アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 その日の夕方、結衣の家では久しぶりに父が帰ってきていた。
「お父さん、お疲れ様」
 結衣が玄関で出迎えた。
「ただいま。結衣、元気にしていたか?」
 父が優しく微笑んだ。
「うん、大丈夫」
 リビングに入ると、母が夕食の準備をしていた。
「お帰りなさい。仕事、大変だったでしょう?危なくなかった?」
「ああ、まあ、なんとかね」
 父が曖昧に答えた。
「無事に戻れて良かったよ」
 父の視線が、テーブルに置かれた包みに止まった。
「それは?」
「ああ、それね」
 母が説明した。
「お隣の久保さんが、急な転勤で引っ越されたの。これまでのお礼だって、持ってきてくださったのよ」
「久保さんが?急に?」
 父の表情が変わった。
「ええ。ご主人が外資系の企業にヘッドハンティングされたらしくて、東京に行くことになったんですって」
 母があっけらかんと話す。
「それに、もう次の借主も決まってて、もうすぐ引っ越してこられるらしいわよ」
「そうか……」
 父が難しい表情をした。
「最近、ご近所さんの引っ越しが多いのよね」
 母が続けた。
「でも、みなさん栄転らしいわよ。良いことよね」
「他にも?」
「そうそう、斜め向かいの北田さんのところには北欧の方が引っ越してきたし、裏の家にもアメリカ人の気さくなご家族が引っ越してこられて」
 母が嬉しそうに話す。
「最近はよく話をするの。みなさん日本語も上手で、すごいわ。この辺りも国際化してきたわよね」
 結衣は母の話を聞きながら、父の表情が次第に険しくなっていくのに気づいていた。
「お父さん、どうかしたの?」
「いや……」
 父が首を振った。
「何でもない。ちょっと疲れてるだけだ」
 しかし、結衣には分かった。父は何か心配していることがある。そして、それは自分にも関係しているかもしれないのだと。

 一方、アガルタのタリアの宿では、ルラの街から戻った久世たちが、一行に街の様子を報告していた。
「映像を確認してください」
 久世が小型のノートパソコンを開いた。
 彼らのボタンなどに取り付けられていた小型カメラやマイクが記録した映像が再生される。
「言葉や見た感じから、地球の軍人たちは中東系であるように思えます」
 瀬崎が分析した。
「ただ、目的などは、街にいる兵士の会話からでは明確には分かりませんでした」
「しかし」
 佐野が音声を巻き戻した。
「この部分を聞いてください」
 スピーカーから、アラビア語らしき言葉が流れてくる。
「何度か、『神の国の復活』という意味の言葉が聞かれました」
 田中が眉をひそめた。
「神の国の復活……」
「宗教的な動機かもしれません」
 佐藤が分析した。
「古代の遺物や門を、何か宗教的な目的で利用しようとしている可能性があります」
「危険ですね」
 サミアが不安そうに呟いた。
「そのような人たちが、この世界に大量の武器を持ち込んでいるなんて」
「ラングーム行きは、一旦諦めましょう」
 久世が提案した。
「今の我々の装備と人数では、あの武装集団を突破することは不可能です」
「では、どうしますか?」
 田中が尋ねた。
「ナリアの皇都を目指しましょう」
 ユリナスが地図を広げた。
「ナリアの兵がどこにも見えないのが気になりますが、まずは皇都に状況を報告し、正式な支援を要請する必要があります。この問題は、もはや我々だけで対処できる規模ではありません」
「同意します」
 田中が頷いた。
「我々も、日本政府に状況を報告する必要があります。この事態は、地球とアガルタ、両方の世界に関わる重大な問題です」
「では、明日の朝、出発しましょう」
 クロストロフが一行を見回した。
「皇都までの道のりは長いですが、慎重に進めば安全に到達できるはずです」
 一行は頷いた。
 窓の外では、タリアの街に夜の闇が降りていた。武装した者たちの姿は相変わらず見えるが、彼らもまた、何かの命令を待っているように見えた。
「神の国の復活、か」
 久世が窓の外を見ながら呟いた。
「一体、誰が何のために、こんなことを企んでいるんだ」
 誰も答えることができなかった。
 しかし、確かなことが一つだけあった。地球とアガルタを巻き込んだ、大きな陰謀が動いているということだ。
 そして、その陰謀の中心に、古代の門と、失われた文明の遺産があるということだ。
 一行は、翌朝の出発に備えて、それぞれの準備を始めた。長い夜が、静かに更けていった。
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