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80 少女の日常
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「……私のお茶会に、侯爵家の令嬢を招きましょうか」
ロエナが言った。
「ダルモーテ侯爵家だけでなく、ほかの侯爵家の令嬢を含めて。そうすれば、警戒される可能性も低いでしょう」
「次女だけ参加するのではないか?」
「姉妹で参加するようにと念押ししましょう。高位貴族の親睦を深めるため、と理由をつけて」
「ふむ……ならば公爵家の令嬢も招こう。格式をあげれば、欠席は難しくなるだろう。あそこは侯爵家の中でも序列が低い」
王家からの誘いを断るというのは、貴族社会においては致命的だという。
加えて、高位貴族の令嬢がこぞって集まるお茶会とあれば、余計参加しないわけにはいかない。
そこで勇司の妹を保護しようというのが、ロエナの案だった。
「幸い、今の王都はドラゴン討伐の報に湧いています。ダルモーテ侯爵家も、ドラゴンを討伐した冒険者に興味があるでしょう。未成年の娘が登城するとなると、保護者の付き添いが必須となります。ダルモーテ侯爵は、情報収集の絶好の機会を逃すことはしないはずです」
王は頷いて、ロエナの案に賛同した。
俺たちにも異論はなかった。
お茶会の日時は、10日後に決まった。
もっと早く……と思わないわけではなかったが、10日でも急すぎるくらいだという。
「当日は、ぜひシオリ様も参加なさってくださいね」
そう言って、ロエナが微笑む。
妻は慌てて首を横に振っていたが「かわいいドレスを用意しましょうね」の一言で、コロッと笑顔で了承していた。
※
ダルモーテ侯爵領は、王都から馬車で3日の距離にある。
俺とノアは、勇司の妹の様子を見るため、侯爵領に移動していた。
時間がかかるのではないかと思っていたが、身体強化に脚力強化の魔法を重ねがけして全力で走ったら、半日ほどで到着できた。
妻とコトラには、王城で留守番をしてもらっている。
王とロエナに滞在の許可を依頼したら、二つ返事で了承してくれた。
認識阻害の魔法をかけ、屋敷の中に忍び込む。
立派なお屋敷だった。
庭園も邸内もきれいに整備されていて、侯爵家としての格を感じさせる。
屋敷の裏側には、馬小屋がある。
その馬小屋の隣に位置しているのが、勇司の妹の部屋だった。
真っ暗な部屋の中で、ボロ布にくるまって少女が眠っている。
薄汚れた服を着て、さらけ出されている素足は傷だらけだ。
猛烈に腹が立ち、今すぐ本邸に怒鳴り込んでやりたくなった。
しかし、それではせっかく王とロエナに協力を依頼したのが無駄になってしまう。
悔しくて、俺は拳を握り締める。
そのとき、ノアが指をパチンと鳴らした。
少女の身体を淡い光が包む。
「軽い治癒魔法だよ。傷跡を消しちゃうと不審に思われるから、痛み止め程度のね」
治癒魔法にそんな使い方があったとは。
心なしか、少女の寝顔が安らいだ気がする。
ノアの話によると、この世界には転移魔法が存在するらしい。
対象は無機物に限られるらしいが、転移魔法によって郵便物の行き来はどんなに距離が離れていても、その日のうちに届けることができるという。
ダルモーテ侯爵家にも、すでにお茶会の招待状が届いているはずだ。
明日からの短い期間で、少女を今のボロボロの状態から令嬢らしく仕上げる必要がある。
だからお茶会までは多少待遇がましになるだろう。
少なくとも、食事は改善されるはずだ。
そう思いつつ、少女のことを陰から見守っていた。
夜が明ける前に、少女は目を覚ました。
そして音をたてないように納屋を出て、裏口の清掃を始める。
流れるような動作に、これが彼女の日常なのだと思い知らされる。
掃除に洗濯、荷物運び。
1日少女を観察していると、次から次にあやゆる雑用を押し付けられている。
見ているだけで、耐えきれないほどだ。
何度も飛び出しそうになるのを、必死にこらえた。
少女の仕事は、子どもとは思えないほど完璧に見えた。
しかし家人はおろか使用人まで、何かとケチをつけて少女を罵り、時には手を上げている。
少女は泣くこともなく、暴言や暴力に静かに耐えていた。
逆らえば、加熱することを知っているのかもしれない。
「おい、こっちにこい」
使用人の男が、少女の腕を引っ張り、裏庭へ連れて行く。
そして数人のメイドに引き渡した。
メイドたちはめんどくさそうに、少女の服をはぎ取り、桶に入った水を頭からかけた。
そして床掃除に使うようなブラシで、乱暴に少女の身体をこすり始めた。
少女は水の冷たさとブラシの痛みに顔をしかめたが、メイドたちはお構いなしだ。
最後にもう一度水を浴びせて、少女に布切れを投げつける。
少女は布切れで身体を拭い、メイドたちのあとをついていった。
倉庫のような場所に連れてこられた少女は、そこでドレスを着せられた。
少女の身体にまったくサイズが合っていないドレスは、ぶかぶかでみすぼらしい印象だ。
そのまま少女は、馬車の御者台に乗せられた。
すでに乗車していた御者は、少女を見ても無表情なまま、黙っていた。
豪奢な馬車の中には、侯爵夫妻と次女が乗っている。
明るく響く笑い声が、何とも許しがたい。
馬車は王都に向かって走り出した。
薄着の少女は、小さく震えている。
俺たちは、馬車に並走しながら痛ましい少女の姿を見守っていた。
そのとき、御者がこっそり少女に何かを渡すのが見えた。
少女の顔がぱっと明るくなり、涙ぐみながら御者に頭を下げている。
「何を渡したんだ?」
よく見えなかった俺は、ノアに訊ねた。
ノアは「パンとドライフルーツだよ。あとひざ掛け」と答えた。
それが御者にとっては精一杯なのだろう。
しかし、少女の境遇に同情する者があの屋敷にもいるのは、せめてもの救いかもしれない。
彼女がいまだ地獄にいることに変わりはないが。
少女は、王都の近くの街まで御者台に乗せられたままだった。
夜は宿に宿泊することは許されず、馬車の荷台で眠らされていた。
少女がようやく馬車の中に入れたのは、王都が目前に迫ったときだった。
ロエナが言った。
「ダルモーテ侯爵家だけでなく、ほかの侯爵家の令嬢を含めて。そうすれば、警戒される可能性も低いでしょう」
「次女だけ参加するのではないか?」
「姉妹で参加するようにと念押ししましょう。高位貴族の親睦を深めるため、と理由をつけて」
「ふむ……ならば公爵家の令嬢も招こう。格式をあげれば、欠席は難しくなるだろう。あそこは侯爵家の中でも序列が低い」
王家からの誘いを断るというのは、貴族社会においては致命的だという。
加えて、高位貴族の令嬢がこぞって集まるお茶会とあれば、余計参加しないわけにはいかない。
そこで勇司の妹を保護しようというのが、ロエナの案だった。
「幸い、今の王都はドラゴン討伐の報に湧いています。ダルモーテ侯爵家も、ドラゴンを討伐した冒険者に興味があるでしょう。未成年の娘が登城するとなると、保護者の付き添いが必須となります。ダルモーテ侯爵は、情報収集の絶好の機会を逃すことはしないはずです」
王は頷いて、ロエナの案に賛同した。
俺たちにも異論はなかった。
お茶会の日時は、10日後に決まった。
もっと早く……と思わないわけではなかったが、10日でも急すぎるくらいだという。
「当日は、ぜひシオリ様も参加なさってくださいね」
そう言って、ロエナが微笑む。
妻は慌てて首を横に振っていたが「かわいいドレスを用意しましょうね」の一言で、コロッと笑顔で了承していた。
※
ダルモーテ侯爵領は、王都から馬車で3日の距離にある。
俺とノアは、勇司の妹の様子を見るため、侯爵領に移動していた。
時間がかかるのではないかと思っていたが、身体強化に脚力強化の魔法を重ねがけして全力で走ったら、半日ほどで到着できた。
妻とコトラには、王城で留守番をしてもらっている。
王とロエナに滞在の許可を依頼したら、二つ返事で了承してくれた。
認識阻害の魔法をかけ、屋敷の中に忍び込む。
立派なお屋敷だった。
庭園も邸内もきれいに整備されていて、侯爵家としての格を感じさせる。
屋敷の裏側には、馬小屋がある。
その馬小屋の隣に位置しているのが、勇司の妹の部屋だった。
真っ暗な部屋の中で、ボロ布にくるまって少女が眠っている。
薄汚れた服を着て、さらけ出されている素足は傷だらけだ。
猛烈に腹が立ち、今すぐ本邸に怒鳴り込んでやりたくなった。
しかし、それではせっかく王とロエナに協力を依頼したのが無駄になってしまう。
悔しくて、俺は拳を握り締める。
そのとき、ノアが指をパチンと鳴らした。
少女の身体を淡い光が包む。
「軽い治癒魔法だよ。傷跡を消しちゃうと不審に思われるから、痛み止め程度のね」
治癒魔法にそんな使い方があったとは。
心なしか、少女の寝顔が安らいだ気がする。
ノアの話によると、この世界には転移魔法が存在するらしい。
対象は無機物に限られるらしいが、転移魔法によって郵便物の行き来はどんなに距離が離れていても、その日のうちに届けることができるという。
ダルモーテ侯爵家にも、すでにお茶会の招待状が届いているはずだ。
明日からの短い期間で、少女を今のボロボロの状態から令嬢らしく仕上げる必要がある。
だからお茶会までは多少待遇がましになるだろう。
少なくとも、食事は改善されるはずだ。
そう思いつつ、少女のことを陰から見守っていた。
夜が明ける前に、少女は目を覚ました。
そして音をたてないように納屋を出て、裏口の清掃を始める。
流れるような動作に、これが彼女の日常なのだと思い知らされる。
掃除に洗濯、荷物運び。
1日少女を観察していると、次から次にあやゆる雑用を押し付けられている。
見ているだけで、耐えきれないほどだ。
何度も飛び出しそうになるのを、必死にこらえた。
少女の仕事は、子どもとは思えないほど完璧に見えた。
しかし家人はおろか使用人まで、何かとケチをつけて少女を罵り、時には手を上げている。
少女は泣くこともなく、暴言や暴力に静かに耐えていた。
逆らえば、加熱することを知っているのかもしれない。
「おい、こっちにこい」
使用人の男が、少女の腕を引っ張り、裏庭へ連れて行く。
そして数人のメイドに引き渡した。
メイドたちはめんどくさそうに、少女の服をはぎ取り、桶に入った水を頭からかけた。
そして床掃除に使うようなブラシで、乱暴に少女の身体をこすり始めた。
少女は水の冷たさとブラシの痛みに顔をしかめたが、メイドたちはお構いなしだ。
最後にもう一度水を浴びせて、少女に布切れを投げつける。
少女は布切れで身体を拭い、メイドたちのあとをついていった。
倉庫のような場所に連れてこられた少女は、そこでドレスを着せられた。
少女の身体にまったくサイズが合っていないドレスは、ぶかぶかでみすぼらしい印象だ。
そのまま少女は、馬車の御者台に乗せられた。
すでに乗車していた御者は、少女を見ても無表情なまま、黙っていた。
豪奢な馬車の中には、侯爵夫妻と次女が乗っている。
明るく響く笑い声が、何とも許しがたい。
馬車は王都に向かって走り出した。
薄着の少女は、小さく震えている。
俺たちは、馬車に並走しながら痛ましい少女の姿を見守っていた。
そのとき、御者がこっそり少女に何かを渡すのが見えた。
少女の顔がぱっと明るくなり、涙ぐみながら御者に頭を下げている。
「何を渡したんだ?」
よく見えなかった俺は、ノアに訊ねた。
ノアは「パンとドライフルーツだよ。あとひざ掛け」と答えた。
それが御者にとっては精一杯なのだろう。
しかし、少女の境遇に同情する者があの屋敷にもいるのは、せめてもの救いかもしれない。
彼女がいまだ地獄にいることに変わりはないが。
少女は、王都の近くの街まで御者台に乗せられたままだった。
夜は宿に宿泊することは許されず、馬車の荷台で眠らされていた。
少女がようやく馬車の中に入れたのは、王都が目前に迫ったときだった。
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