辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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11.後悔

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「旦那様、そういうことは……その、夜にお願い致します」
 何度も唇や頬、首筋に口付けるレオニダスを、マルグリットは押し返そうと頑張ったが無理だった。
「寝室に入れてくれるのか?」
 耳元で囁く低い声は、マルグリットの鼓膜から内側を痺れさせた。
「君が寝室に入れてくれると言うのなら、俺はここで我慢すると約束する」
 レオニダスの大きな手が、マルグリットの首筋や背中、胸へと動き回るのを、マルグリットは止めることができなかった。
「旦那様は――」
「レオンだ。親しい者はみんなそう呼んでいる」
「ですが、旦那様を愛称で呼ぶな――」
 言い終わる前にレオニダスの唇がマルグリットの唇を塞いだ。
 乾燥したレオニダスの唇にとって、マルグリットの唇は柔らかすぎて、噛みちぎれるのではないかと不安になったが、杞憂なことはわかっていた。
「レオンと呼ばれたいんだ。君に」
 熱を込めた声に、マルグリットは小さく「レオン――様」と囁いた。
「マリー」
 レオニダスのたくましい腕がマルグリットを抱きしめた。
 マルグリットは、その胸から聞こえる心地の良い規則正しい音にうっとりと聞き入りそうになったが、ここが執務室であることを思い出して自分を取り返した。
「話の続きを――レオン!」

 当然、マルグリットは男はレオニダス――レオンしか知らない。
 レオンに求められることは初めから嫌ではなかった。それが、当たり前なのかどうかもわからない。
 ただ、それが夫婦なのだろうということは、納得していた。
 しかし、レオンに触れられるときに感じる高揚感が、夫婦だからそうなのか、というのまでは理解ができていなかった。
 マルグリットはゆっくりと呼吸を整えながら、すべきことをするのだと自分に言い聞かせた。
「森林の視察のときに、野生化した羊を見ました」
 マルグリットが言うと、レオンは「ああ」と、何かを思い出したようだった。
「俺が子供の――といっても、本当に物心つく頃だったか、あの辺りの村が襲われて羊が逃げ出したきりだと言うのを聞いたことがある。時折食用に捕まえてはいたが、繁殖してたんだな」
「そのようですわ。ただ、その羊が狐や狼のいい餌になっているようでして」
「なら、狐や狼だけでなく羊も狩るよう通達を出すか?」
 レオンの言葉に、マルグリットは唇の端を少しだけ上げた。
 褒められたような気がしたが、少し違うようだ。
「ええ。ですが、生きたままです。羊は毛を刈れますし、その毛はお金になりますわ」
「なるほど。では、狐は銀貨2枚、狼は銀貨3枚、羊は銀貨1枚で報奨を出そう」
 マルグリットはにこりと微笑んだ。今度は正解だったようだ。
 目の前のこの女性は、自分よりも10も年下で美しく魅力的なのに、時々とても老齢した大人のような雰囲気を感じさせる。
 それは、自分が経験していなかったことを得ているからなのだろうか。
 レオンは自分の掌に視線を落とした。
 傷だらけで、ゴツゴツとした野蛮な手だ。
 王都の貴族に比べると、労働者のような手にも見える。それが恥ずかしいと思ったことはない。この手は、戦争を終わらせた手なのだ。
 だが、その後始末すらろくにできず、年若い妻に頼らざるを得ないことが情けなく、恥ずかしかった。
「君に比べると、俺は内政は素人以下だ。恥ずかしい話だが子供の頃から剣ばかり振っていた。そのせいと言ってはだめなのだろうが、領地の現状と向き合って来なかったのを恥ずかしく思う」
 レオンは、大きな体を丸めて肩と眉尻を下げている。
「旦那様――」
「レオン」
「レオン様。レオン様は向き合ってこられました。向き合って来られたからこそ、戦争を終わらせたのです。あのまま続けていれば、この領地に待っていたのは緩やかな死ですわ」
「ああ」
 マルグリットはレオンの足元に跪き、その手を包み込むように握った。
「向き合っていらっしゃらない方が、あんなに大きな傷をいくつも背負ったりなさいません。前も申しましたが、レオン様の傷はわたくしの傷でもありますのよ」
「マリー……」
「レオン様がそう思うことは否定いたしません。ですが……これまでは変えられませんが、これからを変えましょう。あなたはこの領地を、そしてこの先与えられる領地を守る責任があるのですから」
 マルグリットの言葉は力強く、そして優しくレオンの心に深く染み渡った。
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