アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 部屋に静寂が降りた。結衣は頭の中で情報を整理しようとしたが、あまりにも非現実的な話ばかりで、まとまらない。
「つまり……私は普通の人間じゃないということですか?」
「いえ、そうではありません」
 鮎川が首を振った。
「結衣さんは間違いなく人間です。実を言えば、日本人の十人に一人は体内にマナを持っています。ただ、ごく微量なので多少の免疫効果があるくらいです。しかし、結衣さんの場合はそれが多く、操れる可能性があるということです」
「マナを操る……」
「実はな、水面下でだが、現在、世界各地で門を巡る争いが起きている」
 祖父が重々しく口を開いた。
 鮎川も続ける。
「各国が門の確保に動いているのですが、一部の門は操作するために特別な能力を持つ人が必要なんです」
「それが、私だということですか?」
「あくまでその一人になる可能性があるということです」
 花巻が頷いた。
「実際、結衣ちゃんと同じような血統の人は世界中にいますが、日本人ほど多くはありません。そして、その中でも実際にマナを操る能力を発現する人はさらに少ないのですというか、ほぼいません」
 結衣は立ち上がって窓の外を見た。いつもの平和な庭の風景が広がっているが、今はまるで別世界のように感じられる。
「私が、魔法が使えるだなんて……信じられません」
「気持ちはわかります」
 鮎川が優しく言った。
「でも、現実として、結衣さんには特別な力があるようです。それを受け入れるか、どう使うかは、結衣さん自身が決めることです」
「まあ、まだ高校生なんだし。しばらくは青春を楽しんだらいいんじゃないかな。色々なことは、その後で考えてもいいわけだし……幸い今のところ日本には僕もいるし」
 花巻は明るい顔で付け加えた。

 結衣は振り返って、三人を見つめた。祖父の表情は複雑で、心配と誇りが入り混じっているように見える。花巻は相変わらず優しい笑顔を浮かべているが、その目の奥には真剣さがある。鮎川は冷静で、でも温かい眼差しで結衣を見つめている。
「でも、どうして今、この話を……?」
「一番は、あなたを保護対象とするかどうか。つまり、安全確保ね。そして、あなたの心的ストレスの解消かな。お祖父様がずいぶん心配なさっていたわ」
「余計ストレスが溜まった気がするんですけど……」
「そうね。でも、何も分からずにモヤモヤし続けるより、真実を知った方が良いと私たちは考えたの」
「そうかも……それと、安全確保って、どういうこと?」
「先ほどの話の中に、世界中で門の争奪戦が起きているって話がありましたね」
 鮎川がパソコンの画面を切り替えた。そこには東シナ海の地図が表示され、複数の船の位置が示されている。
「例えば、現在C国は、日本近海の門を探索しています」
「それと私が関係あるんですか?」
「C国に限らず、どこかの国が新たな門を発見したとしましょう。しかし、その門は閉じていて、開くことができないとします。見つけた門を開くためには特別な能力を持つ人の力が必要になりますが、世界中探しても見つけられる可能性は極めて低いでしょう」
 花巻が続けた。
「でも、もし彼らがどうしても能力者を確保したいと考えれば……」
 結衣は背筋が寒くなった。自分が国際的な争いの中心にいるなんて、思いもしなかった。夏の庭には蝉の声が響いている。夏休みの平和な午後。でも、その平和が幻想のように感じる。
 結衣は深呼吸した。十七歳の夏に、まさかこんな選択を迫られるとは思わなかった。
「一つだけ聞きたいことがあります」
「何でしょう?」
「私が力を使えるようになったとして、危険はありますか?」
 三人は顔を見合わせた。
「正直に言います」
 鮎川が口を開いた。
「能力が直接結衣さんを害することはありません。むしろ守ってくれることの方が多いでしょう。しかし、間接的な危険はあります。能力を狙う者もいるでしょうし、政治的な圧力もかかるかもしれません」
「でも」
 鮎川が続けた。
「我々が結衣さんを守ります」
 花巻も頷いた。
「僕たちの組織には、同じような能力を持つ人や、それを理解する人たちがいます。結衣ちゃんは一人じゃありません」
 結衣は三人の顔を見回した。この人たちは、自分のことを本気で心配してくれている。そのことだけは確かだった。
「少し、考える時間をください」
「もちろんです」
 鮎川がパソコンを閉じながら答えた。
「ただ、何か異常を感じたり、危険を感じたりしたら、すぐに連絡してください」
 花巻が胡瓜に顔と手足がついたような変な人形のついたキーホルダーを渡してきた。
「あっ、それは……」
 鮎川が声を上げたが、それを遮って花巻が続けた。
「ふふん、きもかわいいでしょう。これ鮎川さんの手作りです。中に発信機が入っています。何か困ったらそれを強く握ってください。それだけで二十四時間、いつでも駆けつけますよ」
「先生。これはいつもスマホが繋がらない先生用にって……」
「そうだけど、今は僕より結衣ちゃんが持っていた方が安心だし、また作ってくれるでしょ?」
「ええ、まあそれはそうですね」
 鮎川は結衣の方を向いて言った。
「あの……ちょっと変な人形ですよね。すぐにもっとかわいいのと交換しますから待っていてくださいね」
 恥ずかしそうに頬を染める鮎川を見て、結衣は微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、これ、とってもかわいいです」
 鮎川さんって、こんな可愛らしい面もあるんだ、と結衣は思う。そして、鮎川と花巻の関係もなんとなく察してしまった。
「かわいいよね。これ、アガルタにいる伝説のドラゴンだそうです」
「えっ」
「曲がったきゅうりって思ってたでしょう?」
「もうやめてくださいって……」
 そんな鮎川と花巻の微笑ましいやり取りを見て、結衣はこの人たちとならなんとかなりそうだと感じたのだった。
 夕日が庭を染め始めている。いつもの夕方の風景だが、今日はどこか違って見える気がした。
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