辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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12.実情

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 秋が本格的にやってくる頃には、水路や橋の補修工事は本格的に動き出していた。
「ロシェン地区の水路ですが、土砂の除去が完了しました。石積みの補修と勾配の再調整まで残りひと月ほどで完了すると思われます」
 オスカーの報告を聞きながら、レオンとマルグリットは満足そうに頷いている。
「その調子だと、冬になる前に終わりそうかしら」
「そうだな」
 レオンもマルグリットの肩を抱きながら頷く。
 ここ数日ですっかり仲睦まじい夫婦になったと、オスカーは喜んでいたが、喜んでばかりもいられなかった。
「人夫の数は問題ないかしら。怪我人や病気には気をつけてね」
「現場の方に伝えます」
「毛皮の収益はどうなっている」
「はい――そちらも順調に……ええっと……」
 オスカーはそう言うと、抱えていた資料を取り落としてしまった。
「申し訳ありません」
 失態を詫びて慌てて拾おうとするが、手が震えてうまく取れない。
 マルグリットはオスカーの顔色が思わしくないと気付くと、レオンの服の袖を軽く引っ張った。
「もしかして、すべての管理をオスカーが一人で?」
「ああ」
 耳元で囁く妻の声がくすぐったくて、レオンは機嫌よく答えた。
「死んでしまうわ!」
 マルグリットは血相を変えて立ち上がった。
「オスカー、あなた何故言わないの。わたくし、知らなかったとはいえ……ごめんなさい」
 慌てて落ちた紙を拾うと、マルグリットはオスカーに椅子を勧めた。
「いえ、これが私の仕事ですから」
 オスカーは椅子に座ることを固辞すると、報告を続けようとしたが、マルグリットはそれを制した。
「一人でする仕事量ではなくてよ。わたくしの仕事以外にもレオン様の仕事もお手伝いなさっているのでしょう?」
 言いながら、マルグリットはレオンを軽く睨むと、レオンは所在なさげに視線をそらした。
「補佐官をつけよう――」
「当然ですわ。ですが、読み書きだけでなく計算もできなくてはなりませんし、能力も最低でもオスカー並でなければ」
 マルグリットが怒っているのは、レオンにはわかっている。
 こうなるとまた数日は寝室から追い出されてしまう。それは非常に辛いことなので回避しなくてはならない。
「心当たりがある。オスカー――いや、俺が直接出向いて頼みに行こう」

 レオンの行動は早かった。
 翌日にはエマトン、トールス、ルイスの3人を連れてきた。
「こいつらは軍の工事担当と兵站担当だ。読み書き計算は当然できる」
 3人ともやつれて生気がないところを見ると、戦争が終わってからろくな生活をしてなかったのだろうことが窺える。
「我々3人はレオン様に命を救われた者たちです。奥様がお許しいただけるのであれば、再び命を懸けてお仕えいたします」
 背が高く痩せた体を丁寧に曲げてエマトンが言うと、トールスも続いた。
「軍の工事部を担当しておりました、トールスとルイスです。俺……いや、私たちは兄弟で、弟のルイスは人と話すのが苦手なのですが、数字に滅法強いので必ずお役に立てるとお約束します」
 忠誠心に加え、せっかくの食い扶持を逃したくないのだろう。
 マルグリットは横目でレオンを見た。
 昨夜は寝室への立ち入りを禁止したせいか、どこか悲壮感が漂っている。
 その様子を見て、マルグリットはレオンを信じることにした。
「わかりました。閣下のご推挙ですもの。期待しておりますわ――オスカー、申し訳ないのだけどあと少し引き継ぎを頑張ってもらえるかしら」
 マルグリットの言葉に、3人とオスカーの顔がぱっと明るくなるのがわかった。

 レオンの選択は結果的に正解だった。
 引き継ぎを受けた1週間後にはエマトンは毛皮の生産管理を、トールスは工事を、ルイスは工事及び毛皮の収益の管理を担当したが、オスカー一人で管理していた頃に比べて、格段に効率が上がったのがわかった。
 だが、マルグリットは素直に喜んでばかりもいられなかった。
 このような優秀な人材でさえ、仕事がないというのがこの領地の実情なのだ。
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