アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 静まり返った会議室に、ノックの音が響いた。
 日本側代表の石川が戸惑った表情で扉を見る。予定にない来訪者だ。
 扉が開き、五十代くらいの男性が二人とその後ろに続いて、二十代に見える凛とした雰囲気の女性が入ってきた。
「これはこれは」
 C国代表の張が、驚いたような、しかし妙に納得したような表情を浮かべた。
「吉澤一等海佐……いえ、今は違いましたね。ただの吉澤さんでしたか。何をしにおいでになられたのでしょうか。今は大切な会談の途中なのですが」
 吉澤と呼ばれた男性は、落ち着いた様子で張に会釈した。
「お久しぶりです、張副部長。今日はこの会談に参加させていただきたく参りました」
 石川が困惑した表情で口を開いた。
「吉澤さん? 一体どういう……」
「申し訳ございません、石川審議官」
 吉澤が丁寧に頭を下げた。
「私からお話しすべきことがあります。まず、こちらを紹介させてください。安藤と防衛省情報本部の鮎川です」
「ただの安藤さん……と防衛省の鮎川さんですか」
 吉澤の後ろにいた男性の一人が前に出て、一礼した。女性も続いた。
「今回の件について、我々からお話しさせていただきたいと思います」
 吉澤が真剣な表情で張を見据えた。
「ただし、こちらが話す以上、あなたたちも本当のことをお話しください」
「本当のこと、ですか」
 張が薄く笑った。
「我々は最初から真実を語っているつもりですが」
「それでは」
 安藤が鞄から一枚の写真を取り出した。
「我々も似たような写真を持っておりまして」
 その写真には、C国の人民解放軍の制服を着た軍隊が、先ほどC国側から見せられたのと同じ門をくぐっている姿が映っていた。
「これは!」
 石川たち日本の代表団が驚きの声を上げた。
 しかし、C国の代表団は驚いた様子を見せなかった。張は冷静に写真を眺め、口を開いた。
「これは作られた画像ですか」
「いえ」
 安藤が首を振った。
「みなさんから先ほど見せていただいたのと同じ動画から切り取った画像です。つまり、あなた方が我々に見せた映像の続きには、日本の自衛隊に偽装した者だけでなく、C国の人民解放軍に偽装した者も映っていたということです」
 会議室に再び沈黙が落ちた。
 張の表情が、わずかに変わった。
「なるほど」
 張が深く息を吸った。
「どうやら、我々も正直に話す必要がありそうですね」

 吉澤が頷き、安藤に視線を送った。
「では、時系列に沿ってお話しします」
 安藤が資料を広げた。
「まず、アガルタの一国で動乱が起きました。その際、逃れてきた者がいました。その方から寄せられた情報から、C国の関与があるのではないかと我々は考えました」
 張は黙って聞いている。
「同じ頃、C国の調査船が日本近海で門を探していたこと、そして国内で発見された古代の石板がC国人と見られるグループによって持ち出されたことが確認されています」
 安藤が声を潜めた。
「そして……古代兵器の可能性も考慮せざるを得ませんでした」
 張の表情が変わった。
「古代兵器?」
「はい」
 安藤が頷いた。
「ことの真相を確認する必要があり、情報収集のため最小限の人数をアガルタに送りました。それが、先程あなた方が写真で見せた人物たちです」
 C国側の代表たちは黙って聞いていたが、古代兵器の話になると明らかに動揺していた。
「調査船のことは」
 張がようやく口を開いた。
「ただの海洋調査です。我が国の正当な権利の範囲内での活動です」
「石板の盗難については?」
 石川が尋ねた。
「我々には何も知らされていません」
 張が首を振った。
「第一、古代兵器につながるなど、初めて聞きました。それはどのような兵器でしょうか」
「そこまでは我々も確かな情報は得ていませんが……」
「どちらにせよ、伝説級の兵器とお考えということですね」
 知らないというその言葉には、嘘がないように思えた。張自身も、上層部から全ての情報を与えられていないのかもしれない。
「実は」
 張が資料を取り出した。
「実は、我々も……困っていることがあるのです」
「困っている?」
「ある古い遺跡の調査中に、我々は偶然新しい門を発見しました」
 張が苦い表情を浮かべた。
「しかし、事故が起き、数名が行方不明になったのです」
「行方不明?」
「はい。彼らは……おそらくアガルタにいるのではないかと考えています」
 張が真剣な表情で続けた。
「我々が新たな門を探していることは事実です。しかし、その目的は彼らの救出のためだけです。我々に敵対する意図はありません」
 会議室に重い空気が流れた。

 吉澤が思い出したような表情で口を開いた。
「それはそうと、張副部長」
「はい?」
「彼女への関与は控えていただきたいのですが」
 張が眉をひそめた。
「なんのことですかな」
「今日にでも、高校の正門前で下水道工事が始まると聞いています」
 吉澤が穏やかに続けた。
「お店の前を掘り返しますので、ご迷惑をおかけします」
 張の表情が一瞬固まった。
「そうですか。それはご親切に」
 張が作り笑いを浮かべた。
「ただ、間違ってもらっては困ります。彼らは彼女の自由を守るためにいるのですよ」
「それは、私たちの責任です」
 吉澤も笑顔を作った。
「ご安心ください。日本人のことは私たち日本人が守りますから」
 お互いに作り笑いをした後、張が立ち上がった。
「本日はこれまでとしましょう。しかし、すぐに第二回目の会合を開きたいと思います。我々も、本国と協議する必要があります」
「同意します」
 石川が頷いた。
「次回は、もっと建設的な話し合いができることを期待しています」
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