11 / 331
ネズミ使いの暗殺者 1
しおりを挟む
樹族の首都アルケディアの場末のバーで、俺は無様に跪いて目をギュッと閉じていた。同じ無様を晒すなら、美人な女王様に跪く方が良い。何故なら、俺の目の前に立つ樹族は美人でも何でもない、眼帯禿おやじだからだ。
その禿おやじは、俺の頬骨を砕きたくてウズウズしている。魔法の拳を光らせて鼻息が荒い。今は目を瞑っているので見えないが、伯爵が拳を振り上げたのが気配で解った。
「じゃあいくぜ?」
―――チーン!!
お、電子レンジの音だ。俺の顔面がぐちゃぐちゃになる一歩手前のタイミングで、キャベツパンが焼けた・・・。
「ん? 何の音だ? それにいい匂いだな・・・」
おほ? ギル伯爵が俺の賄に食いついた! これはチャンスかも!
カウンター向こうに隠すように置いてあった携帯電子レンジからパンを取り出して、俺はそれを伯爵に差し出した。
「よ、よかったら食べます?」
「こ、これは! お前・・・! 知っててそれを作ったのか? 何モンか知らねぇが、マジックアイテムも持っているしな・・・。ならば有り得る・・・」
何の話だ? 取りあえずは俺は、チーズとマヨネーズが美味しそうな匂いを放っているキャベツパンを伯爵に渡した。
手に取るとすぐさま口に運び、カリッ、シャクっと音を立てて、伯爵は俺のキャベツパンを食べる。
「おおお! これだ! これ!」
だから何がだ? 取りあえず俺を殴るのを忘れてくれたようで嬉しい。内心ほっとして胡坐をかいて、ギル伯爵の嬉しそうな顔を見た。
「視たんだろう? 俺の過去を。でも俺が食ってたキャベツパンは、こんなに豪華じゃなかったんだ・・・。思い出補正で、豪華に思い浮かべたのかもしれねぇが」
思い出補正ってありますよね。子供のころ名作だと思ってた漫画やアニメが、今見るとそうでもなかったり。
「うめぇうめぇ! 俺はよぉ、田舎貴族の次男坊でな・・・、モグモグ。兄とは数段下の扱いを受けて育てられてたんだ・・・。兄は家を継ぐから服も上等だったし、食べ物も豪華だったよ。逆に俺は、平民みたいな普通の服を着せられて、食事も腹いっぱい食べさせてもらえなかった。嫡子の予備みたいなもんだからよ・・・」
伯爵がなんか語りだした・・・。
「それを不憫に思った乳母が、いつも腹を空かせている俺に、こっそりとこれを作って持って来てくれたんだ。あまり上品な食べ物ではないけど、と言って乳母はいつも恥ずかしそうに笑ってたな・・・。俺が食べていたのは、パンに薄いベーコンとキャベツ、時々チーズが乗っているだけの粗末なもの。味付けはこの酸味のある白いソースじゃなくて、塩をかけただけだった」
もう一口齧ると、伯爵は咀嚼しながら涙を浮かべた。
「俺はよぉ・・・。これまで奴隷商人としては上手くいってたんだ。上手くいってたが、賄賂や奴隷の食事代等で出費が多くて、意外と儲からなくてよぉ・・・。そんな中で、お得意先の闘技場が閉鎖、奴隷商人への風当たりも強くなった今、大して金も持ってねぇ俺は、これからの先が見えなくなってな・・・。どうやって生きていこうかと考えたんだが、何も思いつかなくてヤケ酒飲みにここに来たわけよ。んで酒を飲んでたら、頭に浮かぶのはいつも優しかった乳母の顔と、このキャベツパンだった」
まさか俺が軽食として食べているキャベツパンが、伯爵の心の琴線に触れるとは思わなかったな・・・。
「ギルちゃん・・・」
ママは目の端をハンカチで拭っている。情に厚い人なんだな・・・。ギル伯爵も根っからの悪人ではなさそう。
「へへへ。でもこれ食べてたらよぉ、何か元気が出てきたぜ! 明日、田舎に帰って乳母の顔見てくるわ。んで、真っ当な商売でもして、堂々とお天道様の下で歩けるようになるぜ。ありがとよ、オビオ!」
お、クエストクリアか? ここがゲームの世界であればの話だけど・・・。この後、報酬が貰えるはずだ。金貨一枚!
「それでよ、オビオ。この勝負は俺の負けだ。だからお前を殴るのは止めにしとくぜ。で、報酬の金貨の話だが、これからの商売の事を考えたら、ちょっと惜しくなってきてよ・・・。でも約束は約束だ。代わりにこれやるよ。お前、マジックアイテム好きそうだしな。金貨一枚分の価値が、あるかどうかわかんねぇけど」
ギル伯爵は俺に指輪を投げてよこした。
指輪をまじまじ見たが、うっすらと赤く光っているだけで何の指輪かわからない。
「【読心】が使えるお前なら、その指輪の鑑定ぐらい、マジックアイテムかなんかでできるんじゃねぇのか?」
「いや、さっぱりわかりません・・・。(というかマジックアイテムなんて、タスネ子爵に貰った混乱の笛しか持ってねぇよ)」
「俺もその指輪がなんだかさっぱりなんだ。【知識の欲】で鑑定してみたんだが、何もわからなかった。相当高位の魔法使いか、司祭様じゃないと鑑定は無理だと思う。鑑定しないままで売っても、作りが良いから銀貨七枚くらいにはなるんじゃねぇかな? 魔法店で吹っ掛けて売っても良かったんだが、お前にやるわ。じゃあなオビオ。キャベツパン美味かったぜ」
俺はサムアップするギル伯爵にサムアップをし返して、ドアの外まで見送りする事にした。
「それではお元気で、伯爵!」
他の皆も見送りに出てきた。皆がにこやかに伯爵の新しい人生の門出を見送るはず・・・、だった。
しかし見送りに出た一同から驚きの声が、俺の耳に入る。というか俺も驚いて目の前の光景を見ている。
「ぐあああ!!」
「ギルちゃん!」
なんと・・・。ネズミが・・・、大量のネズミが伯爵に纏わりついているではないか!
異様に赤く光る目のネズミを、子分たちが近くにあった棒きれで叩き払っているが、尋常じゃない数のネズミは何度でもギル伯爵に纏わりつき齧る。
「いでぇ! 誰か助けてくれ!」
俺は咄嗟に思い出した。
そうだ! タスネ・サヴェリフェ子爵から貰った笛!
―――ピョ、ピョロロロ~!
目の前でネズミの群れが人を齧っているのに、間抜けな音をさせて笛を吹く俺を、ママやホッチさんは怪訝そうな目で見てくる。
「な、何やってるの? オビオちゃん・・・」
「あ! もしかして! それもマジックアイテム?」
俺はウンウンと頷きながら、より一層ホイッスルを強く吹いた。
―――ピリリィィィーー!!
するとどうだろうか。ネズミたちは伯爵から離れて、互いに同士討ちを始めた。
「今です! 子分さんたち! 伯爵をこちらへ!」
「おう!」
三人の子分が伯爵を担いでバーに入る。伯爵は小さな噛み傷があったが、咄嗟に魔法で防いだのか、大怪我はしていなかった。しかし痛みで気を失っている。
「凄いじゃない! オビオ! そんな笛があるなら、鬼イノシシの時も使えば良かったのに!」
「そんな事よりも、この笛の効果は一分しかないんです。一分を過ぎれば、あのネズミの大群はその辺の人を襲うかもしれません。ネズミを一掃できるような攻撃魔法を持っている方は?」
誰もが首を横に振る。地走り族の子分Aが困惑顔で答えた。
「こんなかにメイジなんていねぇよ。皆、精々【眠れ】や【魔法の矢】を使える程度だな。本職がメイジなのは、伯爵様ぐらいだ」
その伯爵様は今、気絶している。
あんな大量のネズミをどうしたら・・・。ここはメイン通りから外れているから、人はあまり来ない。今のところ被害者は他に出てないみたいだけど・・・。
「とりあえず、魔法が使える人は、俺について来てください!」
俺は扉を勢いよく開けると、亜空間ポケットからガスバーナーを取りだした。今も魔法効果が継続しているネズミたちに、それを向けてみるものの、考え直す。群れはあちこちに分散しており、一網打尽とはいかないのだ。
「ネズミたちを足止めするような魔法を、お願いします!」
「よしきた!」
子分たちとママが両手をネズミたちに向けて「眠れ!」と言うと、放射状の光が広がって範囲内のネズミが次々と眠りだした。
「いいぞ!」
「でもオビオちゃん! この魔法もそんなにもたないわよ。どうするの?」
「こうするんです!」
俺はすぐに亜空間ポケットから取り出した殺虫スプレーを噴射する。その噴射される殺虫剤に、ガスバーナーを近づけた。
―――ゴォォォォ!
即席火炎放射器の出来上がりだ。だが、良い子は真似をしてはいけないぞ! とっても危険だからな!
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ~!」
一度これ言ってみたかったんだよなぁ~。
即席火炎放射器の強烈な火炎は、ネズミがを次々と焼き焦がしていく。毛の焼ける匂いが少々臭い・・・。
最後の一匹を路地裏まで追いかけて焼いた時、炎の向こうでフードを被った樹族が、舌打ちをしてこちらを睨んでいた。
「誰だ? 火傷はしなかったかな?」
(樹族・・・、だよな? でも肌の色が違うような・・・)
「よくも俺のキャワイイ子供達を・・・。なぜここにオーガがいるんギャ」
俺がスプレーの噴射を止めると、覆面の樹族はダガーを構えて襲い掛かってきた。
「ひぇぇ!」
なんだこいつ。火炎放射器で焼かれそうになって怒ったのか? だからって俺を殺そうとするか?
「ごめん! あんたがそこにいるなんて知らなかったんだ。焼きそうになったのは謝る!」
だめだ! 俺の話を聞いていない!
なんとかダガーの一突きを回避して、後ろにゴロゴロと転がり、ママと子分達に声を掛ける。
「皆さん! 来てください! 今、変な人に襲われています!」
直ぐにママと子分達が、俺の悲鳴に気が付いて駆けつけて来た。
「どうしたのぉ? オビオちゃん!」
「あの怪しいフードを被った男が、ダガーで襲い掛かってきたんです!」
伯爵の子分である地走り族の一人が、路地裏から出てくるフードを被った樹族を指さして叫ぶ!
「なんだ、チミは!」
「なんだチミはってキャ! そうです、わたすが、ゴブリンです」
「ゴブリンーー?」
この小さなフードの男は樹族ではなかった。ゴブリンはフードを後ろへやると、俺たちを睨み付ける。
「よくも俺のキャワイイ~ネズミ達を、焼き払ってくれたな? オーガぁ」
ゴブリンの視線は俺を捉えているが、時折忙しなく目を動かして誰かを探している。
俺は初めて見るこの世界のゴブリンを観察した。
深緑色の肌、堀の深い眼窩から覗く鋭い目。長い耳と長い鼻。
以前、試練の塔で見た異世界のゴブリン達は土色をしていたが、こっちの世界のゴブリンは緑色だ。
「なんだろう・・・。どことなく樹族に似ているな・・・。鼻さえ尖っていなければ。霧の向こうのゴブリンはもっとゴツゴツしてて、小鬼って感じだったけど・・・」
「オビオちゃん、それを聞いたのが私だからいいけど、他の樹族に言うと侮辱されたと誤解するから、言わない方が良いわよ。確かにゴブリンの女の子なんかは、樹族の色違いみたいな感じだけども・・・」
「き、気を付けます。ところでゴブリン! 何が目的でこんな事をするんだ!」
伯爵の子分三人とママという味方がいる事で、気が大きくなった俺は声を張り上げてゴブリンを指さす。
正直、自分の小物っぷりがダサい。
「お前らに用はない。さっさと伯爵を出せ。そうすれば見逃してやる」
それを聞いてママが手を打った。
「なるほど、そういう事ね。奴隷商人だった伯爵は、買った恨みも多い。恩赦で故郷に帰った元奴隷が、暗殺者を雇って差し向けてもおかしくないわね」
暗殺者!
目の前のゴブリンは、俺たち五人を前にしても怯んだ様子もない。寧ろ烏合の衆程度に見ているような気がする。
「あの暗殺者って、相当な手練れなんじゃないですか?」
「そりゃそうよ。結界で守られた樹族国に入って来るのだもの、只者じゃないわよ。手投げナイフとか、暗器に気を付けるのよ、オビオちゃん」
ってなんで俺が前線で戦う事になってんの? 皆、俺の後ろに隠れてずるい!
「ちょっと! 俺は戦闘向きじゃないんですけど?」
「何言ってるのよ! 腐ってもオーガでしょ? この中で一番タフなのってオビオちゃんぐらいよ。ちゃんと魔法で援護してあげるから、私たちを守って!」
「そ、そんなぁ! 俺、丸腰ですよ? 体を硬くする魔法とかないんですか?」
「私たちはメイジや僧侶じゃないんだから無理よ。私だってただのバーのママよ? 魔法がちょっと使えるだけの! 体の一部なら、後で私が硬くしてあげるから!」
ぞわわ! こんな時に下ネタを言えるその度胸が凄い。
「ごちゃごちゃ煩いギャ! どうせ伯爵は近くにいるんだろ。だったらお前らを殺してから探すさ」
暗殺者のゴブリンは、建物の陰に潜むような感じで接近してきた。どういうわけかゴブリンを視認するのが難しい。ただ物陰に潜んだだけなのに。
「ギキャーーー!」
いつの間にか目の前に現れたゴブリンは、俺の喉を目掛けてダガーを突き出してきた。
「うわぁ!」
俺は咄嗟に手のひらをダガーに向けて喉を守る。ダガーはあっさりと貫通して手に激痛が走った。
「いってぇ!」
俺は咄嗟に手を閉じたせいで、ダガーを掴んで奪うような形になった。
「チッ!」
ゴブリンは舌打ちをすると後方にバク転をして距離をとり、予備のダガーを構えて物陰に消えてしまった。しかし気配は感じる。暗殺者は陰に隠れて、次の攻撃の準備をしている。
痛みと共に、頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
(種族ゴブリン、名前はサモロス。ツィガル帝国バートラ領出身。32歳。アサッシン兼魔物使い。実力値10段階目。力10 体力10 器用さ14 素早さ16 知力12 魔力3 魅力15 運3 武器アサシンダガー)
「な・・・、なんだ?」
伯爵に貰って早速はめていた指輪が血に濡れて、魔法の光を放っている事に気が付く。
「なんだか知らないけど、敵のゴブリンの情報が頭に入ってきた。奴の名はサモロス! 実力値は10段階目!」
陰に潜む暗殺者の気配に、動揺のようなものを感じたような気がする。
暗殺者にとって、自分の情報を晒されるのは命取りになるからだ。
その禿おやじは、俺の頬骨を砕きたくてウズウズしている。魔法の拳を光らせて鼻息が荒い。今は目を瞑っているので見えないが、伯爵が拳を振り上げたのが気配で解った。
「じゃあいくぜ?」
―――チーン!!
お、電子レンジの音だ。俺の顔面がぐちゃぐちゃになる一歩手前のタイミングで、キャベツパンが焼けた・・・。
「ん? 何の音だ? それにいい匂いだな・・・」
おほ? ギル伯爵が俺の賄に食いついた! これはチャンスかも!
カウンター向こうに隠すように置いてあった携帯電子レンジからパンを取り出して、俺はそれを伯爵に差し出した。
「よ、よかったら食べます?」
「こ、これは! お前・・・! 知っててそれを作ったのか? 何モンか知らねぇが、マジックアイテムも持っているしな・・・。ならば有り得る・・・」
何の話だ? 取りあえずは俺は、チーズとマヨネーズが美味しそうな匂いを放っているキャベツパンを伯爵に渡した。
手に取るとすぐさま口に運び、カリッ、シャクっと音を立てて、伯爵は俺のキャベツパンを食べる。
「おおお! これだ! これ!」
だから何がだ? 取りあえず俺を殴るのを忘れてくれたようで嬉しい。内心ほっとして胡坐をかいて、ギル伯爵の嬉しそうな顔を見た。
「視たんだろう? 俺の過去を。でも俺が食ってたキャベツパンは、こんなに豪華じゃなかったんだ・・・。思い出補正で、豪華に思い浮かべたのかもしれねぇが」
思い出補正ってありますよね。子供のころ名作だと思ってた漫画やアニメが、今見るとそうでもなかったり。
「うめぇうめぇ! 俺はよぉ、田舎貴族の次男坊でな・・・、モグモグ。兄とは数段下の扱いを受けて育てられてたんだ・・・。兄は家を継ぐから服も上等だったし、食べ物も豪華だったよ。逆に俺は、平民みたいな普通の服を着せられて、食事も腹いっぱい食べさせてもらえなかった。嫡子の予備みたいなもんだからよ・・・」
伯爵がなんか語りだした・・・。
「それを不憫に思った乳母が、いつも腹を空かせている俺に、こっそりとこれを作って持って来てくれたんだ。あまり上品な食べ物ではないけど、と言って乳母はいつも恥ずかしそうに笑ってたな・・・。俺が食べていたのは、パンに薄いベーコンとキャベツ、時々チーズが乗っているだけの粗末なもの。味付けはこの酸味のある白いソースじゃなくて、塩をかけただけだった」
もう一口齧ると、伯爵は咀嚼しながら涙を浮かべた。
「俺はよぉ・・・。これまで奴隷商人としては上手くいってたんだ。上手くいってたが、賄賂や奴隷の食事代等で出費が多くて、意外と儲からなくてよぉ・・・。そんな中で、お得意先の闘技場が閉鎖、奴隷商人への風当たりも強くなった今、大して金も持ってねぇ俺は、これからの先が見えなくなってな・・・。どうやって生きていこうかと考えたんだが、何も思いつかなくてヤケ酒飲みにここに来たわけよ。んで酒を飲んでたら、頭に浮かぶのはいつも優しかった乳母の顔と、このキャベツパンだった」
まさか俺が軽食として食べているキャベツパンが、伯爵の心の琴線に触れるとは思わなかったな・・・。
「ギルちゃん・・・」
ママは目の端をハンカチで拭っている。情に厚い人なんだな・・・。ギル伯爵も根っからの悪人ではなさそう。
「へへへ。でもこれ食べてたらよぉ、何か元気が出てきたぜ! 明日、田舎に帰って乳母の顔見てくるわ。んで、真っ当な商売でもして、堂々とお天道様の下で歩けるようになるぜ。ありがとよ、オビオ!」
お、クエストクリアか? ここがゲームの世界であればの話だけど・・・。この後、報酬が貰えるはずだ。金貨一枚!
「それでよ、オビオ。この勝負は俺の負けだ。だからお前を殴るのは止めにしとくぜ。で、報酬の金貨の話だが、これからの商売の事を考えたら、ちょっと惜しくなってきてよ・・・。でも約束は約束だ。代わりにこれやるよ。お前、マジックアイテム好きそうだしな。金貨一枚分の価値が、あるかどうかわかんねぇけど」
ギル伯爵は俺に指輪を投げてよこした。
指輪をまじまじ見たが、うっすらと赤く光っているだけで何の指輪かわからない。
「【読心】が使えるお前なら、その指輪の鑑定ぐらい、マジックアイテムかなんかでできるんじゃねぇのか?」
「いや、さっぱりわかりません・・・。(というかマジックアイテムなんて、タスネ子爵に貰った混乱の笛しか持ってねぇよ)」
「俺もその指輪がなんだかさっぱりなんだ。【知識の欲】で鑑定してみたんだが、何もわからなかった。相当高位の魔法使いか、司祭様じゃないと鑑定は無理だと思う。鑑定しないままで売っても、作りが良いから銀貨七枚くらいにはなるんじゃねぇかな? 魔法店で吹っ掛けて売っても良かったんだが、お前にやるわ。じゃあなオビオ。キャベツパン美味かったぜ」
俺はサムアップするギル伯爵にサムアップをし返して、ドアの外まで見送りする事にした。
「それではお元気で、伯爵!」
他の皆も見送りに出てきた。皆がにこやかに伯爵の新しい人生の門出を見送るはず・・・、だった。
しかし見送りに出た一同から驚きの声が、俺の耳に入る。というか俺も驚いて目の前の光景を見ている。
「ぐあああ!!」
「ギルちゃん!」
なんと・・・。ネズミが・・・、大量のネズミが伯爵に纏わりついているではないか!
異様に赤く光る目のネズミを、子分たちが近くにあった棒きれで叩き払っているが、尋常じゃない数のネズミは何度でもギル伯爵に纏わりつき齧る。
「いでぇ! 誰か助けてくれ!」
俺は咄嗟に思い出した。
そうだ! タスネ・サヴェリフェ子爵から貰った笛!
―――ピョ、ピョロロロ~!
目の前でネズミの群れが人を齧っているのに、間抜けな音をさせて笛を吹く俺を、ママやホッチさんは怪訝そうな目で見てくる。
「な、何やってるの? オビオちゃん・・・」
「あ! もしかして! それもマジックアイテム?」
俺はウンウンと頷きながら、より一層ホイッスルを強く吹いた。
―――ピリリィィィーー!!
するとどうだろうか。ネズミたちは伯爵から離れて、互いに同士討ちを始めた。
「今です! 子分さんたち! 伯爵をこちらへ!」
「おう!」
三人の子分が伯爵を担いでバーに入る。伯爵は小さな噛み傷があったが、咄嗟に魔法で防いだのか、大怪我はしていなかった。しかし痛みで気を失っている。
「凄いじゃない! オビオ! そんな笛があるなら、鬼イノシシの時も使えば良かったのに!」
「そんな事よりも、この笛の効果は一分しかないんです。一分を過ぎれば、あのネズミの大群はその辺の人を襲うかもしれません。ネズミを一掃できるような攻撃魔法を持っている方は?」
誰もが首を横に振る。地走り族の子分Aが困惑顔で答えた。
「こんなかにメイジなんていねぇよ。皆、精々【眠れ】や【魔法の矢】を使える程度だな。本職がメイジなのは、伯爵様ぐらいだ」
その伯爵様は今、気絶している。
あんな大量のネズミをどうしたら・・・。ここはメイン通りから外れているから、人はあまり来ない。今のところ被害者は他に出てないみたいだけど・・・。
「とりあえず、魔法が使える人は、俺について来てください!」
俺は扉を勢いよく開けると、亜空間ポケットからガスバーナーを取りだした。今も魔法効果が継続しているネズミたちに、それを向けてみるものの、考え直す。群れはあちこちに分散しており、一網打尽とはいかないのだ。
「ネズミたちを足止めするような魔法を、お願いします!」
「よしきた!」
子分たちとママが両手をネズミたちに向けて「眠れ!」と言うと、放射状の光が広がって範囲内のネズミが次々と眠りだした。
「いいぞ!」
「でもオビオちゃん! この魔法もそんなにもたないわよ。どうするの?」
「こうするんです!」
俺はすぐに亜空間ポケットから取り出した殺虫スプレーを噴射する。その噴射される殺虫剤に、ガスバーナーを近づけた。
―――ゴォォォォ!
即席火炎放射器の出来上がりだ。だが、良い子は真似をしてはいけないぞ! とっても危険だからな!
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ~!」
一度これ言ってみたかったんだよなぁ~。
即席火炎放射器の強烈な火炎は、ネズミがを次々と焼き焦がしていく。毛の焼ける匂いが少々臭い・・・。
最後の一匹を路地裏まで追いかけて焼いた時、炎の向こうでフードを被った樹族が、舌打ちをしてこちらを睨んでいた。
「誰だ? 火傷はしなかったかな?」
(樹族・・・、だよな? でも肌の色が違うような・・・)
「よくも俺のキャワイイ子供達を・・・。なぜここにオーガがいるんギャ」
俺がスプレーの噴射を止めると、覆面の樹族はダガーを構えて襲い掛かってきた。
「ひぇぇ!」
なんだこいつ。火炎放射器で焼かれそうになって怒ったのか? だからって俺を殺そうとするか?
「ごめん! あんたがそこにいるなんて知らなかったんだ。焼きそうになったのは謝る!」
だめだ! 俺の話を聞いていない!
なんとかダガーの一突きを回避して、後ろにゴロゴロと転がり、ママと子分達に声を掛ける。
「皆さん! 来てください! 今、変な人に襲われています!」
直ぐにママと子分達が、俺の悲鳴に気が付いて駆けつけて来た。
「どうしたのぉ? オビオちゃん!」
「あの怪しいフードを被った男が、ダガーで襲い掛かってきたんです!」
伯爵の子分である地走り族の一人が、路地裏から出てくるフードを被った樹族を指さして叫ぶ!
「なんだ、チミは!」
「なんだチミはってキャ! そうです、わたすが、ゴブリンです」
「ゴブリンーー?」
この小さなフードの男は樹族ではなかった。ゴブリンはフードを後ろへやると、俺たちを睨み付ける。
「よくも俺のキャワイイ~ネズミ達を、焼き払ってくれたな? オーガぁ」
ゴブリンの視線は俺を捉えているが、時折忙しなく目を動かして誰かを探している。
俺は初めて見るこの世界のゴブリンを観察した。
深緑色の肌、堀の深い眼窩から覗く鋭い目。長い耳と長い鼻。
以前、試練の塔で見た異世界のゴブリン達は土色をしていたが、こっちの世界のゴブリンは緑色だ。
「なんだろう・・・。どことなく樹族に似ているな・・・。鼻さえ尖っていなければ。霧の向こうのゴブリンはもっとゴツゴツしてて、小鬼って感じだったけど・・・」
「オビオちゃん、それを聞いたのが私だからいいけど、他の樹族に言うと侮辱されたと誤解するから、言わない方が良いわよ。確かにゴブリンの女の子なんかは、樹族の色違いみたいな感じだけども・・・」
「き、気を付けます。ところでゴブリン! 何が目的でこんな事をするんだ!」
伯爵の子分三人とママという味方がいる事で、気が大きくなった俺は声を張り上げてゴブリンを指さす。
正直、自分の小物っぷりがダサい。
「お前らに用はない。さっさと伯爵を出せ。そうすれば見逃してやる」
それを聞いてママが手を打った。
「なるほど、そういう事ね。奴隷商人だった伯爵は、買った恨みも多い。恩赦で故郷に帰った元奴隷が、暗殺者を雇って差し向けてもおかしくないわね」
暗殺者!
目の前のゴブリンは、俺たち五人を前にしても怯んだ様子もない。寧ろ烏合の衆程度に見ているような気がする。
「あの暗殺者って、相当な手練れなんじゃないですか?」
「そりゃそうよ。結界で守られた樹族国に入って来るのだもの、只者じゃないわよ。手投げナイフとか、暗器に気を付けるのよ、オビオちゃん」
ってなんで俺が前線で戦う事になってんの? 皆、俺の後ろに隠れてずるい!
「ちょっと! 俺は戦闘向きじゃないんですけど?」
「何言ってるのよ! 腐ってもオーガでしょ? この中で一番タフなのってオビオちゃんぐらいよ。ちゃんと魔法で援護してあげるから、私たちを守って!」
「そ、そんなぁ! 俺、丸腰ですよ? 体を硬くする魔法とかないんですか?」
「私たちはメイジや僧侶じゃないんだから無理よ。私だってただのバーのママよ? 魔法がちょっと使えるだけの! 体の一部なら、後で私が硬くしてあげるから!」
ぞわわ! こんな時に下ネタを言えるその度胸が凄い。
「ごちゃごちゃ煩いギャ! どうせ伯爵は近くにいるんだろ。だったらお前らを殺してから探すさ」
暗殺者のゴブリンは、建物の陰に潜むような感じで接近してきた。どういうわけかゴブリンを視認するのが難しい。ただ物陰に潜んだだけなのに。
「ギキャーーー!」
いつの間にか目の前に現れたゴブリンは、俺の喉を目掛けてダガーを突き出してきた。
「うわぁ!」
俺は咄嗟に手のひらをダガーに向けて喉を守る。ダガーはあっさりと貫通して手に激痛が走った。
「いってぇ!」
俺は咄嗟に手を閉じたせいで、ダガーを掴んで奪うような形になった。
「チッ!」
ゴブリンは舌打ちをすると後方にバク転をして距離をとり、予備のダガーを構えて物陰に消えてしまった。しかし気配は感じる。暗殺者は陰に隠れて、次の攻撃の準備をしている。
痛みと共に、頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
(種族ゴブリン、名前はサモロス。ツィガル帝国バートラ領出身。32歳。アサッシン兼魔物使い。実力値10段階目。力10 体力10 器用さ14 素早さ16 知力12 魔力3 魅力15 運3 武器アサシンダガー)
「な・・・、なんだ?」
伯爵に貰って早速はめていた指輪が血に濡れて、魔法の光を放っている事に気が付く。
「なんだか知らないけど、敵のゴブリンの情報が頭に入ってきた。奴の名はサモロス! 実力値は10段階目!」
陰に潜む暗殺者の気配に、動揺のようなものを感じたような気がする。
暗殺者にとって、自分の情報を晒されるのは命取りになるからだ。
10
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
その勇者はバス停から異世界に旅立つ 〜休日から始まった異世界冒険譚〜
たや
ファンタジー
その勇者は、休日のみ地球のバス停から異世界に旅立つ
幼い頃に家族で異世界“ハーモラル”を巡っていた日向凛斗がこちらの世界に帰還して10年が過ぎていた。
しかし最近、ハーモラルの魔獣が頻繁に現実世界に姿を現し始める異変が起こった。
高校生となった凛斗は夜な夜な魔獣討伐の為に街を駆け巡っていたがある日、原因はハーモラルにあると言う祖父から一枚のチケットを渡される。
「バス!?」
なんとハーモラルに向かう手段は何故かバスしかないらしい。
おまけにハーモラルに滞在できるのは地球時間で金曜日の夜から日曜日の夜の48時間ピッタリで時間になるとどこからかバスがお迎えに来てしまう。
おまけに祖父はせめて高校は卒業しろと言うので休日だけハーモラルで旅をしつつ、平日は普通の高校生として過ごすことになった凛斗の運命はいかに?
第二章 シンヘルキ編
センタレアから出発したリントとスノウは旅に必須の荷車とそれを引く魔獣を取り扱っているシンヘルキへと向かう。
しかし地球に戻ってくるとなんと魔王が異世界から地球に襲来したり、たどり着いたシンヘルキでは子を持つ親が攫われているようだったり…?
第三章 ナフィコ編
シンヘルキの親攫い事件を解決し、リント達は新たな仲間と荷車とそれを引く魔獣を手にして新たなギルド【昇る太陽】を立ち上げた。
アレタの要望で学院都市とも呼ばれる国のナフィコへ向かうが滞在中に雷獄の雨が発生してしまう。
それを発生させたのはこの国の学生だそうで…?
※カクヨム、小説家になろうにも同時掲載しております
七億円当たったので異世界買ってみた!
コンビニ
ファンタジー
三十四歳、独身、家電量販店勤務の平凡な俺。
ある日、スポーツくじで7億円を当てた──と思ったら、突如現れた“自称・神様”に言われた。
「異世界を買ってみないか?」
そんなわけで購入した異世界は、荒れ果てて疫病まみれ、赤字経営まっしぐら。
でも天使の助けを借りて、街づくり・人材スカウト・ダンジョン建設に挑む日々が始まった。
一方、現実世界でもスローライフと東北の田舎に引っ越してみたが、近所の小学生に絡まれたり、ドタバタに巻き込まれていく。
異世界と現実を往復しながら、癒やされて、ときどき婚活。
チートはないけど、地に足つけたスローライフ(たまに労働)を始めます。
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる