アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

文字の大きさ
54 / 84

54

しおりを挟む
 一方その頃、日本では重要な会談が始まろうとしていた。
 東京都内の外務省会議室。日本政府の代表団とC国の代表団が、緊張した面持ちで向かい合っていた。
「本日は、両国間の懸案事項について率直な意見交換をしたいと考えております」
 日本側の首席代表、外務審議官の石川が口を開いた。
「まず、貴国による我が国近海での違法な調査活動について」
「その前に」
 C国の代表、外交部副部長の張が手を上げた。
「我々が確認しなければならない重要な事項があります」
 張は鞄から一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。
 石川たち日本側代表は、その写真を凝視した。不鮮明ではあるが、門のような構造物をくぐろうとしている武装した人物たちが写っている。その服装は、日本の陸上自衛隊のものに見えた。
「これは……どこで撮影されたものですか」
 石川が慎重に尋ねた。
「偶然です」
 張が冷静に答えた。
「中東地域に潜伏していた我が国の諜報員の一人が手に入れました。日本の自衛隊員が、未確認の施設に侵入しようとしている場面です」
「これは一体……」
 日本側の代表たちが顔を見合わせた。
「日本は国際的な協定を破りました」
 張が厳しい口調で告げた。
「中東地域での軍事活動は、国連の監視下に置かれているはずです。それを無視して、このような行動を取るとは」
「お待ちください」
 石川が手を上げた。
「その前に、貴国による我が国近海での違法な調査活動について説明していただけますか。また、我が国の遺跡から出土した遺物の盗難事件についても、貴国の関与が疑われています」
「我が国の海上での調査活動は、我が国の正当な権利です」
 張が即座に反論した。
「また、遺物の盗難とは何のことを言っているのか、全く見当もつきません。根拠のない主張は控えていただきたい」
 石川は深く息を吸った。感情的になってはいけない。冷静に、事実を確認しなければ。
「この写真をもう一度、詳しく見せていただけますか」
 写真を手に取った石川は、日本側の防衛省関係者に目配せをした。自衛隊出身の顧問、三島が写真を受け取り、慎重に観察する。
 不鮮明な写真だが、確かに日本の陸上自衛隊の制服によく似ている。しかし……
「これは」
 三島が小声で石川に耳打ちした。
「携帯している銃の形状が違います。我が国の制式装備ではありません」
 石川は頷いた。写真をさらに詳しく見ると、確かに装備の細部が異なっている。
「張副部長」
 石川が写真を返しながら言った。
「この写真の人物は、日本の自衛隊員ではありません」
「何を根拠に」
「装備が我が国のものと異なります」
 三島が説明した。
「制服は似ていますが、携帯している武器、装備品の配置、階級章の位置など、細部が全く違います。これは偽装です」
「それは言い逃れではありませんか」
 張が眉をひそめた。
「日本はそのような行動を支持していません」
 石川が明確に述べた。
「また、自衛隊員によるそのような行動は、全く確認されておりません。これは何者かによる偽装工作です」
 張は冷ややかな笑みを浮かべた。そして、再び鞄から別の写真を取り出した。
「では、こちらはいかがでしょうか」
 新しい写真には、数名の人物がハイエースに乗り込んでいる様子が写っていた。
 石川の顔色が変わった。
「こちらの方々は、我が国の情報では自衛隊員であると確認されています」
 張がゆっくりと言葉を続けた。
「この後、彼らはどちらに向かわれたのでしょうか。もしかして……アガルタではありませんか」
 会議室に重い沈黙が落ちた。
 石川は答えに窮していた。確かに、写真には久世たち自衛隊員の姿が写っている。否定することはできない。
「これは……」
 石川が口を開こうとしたが、適切な言葉が見つからなかった。
「お答えいただけないのですか」
 張が畳みかけた。
「日本は、国際社会に対して、アガルタとの接触について何も報告していません。それどころか、自衛隊員を派遣していたとは。これは重大な国際協定違反です」
「待ってください」
 石川が必死に言葉を探した。
「これには正当な理由が……」
「正当な理由?」
 張が冷たく笑った。
「では、その理由を国際社会に説明できるのですか。なぜ日本だけが、アガルタとの接触を独占しようとしているのか。なぜ、他国を排除して、秘密裏に行動しているのか」
 石川は額に汗が滲むのを感じた。
 写真の中の久世たちは、確かに使命を帯びてアガルタに向かった。それは日本政府の承認の下での行動だった。しかし、それを今ここで認めることは、国際的な非難を招くことになる。
 かといって、否定すれば、嘘をついたことになり、さらに信用を失う。
「張副部長」
 石川が慎重に言葉を選んだ。
「この件については、協議の上で、改めて回答させていただきたいと思います」
「逃げるのですか」
 張が冷ややかに言った。
「日本の誠実さが問われていますよ、石川審議官」
 会議室の空気は、凍りついたように冷たかった。
 窓の外では、東京の街が平和に見える。しかし、この部屋の中では、国際的な外交戦が静かに、しかし激しく繰り広げられていた。
 石川は心の中で呟いた。
(一体、誰が我々の行動を監視しているのだ。そして、なぜこのタイミングでC国がこの情報を持っているのか)
 アガルタをめぐる謎は、ますます深まるばかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
 2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。  死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。  命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。  自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

イジメられっ子世に憚る。

satomi
ファンタジー
主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。

処理中です...