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第13話 真実を求める者
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1
八月五日、午前中。
前田は広島市内のホテルで、昨夜撮影した写真を確認していた。
工場の建物、集まった人々、そして安藤と水嶋の姿——しかし、肝心の潜水艦らしき構造物は、建物の陰になってほとんど見えていなかった。
これだけでは、決定的な証拠にはならない。
前田は上司に電話をかけた。
「部長、前田です」
「どうだ、何か進展はあったか?」
「はい……昨夜、観音の工場で何かの視察が行われていました。安藤さんや、水嶋先生の姿も確認しました」
「それは……」上司の声が緊張した。「写真は?」
「撮影しました。ただ、決定的なものは……まだです」
「そうか。無理はするなよ。明日は平和記念式典だ。そちらを取材がメインだからな」
「はい。ただ……」
前田は少し躊躇してから続けた。
「今夜、また動きがあるかもしれません」
「今夜?」
「詳しくは言えませんが、情報源があります」
上司は少し沈黙してから言った。
「分かった。気をつけてくれ。そして、もし本当に大きな動きがあったら——すぐに連絡しろ」
「はい」
電話を切った前田は、窓の外を見た。
快晴の広島。明日は平和記念式典が開催される。総理も参加する大きなイベントだ。
そして、その裏側で——何かが動いている。
2
午前十時、前田は平和記念公園に向かった。
式典の準備が進められており、多くの警察官や警備員が配置されていた。報道陣も既に集まっており、カメラや機材のチェックをしている。
前田も記者として、明日は式典を取材する。しかし、心は上の空だった。
今夜、何が起こるのか。森川は何を知っているのか。
3
十二時、前田は市内の高級ホテルのラウンジにいた。
森川から指定された場所——ホテルの最上階にあるレストランだ。窓からは、広島市内と広島湾が一望できる。
「前田さん、こちらです」
森川が、窓際の席で手を上げた。昨夜とは違い、カジュアルなジャケットを着ている。しかし、その洗練された雰囲気は変わらなかった。
「こんにちは」
前田は席に着いた。
「式典の取材準備はどうですか?」森川が尋ねた。
「ええ、なんとか」
「そうですか」
森川はメニューを開いた。
「何か食べたいものはありますか? ここの料理、なかなか美味しいんですよ」
「じゃあ、おすすめを」
森川はウェイターを呼び、コース料理を注文した。
料理が運ばれてくるまで、二人は軽い会話をした。広島の街のこと、明日の式典のこと——表面的な話題だ。
しかし、前田は気づいていた。ラウンジには、多くの外国人観光客がいた。欧米系、アジア系、中東系——様々な国籍の人々が、食事をし、会話を楽しんでいる。
広島は、国際的な観光都市だ。しかし、その中に——もしかしたら、単なる観光客ではない者もいるかもしれない。
4
前菜が運ばれてきた。
森川はワインを一口飲んでから、声を潜めて言った。
「前田さん、昨夜のことですが」
「はい」
「あなたは、あれが何だと思いますか?」
前田は慎重に答えた。
「新型の潜水艦……でしょうか」
「ええ。しかし、ただの潜水艦ではない」
森川は窓の外を見た。遠くに、広島湾が見える。
「昨日も言いましたが、世界を揺るがすほどの新兵器だと、私は考えています」
「新兵器……」
「原子力潜水艦だと思いますか?」
森川が前田を見つめた。
「それは……」前田は言葉を選んだ。「日本には非核三原則がありますから、原子力潜水艦は……」
「そうです。だから、違う」森川は断言した。「もっと革新的な、全く新しい技術を使った潜水艦です」
前田の心臓が高鳴った。
「推進システムが違うんです」森川は続けた。「従来のスクリュー式ではない。何か、まったく新しい推進機関——」
電磁推進——前田の頭に、その言葉が浮かんだ。
しかし、前田はそれを口にしなかった。水嶋のことも、小与島のことも、自分が知っていることを、まだ森川には明かさない方がいいと感じた。
「どうしてそう思うんですか?」
「情報です」森川は静かに言った。「私には、情報源がある。そこから、断片的に聞いている」
5
メイン料理が運ばれてきた。
しばらく、二人は黙って食事をした。しかし、沈黙は重くなかった。むしろ、心地よい緊張感があった。
「前田さん」森川が口を開いた。「あなたは、なぜ記者になったんですか?」
唐突な質問に、前田は少し驚いた。
「それは……真実を伝えたかったからです」
「真実」森川は頷いた。「でも、真実を伝えることが、常に正しいとは限らない。そう思いませんか?」
安藤と同じことを言う——前田はそう思った。
「確かに、そうかもしれません。でも、国民には知る権利があります」
「その通りです」森川は言った。「しかし、知ることで、かえって危険にさらされることもある」
森川はワインを一口飲んだ。
「例えば、今回のこと。もしあなたが、あの潜水艦のことを報道したら、どうなると思いますか?」
「政府は追及されるでしょう。野党は批判し、マスコミは騒ぎ立てる」
「そうです。そして——」森川は前田を見つめた。「周辺国も、その情報を得る。日本の防衛計画は、完全に筒抜けになる」
前田は黙った。
「私は、あなたに報道しろと言っているわけではありません」森川は続けた。「ただ、真実を知ってほしい。そして、どうすべきか、自分で判断してほしいんです」
「あなたは……一体、何者なんですか?」
前田は、ついにその質問をした。
6
森川は少し笑った。
「私は……真実を求める者です。あなたと同じように」
「でも、どうしてこんなに詳しく——」
「私にも、立場があります」森川は真剣な表情になった。「今は、それ以上は言えません。ただ、信じてください。私は、あなたの敵ではない」
前田は森川の目を見つめた。
この男は、嘘をついているようには見えなかった。しかし、全てを明かしているわけでもない。
「今夜、何が起こるんですか?」
「おそらく——」森川は窓の外を見た。「あの潜水艦が、海に下ろされます」
「今夜?」
「ええ。もうすぐ総理が広島入りされます。その後、人目につきにくい時間に、視察とお披露目が行われるでしょう」
森川はスマートフォンを取り出した。
「午後七時頃、私から連絡します。その時、一緒に見に行きましょう」
「工場に?」
「いえ、対岸から」森川は地図を見せた。「江波という場所があります。そこから、観音の工場が見渡せる」
前田は地図を確認した。確かに、江波から観音は、天満川を挟んで対岸に位置していた。
「双眼鏡で観察します。そして、決定的な瞬間を記録する」
森川の目は、真剣だった。
7
食事が終わり、二人はラウンジを出た。
エレベーターホールで、森川が言った。
「前田さん、一つだけ覚えておいてください」
「はい」
「今夜、あなたが目撃することは——この国の未来を変えるかもしれません」
森川の言葉は、重かった。
「でも、それをどう扱うかは、あなたが決めることです。私は、あなたを利用しようとしているわけではない。ただ、真実を共有したいだけです」
「分かりました」
前田は頷いた。
エレベーターが到着し、二人は別々の階で降りた。
部屋に戻った前田は、窓から広島湾を眺めた。
あの海に、今夜、新しい潜水艦が下ろされる。
電磁推進システムを搭載した、完全無音の潜水艦——
それは、水嶋総の技術の結晶だ。そして、日本政府の秘密の切り札。
前田はカメラとICレコーダーの準備を始めた。
今夜——全てが明らかになる。
8
午後七時、前田のスマートフォンが鳴った。
森川からだった。
「前田さん、準備はいいですか?」
「はい」
「では、江波で待ち合わせましょう。住所を送ります」
メッセージが届いた。江波の港近くの住所だ。
「小型の漁船を手配しました」森川が言った。「そこから、観音の工場に近づきます」
「漁船で……?」
「ええ。対岸から見るだけでは、詳細は分かりません。できるだけ近くで見る必要があります」
前田は躊躇した。
それは、かなり危険な行動だ。もし見つかれば——
「大丈夫です。私を信じてください」
森川の声は、確信に満ちていた。
「分かりました」
前田は決断した。
ここまで来て、引き返すことはできない。
「では、三十分後に」
電話が切れた。
前田は荷物をまとめ、ホテルを出た。
窓の外では、夜の帳が広島の街を覆っていた。
そして、その闇の中で——巨大な秘密が、動き出そうとしていた。
八月五日、午前中。
前田は広島市内のホテルで、昨夜撮影した写真を確認していた。
工場の建物、集まった人々、そして安藤と水嶋の姿——しかし、肝心の潜水艦らしき構造物は、建物の陰になってほとんど見えていなかった。
これだけでは、決定的な証拠にはならない。
前田は上司に電話をかけた。
「部長、前田です」
「どうだ、何か進展はあったか?」
「はい……昨夜、観音の工場で何かの視察が行われていました。安藤さんや、水嶋先生の姿も確認しました」
「それは……」上司の声が緊張した。「写真は?」
「撮影しました。ただ、決定的なものは……まだです」
「そうか。無理はするなよ。明日は平和記念式典だ。そちらを取材がメインだからな」
「はい。ただ……」
前田は少し躊躇してから続けた。
「今夜、また動きがあるかもしれません」
「今夜?」
「詳しくは言えませんが、情報源があります」
上司は少し沈黙してから言った。
「分かった。気をつけてくれ。そして、もし本当に大きな動きがあったら——すぐに連絡しろ」
「はい」
電話を切った前田は、窓の外を見た。
快晴の広島。明日は平和記念式典が開催される。総理も参加する大きなイベントだ。
そして、その裏側で——何かが動いている。
2
午前十時、前田は平和記念公園に向かった。
式典の準備が進められており、多くの警察官や警備員が配置されていた。報道陣も既に集まっており、カメラや機材のチェックをしている。
前田も記者として、明日は式典を取材する。しかし、心は上の空だった。
今夜、何が起こるのか。森川は何を知っているのか。
3
十二時、前田は市内の高級ホテルのラウンジにいた。
森川から指定された場所——ホテルの最上階にあるレストランだ。窓からは、広島市内と広島湾が一望できる。
「前田さん、こちらです」
森川が、窓際の席で手を上げた。昨夜とは違い、カジュアルなジャケットを着ている。しかし、その洗練された雰囲気は変わらなかった。
「こんにちは」
前田は席に着いた。
「式典の取材準備はどうですか?」森川が尋ねた。
「ええ、なんとか」
「そうですか」
森川はメニューを開いた。
「何か食べたいものはありますか? ここの料理、なかなか美味しいんですよ」
「じゃあ、おすすめを」
森川はウェイターを呼び、コース料理を注文した。
料理が運ばれてくるまで、二人は軽い会話をした。広島の街のこと、明日の式典のこと——表面的な話題だ。
しかし、前田は気づいていた。ラウンジには、多くの外国人観光客がいた。欧米系、アジア系、中東系——様々な国籍の人々が、食事をし、会話を楽しんでいる。
広島は、国際的な観光都市だ。しかし、その中に——もしかしたら、単なる観光客ではない者もいるかもしれない。
4
前菜が運ばれてきた。
森川はワインを一口飲んでから、声を潜めて言った。
「前田さん、昨夜のことですが」
「はい」
「あなたは、あれが何だと思いますか?」
前田は慎重に答えた。
「新型の潜水艦……でしょうか」
「ええ。しかし、ただの潜水艦ではない」
森川は窓の外を見た。遠くに、広島湾が見える。
「昨日も言いましたが、世界を揺るがすほどの新兵器だと、私は考えています」
「新兵器……」
「原子力潜水艦だと思いますか?」
森川が前田を見つめた。
「それは……」前田は言葉を選んだ。「日本には非核三原則がありますから、原子力潜水艦は……」
「そうです。だから、違う」森川は断言した。「もっと革新的な、全く新しい技術を使った潜水艦です」
前田の心臓が高鳴った。
「推進システムが違うんです」森川は続けた。「従来のスクリュー式ではない。何か、まったく新しい推進機関——」
電磁推進——前田の頭に、その言葉が浮かんだ。
しかし、前田はそれを口にしなかった。水嶋のことも、小与島のことも、自分が知っていることを、まだ森川には明かさない方がいいと感じた。
「どうしてそう思うんですか?」
「情報です」森川は静かに言った。「私には、情報源がある。そこから、断片的に聞いている」
5
メイン料理が運ばれてきた。
しばらく、二人は黙って食事をした。しかし、沈黙は重くなかった。むしろ、心地よい緊張感があった。
「前田さん」森川が口を開いた。「あなたは、なぜ記者になったんですか?」
唐突な質問に、前田は少し驚いた。
「それは……真実を伝えたかったからです」
「真実」森川は頷いた。「でも、真実を伝えることが、常に正しいとは限らない。そう思いませんか?」
安藤と同じことを言う——前田はそう思った。
「確かに、そうかもしれません。でも、国民には知る権利があります」
「その通りです」森川は言った。「しかし、知ることで、かえって危険にさらされることもある」
森川はワインを一口飲んだ。
「例えば、今回のこと。もしあなたが、あの潜水艦のことを報道したら、どうなると思いますか?」
「政府は追及されるでしょう。野党は批判し、マスコミは騒ぎ立てる」
「そうです。そして——」森川は前田を見つめた。「周辺国も、その情報を得る。日本の防衛計画は、完全に筒抜けになる」
前田は黙った。
「私は、あなたに報道しろと言っているわけではありません」森川は続けた。「ただ、真実を知ってほしい。そして、どうすべきか、自分で判断してほしいんです」
「あなたは……一体、何者なんですか?」
前田は、ついにその質問をした。
6
森川は少し笑った。
「私は……真実を求める者です。あなたと同じように」
「でも、どうしてこんなに詳しく——」
「私にも、立場があります」森川は真剣な表情になった。「今は、それ以上は言えません。ただ、信じてください。私は、あなたの敵ではない」
前田は森川の目を見つめた。
この男は、嘘をついているようには見えなかった。しかし、全てを明かしているわけでもない。
「今夜、何が起こるんですか?」
「おそらく——」森川は窓の外を見た。「あの潜水艦が、海に下ろされます」
「今夜?」
「ええ。もうすぐ総理が広島入りされます。その後、人目につきにくい時間に、視察とお披露目が行われるでしょう」
森川はスマートフォンを取り出した。
「午後七時頃、私から連絡します。その時、一緒に見に行きましょう」
「工場に?」
「いえ、対岸から」森川は地図を見せた。「江波という場所があります。そこから、観音の工場が見渡せる」
前田は地図を確認した。確かに、江波から観音は、天満川を挟んで対岸に位置していた。
「双眼鏡で観察します。そして、決定的な瞬間を記録する」
森川の目は、真剣だった。
7
食事が終わり、二人はラウンジを出た。
エレベーターホールで、森川が言った。
「前田さん、一つだけ覚えておいてください」
「はい」
「今夜、あなたが目撃することは——この国の未来を変えるかもしれません」
森川の言葉は、重かった。
「でも、それをどう扱うかは、あなたが決めることです。私は、あなたを利用しようとしているわけではない。ただ、真実を共有したいだけです」
「分かりました」
前田は頷いた。
エレベーターが到着し、二人は別々の階で降りた。
部屋に戻った前田は、窓から広島湾を眺めた。
あの海に、今夜、新しい潜水艦が下ろされる。
電磁推進システムを搭載した、完全無音の潜水艦——
それは、水嶋総の技術の結晶だ。そして、日本政府の秘密の切り札。
前田はカメラとICレコーダーの準備を始めた。
今夜——全てが明らかになる。
8
午後七時、前田のスマートフォンが鳴った。
森川からだった。
「前田さん、準備はいいですか?」
「はい」
「では、江波で待ち合わせましょう。住所を送ります」
メッセージが届いた。江波の港近くの住所だ。
「小型の漁船を手配しました」森川が言った。「そこから、観音の工場に近づきます」
「漁船で……?」
「ええ。対岸から見るだけでは、詳細は分かりません。できるだけ近くで見る必要があります」
前田は躊躇した。
それは、かなり危険な行動だ。もし見つかれば——
「大丈夫です。私を信じてください」
森川の声は、確信に満ちていた。
「分かりました」
前田は決断した。
ここまで来て、引き返すことはできない。
「では、三十分後に」
電話が切れた。
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窓の外では、夜の帳が広島の街を覆っていた。
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