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第10話 圧力
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1
八月二日の夕方、安藤の車から降りた前田は、呉市内で取材を続けることにした。
安藤の言葉——「八月六日までは待ってください」。それは、何かがその日に起こることを示唆していた。しかし、それまで何もせずに待つことはできない。
前田は、港近くの古い食堂に入った。造船の街として栄えた呉には、今も多くの元造船所勤務者や海運関係者が暮らしている。彼らなら、港での異変に気づいているかもしれない。
「いらっしゃい。お一人?」
六十代の店主が、カウンター越しに声をかけてきた。
「はい。何かおすすめはありますか?」
「それなら、呉の海軍カレーがいいよ。海上自衛隊でも食べられている味だ」
前田はカレーを注文し、店主と世間話を始めた。
「この辺り、夜は静かなんでしょうね」
「いや、最近は妙に賑やかでね」店主は皿を拭きながら答えた。「製鉄所跡地の工事現場、夜中に大型トラックが出入りしてるんだよ。それも、ほとんど毎晩」
「夜中に? 何を運んでいるんでしょう」
「さあね。でも、荷台には大きな布がかかってて、中身は見えないようにしてある。普通の資材なら、そんな隠し方はしないだろう?」
店主は声を潜めた。
「わしの知り合いの運転手が言うには、あれは船の部品じゃないかって」
「船の部品……ですか」
「ああ。形状から見て、潜水艦の船体ブロックかもしれないって。わしも昔、造船所で働いてたから、少しは分かるんだ」
前田は慎重にメモを取った。
「でも、潜水艦を作るなら、もっと正式な造船所で作りますよね?」
「それがな」店主は首を傾げた。「秘密裏に作りたいものがあるんじゃないか、って噂があるんだよ」
店主は周囲を確認してから、さらに声を落とした。
「原子力潜水艦とかな」
2
食事を終えた前田は、港沿いを歩きながら呉湾を眺めていた。
夕暮れ時の海は穏やかで、いくつかの船が浮かんでいる。漁船、小型の貨物船、そして——
前田は双眼鏡を取り出し、沖合に停泊している大型のタンカーを観察した。
真新しい船体。完成して間もないように見える。しかし、そのタンカーは、何日も同じ場所に停泊しているようだった。
「あの船、気になりますか?」
背後から声がかかった。振り向くと、釣り竿を持った初老の男性が立っていた。
「はい……あのタンカー、ずっとあそこにいるんですか?」
「ああ、もう一月以上になるかな。普通のタンカーなら、もっと早くに出航するはずなのに」
男性は前田の隣に立ち、タンカーを見つめた。
「時々、小型船が行き来してるのを見るよ。それも、自衛隊の船だ」
「自衛隊の……」
「ああ。で、あのタンカーの甲板に、自衛官らしい姿を見たって仲間が言ってた」
男性は双眼鏡を前田に貸してくれた。改めて観察すると、確かに甲板に数人の人影が見えた。作業服のようなものを着ているが、その動きには統制が取れている。
「あの人たち、自衛官じゃないかって、みんな噂してるんだ」
「自衛官がタンカーに……何のために?」
「さあね。何か訓練でもしてるのか、それとも——」男性は意味深に笑った。「何か別の目的があるのか」
前田は写真を撮りながら、思考を巡らせた。
製鉄所跡地で建造される何か。沖合に停泊するタンカー。そして、その船に出入りする自衛官たち。
これらは、全て一つの計画の一部なのではないか。
3
その夜、前田はホテルの部屋で情報を整理していた。
今日得た情報を時系列に並べていく。ノートパソコンの画面には、箇条書きのメモが並んでいた。
・製鉄所跡地に巨大な格納庫が建設されている
・夜間、大型トラックで船体ブロックらしいものが搬入
・呉湾沖に新しいタンカーが長期停泊
・そのタンカーに自衛官が出入り
前田は一つの仮説を立てた。
政府は秘密裏に、新型の潜水艦を建造している。それはおそらく——原子力潜水艦だ。
日本は非核三原則を掲げている。原子力潜水艦の保有は、その原則に抵触する可能性がある。だから公にはできない。表向きは倉庫施設としながら、実際には秘密裏に組み立てているのではないか。
そして、完成した潜水艦は、タンカーに偽装して——あるいはタンカーの中に隠して——運び出す計画なのかもしれない。
前田は記事の下書きを始めようとした。しかし、その手が止まった。
安藤の言葉が脳裏に蘇る。
「全ての真実を、全ての人に伝えることが、常に正しいとは限らない」
もしこれを報道すれば、どうなるのか。国民は真実を知る。しかし同時に、周辺諸国もその情報を得る。日本の防衛計画は筒抜けになる。
前田は深くため息をつき、パソコンを閉じた。
スマートフォンが鳴った。上司からだ。
4
「部長、前田です」
「前田……」上司の声は、明らかに疲れていた。「お前、まだ呉にいるのか?」
「はい。重要な情報を——」
「もういい。すぐに東京に戻れ」
「でも——」
「これは命令だ」上司の声が厳しくなった。「今朝、編集長が防衛省に呼び出された」
前田は息を呑んだ。
「防衛省の事務次官が直々に、編集長と会談したんだ。内容は——前田香里奈記者の取材活動についてだ」
「私の……」
「ああ。お前の行動は、全て把握されている。どこに行き、誰と話し、何を調べているか。全部だ」
上司は続けた。
「事務次官はこう言ったそうだ。『前田記者の取材は、国家安全保障を脅かす可能性がある。貴社として、適切な対応を取っていただきたい』と」
「それは……言論統制じゃないですか」
「そうだ。しかし、現実にそういう圧力がかかっている」
上司の声には、苦渋が滲んでいた。
「編集長は抵抗した。報道の自由を主張した。しかし、防衛省は譲らなかった。そして最後に——」
「何と……」
「『この件を報道すれば、貴社と防衛省との関係は、今後一切なくなる。防衛関連の取材は、全て拒否させていただく』と言われたそうだ」
前田は黙り込んだ。
それは事実上の、報道禁止宣告だった。防衛関連の取材ができなくなれば、科学技術雑誌として致命的だ。
「前田、聞いているのか」
「……はい」
「すぐに戻ってこい。会社として、この件からは手を引く」
「でも、部長——」
「いいか、前田」上司の声が少し優しくなった。「お前の気持ちは分かる。記者として、真実を伝えたい。それは正しい。しかし、会社として守るべきものもあるんだ」
電話が切れた。
前田は窓の外を見た。呉の夜景が、静かに広がっている。
5
翌朝——八月三日、前田は呉駅から一度広島に向かい、そのまま東京行きの新幹線に乗った。
会社の命令には従わざるを得なかった。これ以上独断で動けば、本当にクビになるかもしれない。
新幹線の車窓から、瀬戸内海が見えた。穏やかな海。その水面下で、何かが動いている。
前田はスマートフォンで、これまで撮影した写真を見返していた。工事現場、タンカー、そして——
着信があった。見知らぬ番号だ。
前田は躊躇してから、通話ボタンを押した。
「もしもし、前田です」
「前田香里奈さんですね」
女性の声だった。落ち着いていて、知的な印象を与える。
「はい……どちら様ですか?」
「私は、あなたが探しているものに関心がある者です」
前田の背筋に緊張が走った。
「詳しくはお話しできません。ただ、一つだけ——会社に戻っても、この件を諦めないでください」
「どういう……」
「もうすぐ、大きな動きがあります。八月六日、平和記念式典の日です」
「八月六日……」
安藤が言っていた日だ。
「その前日の夜——八月五日に、真実が明らかになります。準備をしておいてください」
「待ってください、あなたは一体——」
通話は切れた。
前田は呆然と、スマートフォンを見つめた。
八月五日の夜。何が起こるのか。
6
午後、前田は東京の会社に到着した。
編集部に入ると、同僚たちの視線が痛かった。「問題を起こした記者」として見られているのだろう。
前田は上司のデスクに向かった。
「部長、戻りました」
「ああ……」上司は疲れた表情で前田を見た。「前田、すまなかった。お前を守りきれなくて」
「いえ、私が勝手に動きすぎました」
「座れ」
上司は周囲を確認してから、声を潜めた。
「前田、これは非公式な話だ」
「はい」
「防衛省からの圧力は本物だ。しかし——」上司は前田の目を見た。「編集長も俺も、お前の取材が間違っているとは思っていない」
「部長……」
「ただ、今は時期が悪い。もう少し、様子を見る必要がある」
上司は引き出しから、一枚の紙を取り出した。
「これを見ろ」
それは、人事異動の資料だった。海上自衛隊の潜水艦乗員のリストが記されている。
「最近、潜水艦乗りが何人も部署変えになっている。おかしなことに——」
「おかしなこと?」
「事務方に異動している。しかも、全員が呉所属だ」
前田は資料を見た。確かに、十数名の潜水艦乗員が、技術部門や管理部門に異動している。それも、この三ヶ月の間に。
「潜水艦乗りは専門職だ。簡単に事務方には異動しない。それが、これだけの人数——何かあると思わないか?」
「つまり……」
「新しい潜水艦が建造されていて、その乗員として選抜されたのかもしれない」
上司は資料をしまった。
「前田、会社の方針として、直接の取材は中止だ。しかし——」
上司は前田を見つめた。
「八月六日、広島で平和記念式典が開催される。総理も出席する。その取材なら、行ってもいい」
「本当ですか?」
「ああ。それと、ついでに広島のグルメでも取材してこい。一週間くらいかけてもいい」
上司は、僅かに笑みを浮かべた。
「分かりました」
前田は上司の意図を理解した。
表向きは平和記念式典とグルメの取材。しかし、その間に——八月五日の夜、何かが起こる。それを見届けろ、という意味だ。
「ありがとうございます、部長」
「ただし」上司は真剣な表情になった。「危険は冒すな。もし何かあったら、すぐに連絡しろ」
「はい」
前田は席に戻り、広島行きの準備を始めた。
八月五日まで、あと二日。
その夜、何が明らかになるのか。
前田の胸に、期待と不安が渦巻いていた。
八月二日の夕方、安藤の車から降りた前田は、呉市内で取材を続けることにした。
安藤の言葉——「八月六日までは待ってください」。それは、何かがその日に起こることを示唆していた。しかし、それまで何もせずに待つことはできない。
前田は、港近くの古い食堂に入った。造船の街として栄えた呉には、今も多くの元造船所勤務者や海運関係者が暮らしている。彼らなら、港での異変に気づいているかもしれない。
「いらっしゃい。お一人?」
六十代の店主が、カウンター越しに声をかけてきた。
「はい。何かおすすめはありますか?」
「それなら、呉の海軍カレーがいいよ。海上自衛隊でも食べられている味だ」
前田はカレーを注文し、店主と世間話を始めた。
「この辺り、夜は静かなんでしょうね」
「いや、最近は妙に賑やかでね」店主は皿を拭きながら答えた。「製鉄所跡地の工事現場、夜中に大型トラックが出入りしてるんだよ。それも、ほとんど毎晩」
「夜中に? 何を運んでいるんでしょう」
「さあね。でも、荷台には大きな布がかかってて、中身は見えないようにしてある。普通の資材なら、そんな隠し方はしないだろう?」
店主は声を潜めた。
「わしの知り合いの運転手が言うには、あれは船の部品じゃないかって」
「船の部品……ですか」
「ああ。形状から見て、潜水艦の船体ブロックかもしれないって。わしも昔、造船所で働いてたから、少しは分かるんだ」
前田は慎重にメモを取った。
「でも、潜水艦を作るなら、もっと正式な造船所で作りますよね?」
「それがな」店主は首を傾げた。「秘密裏に作りたいものがあるんじゃないか、って噂があるんだよ」
店主は周囲を確認してから、さらに声を落とした。
「原子力潜水艦とかな」
2
食事を終えた前田は、港沿いを歩きながら呉湾を眺めていた。
夕暮れ時の海は穏やかで、いくつかの船が浮かんでいる。漁船、小型の貨物船、そして——
前田は双眼鏡を取り出し、沖合に停泊している大型のタンカーを観察した。
真新しい船体。完成して間もないように見える。しかし、そのタンカーは、何日も同じ場所に停泊しているようだった。
「あの船、気になりますか?」
背後から声がかかった。振り向くと、釣り竿を持った初老の男性が立っていた。
「はい……あのタンカー、ずっとあそこにいるんですか?」
「ああ、もう一月以上になるかな。普通のタンカーなら、もっと早くに出航するはずなのに」
男性は前田の隣に立ち、タンカーを見つめた。
「時々、小型船が行き来してるのを見るよ。それも、自衛隊の船だ」
「自衛隊の……」
「ああ。で、あのタンカーの甲板に、自衛官らしい姿を見たって仲間が言ってた」
男性は双眼鏡を前田に貸してくれた。改めて観察すると、確かに甲板に数人の人影が見えた。作業服のようなものを着ているが、その動きには統制が取れている。
「あの人たち、自衛官じゃないかって、みんな噂してるんだ」
「自衛官がタンカーに……何のために?」
「さあね。何か訓練でもしてるのか、それとも——」男性は意味深に笑った。「何か別の目的があるのか」
前田は写真を撮りながら、思考を巡らせた。
製鉄所跡地で建造される何か。沖合に停泊するタンカー。そして、その船に出入りする自衛官たち。
これらは、全て一つの計画の一部なのではないか。
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その夜、前田はホテルの部屋で情報を整理していた。
今日得た情報を時系列に並べていく。ノートパソコンの画面には、箇条書きのメモが並んでいた。
・製鉄所跡地に巨大な格納庫が建設されている
・夜間、大型トラックで船体ブロックらしいものが搬入
・呉湾沖に新しいタンカーが長期停泊
・そのタンカーに自衛官が出入り
前田は一つの仮説を立てた。
政府は秘密裏に、新型の潜水艦を建造している。それはおそらく——原子力潜水艦だ。
日本は非核三原則を掲げている。原子力潜水艦の保有は、その原則に抵触する可能性がある。だから公にはできない。表向きは倉庫施設としながら、実際には秘密裏に組み立てているのではないか。
そして、完成した潜水艦は、タンカーに偽装して——あるいはタンカーの中に隠して——運び出す計画なのかもしれない。
前田は記事の下書きを始めようとした。しかし、その手が止まった。
安藤の言葉が脳裏に蘇る。
「全ての真実を、全ての人に伝えることが、常に正しいとは限らない」
もしこれを報道すれば、どうなるのか。国民は真実を知る。しかし同時に、周辺諸国もその情報を得る。日本の防衛計画は筒抜けになる。
前田は深くため息をつき、パソコンを閉じた。
スマートフォンが鳴った。上司からだ。
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「部長、前田です」
「前田……」上司の声は、明らかに疲れていた。「お前、まだ呉にいるのか?」
「はい。重要な情報を——」
「もういい。すぐに東京に戻れ」
「でも——」
「これは命令だ」上司の声が厳しくなった。「今朝、編集長が防衛省に呼び出された」
前田は息を呑んだ。
「防衛省の事務次官が直々に、編集長と会談したんだ。内容は——前田香里奈記者の取材活動についてだ」
「私の……」
「ああ。お前の行動は、全て把握されている。どこに行き、誰と話し、何を調べているか。全部だ」
上司は続けた。
「事務次官はこう言ったそうだ。『前田記者の取材は、国家安全保障を脅かす可能性がある。貴社として、適切な対応を取っていただきたい』と」
「それは……言論統制じゃないですか」
「そうだ。しかし、現実にそういう圧力がかかっている」
上司の声には、苦渋が滲んでいた。
「編集長は抵抗した。報道の自由を主張した。しかし、防衛省は譲らなかった。そして最後に——」
「何と……」
「『この件を報道すれば、貴社と防衛省との関係は、今後一切なくなる。防衛関連の取材は、全て拒否させていただく』と言われたそうだ」
前田は黙り込んだ。
それは事実上の、報道禁止宣告だった。防衛関連の取材ができなくなれば、科学技術雑誌として致命的だ。
「前田、聞いているのか」
「……はい」
「すぐに戻ってこい。会社として、この件からは手を引く」
「でも、部長——」
「いいか、前田」上司の声が少し優しくなった。「お前の気持ちは分かる。記者として、真実を伝えたい。それは正しい。しかし、会社として守るべきものもあるんだ」
電話が切れた。
前田は窓の外を見た。呉の夜景が、静かに広がっている。
5
翌朝——八月三日、前田は呉駅から一度広島に向かい、そのまま東京行きの新幹線に乗った。
会社の命令には従わざるを得なかった。これ以上独断で動けば、本当にクビになるかもしれない。
新幹線の車窓から、瀬戸内海が見えた。穏やかな海。その水面下で、何かが動いている。
前田はスマートフォンで、これまで撮影した写真を見返していた。工事現場、タンカー、そして——
着信があった。見知らぬ番号だ。
前田は躊躇してから、通話ボタンを押した。
「もしもし、前田です」
「前田香里奈さんですね」
女性の声だった。落ち着いていて、知的な印象を与える。
「はい……どちら様ですか?」
「私は、あなたが探しているものに関心がある者です」
前田の背筋に緊張が走った。
「詳しくはお話しできません。ただ、一つだけ——会社に戻っても、この件を諦めないでください」
「どういう……」
「もうすぐ、大きな動きがあります。八月六日、平和記念式典の日です」
「八月六日……」
安藤が言っていた日だ。
「その前日の夜——八月五日に、真実が明らかになります。準備をしておいてください」
「待ってください、あなたは一体——」
通話は切れた。
前田は呆然と、スマートフォンを見つめた。
八月五日の夜。何が起こるのか。
6
午後、前田は東京の会社に到着した。
編集部に入ると、同僚たちの視線が痛かった。「問題を起こした記者」として見られているのだろう。
前田は上司のデスクに向かった。
「部長、戻りました」
「ああ……」上司は疲れた表情で前田を見た。「前田、すまなかった。お前を守りきれなくて」
「いえ、私が勝手に動きすぎました」
「座れ」
上司は周囲を確認してから、声を潜めた。
「前田、これは非公式な話だ」
「はい」
「防衛省からの圧力は本物だ。しかし——」上司は前田の目を見た。「編集長も俺も、お前の取材が間違っているとは思っていない」
「部長……」
「ただ、今は時期が悪い。もう少し、様子を見る必要がある」
上司は引き出しから、一枚の紙を取り出した。
「これを見ろ」
それは、人事異動の資料だった。海上自衛隊の潜水艦乗員のリストが記されている。
「最近、潜水艦乗りが何人も部署変えになっている。おかしなことに——」
「おかしなこと?」
「事務方に異動している。しかも、全員が呉所属だ」
前田は資料を見た。確かに、十数名の潜水艦乗員が、技術部門や管理部門に異動している。それも、この三ヶ月の間に。
「潜水艦乗りは専門職だ。簡単に事務方には異動しない。それが、これだけの人数——何かあると思わないか?」
「つまり……」
「新しい潜水艦が建造されていて、その乗員として選抜されたのかもしれない」
上司は資料をしまった。
「前田、会社の方針として、直接の取材は中止だ。しかし——」
上司は前田を見つめた。
「八月六日、広島で平和記念式典が開催される。総理も出席する。その取材なら、行ってもいい」
「本当ですか?」
「ああ。それと、ついでに広島のグルメでも取材してこい。一週間くらいかけてもいい」
上司は、僅かに笑みを浮かべた。
「分かりました」
前田は上司の意図を理解した。
表向きは平和記念式典とグルメの取材。しかし、その間に——八月五日の夜、何かが起こる。それを見届けろ、という意味だ。
「ありがとうございます、部長」
「ただし」上司は真剣な表情になった。「危険は冒すな。もし何かあったら、すぐに連絡しろ」
「はい」
前田は席に戻り、広島行きの準備を始めた。
八月五日まで、あと二日。
その夜、何が明らかになるのか。
前田の胸に、期待と不安が渦巻いていた。
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