ落ちた涙。
オメガという性を知ってから、初めて流したものだった。
最低限の荷物を持って、朔夜は指定されたマンションに向かった。鍵は渡されていたので使用し、ドアを開けるとすぐに「おかえりなさいませ」と声が聞こえる。
「ただいま。……で、いいのかな?」
「もちろんでございますよ。坊ちゃん」
彼を『坊ちゃん』と呼ぶのは、長年入江家の家政婦として仕えてきた小森多英。老年、と言っていい年齢どおりの中肉中背、白髪も多いが、常に朗らかな笑顔を絶やさず優しい、しかし、悪いと思ったことはしっかりと怒る、そう言った態度に好感が持てた。入江家に仕える家政婦の中で最も好きなのは誰か、と言われたら、朔夜は間違いなく彼女を選ぶ。
多英はベータだ。そのため、オメガの発情期にも影響を受けることはめったにない。もし受けるとしたら、それはオメガのフェロモンの量と質に問題がある。
「坊ちゃんのお部屋は、一番日当たりのいい場所にしましたからね。夏は日差しが厳しいかもしれません。その時はどうぞ仰ってください。日用品や食器は坊ちゃんのお気に入りですべて揃えました。お食事は、わたくしめが作らせていただきますので、お口に合わないかも。その時もまた、仰ってください。坊ちゃんのお食事を担当したシェフにレシピを聞きますから。あー、あとっ」
「多英さん」
「はい。何でしょう、坊ちゃん」
矢継ぎ早に言われ、やや苦笑をもらしながら。
「大丈夫、そこまでやって貰わなくても十分だよ。ありがとう」
朔夜は、仕事熱心な家政婦にお礼を告げた。
多英に案内された部屋に入り、驚く。
「多英さん、これ……」
「ええ。突然環境が変わられたのですから、何かと落ち着きませんでしょ? なので、坊ちゃんのお部屋と遜色がないように、こちらもレイアウトさせてもらったんです。さすがに、以前のお部屋よりかなり狭いので、全部が全部というわけには参りませんが、お気に召しませんか?」
「あっ、ううん。……ありがとう」
心境としては複雑なものがあったが、気持ちは十分に伝わる。朔夜は厚意をそのまま受け取ることにした。多英はすぐに食事の準備に入ったため部屋を出て行く。朔夜は、そのまま床に座り込んだ。
両親の考えもわからないことはない。アルファにとってオメガは危険因子。すべてを狂わす元凶。故に蔑むべき存在と認識され続けてきた。それが家族の中にいたのだ、本来だったら排除したいはず。しかし、朔夜は誰よりも優秀、いつか何かの役に立つ。それに、ただ切り捨ててしまっては『入江』の名に傷がつく。そう言った所だろう。
せめて、世話係に大好きな多英を選んでくれたこと、不自由なく生活できるように配慮をしてくれていることは愛情だと思いたい。そうでなければ、あまりに辛い。今まで、オメガがどれだけ差別され、苦しんできたのかを朔夜自身、直接ではないがドキュメンタリーなどで見てきた。だが、所詮他人事、関係ないことだとずっと思ってきたのだ。それが突然身に降りかかれば、中学生の心は、とても耐えることができない。
「なんで、だよ……っ」
悲しみを滲ませた瞳から、こぼれ落ちた涙。
オメガという性を知ってから、初めて流したものだった。
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