アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 広島市の中心地からバイパスを西に走り、五日市で降りて八幡川沿いに北に暫く進むと、窓竜湖に出会う。それを過ぎてさらに進むと湯来町に入る。
 この湯来町は、かつては温泉街として賑わった街だったが、最近はずいぶん廃れてきている。何年か前に広島市が国民宿舎を作ったが、そこもそう多くの客を集めてはいない。
 森川が運転する白いデミオは、そんな国民宿舎の手前の道を右に折れ、山に向かった。この先には、まだ温泉宿も残っているが、その多くは閉鎖され、今は市の管理物件となっている。その管理物件の一つに向かっているのだ。
「正直、ワクワクしますね。俺、ほんと初めてなんですよ」
 森川の声には抑えきれない興奮が込められている。大手広告会社にいた頃には想像もできなかった世界に足を踏み入れることへの期待感が溢れていた。
「あまり期待するな。今回のお客さんは外見じゃあ俺たちとそんなに変わるわけじゃないからなあ。服装さえ変えれば、聞き慣れない言葉を話す外国人としか思われないだろうよ。それとな、間違っても魔族って言うなよ。それは差別用語だからな」
 いささか高ぶり過ぎの森川の言葉に、安藤は釘を刺した。確かに、異世界からの来訪者といっても、映画やゲームに出てくるような劇的な外見をしているわけではない。むしろ、普通の人間と見分けがつかないことの方が多いのだ。
 門の管理をする安藤たちの所属部署は、国の最重要部署の一つであるにもかかわらず、表向きには存在していない。大化の昔から、時の権力者によって秘密にされてきたからだ。
 日本で門は二十七カ所確認されている。その多くは昔から鬼や邪な者の住処とされ、祠やしめ縄、鳥居などの結界によって、その門が開くのを抑えている。誰も行くはずがない崖の中腹に作られた祠などの中には、そういったものも多い。
 また、地面に直接門が開く場所には、特殊な鳥居によって結界が張られた。三角鳥居と呼ばれるその鳥居は、京都や対馬、そして首都東京にもある。
「古の京都では、その門から訪れた魔族との間で、都を焼き尽くすほどの争いが起こったこともあるんだ」
 安藤は車窓を流れる山の景色を見ながら説明した。
「当時の特殊能力者である陰陽師が、熾烈な攻防を繰り広げたことが語り伝えられている。陰陽師は、おとぎ話で言うところの勇者になるんだろうな」
 森川は運転しながら、その話に聞き入っていた。自分が関わっているのは、まさに歴史の裏側に隠された真実なのだ。

 やがて、車は山道をさらに奥へと進んでいった。道の両側には、かつては賑わったであろう温泉宿の看板が朽ち果てて立っている。中には完全に廃墟と化した建物も見える。
 バブル経済の頃には多くの観光客で賑わったこの地域も、今では人の気配がほとんどない。それが、かえって秘密施設の隠れ蓑として都合が良いのかもしれない。
「この辺りは、昔は本当に賑やかだったんですよ」
 森川が懐かしそうに言った。
「子供の頃、家族で来たことがあるんです。温泉に入って、川で遊んで……」
「時代の流れだな」
 安藤は感慨深げにつぶやいた。
「でも、我々の仕事にとっては、人里離れた静かな場所の方が都合がいい」
 車は細い山道を上り、やがて一軒の温泉宿の前に止まった。「湯来荘」という古い看板が掛かっているが、建物は明らかに営業を停止している。窓はすべて板で塞がれ、玄関にも立入禁止の札が貼られている。
「ここですか?」
「ああ、表向きは廃業した温泉宿だ」
 安藤は車から降りながら答えた。
「でも、地下には我々の施設がある」

 二人が建物に近づくと、板で塞がれた窓の一つが内側から開いた。そこから現れたのは、見慣れた整った顔立ちの男性だった。
「安藤さん、お疲れさまです」
 花巻吾郎が現れて、二人を迎えた。
「花巻先生、お疲れさま。こちらはうちの森川です」
「初めまして、森川と申します」
 森川は緊張しながら挨拶をした。
「花巻です。よろしくお願いします。それでは、中へどうぞ」
 花巻に案内されて建物の中に入ると、そこは確かに廃墟そのものだった。畳は腐り、天井には雨漏りの跡があり、とても人が住める状態ではない。
「こんなところに本当に施設があるんですか?」
 森川が不安そうに呟いた。
「地下ですから」
 花巻は建物の奥へと向かった。そこには、一見すると普通の下駄箱があったが、花巻が隠しスイッチを操作すると、床に隠し扉が現れた。
「おお……」
 森川が感嘆の声を上げた。まるで映画のワンシーンのようだった。
 隠し扉を降りると、そこには現代的な設備が整った地下施設が広がっていた。廃墟の上階とは打って変わって、清潔で機能的な空間だった。
「すごいですね……こんなところに」
「昔の温泉宿は、地下に大きな貯湯槽があったんです。それを改造して施設にしました」
 花巻が説明しながら、さらに奥の部屋へと案内した。

 その部屋には、一人の女性が座っていた。銀色の髪に整った顔立ち、そして少し尖った耳。安藤は以前の写真で見覚えがあった。
「花巻美佐江さんですね」
 安藤が声をかけると、女性は振り返った。その顔は、確かに花巻吾郎と似ている。兄妹であることは一目瞭然だった。
「はい、美佐江です。皆さん、お疲れさまでした」
 美佐江の日本語は流暢だったが、どこかアクセントに異国の響きがあった。
「こちらは森川です。初めて異世界の方にお会いします」
 森川の紹介に、美佐江は微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。久しぶりの地球なので、少し緊張しています」
「久しぶりというと?」
「二十六年ぶりです。前回は、まだ学生の頃でした」
 美佐江の説明に、安藤は頷いた。データ通りだった。
「それで、今回はどのような用件で?」
 安藤が本題に入ろうとしたとき、美佐江の表情が急に暗くなった。
「実は……あちらで深刻な事態が起こっています」
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