アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 三時間目の数学の授業中、教室は静かだった。
 結衣は教科書を開き、先生の説明を聞いていた。微分積分の問題。少し難しいが、少し前に独学で勉強していた内容だ。
 窓の外は穏やかな秋晴れ。いつもと変わらない、平和な日常。
 その時、教室の扉がノックされた。
「失礼します」
 森川が入ってきた。
 しかし、その顔色は異常に悪かった。青白く、額には汗が浮かんでいる。
「森川先生……」
 数学の先生が驚いた。
「どうされましたか?体調が悪いのでは……」
「申し訳ありません」
 森川が震える声で言った。
「少しだけ、太田結衣さんをお借りできますでしょうか」

 教室がざわめいた。
 結衣も驚いて顔を上げた。
「私……ですか?」
「はい」
 森川が結衣を見た。
 その目には、何か深刻なものが宿っていた。
「急ぎの用事です。すぐに、廊下に出てきてください」
 結衣は立ち上がり、教室を出た。

 廊下に出ると、森川が壁に手をついていた。明らかに動揺している。
「森川先生、どうしたんですか?」
 結衣が心配そうに尋ねた。
「結衣さん……」
 森川が顔を上げた。
「言いにくいことなんですが……」
 森川が深く息を吸った。
「花巻五郎先生が、異世界で大怪我を負いました」

「え……」
 結衣の顔色が変わった。
「自衛隊病院の医師が、世界中の症例を調べて治療にあたっていますが……」
 森川が言葉を詰まらせた。
「効果がないんです」
「そんな……」
「このままだと、命に関わります」

 森川が結衣の目をまっすぐ見た。
「結衣さん、僕は……本当は、これを言うべきではないと思っています」
「どういうことですか?」
「僕の役割は、結衣さんを守ることです」
 森川が震える声で続けた。
「結衣さんの日常を守り、普通の生活を送れるようにすること。それが僕の任務です」
「森川先生……」
「でも……」
 森川が拳を握りしめた。

「結衣さんの力があれば、何かわかるかもしれない。花巻先生を助けられるかもしれない」
 森川が頭を下げた。
「お願いです。行ってくれませんか」
 結衣は一瞬も迷わなかった。
「当たり前です」
 結衣がはっきりと言った。
「森川先生、私を連れて行ってください」
「結衣さん……」
 森川が顔を上げた。
「でも、これは……結衣さんの日常が壊れるかもしれません」
「構いません」
 結衣が微笑んだ。
「誰かが苦しんでいるのに、見て見ぬふりなんてできません」
 森川の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……」

 森川がスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。
「鮎川さん、太田結衣さんが同意しました。はい、今すぐ向かいます」
 電話を切った森川が、校長室に向かって走り出した。
「結衣さん、ついてきてください」
 二人は校長室に駆け込んだ。
「校長先生!」
 森川が息を切らしながら言った。
「これから、グラウンドにヘリコプターが来ます。生徒を屋内に入れてください」
「何ですって?」
 校長が驚いて立ち上がった。
「ヘリコプター?一体何の話ですか」
「時間がないんです」
 森川がスマホを校長に渡した。
「説明は、電話の相手から聞いてください」
 校長が戸惑いながら電話を取った。

「はい、こちら校長の……え?文部科学大臣?」
 校長の顔色が変わった。
「はい……はい……わかりました。すぐに手配します」
 さらに電話の相手が代わり、校長の顔がさらに青ざめた。
「そ、総理大臣……?」
 校長が受話器を握りしめた。
「はい、承知いたしました。国家の重要事項であると……」

 電話を切った校長は、慌てて教頭を呼んだ。
「教頭先生!すぐに全校放送を!生徒を全員屋内に!」
「え?何があったんですか」
「いいから早く!」
 やがて、校内放送が流れた。
『全校生徒に連絡します。ただいまより、グランドで活動中の生徒の皆さんは全員教室に戻り、窓から離れてください。繰り返します……』
 生徒たちが混乱しながらも、教室に戻っていく。
「結衣さん」
 森川が結衣の手を取った。
「グラウンドに向かいます」
 二人は校舎を出て、グラウンドに走った。
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