85 / 266
79 虐待
謁見を終え、応接間にやってきた王は、意外にもすんなり俺たちの話を受け入れてくれた。
ロエナの口添えがあったとしても、王を説得するのは骨が折れるだろうと考えていた俺は、肩透かしをくらった気分だった。
赤い瞳を楽しそうに細めた王は「この世界の人間にしては、奇妙だと思っていたのだ」という。
ドラゴンを軽々討伐する力を持ちながら、今まで冒険者として一切名が知られていなかったこと。
爵位や領地にまったく興味を示さなかったこと。
加えてノアが、王との謁見に際して臆することがなかったこと。
謁見にくる平民は、みな一様にどこか戸惑いや恐れを抱いているという。
平静を装っていても、長年多くの人を見極め続けた王には、心の奥底にある不安が感じ取られるそうだ。
しかしノアには、それがまったくなかった。
強国の王と対峙しているかのような錯覚にまで陥ったと、王は笑った。
謁見の場での威厳ある姿とは異なり、気のいいお兄さんのような話しぶりだ。
おかげで、緊張で固まっていた妻も表情をすっかり和らげている。
「それで?ユージの妹はどこにいる?」
王がふとまじめな顔をして、本題に入る。
「王都から見て南側にあるダルモーテ侯爵領です」
「ふむ。あそこは気候もよく、作物の育ちもよい土地だな。侯爵も領民思いの名君と知られている」
「ですが、よい父親とは言えないようですね」
チクリと刺すように、ノアが言う。
王はその言葉に、眉をひそめた。
どうやらそのたった一言で、勇司の妹の所在を予想できたらしい。
「侯爵家の人間か……。だから我ら王家に力添えを望んだのか?」
「ええ。権力者には、より強い権力者をぶつけるのがセオリーですから」
王はふっと笑い、頷いた。
「侯爵家には子どもは3人いたな。前侯爵夫人の娘である長女と、現侯爵夫人が愛人だったころにできた次女。そして最近生まれた跡取りの長男」
「ええ。そのうちの一人が、苛烈な虐待を受けています」
「……長女か」
ノアが頷くと、王は深いため息をついた。
隣で話を聞いているロエナも、唇をかみしめて怒りをあらわにしている。
「侯爵家の長女は、いくつだったか……」
「まだ10歳ほどだったかと思いますわ、お父様」
王の疑問に、ロエナが答える。
王はまた深くため息をつき「酷なことを……」と呟いて首を横に振った。
「仔細はわかるか?」
王がノアに訊ねる。
ノアは頷いて、少女の現状について語り始めた。
現代の侯爵家の当主は、婚約者がいるにも関わらず、学生時代に一人の同級生と恋に落ちた。
婚約者との仲は事務的なもので愛情を抱いていなかったこともあり、婚約を解消して真実の愛を貫きたいと訴えた。
しかし婚約者が同じ侯爵家の令嬢であるのに対し、同級生は家格の劣る男爵家の娘。
両親に受け入れられるはずもなく、卒業後は婚約者と無理やり結婚させられることになった。
しかし、周囲の反対は恋する2人を余計燃え上がらせるもの。
結婚後も2人の密会は続き、やがて子どもまで生まれた。
そのころ前侯爵夫妻が不運な事故で命を落とし、現当主が侯爵家を引き継いだ。
当主は本邸にはほとんど戻らず、愛人とその娘を囲うために建てた別邸に入り浸っていた。
やがて長年の心労がたたったのか、侯爵夫人は病で命を落とした。
愛する一人娘を残して……。
夫人の死後、当主は本邸に戻り、愛人を新しい妻として、娘とともに迎え入れた。
前妻の娘のことはすべて、新しい妻に任せることにしたそうだ。
妻自身が任せてほしいと主張したからだという。
そして少しずつ虐めが始まった。
はじめのうちは、食事の量を減らしたり、悪口を言う程度だった。
しかし咎められないことを知ると、どんどん虐めはエスカレートしていった。
前侯爵夫人の遺品を処分する。
鞭で叩く。
食事は残飯のみ。
部屋は取り上げられ、納屋に追いやられる。
そして朝から晩まで、侯爵家の使用人の誰よりも長い時間働かされている。
「……ひどい……」
耐えきれず、呟いたのはロエナだった。
妻も目に涙をためている。
何の罪もない少女に、どうしてこれほどのことができるのだろうか。
愛する人と自分を引き裂いた原因である前妻に、現侯爵夫人が恨みを抱くのは理解できる。
しかし自分の娘と同じ年頃の少女に対して、鬼のような所業を行う理由にはならない。
「侯爵は、娘を不憫には思わないものか……」
「両親の手で無理に結婚させられた相手との娘になど、興味はないそうです」
「……血を分けた娘だというのに……愚かな……」
王はちらりとロエナを見つめた。
同じ父親として、彼の身上は痛いほど理解できた。
自分なら、娘がそんな目に遭うのは絶対に耐えられない。
彼は同じ父親として信頼できる。
俺は心の中で王に親近感を覚えていた。
ロエナの口添えがあったとしても、王を説得するのは骨が折れるだろうと考えていた俺は、肩透かしをくらった気分だった。
赤い瞳を楽しそうに細めた王は「この世界の人間にしては、奇妙だと思っていたのだ」という。
ドラゴンを軽々討伐する力を持ちながら、今まで冒険者として一切名が知られていなかったこと。
爵位や領地にまったく興味を示さなかったこと。
加えてノアが、王との謁見に際して臆することがなかったこと。
謁見にくる平民は、みな一様にどこか戸惑いや恐れを抱いているという。
平静を装っていても、長年多くの人を見極め続けた王には、心の奥底にある不安が感じ取られるそうだ。
しかしノアには、それがまったくなかった。
強国の王と対峙しているかのような錯覚にまで陥ったと、王は笑った。
謁見の場での威厳ある姿とは異なり、気のいいお兄さんのような話しぶりだ。
おかげで、緊張で固まっていた妻も表情をすっかり和らげている。
「それで?ユージの妹はどこにいる?」
王がふとまじめな顔をして、本題に入る。
「王都から見て南側にあるダルモーテ侯爵領です」
「ふむ。あそこは気候もよく、作物の育ちもよい土地だな。侯爵も領民思いの名君と知られている」
「ですが、よい父親とは言えないようですね」
チクリと刺すように、ノアが言う。
王はその言葉に、眉をひそめた。
どうやらそのたった一言で、勇司の妹の所在を予想できたらしい。
「侯爵家の人間か……。だから我ら王家に力添えを望んだのか?」
「ええ。権力者には、より強い権力者をぶつけるのがセオリーですから」
王はふっと笑い、頷いた。
「侯爵家には子どもは3人いたな。前侯爵夫人の娘である長女と、現侯爵夫人が愛人だったころにできた次女。そして最近生まれた跡取りの長男」
「ええ。そのうちの一人が、苛烈な虐待を受けています」
「……長女か」
ノアが頷くと、王は深いため息をついた。
隣で話を聞いているロエナも、唇をかみしめて怒りをあらわにしている。
「侯爵家の長女は、いくつだったか……」
「まだ10歳ほどだったかと思いますわ、お父様」
王の疑問に、ロエナが答える。
王はまた深くため息をつき「酷なことを……」と呟いて首を横に振った。
「仔細はわかるか?」
王がノアに訊ねる。
ノアは頷いて、少女の現状について語り始めた。
現代の侯爵家の当主は、婚約者がいるにも関わらず、学生時代に一人の同級生と恋に落ちた。
婚約者との仲は事務的なもので愛情を抱いていなかったこともあり、婚約を解消して真実の愛を貫きたいと訴えた。
しかし婚約者が同じ侯爵家の令嬢であるのに対し、同級生は家格の劣る男爵家の娘。
両親に受け入れられるはずもなく、卒業後は婚約者と無理やり結婚させられることになった。
しかし、周囲の反対は恋する2人を余計燃え上がらせるもの。
結婚後も2人の密会は続き、やがて子どもまで生まれた。
そのころ前侯爵夫妻が不運な事故で命を落とし、現当主が侯爵家を引き継いだ。
当主は本邸にはほとんど戻らず、愛人とその娘を囲うために建てた別邸に入り浸っていた。
やがて長年の心労がたたったのか、侯爵夫人は病で命を落とした。
愛する一人娘を残して……。
夫人の死後、当主は本邸に戻り、愛人を新しい妻として、娘とともに迎え入れた。
前妻の娘のことはすべて、新しい妻に任せることにしたそうだ。
妻自身が任せてほしいと主張したからだという。
そして少しずつ虐めが始まった。
はじめのうちは、食事の量を減らしたり、悪口を言う程度だった。
しかし咎められないことを知ると、どんどん虐めはエスカレートしていった。
前侯爵夫人の遺品を処分する。
鞭で叩く。
食事は残飯のみ。
部屋は取り上げられ、納屋に追いやられる。
そして朝から晩まで、侯爵家の使用人の誰よりも長い時間働かされている。
「……ひどい……」
耐えきれず、呟いたのはロエナだった。
妻も目に涙をためている。
何の罪もない少女に、どうしてこれほどのことができるのだろうか。
愛する人と自分を引き裂いた原因である前妻に、現侯爵夫人が恨みを抱くのは理解できる。
しかし自分の娘と同じ年頃の少女に対して、鬼のような所業を行う理由にはならない。
「侯爵は、娘を不憫には思わないものか……」
「両親の手で無理に結婚させられた相手との娘になど、興味はないそうです」
「……血を分けた娘だというのに……愚かな……」
王はちらりとロエナを見つめた。
同じ父親として、彼の身上は痛いほど理解できた。
自分なら、娘がそんな目に遭うのは絶対に耐えられない。
彼は同じ父親として信頼できる。
俺は心の中で王に親近感を覚えていた。
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!